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ねずみは、医薬の神様である大黒様の眷族!

2019/12/30

 来年の干支は子。そう、令和二年は ねずみ年。

 鼠(ねずみ)に関する諺(ことわざ)は少なくありません。有名なモノは『 窮鼠猫を噛む 』。これは『 追い詰められた者が、強者に対し必死に反撃すること 』という意味。年が明けると、国家試験まであと僅か。国家試験・卒業試験という強者に、必死に反撃して勉強している人も少なくはないと思います。

 まだ、必死になっていない人は…『 鼠が塩を引く 』で『 小事が積み重なって大事になること 』。『 まだ大丈夫だろう 』なんて、1日1日の勉強をないがしろにしていると…大変なことになってしまうので、ご注意をば!

 『 そんなに勉強しなくても、何とかなるだろう 』『 まあ、受かるんじゃないの… 』なんていう人。そんな甘い考えでいると…『 袋の鼠 』、つまり『 追い詰められて逃げることができない状態 』になってしまうことになりますよ!やはり、毎日しっかりと試験対策に励むのが受験生のあるべき姿。そして、それが合格への橋渡しになることを肝に銘じておいてください。

 『 今度の国家試験は難しいそうだ… 』『 次の国試は難しいって噂… 』と、気力が萎えてきている人がいるやもしれません。私はこの時期になると、毎年のように塾生さんに話しているのですが…毎年、毎年この時期になると『 今度の国家試験は難しい 』といった噂が流れます。そう、『 今年のカゼは悪いカゼだ 』と毎年言っているのと同じです。まあ、この時期の風物詩なんですよ、『 今度の国家試験は難しい 』といった噂が流れるのは…。だから、いたずらに怯える必要はありません。『 物事を恐がらな過ぎたり、恐がり過ぎたりするのは易しいが、正当に怖がることはなかなか難しいことだ 』と言ったのは、物理学者、随筆家、俳人であった寺田寅彦先生。ナメてかかるのではなく、いたずらに恐れるのではなく、やるべき事をしっかりとやって、地に足のついた試験対策を行っていれば、ちゃんと合格できるようになっていますので、ご安心をば。第一…難しい、難しいと騒がれていても…いざ国家試験を受けてみたら、『 大山鳴動して鼠一匹 』すなわち『 前触ればかりが大きくて、実際の結果は意外に小さい 』なんていう場合も、往々にしてあるのです。噂は噂。慌ててしまうこともなければ、諦める必要も全くありません。惑わされずに、試験対策に励んで下さい。

 寺田寅彦先生の〝寅〟という文字で思い出したのですが…『 鼠も虎の如し 』という言葉もあります。『 弱い鼠でも、いざというときはすごい力を出す 』という意味。今は学力がチョット弱いなぁ…という学生さんでも、国家試験当日になると、もの凄い力を出すことだってあります。私はン十年の講師生活の中で、そんな学生さんを、それこそ星の数ほど見てきているのです。国家試験では何が起きるか分かりません。やることさえしっかりやっていれば、当日にものすごい力を発揮することもあるのです。やはり、諦めてはいけないのです。

 『 子(ね)に臥(ふ)し寅に起きる 』…子の刻(午前0時ごろ)に寝て、寅の刻(午前4時ごろ)に起きるといった内容。『 寝る間も惜しんで働くこと 』という意味ですが…それ位、気合を入れて勉強するのは結構なことですが、睡眠時間はしっかりと取らなければなりませんので、ご注意をば!これも私が学習指導する際には、必ず伝えていること。睡眠時間を削っての勉強など言語道断。決して、やってはいけません。最後の最後まで、しっかりと睡眠は取るように!

 もちろん、試験対策も佳境に入って来ている訳ですから、それ相応にスピードアップして進めていかなければならないことは確かです。しかし…あんまり慌てて、アレやコレや手を出すことも芳しくありません。『 急ぐ鼠は雨に会う、急ぐ鼠は穴に迷う 』。『 物事をするときは、軽はずみに行わず、しっかりゆっくりやれ 』という意味。『 ゆっくり急げ 』は、ヨーロッパに伝わる格言ですが、まさにゆっくり急ぐやり方が、試験対策にはふさわしいやり方だと思います。

