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国家試験で奇跡は起きるのか?

2019/11/30

 起きる。これは間違いない。薬剤師国家試験予備校講師を生業としてン十年。何度も何度も奇跡を見てきた。そんな私が言うのだから間違いない。薬剤師国家試験では奇跡は確実に起きている。だから、これからも奇跡は起きる。

 ここでチョット勘違いされては困るのだが…。『 奇跡は起きるのか…だったら大した勉強していなくても… 』なんてやっている人間には、これまた確実に奇跡は起こらないのでご注意をば。『 奇跡というのは、できない人間が合格したり、勉強していない人間が合格することでしょ?だったら勉強しないで合格するのが奇跡じゃないですか 』と思う人がいるやもしれないが、そうではない。

 ブログにも何度か登場させていただいた、将棋棋士の升田幸三先生。私は、あまり〝(自分が)尊敬する人物〟というのを軽々しく口にはしないのだが…それでも、尊敬していると口にする人物の一人が升田先生。そのあまりの豪傑ぶりは、尊敬を通り越して、ただただ驚愕するばかり。まあ、升田先生のことをここで書かせて頂くにはスペースが足りなさすぎるので、今回は省かせて頂くが…その升田先生が言ったのが次の言葉。

イチかバチかのやけっぱちみたいなことをやるのを、勝負師という人があるが、これは間違いです。そういうのは勝負師とはいわない、賭博師という。

まさに同感。これを、前述の国家試験の奇跡に当てはめると…

イチかバチかのやけっぱちみたいなことをやるのを、試験対策という人があるが、これは間違いです。そういうのは試験対策とはいわない、博打という。

といったところだろうか?『 博打だって良いんです、合格すれば 』という人。確かに合格すれば、博打だって何だって良いだろう。しかし『 博打での合格 』いうことを考えた場合…博打であるからして、そういう結果、つまり望んだ結果にならない場合の方が圧倒的に多いということ。国家試験で考えるならば…まあ、必須問題もあるが、基本的に5つの選択肢の中から正しいモノを二つ選ぶタイプの問題を1題とすると…それで225題一致していなければ合格とはならない。パチンコや競馬と比べて、その勝率は恐ろしく低い確率である。『 博打だって良いんです、合格すれば 』という気持ちは分からなくもないが…それで望んだ結果を手にするのは、確率的に、もの凄い低いということ。『 でも、それで合格するから奇跡なんじゃないんですか? 』という人がいると思うが…試験対策の〝奇跡〟と博打の〝たまたま〟は全く違うものである。

 学生さん達が苦手科目として口に出すのが有機化学。ウチの塾生さん達も、その対策には力が入っている。私は常々『 試験対策では、満遍なく勉強すること 』と口酸っぱく指導している。もちろん苦手だろうが、得意だろうが、そんなことは関係ない。試験範囲を満遍なく勉強することは、試験対策の定石だからである。しかし、この定石を無視する人は思いのほか多い。以前、『 有機化学は難しいから…他の科目で点数を取って… 』などという、誤った試験対策が横行したことがあった(まあ、今も横行しているのだが…)。早い話、有機化学の勉強をほとんどせず、他の科目の勉強に時間を費やすということ。もちろん、私はいつものように『 満遍なく勉強しなさい 』と指導していたのだが…。いざ、その年の国家試験になってみると…有機化学が、思いのほか簡単であった。有機化学のやるべき勉強をしっかりやっていれば、高得点が得られるような問題だったのである。実際、試験から帰ってきた学生さん達が『 有機化学、簡単でした 』『 有機、取れましたよ 』と笑顔で話してくれたのを、昨日のことのように覚えている。ところが…有機化学を勉強していなかった人は、何年に一度の好機である〝有機化学が簡単な国家試験〟を逃すことになってしまった。しっかり勉強していたからこそ、〝有機化学が簡単という奇跡〟を得ることができたのである。そして、勉強していなかった人は、その奇跡を逃すことになった…。

