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この時期の学力は…

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2019/10/28

 この時期によく聞かれるのが、『 この時期、どれ位の学力があればいいのでしょう? 』といった内容。似たような感じで『 この時期には、どれくらい(試験の点数が)取れていればいいのでしょう? 』といった質問も多い。要約するならば『 今の私の学力は、如何なものなのでしょう? 』といったところ。

 卒業試験は別として…何故、別なのかというと、大学によって試験日はもちろんのこと、試験回数、合格条件等が異なるからである。よって、『 卒業試験合格のためには、現在どれ位の学力が必要とされるのか? 』は、人によってまちまちということになる。条件が違う以上、一緒くたに評価することなどできるはずもない。マンツーマンで応対して、卒業試験に関する情報を聞き出し、さらに現在の学力状況を判断していくという手順が必要になる。やはり、1対1での応対が必要になるということ。その上で『 卒業試験合格のためには、現在の学力で… 』と指導していくことになる。指導するには、指導する内容によって、それ相応の〝応対の仕方〟というものがある。全部同じ…という訳にはいかないのである。卒業試験対策の指導も、それ然りである。

 閑話休題。卒業試験は別としても、国家試験対策においては、正直な話、今の学力云々で国家試験の合否や総合的な学力は判断できる状況ではない、と言っていいだろう。国家試験は2月の終わり。今は、まだまだ国家試験に対する学力に〝伸びしろ〟があるといえる状況。つまり今は、まだまだ学力を伸ばすことができる時期であるということ。今の学力は、ある意味〝伸びる前の学力〟であるからして、それで国家試験云々を判断できるのかというと、そうでないことは言わずもがな。今の学力を、国家試験の合否判定基準にしようというのは、正直乱暴すぎるというか、無理があると言っても過言ではない。

 『 この時期には、どれくらい(試験の点数が)取れていればいいのでしょう? 』といった相談も多いが…では、その試験とは何であろう?この時期、皆が口にする試験とは、過去問題ベースの試験である場合がほとんどである。卒業試験を、過去問ベースにしている大学は多い…というか、ほとんどであろう。過去問題そのままの場合もあれば、多少のモディファイ(一部修正)が施してある場合もある。しかし、過去問題がベースになっていることは確かである。そういった試験は、過去問題をベースにある程度勉強すれば、それ相応の得点が可能である。過去問題の答は分かっているからである。だから、過去問題でそれ相応の点数が取れても、国家試験で点数が取れるかというと、そうではない。過去問題 = 次の国家試験 問題 ではないからだ。確かに過去問題は大切なものであるし、それをベースに勉強していくということは、試験対策の要であることも確かである。しかし、過去問題のあり方としては、あくまでも〝試験対策における必須アイテム〟のウエイトの方が大きく、〝国家試験に合格できるだけの学力があるかどうかの判定基準〟としてのウエイトは、正直な話、あまり大きくはないと言っていいだろう。確かに国家試験に合格するひとは、過去問ができる。では、過去問ができるからと言って、国家試験に合格できるのかというと、決してそうではないからである。過去問題ができる・できないは、あくまでも『 勉強しているかどうか? 』『 学力がついてきているかどうか? 』といった、国家試験対策の進み具合の判定基準や、学力習得の目安となるものであって、それで国家試験合格を判定できるかというと、それは少々乱暴であると言わざるを得ない。その証拠に…過去問題ばかりやって、過去問題は完ぺきなどという人が、国家試験で残念な結果になっているという場合は少なくない。ブログ読者の中にも、そういう人を知っているといった方は多いのではないだろうか?

 だから『 過去問ベースの試験で、これ位取っているのですが… 』と現時点で言われても、あくまでも今後の参考にしかならないということ。まあ、私ならば、それでその人の学習状況を判断する…といった判断材料にはさせてもらうが…。現時点での学力を、ある程度推察する材料にはなるが、その程度でしかない。何故なら、重要なことは、国家試験を受験する時の学力だからである。今、どんなに学力があろうと、国家試験受験の時にそれ相応の学力が付いていなければ、合格は難しいだろう。逆に、今、それ相応の学力が無かったとしても、国家試験を受験する時に十分な学力が付いてさえいれば、合格できるのである。今の時期の試験の点数だけをもってして、『 国家試験に合格できるかどうか? 』を判定するのは、やはり少々乱暴すぎると言っていいだろう。今は、まだまだ国家試験に対する学力に〝伸びしろ〟がある時期なのだから…。そういった意味では、過去問ベースの試験結果は、現時点での試験対策の進み方が良好か否かの、判断材料にはなるだろう。試験結果は、そう活用した方がいいと思う。もちろん『 なんだ、まだまだなのか…余裕あるな 』などとやっていると、その伸びしろを有効に活用することができないことも、付け加えておこう。