 ネズミは大黒様の眷属とされています。デジタル大辞泉によりますと、眷属とは『 従者、家来、配下の者 』という意味。諸説ありますが…大黒様と大国主大神(大国主命:おおくにぬしのみこと)は同じ神様(出雲大社より)。古事記によりますと…須佐之男命(スサノオノミコト)が大国主命の能力を試そうと、野原に矢を放ちます。取ってこいということで、大国主命に取りに行かせるのですが…その野原に火を放ちます。火はたちまち燃え広がり、大国主命は逃げ場を失い大ピンチに。この時一匹の鼠が現われて、大国主命に『 この下に穴がありますよ 』と教えたくれたのです。早速、大国主命は穴の底に身を伏せ、火が収まるのを待ち、難を逃れることに成功。さらに…その鼠は、取ってこいと命じられていた矢を、くわえて持ってきてくれたのです。こうして、大国主命は須佐之男命に矢を渡すことができ、一件落着。そう、大黒様である大国主命は、鼠に助けられたのです。大黒様の周りにネズミがいる像や絵を見かけたことがあると思いますが、大黒様とネズミの間柄には、そういう謂れ(いわれ)があったのです。

 大黒様には、商売繁盛、立身出世、五穀豊穣等の御利益があると言われていますが…実は医薬の神様でもあります。2020年の干支はネズミ。干支であるネズミは、医薬の神様である大黒様の眷属。目出たいではありませんか!2020年は、医薬の神様である大黒様の眷属の子年。これは、薬剤師を志す人間にとっては、またとないチャンスですよ!きっと、薬を扱う仕事を志す人間には、大黒様の手が差し伸べられることになるはずですから!

 早いもので、薬進塾も2020年は開塾から11年目を迎える年になります。10年と言えば一昔。11年目ということは、新たなる1年目を迎えるということになります。その〝新たなる一年目〟という最初の年の干支が、干支の最初であるネズミ。こんな偶然があるでしょうか?薬進塾の新たなる一年目は、干支の一番目であるネズミの年から始まるのです。〝始まり〟というものの縁、そして運命を感じずにはいられません。こんな運の良いことがあるでしょうか!更に…その新たなる一年目が、医薬の神様である大黒様の眷属のネズミの年。やはり、単なる偶然ではなく、医薬の神様である大黒様の後押しがあるのだと、私は感じております。だからこそ、2020年は医薬の神様である大黒様の後押しがある素晴らしい年になる!そう、私は確信しているのです。

 

2019年も残すところあと僅かになりました。

本年も格別のご愛顧を賜り、厚くお礼申し上げます。

来年も誠心誠意努力する所存ですので、 より一層のご愛顧を賜りますよう、講師・職員一同心よりお願い申し上げます。 

 それでは、良いお年を!

 

 

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2019年12月30日 | コメントは受け付けていません。 |

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トイレと試験対策

2019/12/25

 トイレの話と聞くと、何やら公然と話すのは少々礼儀ないような、そしてあまり衛生的ではないよう思われるかもしれない。しかし、トイレに関しては生理現象である。生理現象とは、生物が生きているために起こる、様々な身体の現象であるからして、生きている以上、避けて通る訳にはいかない現象である。つまり、トイレの話も避けては通れない内容…ということになる。

 試験対策においてもトイレは非常に大切な要因である。私が薬剤師国家試験予備校業界に長く居座っているのは、ブログご愛読者ならご承知のこと。教室立ち上げに関わったことも、一度や二度の話ではない。いざ教室を立ち上げるとなった時。何に注意を向けなければいけないか?つまり、教室を設ける場所としての条件というものが、非常に重要にななってくる。そう、どこでもかしこでもいいという訳ではないのである。もちろん、やれ建物が立派だの、単に知名度が高い駅だの、流行りの場所だの、そんなことは教室設置場所の条件には、ほとんど関係ないと言っていいい。国家試験予備校とはいっても、立派な教育産業である。私は常日頃からこのことを、念頭において考え、行動するようにしている。『 八つ子も癎痛(小さい者でも、それなりの筋があって意地を通すもの)』ということは大切なことであり、そのように行動することに関しては譲れないとも思っている。

 閑話休題。国家試験予備校は教育産業である。その場とするのに、ふさわしい場所の条件というものは、当然存在する。昨今のこの業界は、どうもこの条件が忘れ去られているような気がしなくもない。つまり、『 教室を設ける場所としては如何なものか? 』 『 少々、利用する学生さん達の利便性というものが忘れ去られているような… 』そんな気がしなくもないのである。建物が立派、知名度が高い駅、流行りの場所…そういったモノが優先され、教室を設ける場所としての条件が少々疎かになって来ているような、そんな気がしなくもない。まあ、それぞれ考え方というものがあるのだろうから、否定する気はみじんもないのだが…この業界に長く席を置いている一講師のぼやきとでも捉えて、そこの所はサラリと流してほしい次第である。