 私が学生さんによく言うのが、『 気になったことは、必ず調べたり、質問したりするように! 』ということ。国家試験対策に長く関わっているが、やはりちゃんと勉強していると、何か降りてくるモノ…と言うと何やら怪しく聞こえるが、やはりそういったモノがあるようである。妙に気になる。ピンと来るものがある。そして、それを調べたり、質問して解消しておくと…それが、国家試験に出た。そんなことは、山のように知って…イヤ、日常茶飯事である。トイレで隣になった学生さんが、何気に質問してきた内容が出題された。国家試験の前日に、学生さんが『 あの語呂合わせなんでしたっけ? 』と聞いてきた内容が、翌日出題されていた。国家試験の一週間前に、『 どうしてもコレ分からないんですよね 』と聞いてきた学生さんがいたが…質問に答えて教えていくと『 ああ、やっと分かりました 』なんて笑顔で答えていたのだが…その内容が丸々国家試験に出た。こんな例は数えきれないほど…イヤ、前述のように日常茶飯事である。毎年のように起きることなので、果たして奇跡と呼べるかどうか…。しかし、当の本人にとっては奇跡であろう。トイレで何気に聞いたこと、前日に聞いた語呂合わせ、分からずにやり過ごそうと思っていたが質問で理解した内容…そんなことが出題されて合格したのだ。もし、それをしていなかったら…そういう機会がなかったら…そう考えれば、やはりこれらは間違いなく奇跡と呼べるのではないだろうか?

 先ほど、『 試験対策の〝奇跡〟と博打の〝たまたま〟は全く違うものである 』と書かせていただいたが、この理由がお分かりいただけただろうか?『 チャンスは、準備をしている人のところにやってくる 』と言ったのは、生化学者・細菌学者であるルイ・パスツールであるが、まさにこの通りだと思う。やるべき事をしっかりとやっている人に、奇跡は訪れるのだ。それは決して博打ではない。私は常々『 奇跡とは起きるモノではない。自分で起こすモノだ 』と言っているが…そう、奇跡とは自ら起こすモノなのだ。〝奇跡〟と聞くと、何やら怖気づいてしまうが…なあに大したことはない。結構簡単に奇跡なんて起こせるのだ。ましてや、『 ギネスに挑戦しろ 』だとか、はたまた『 命の危険性がある大技をやってのけろ 』という類の奇跡を起こせ、と言っているのではない。『 国家試験に合格する 』ための奇跡なのだ。そんなに難しいことではないのは、先にあげた奇跡の例をご覧になっても分かるだろう。分からないことを放っておかないで、聞いたり質問して解消する。気になることを放っておかないで、聞いたり質問して解消する。それだけのことで、起こせる奇跡なのだ。さして難しくはないはずである。イヤ、むしろ試験対策においては当たり前のことである。

 国家試験対策も佳境に入ってきた。105回の国家試験を受験しようとしている人は、やるべき事をしっかりとやってもらいたいと願っている次第である。くれぐれも、博打はしないように!やるべき勉強をしっかりとやる。分からないことは、調べたり質問して、1つ1つ解消していく。これが試験対策の定石であり、そして奇跡を起こす一番の方法である。そこの所をしっかりと肝に銘じて、試験対策に励んでもらいたいと思う。なあに、大丈夫。奇跡なんて結構簡単に起こせるのだから…。

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奇跡を願ってもよい。しかし、奇跡に頼ってはいけない。  by ユダヤの格言

 

 

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2019年11月30日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

When you curse someone, you dig your own grave.

2019/11/23

 薬進塾ブログ史上3回目の英語のタイトル。ちなみに…一回目は『 Slow and steady wins the race 』というタイトルで、意味は『 ゆっくり着実にやれば、必ず競走に勝つ  』。二回目の英語タイトルは『 You have to learn to walk before you can run 』で、こちらは『 走る前には、歩くことを学ばなければならない 』といった意味。どちらも、誠実なイメージのある言葉ですが、今回のブログタイトルは、これらのタイトルとはかなり趣向が違っていて、少々おどろおどろしいもの。今回のブログタイトルの意味は『 誰かを呪うとき、自分の墓を掘る 』。