 教室を設ける場所としての条件はいくつかある。前述のように、何所でもかしこでもいいというものではない。その条件の中でも重要なのが、トイレである。もっと正確に言うのなら、トイレの数。これが重要。教室を探している時、まずはトイレの数を確認する。さらに、実際に物件に行った時は、必ずトイレは確認する。これは教室を探す上では必須である。前述させていただいたように、トイレに関しては生理現象。抑えることなど出来るはずもない。ましてや休み時間となると、学生さんは一斉にトイレに駆け込むのだ。量や環境が非常に重要なものであることは、言わずもがな。しかし…昨今は、このことが忘れさられているような。学生さんを大勢入れるけど、トイレの数が間に合っていない…。よく耳にする話であるが、落ち着いてトイレもできないようでは、試験対策どころの話ではなかろう。

 チョット調べてみたのだが…1回の排尿時間は20~30秒くらいで、少し時間がかかるとしても1分以内と考えられているそうである。そこで、ザックリと計算してみると…薬進塾の場合。男女合わせて5つのトイレがある(男×2、女×2、男女兼用個室×1)。薬進塾は定員40名なので、全員がトイレに来たとして、40名÷5=8 となるから、1つのトイレを8人で使用する計算になる。トイレにかかる時間が一人1分として、8人で8分。講義間の休憩時間は10分なので、全員が休憩時間中にトイレを済ませることができる計算になる。もちろん、全員がトイレに来るわけではないから、実際はもう少し余裕がある事にはなると思うが…。それでも、計算上は全員が休み時間中にトイレにいける…とうことになる。

 この計算でいくと、100名が10分休憩の合間にトイレを済ませるためには、10個のトイレが必要ということになるのだが…実際、足りていない所がほとんどのようである(まあ、10個トイレがある環境というのも、そうあるものではない)。トイレに行ったけれども、長蛇の列…。予備校での休憩は、10分の所が多いようだが…『 前にいた所は、休み時間中にトイレを済ませることができなかったんですよ 』なんていう、信じられない声はよく耳にする。余裕を持ってトイレができない、講義が始まってもトイレに並んでいる…こんな状況では、落ち着いて試験対策に取り組むことなど、出来るはずもなかろう。何と言っても、相手は生理現象。抑えることができないのだから。

 さらに…薬進塾のトイレは薬進塾内にある。教室を出てすぐの所にあるから、講義中でもトイレに行きたいと思ったら、すぐにトイレに行くことができる。実際、講義中にトイレに行く塾生さんは少なくない。すぐに行けて、すぐに講義に戻ることができる。手前味噌ではあるが、良い環境だと思っている。そうなると…当然『 教室からトイレまでの距離があって… 』なんていうのも、あまりいい環境とは言えない。もちろん、『 学校以外の人も使用していて… 』なんていうのも、あまりよろしくはない。まあ、やむを得ない事情もあるのだろうが、環境として芳しくないことは確かである。『 (ビルの)他のフロアのトイレも使えるけど、階段やエレベーターで移動しなきゃならないので… 』なんていうのが、よろしくないのは言わずもがな。生理現象に関することだけに、やはり落ち着いてトイレが使える環境は必須なのである。ましてや、長く生活することになる環境なのだから…。

 先ほど『 1つのトイレを8人で使用する 』と書かせていただいたが…もちろん、8人が一斉にトイレを使用することは出来ないので、並ぶ事にはなるのだが(前述させていただいたように、1つのトイレを8人が10分休憩内で使用することは出来る)…当然、並んでいる場所も薬進塾内である。皆、楽しそうに話をしながら、和気あいあいと並んでいる。特に女性陣に顕著なのだが…。女子トイレの洗面室からは、楽しげな話声が良く聞こえてくる。笑い声が聞こえてくることも日常茶飯事である。それも、かなり大きな声で笑いあっている声が…。時期も時期。精神的にも張り詰めてくる中、和気あいあいとした話し声が聞こえたり、大きな笑い声が聞こえてくることは、非常にいいことだと思っている。生理現象としてやむを得ないことだからこそ、気軽にいける、そして楽しく笑い声が聞こえてくる環境が必要なのではないだろうか?ひっ迫している時期だからこそ、休み時間の合間位は楽しくあって欲しい。そう、思っている。例え、それがトイレに並んでいる最中であっても…いや、笑い声が聞こえてきたり、並びながら和気あいあいと話ができるトイレの環境やそんな状況こそ、試験対策にとっては必要なものではないのだろうか?そう思っている次第である。