 どうも世の中には、自分の気に入らない人やモノに対し、何らかの攻撃を仕掛けてくる人がいるようで…。まあ、手っ取り早く言うならば、自分の気に入らない人に対し、嫌がらせや困るようなこと、行動を邪魔するようなことをする輩がいるということ。気に入らないから嫌がらせをする…何とも単純な行動ではないかと思うのだが、まあ人間的には大いに難ありと言ったところ。しかしながら…『 足は引っ張れども、引っ張れず 』『人の邪魔をする者は、同時に己の道をも阻む。 』『人にした事は いつかは 自分に返る 』等のブログでも書かせていただいたのだが…こういう単純な、そして野卑な行動を取る輩は少なくない。そして、国家試験対策の場においても、そういった輩がいるということ。

 さらに…そういった野卑な行動を取る輩は、自分が気に入らない人間全てに対して、そういった行動をとるのかというと…決してそうではないところがポイント。自分より強い人間には、嫌がらせや困るようなことはしなかったりする。そう、自分より強い人間には何もしないが、自分には反撃してこないと判断した人間には、色々と仕掛けてくる…。反撃してこないのをいいことに、好き勝手に嫌がらせをしてくる、嫌味を言う…。まあ、厄介なことこの上ない輩といえるだろう。

 予備校講師を生業として早ン十年。どれだけの学生さんから、嫌がらせの相談を受けてきたことか…。『 予備校に来る 』という事は『 国家試験に合格するために勉強しに来る 』ということ。ざっくばらんに言うならば、それ以外のことは不要と言ってもいいはず。私も、学習指導の時に『 遊びに来たり、友達作るために来ている訳じゃないんだから… 』と、よく言っている。あえて友達を作る必要もなければ、皆で一緒に何かをする必要もない。勉強しに来ている訳だから…。もちろん、成り行きというか、一緒に試験対策を行っているうちに、親しくなったりするのは一向に構わない。『 あえて友達を作るための行為をする 』『 あえて皆で一緒に何かをする 』必要はないと言っているのである。何度も言うが、試験対策をしに来ている訳だから…。同じように、逆も言える。つまり『 試験対策に来ているのであって、気にいらない人間に嫌がらせをしに来ている訳ではない 』ということ。

 嫌がらせの対象になっている学生さんのほとんどが、反論しないタイプの人。やはり、大人しいタイプの人が対象になることが多い。一方、嫌がらせをする人は…気が強く、どちらかというと声も大きく、そこそこ頭もいい(ずる賢い?)『 自分の考えが絶対 』的なワンマンな人間が多いようである(偏見ではなく、あくまでも私が長年見てきた結果としての一意見である)。私もアレコレ反論しないで聞き流すタイプ(相手をするのが面倒くさいので…決して大人しいタイプではない:笑)だが…やはり、これ見よがしに嫌味を言ってくるワンマンな人というのに、遭遇したことは結構ある。そんなのが職場にいたりすると、厄介なことこの上ない。往々にしてそういう輩は、自分が知りもしないことに関しても『 自分の考えが絶対 』といった言動をする。もちろん、謙虚さなど微塵もないような輩であるから、四六時中、強気強気。私の目の前で、自分が気にいった人間には、これ見よがしに仲良くして、自分の益になるなと思った相手に対しては、猫なで声で接して…まあ、『 あなたとは態度が違うのだよ 』と見せつけているのであろうが…。で、自分の気に入った人間や益になると思われる人間がいなくなるや否や…いきなり表情が変わって、こちらに嫌味と嫌がらせの応酬…で、せせら笑っている…。またはムスッとして、不機嫌オーラを振りまいている…。まあ、こちらとしては、たまったモノでは無かったのだが…おかげで、そういうことをされている学生さんの気持ちが分かるようになったのは、まさにケガの功名。学生さんが『 嫌がらせを… 』と相談に来た時も、すぐに本当なのか、それとも思い込みなのか判断することもできたりする。嫌がらせをしている輩の名前を聞いて『 ああ、やるだろうな… 』という判断をすることもできるようになった。なので、『 なるほど…さあ、どうしたもんかな… 』なんていう具合に対応すると…弱々しく、そしてホッとしたように『 信じてくれるんですか? 』と口にしてくれたりする。長い講師生活、そして自分もそういうことをされてきた経験(?)から、それがウソか本当か位は、楽に判断できる。もちろんアドバイスも…。