 

 

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2019年12月25日 | コメントは受け付けていません。 |

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不安なのは、キツイのは、一生懸命やっているから。

2019/12/18

 薬剤師国家試験予備校講師を生業として、早ン十年。気がつけば、薬剤師国家試験も345題となり、題数、難易度ともに、その変貌には改めて驚かされている次第である。十年と言えば一昔…と一昔前は言われていたが、今や『 一年と言えば一昔 』の時代。まあ、我が薬進塾も来年は開校11年目。時の流れの速さには、ただただ驚愕するばかりであるが…こと薬学の、そして薬剤師国家試験の変貌の早さにも、やはり、ただただ驚愕させられるばかりである。

 そんな変貌の最中にある薬学と薬剤師国家試験であるが、今も昔も変わらないものもある。代表的なモノは、この時期の学生さんの心情であろう。この時期の学生さん達は、非常に不安定な状況にある。だからこそ、この時期の学習指導は非常に重要である。まあ、講師という仕事に真っ当に従事していれば、そのことは学生さんから読み取れるはずなのだが…。だからこそ、私は『 何故、今の時期は不安定なのか(=不安になるのか)? 』を塾生さん達にしっかりと説明している。『 何故、不安になるのか? 』の根幹が分からなければ、いたずらに不安に怯えることになるからである。不安というモノには、必ず〝種〟がある。その〝種〟が何か分からないからこそ、不安を育ててしまうことになる。だからこそ、学習指導等で『 不安の種は何か? 』そして『 何故、今の時期は不安になるのか? 』をしっかりと説明して、種から不安を育てないようにしているのである。残念ながら、〝不安の種〟を完全に取り除くことは出来ない。だからこそ、不安を育てないようにしっかりと指導していかなければならない。この時期の学習指導が非常に重要なのは、そういった理由からなのである。

 『 不安なんです 』という相談は多い。この時期は、特に多くなるのだが…この時期に多くなるのは、ン十年前からの話。そこの所は今も昔も変わらない。その度に、マンツーマンで指導していくのだが…。もちろんマンツーマンで指導するということは、一人ひとりに対し指導内容が異なるということ。同じ『 不安なんです 』という相談であっても、一人ひとりに対する指導内容が異なるものになるのは、当たり前の話。そのためのマンツーマン指導である。もちろん、誰にでも話す共通の内容というものはある。それが『 一生懸命やっているからこそ、不安になったり、キツイと感じたりするんだよ 』といった内容。そう、真っ当に勉強していれば不安になったり、キツイと感じることは当たり前の話。真摯に試験対策に取り組んでいるからこそ、この時期は不安になるし、キツイと感じるのである。

 むしろ逆の学生さん…この時期になっても、今一つ緊張感もなければ、何の悩みもない。のほほんと時を過ごしている学生さんがいたりするが、こっちの方がよっぽど問題である。『 しっかり勉強してきているから、慌てないんじゃないですか? 』『 学力が付いているから、キツイと感じないんじゃないですか? 』と思う人がいるかもしれないが…それは全くの見当違い。確かに、しっかりと勉強してきている学生さんはいる。学力が、それ相応に付いている学生さんもいる。では、そういった学生さんが不安になったり、キツイと感じていないかというと…決してそんなことはない。しっかりと勉強してきていたり、それ相応に学力が付いている学生さんであろうと、不安になったり、キツく感じたりしているのは事実である。むしろ、そういった真摯に試験対策に取り組んでいる学生さんの方が、より不安に感じたり、よりキツさを感じているようである。