 とにかく関わらないこと、反応しないこと。これが一番の対応策である。そばに寄らない、口を聞かない、そのグループから出る…。それが一番の方法と伝えている。まあ、そこら辺に関しては前述したブログ等で詳細が書かれているので、興味ある方はご一読願いたい次第で…。そして、もう一つ伝えていることは…『 そういうこと(嫌がらせ等)をしている人間には、それ相応の報いがあるから、わざわざ恨んだりする必要はないよ 』ということ。

 『 天網恢恢疎にして漏らさず 』という言葉がある『 天網は目があらいようだが、悪人を漏らさず捕らえる。天道は厳正で悪事をはたらいた者には必ずその報いがある(大辞林より)』という意味であるが、まさにこの通りであると思う。自分の気に入らない人に対し、嫌がらせや困るようなこと、行動を邪魔するようなことをする輩は、それ相応の報いを受けるということ。実際…私はそのような〝報いを受けた人間〟をたくさん見てきている。先ほど『 私もアレコレ反論しないで聞き流すタイプ 』と書かせていただいたが…実は、そうなることを知っているから、わざわざ憤慨する必要もないと思っての〝聞き流し〟なのである。何かされたと、憤慨したところで、そんな輩には焼け石に水。何が解決する訳でもないので、憤慨したところで、全くもってエネルギーの無駄である。こちらがあえて何かしなくとも、しっかりとその報いを受けることになるのだ。その報いが来るのを楽しみに、聞き流していればいいだけの話である。

 そして、これは試験対策の場にも言える。自分の気に入らない人に対し、嫌がらせや困るようなこと、行動を邪魔するようなことをする輩は、何気に国家試験において残念な結果になっている場合が多い。しかし、これには、ちゃんとした理由がある。『 試験対策に来ているのであって、気にいらない人間に嫌がらせをしに来ている訳ではない 』と書かせていただいたが、まさにコレ。試験対策そっちのけで嫌がらせや邪魔などしていたら、自分の勉強はいつやるのか?そんな暇があるなら勉強しろ…という話。もちろん、無視してやろう、何してやろうなど考えている時間も、勉強には使われていない。『 あの人は… 』なんて陰口叩いている時だって勉強はしていない。勉強に使えばいい時間を〝相手を攻撃する時間〟や〝陰口をたたく時間〟に使っている。試験対策とは無関係なことに手間暇かけているのだから、試験対策が滞るのは必然のこと。もちろん、良い結果だって出るわけがない。まさに、本ブログタイトルの『 When you curse someone, you dig your own grave 』つまり『 誰かを呪うとき、自分の墓を掘る 』である。

 試験対策も佳境に入る時期であるが…こんな時期になっても、やはり、嫌がらせ云々の問題は少なくないだろう(ちなみに、我が薬進塾には全くないが…)。嫌がらせにあっている受験生の人は、とにかく合格することだけを第一に考え行動してもらいたい。そう、そういう輩に関わらないこと、嫌がらせに反応しないということ。そんなことに気を煩わせている暇はないのだ。何が何でも合格しなければならないのだから…。それでも、どうしても気になってしまう時は…『 When you curse someone, you dig your own grave 』この言葉を思い出してもらいたい。そして、自分自身も『 墓を掘るような行為には十分気をつけなければ 』と、くれぐれも自戒してもらいたい。そう思っている次第である。

 

 

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2019年11月23日 | コメントは受け付けていません。 |

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笑顔と笑い声のある教室

2019/11/12

 先日、とある講師が講義へと教室に入って行った時。教壇まで行く間(と言っても3、4歩の距離ですが…)塾生さん達に何か話しかけると…塾生さん達から笑い声と、何やら楽しく話合う声等が飛び交っていました。講師と塾生さん達が、教室で和気あいあいと話している…そんな予備校を作りたいなという思いから、薬進塾を立ち上げましたが…そんな願いが叶ったようで嬉しい限りでした。

 数日前も、ある講師が講義後に講師室で質問に答えていた時のこと。皆が苦手な科目とあって、質問する人は何気に多かったのですが…イヤな顔せずに、一人ひとりに一生懸命教えている講師。『 少しでも分かり易く… 』と頭をひねりながら一生懸命教えていましたが、聞いている塾生さんの方も『 何とかモノにしよう 』と真剣な面持ち。そんな2人を見ていると、やはり『 薬進塾をやって良かったな… 』と心から思う次第で…。そして『 ああ、そうかぁ! 』と、疑問が解決した塾生さんの笑顔と、その笑顔を見て笑顔になる講師を見て、ついついこちらも笑顔に。その後も、更にアドバイスを入れてくれる講師を見た時には、嬉しさも一入。満足した顔で次の質問者を呼びにいく塾生さんですが…薬進塾では、質問はマンツーマンで応対するので、先に質問している人がいる場合は、〝質問待ちボード〟に順番に氏名を書き、質問が終わった人が次の人を呼びに行くシステムになっています。少人数ですから、皆知った顔。それでも相手を気遣って、教室に入って『 ○○さ~ん 』なんて気兼ねなく呼べる環境に、やはり嬉しさを感じているのです。

 薬進塾の講師室には、黒板が設置されています。そこには、講義に関係ある資料が色々と掲示されています。紙ベースの資料だけではなく、中には〝一包化された錠剤〟なんていうものもマグネットで貼ってあったりもします。もちろん〝ゾフルーザの医療向けパンフレット〟や〝エリプタの吸入方法〟なんていう、紙ベースの資料も掲示されていたりします。他にも、講義した内容の過去問題(今の学生さんは入手できない過去問題)や講義内容の補足、講義中に解いた問題の解説(講師の手書きの場合も多々あります)なんかも掲示されていますが…私が個人的に『 これ、分かりやすいな 』なんていう資料があると、コピーして掲示したりします。塾生さん達はそれらを見て、講義内容の理解を深めたり、勉強の参考にしたりするのですが、何気にコピーしていく人も少なくありません。先日も、皆さんが苦手とする科目の分かりやすい資料があったので、それをコピーして掲示しておいたのですが…『 コレいいよね 』『 分かりやすい 』等、皆でワイワイ楽しげにコピーしていました。皆で譲り合ったり、一緒にコピーしたりで、これまた何とも微笑ましい限り。私が何より嬉しかったのは、普段話をしたところを見たことがない2人(2人とも女性)が、一緒に協力して笑顔でコピーしているのを見た時。『 この2人、普段、話をしているところ見たことないなぁ… 』と思って見ていたのですが、そんなこちらの思いもお構いなしに、仲良く笑顔でコピーしているのを見ていると、やはり『 薬進塾をやって良かったな… 』と心から思う次第でした。

 確かに、試験対策の日々においては、ある程度の緊張感は必要かもしれません。しかし、毎日毎日ガチガチなってしまう緊張感や、心身ともに大きな負担として、常に重苦しく乗っかっているような緊張感であってはならないと思います。試験対策の日々、誰もがそれ相応の緊張感を抱えていると思います。しかし、ホッとしたり、緊張を忘れてしまう一時も必要なはずです。緊張感がいつも付きまとってしまう日々だからこそ、その緊張感を忘れる一時が必要である。私はそう思っています。

 試験対策の日々は、心身ともにキツイ日々であるかもしれません。やることは山のようにある。思うような成果が、なかなか得られない。大事なことが、なかなか理解できない歯がゆさ。これからのことに対する不安。皆、そういったモノを、多かれ少なかれ抱えているのです。学習指導等でも、よく話すのですが…私の長い講師人生の中で『 余裕、余裕 』なんていう具合に、スイスイと進んで合格していった人なんて一人もいませんでした。皆、本当に一杯一杯…という感じで合格していっているのです。見ているこちらが『 キツそうだな… 』なんて思わず心配してしまう人など、毎年ン十人といます。でも、そんな試験対策の日々の中でも、皆で楽しく語らっていたり、マンツーマンで講師から教わって笑顔になったり…そんなキツさを忘れてしまう一時があったりすることも事実なのです。