 一方、真摯に試験対策に取り組んでいない学生さんは…前述のように今一つ緊張感もなければ、何の悩みもなく、のほほんと時を過ごしていたりする。試験対策としては、不安になることよりも、こっちの方がよっぽど問題である。目の前にあることに対処しようとすれば、それ相応の手間暇がかかるのは、当然のこと。『 よし、取りかかるか 』となれば、それ相応の緊張感も出てくるのも、至極当然の話。対処した結果、思い通りに事が運ばねば、不安も出てくる。何とかしようと、より手間暇かけなければならない訳だから、キツく感じるのも当然のことである。それがイヤだからと、何もしなければ…当然、緊張感もなければ、悩みもなく、キツイなんて感じることもない。『 そんな人いるんですか? 』という人もいるかもしれないが、確実に存在することは確かである。そんな人間を何人見てきたことか!以前、ほとんど勉強もせず、気が向いたら講義に出る…といった学生さん(男)がいた。たまに出席しても、受講しているのかどうか分からない態度。休み時間中は、非常に熱心にスマホ操作に取り組んでいた。あまりにもやる気が見えないので(というか、ほとんど来ないので本人自身を見ることもあまり無かったのだが…)、指導がてら『 (薬剤師)免許、欲しいんだろ? 』と聞いたところ…『 まあ、出来れば欲しいですよね 』という答が返ってきた。私が知る限り、この学生さんがMAXであろう。何のMAXであるかは、皆さんのご想像にお任せする次第ではあるが…。

 『 出来れば免許が欲しいですよね 』といった大物(?)はさておき、『 何としても合格しなければ! 』『 絶対、薬剤師になってやる! 』といった人なら、当然、真摯に試験対策にあたっているはずである。前述のように、試験対策に真摯に取り組めば、それ相応の手間暇がかかるし、緊張感も出てくることになる。思い通りに事が運ばなければ不安も出てくるし、より上を目指すためにキツく感じることもあるはず。つまりは、不安やキツさを感じるのは、試験対策に真摯に取り組んでいる証拠でもあるのだ。だからこそ、私は相談に来た学生さんにこう聞いている。『 こんなに本気で勉強に取り組んだことある? 』と…。まず100%こういう答が返ってくる。『 こんなに勉強したのは生まれて初めてです 』と…。ということは…生まれて初めての経験をしている訳だから、不安も当然のこと。生まれて初めて、〝本気で試験対策に取り組む〟といった経験をしている訳だから、キツイのも当然…ということになる。そう、真摯に試験対策に取り組んでいるからこそ、不安になりキツイのである。だから、もし不安やキツさを感じたのなら『 しっかりと試験対策に取り組んでいる証拠なんだ 』と、ある意味自分を称賛してあげるべきである。『 自分は今、生まれて初めて真っ当な試験対策をしているんだ 』と…。そうすれば、いたずらに不安を育てることもないはずである。

 『 そんな簡単なことで、片付けられないですよ 』という人がいるやもしれないが…残念ながら、不安の種を完全に取り除くことは出来ない。ならば、こうやって不安を育てないことが一番の良策ではないだろうか?『 そんなのは嫌です。不安の種を取り除きたいんです 』という人もいるかもしれないが…まあ、その方法もなくはない。どうしても知りたいという人。では、教えてあげよう。不安の種を完全に取り除く方法を。それは…前述の〝MAXで大物の学生さん〟と同じようになること。彼のようになれば、間違いなく不安の種を完全に取り除くことができる。実際、彼には〝不安の種〟の〝ふ〟の字もなかったのだから…。まあ…そうなれば〝合格の種〟も完全に取り除くことになってしまうのだが…。真摯に試験対策に取り組んでいる自分を称賛し、不安を育てないようにするのか?前述の〝MAXで大物の学生さん〟と同じように振る舞い、不安の種を取り除くのか? どちらを選ぶのかは、その人次第である。

 

 

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2019年12月18日 | コメントは受け付けていません。 |

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天は自ら助くる者を助く。

2019/12/11

 人に頼らず自分自身で努力する者には、天が助け、幸福をもたらすということ。

故事ことわざ辞典より

 

 昨今は受け身の学生さんが多い。およそ対策というモノは、自ら動いて進めていかなければならないもの。これが試験対策ならば、なおさらである。何もしないで、学力がどんどん付いていく。そんなことなどまず無い。私は学習指導でよく言うのだが…『 講義に出席する 』ということは、ただ椅子に座って講義を聞いていることではない。『 講義に出席する 』ということは『 講義に参加する 』ことであり、そこから〝大事なこと〟を掴み取っていくことである。これが能動的行動であることは言わずもがな。そして、これも指導しているのだが…講義中、講師が大切と言った所を掴み取るのは当たり前の話。しかし、それ以外の〝自分にとっての大事なこと〟も、講義の中から自分で掴み取っていかなければならない(その〝自分にとっての大事なこと〟が何かは学習指導で説明しているのだが…)。だからこそ、講義に参加しなければならない。ただ座って聞いているだけでは、〝自分にとっての大事なこと〟を見つけることも、掴み取ることもできないからである。実際、ウチの塾生さんの中でも、講師の話を聴きながらにバリバリ書いていっている人がいるが、コレなんかは〝掴み取る〟のいい例であろう。もちろん、その塾生さんの成績はいたって良好であるが…『 1つでも何か掴み取ってやる 』といった必死さがあふれ出ているのが、見ていても分かる。