 心身ともにキツイ試験対策の日々だからこそ、笑顔が出る環境にしたい…。色々な予備校に在籍してきた長い講師生活の中で、試験が近づくにつれ、どんどん疲弊し、笑顔が無くなっていく学生さんを何人見てきたことか。そんな学生さんを見かける度に、励ましてきてはみたものの…一人の講師が、声をかけてあげられる学生さんの数など知れたもの。『 確かに大変な日々かもしれないけれど、だからこそ笑顔が出る環境で無ければならないのでは?試験対策のキツイ日々だからと言って、笑顔まで失う必要はない。試験対策の日々の中でも、笑顔が出る…そんな予備校があっていいはずだ…イヤあるべきだ。そんな予備校を作ろう 』そんな思いが、薬進塾を作る動機の一つになったことは間違いありません。今、こうしてブログを書いていて…前述させていただいたように、〝笑顔がある予備校〟として薬進塾が機能してきていることを確認し、嬉しく思っている次第なのです。どうせ笑うなら、皆で笑った方が楽しい。講師も塾生さんも、皆が笑顔になった方がいい。そして、見ているこちらも…どうせ見るなら笑顔を見たい。いつもいつも、そんな思いでいるのです。

 

 

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2019年11月12日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

過去問のスペシャリスト

2019/11/05

 以前勤めていた職場での話。ある学生さんと話していた時、こんなことを言っていた。『 ウチの(大学の)学生は過去問解かせたら、世界一速いですよ。皆、(問題分の)最初の4文字見ただけで、答が何番か言えますから 』…少々自嘲気味には話してはいたものの、どこか自慢そうであったことも確かである。まあ、ある意味スゴイことと言えば、スゴイことではあるが…。

 ブログ等で何度か書かせていただいたが…私は薬剤師国家試験も含め、全部で6つの資格試験対策(うち5つは国家試験)に関わってきた。いずれの試験においても、過去問題は大切である。受験生ともなれば、過去問題を基に試験対策を進めていくことが定番であるからして、いずれの試験対策においても、皆、過去問題を丁寧に勉強していた。しかし…薬剤師国家試験対策の受験生ほど、『 過去問、過去問 』と大騒ぎしていた覚えはない。確かに、過去問題は重要であり、当然ながら各試験対策の受験生はそれを熟知しており、そしてしっかりと勉強していたことも間違いはない。だが、薬剤師国家試験対策の受験生に比べると、そこまで過去問題(これ以降、過去問と記させて頂く)に昏倒しているようでも無ければ、大騒ぎしているようでもなかったような気がする。試験対策の一課程…そんな感じで、過去問を扱っていたよう思える。ぶっちゃけた話、薬剤師国家試験対策の受験生だけが、口を開けば『 過去問、過去問 』と大騒ぎして、そしてそれに昏倒しているということ。

 『 過去問、過去問 』と大騒ぎしている割には…過去問の勉強の仕方、すなわち〝過去問のやり方〟を間違えている人は多い…イヤほとんどと言ってもいいだろう。過去問の扱い方が分かっておらず、勘違いしている。過去問には過去問の勉強方法がある。ただ、やればいいというモノではない。そこを理解していない人がほとんどである。何事においてもそうであるが、およそ物事というのは、正しいやり方で行わなければ効力は発揮されないものである。それどころか、下手をするとマイナスの効果が出てしまうことも、無きにしも非ず。〝過去問のやり方〟もそれ然り。誤ったやり方をすることによって、害が出てしまうことも少なくはない。

 〝過去問のやり方〟を誤ってしまうことによる害には…例えば『 どんなに勉強しても成績が上がらない 』なんていうものがある。まあ、誤ったやり方で勉強をしている訳であるのだから、成績など伸びることなど、まず無い。そして、もっと厄介なのが『 (〝過去問のやり方〟を誤ると)本来なされるべき試験対策から大きく逸脱した対策 』になってしまうということ。早い話、とんでもなくズレた試験対策をやってしまうようになるということ(とてもではないが試験対策と呼べる代物ではないのだが…)。ズレた試験対策であるから成績も上がるはずなどないのだが…何が厄介かというと、それが〝正しい試験対策〟と思いこんでしまい、本来あるべき試験対策をやらなくなってしまう。これが、一番の害である。〝誤ったやり方〟なのに『 これが正しいやり方 』と一旦思いこんでしまうと…そこから抜け出すことは非常に難しい。実際、そういった学生さんに何度も指導して、正しいあるべき姿の試験対策を伝えるのだが…中々、そこから抜け出せない学生さんは多い。

 前述の『 過去問解かせたら、世界一速い。(問題分の)最初の4文字見ただけで、答が何番か言える 』なんて言うのは、〝過去問のやり方〟を間違えているが故の、代表的な害であろう。『 こんなやり方はおかしいよね… 』などと笑っている人がいるかもしれないが…。確かに、これは極端な例であるかもしれない。しかし、これと似たようなやり方をしている人は多い。ハッキリ言ってしまうが『 問題を見て、何故かは分からないけれど、答は知っている(分かる) 』というのも、さして変わらない状態である。当人はいざ知らず、我々講師陣からすると五十歩百歩といったところ。何と言っても『 過去問を解いていない 』のだから、両者に違いなどほとんどない。『 えっ?でも、問題見て答えが分かるんですよ 』というかもしれないが…それは『 答えを知っている 』というだけであり『 問題を解いた 』とは言わない。

 確かに『 知っているか、どうか? 』を問われることが、メインとなっている問題もある。例えば『 日本の首都は東京である 』などという問題などは、知っていることがメインになる問題であろう。しかし…では〝首都〟とは何なのか?東京はどこにあるのか?そういった事も付随して知っておかなければならない。それが〝知っていることを問われている過去問題〟に対する、勉強のやり方である。『 知っているから大丈夫、1問クリア 』などとやっていると…ちっとも、その過去問は活かされていないことになる。そう、『 ただ知っているだけ 』に留まってしまうということ…。

 何故、その答なのか?その理由をもってして、解答するのがほとんどの問題であろう。そういったタイプの問題に対し『 答を知っているから、1問クリア 』などとやってしまうと…前述の『 最初の4文字見ただけで、答が何番か分かる 』といった〝過去問のスペシャリスト(?)〟になってしまうので注意が必要である。『 温度は示強性状態関数である 』なんていう問題も、『 温度は示強性状態関数だから○ 』で終わってしまうと…『 では、濃度は? 』なんていう問題には、答えられなくなってしまう。しかし、『 示強性状態関数とは、どういうものか? 』を理解し、その観点で『 ○ 』と答えられるのならば…『 では、濃度は? 』なんていう問題にも十分対応出来るはずである。こうやって勉強していくのが、正しい過去問の勉強方法なのである。これでも、まだまだ過去問の勉強の初歩の初歩にしか過ぎないのだが…。

 過去問の勉強に明け暮れている人も多いことと思う。やっつけ仕事のように、過去問をこなしていく人も少なくはないが…。先ほど、全部で6つの資格試験対策に関わっていた、と書かせていただいたが…どの試験対策にも、まことしやかに伝えられているのが『 過去問を○回やったら合格する 』といった都市伝説。そう、これはまことしやかな都市伝説にしか過ぎない。確かに、やっつけ仕事で過去問をバンバンやれば、合格できるような資格試験も無くはない。しかし、薬剤師国家試験は、そういった類の試験ではない。それ相応の学力が必要なのである。そして、その学力を身に付けるために過去問というものがある。前述のように、ただやればいいというものではない。それ相応の学力を得るための、〝過去問の扱い方・過去問勉強のやり方〟というものがあるのだ。過去問にしっかりと対応して、合格できるだけの学力を身につけるのか?いたずらに回数をこなしたり、単に答を覚えるだけに留まり、前述のような〝過去問のスペシャリスト〟になるのか? それは、その人次第である。

 

 

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2019年11月5日 | コメントは受け付けていません。 |

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