 『 聴きながら 』と書かせていただいたが…。〝聴く〟は英語なら『 listen 』であり、意味は『 注意深く(身を入れて)、あるいは進んで耳を傾ける 』である。一方、〝聞く〟は英語なら『 hear 』であり、意味は『 音を耳で感じ取る。自然に耳に入ってくる 』である。そう、〝聴く〟は能動的であり、講義に参加している場合は、『 講義を聴く 』となる。一方…〝聞く〟は受動的であり、講義に参加していない場合は、『 講義を聞く 』…とい言うことになる。確かに、講義中に学生さんを見ていると…講義を〝聴いている〟学生さんと講義を〝聞いている〟学生さんがいることに気づく。そして…講義を〝聴いている〟学生さんの成績がいいことも事実である。

 前述した通り、講義を〝聞いている〟学生さんは講義に参加しているとは言えず、能動的であるが故、自分から掴み取りにいかない。与えられるのを待っている。『 何か与えてくれるのが学校(大学、予備校等を含む)だろ 』『 聞いているだけで、分からせるのが講義だろ 』という人もいる…というか昨今は、そういう人の方が多いのではないだろうか?しかし、これは間違いである。確かに、知識等を与えてくれるのが学校であるし、聞いていて『 ああ、そうなのか 』と分かるのが講義である。しかし、全くの受け身というものではない。

与えてくれた知識を掴み取る。ただ聞いているだけでは身に付かない。聞いていて、頭の中で確かめたり、イメージしたりすることにより、より深く『 ああ、そうなのか 』と刻みこんでいく、やはり、そうしなければ身には付かない。そして、それが正しい工具の受け方というものである。昨今の学生さんは〝講義の受け方〟が下手な学生さんが多い。それどころか、前述のように全く勘違いしていたり、分かっていない学生さんも決して少なくはないのである。

 受講するだけが試験対策ではない。自ら勉強していくことも、れっきとした試験対策であり、どちらかと言うとこちらの方が試験対策としてはメインである。そして…自分で勉強するということも能動的行動である。自ら講義で掴み取った内容を、自分なりにかみ砕いてモノにしておく。これが復習ということになるのだが、もちろん、復習にはやり方というものがある。そして、それを指導するのが学習指導ということで、私が常日頃から行っている指導がこれである。しかし…どんなに指導しても、勉強してくれない人がいたりする。面接して色々聞いてみるのだが、何やらのらりくらりで、『 勉強をしない 』ということに関する危機感というか、真剣さが今一つ…イヤ、今二つくらい伝わらなかったりする。どうやら、『 何とかなるだろう 』『 何とかしてくれるだろう 』と思っているようなのだが…やはり、受け身のいい例である。『 自分で何とかしようとしないと、誰も何とかしてくれないよ 』これも学習指導の時に、よく口にすることである。もちろん、指導する立場のこちらとしては、常日頃から一人ひとりの塾生さんをしっかりと見つめてはいる。しかし、やはり本人が何とかしようと動いてくれない限り、我々のフォローは微弱なものとなってしまうことは確かである。もちろん、本人が『 どうしましょう 』と相談に来てくれれば、それ相応に早く事が解決することも言わずもがなである。やはり、本人が動かなければ対策…こと試験対策においては進まないと言っても過言ではないのである。

 天は自ら助くる者を助く。天は助けてくれる。ただし、誰でも助けてくれるわけではない。自ら助くる者を助けるのだ。自らを助けようとしない者、つまり人に頼ってばかりの受け身で、自分自身で努力しない者は助けてくれないということである。前述したように、およそ対策というモノは、自ら動いて進めていかなければならないものである。受け身でいては試験対策など進むはずもない。イヤ、試験対策にたどりつくことさえできないだろう。国家試験対策の佳境に入ってきた時期。受け身の姿勢でいる人は、そろそろ重い腰を上げるべきではないだろうか?まだまだ間に合う時期である。しかし、そろそろ間に合わなくなる時期でもある。今から動きさえすれば…天は自ら助くる者を助く。天も、助けてくれるであろうから…。

 

 

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2019年12月11日 | コメントは受け付けていません。 |

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