 今の学力といったところで、正直な話、〝芽が出たばかりの学力〟と言っても差し支えないほどのものである。試験範囲全てに手をつけ勉強しているというのならまだしも、そういった方はほとんどいないはず。全範囲手をつけていないのに『 今の学力は… 』といったところで、やはり尚早というものではないだろうか?むしろ、これから『 如何に、その芽を育んでいくか? 』の方が、今の学力云々よりよっぽど重要なことである(もちろん、まだ芽が出ていない人は急がなければならないが…)。だから、当塾の塾生さんには、『 あまり試験結果や、今の学力云々ばかりに気を取られないように。日々やるべき事を、しっかりやり続けることが大切 』と、日ごろからアナウンスをしている。もちろん、日々我々が学習状況、成績等をしっかりと管理して、それ相応に指導しながら芽を育んでいることは言わずもがな。

 確かに、現在自分はどの程度の学力があるのかは、誰もが気になるところ。『 これ位の学力が付いていれば大丈夫 』という声を聞きたいというのが本心であろう。そして安心したい…その気持ちは分からなくもない。しかし…では、一体どれ位の学力が付いていると言ってもらえれば安心するのだろう?

 安易な安心をするために、何かを求めることは危険なことである。特に試験対策において、『 これ位取れれば… 』という安心は油断と隙を生む危険物である。この時期に、そこそこの成績を取り、それに足元をすくわれた人間を何人見てきたことか。そう、国家試験対策で重要なことは『 どれ位の学力があれば合格するか? 』ではなく『 少しでもいいから学力を身に付けること。ほんの少しでもいいから、できる限りの学力を身に付けること 』なのである。私が常々、合格の秘訣として指導している内容も、これと同じような内容である(もう少し細かく指導しているが…)。『 この時期、どれ位の学力があればいいのか 』ではなく『 今は少しでもいいから学力を身に付ける時期 』が正しい試験対策のあり方である。先ほど、『 今は、まだまだ国家試験に対する学力に〝伸びしろ〟がある状況 』と書かせていただいたが、まさにこの状況なのである。今は『 国家試験までの間、出来る限りの学力を身に付けるための試験対策を構築する時期。そしてそれを、日々しっかりと実践していく時期 』であることを、認識しておいてもらいたい。下手な偽りの安心感を持つより、そちらの方がよっぽど重要なことなのだから…。私は、常々そう指導している。

 国家試験までの間、日々、少しでもいいから上に登ること。これを忘れないように!

 

 

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2019年10月28日 | コメントは受け付けていません。 |

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    2019年10月28日 | コメントは受け付けていません。 |

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    体調管理と試験対策

    2019/10/23

     この時期になってくると、体調が今一つ芳しくないといった学生さんが増えてくる。実際、ウチの塾生さんの中にも、体調が今一つといった人は少なくない。中には、〝今一つ〟どころか〝完全なる体調不良〟といった塾生さんもチラホラ。そんな塾生さんからの相談を受けながら、体調管理も含め色々指導するのも、講師としての大事な役目。病院に行くことを進める場合も結構あるが…幸いなことに我が薬進塾の周りには医療機関が多く、講義が終わり次第、そちらに向かう人も多い。

     体調不良になる原因はいくつかあるが…ここ最近では、やはり〝気候の変動の激しさ〟が大きな要因であろう。とにかく寒暖差が激しい。日ごとに変わる温度の差が激しいというのは、徐々に体調を蝕む要因となる。当然、〝外〟〝電車内〟〝屋内〟の温度差も激しいものとなるので、体力が削がれるのも一入。これに〝台風〟が加わることにより、湿度の差も激しくなってくる。中には、台風に伴う気圧の変化で不調をきたす人もいる。持病がある人などは、特に体調不良に陥りやすい。そういった意味からも、ここ数日はかなり〝身体に堪える日々〟となっていることは間違いない。体調不良になるのも、ある意味、致し方ないことである。

     もちろん、試験対策の日々の疲れが出てきているのも事実である。実は、〝学生さん達が体調不良になる時期〟というものがある。私は『 ○日位で、疲れが溜まってくる 』『 ○日位になると体調不良者が急増する 』ということが、長い講師生活の経験から分かるようになったが、毎年その通りに体調不良の学生さんが続出している。つまり、不謹慎な言い方をさせてもらうならば、『 この時期、体調不良者が出るのはいつものこと 』ということになる。

     不謹慎な言い方ではあるが…実はある意味、『 手応えあり 』の部分が無くもない。手っ取り早く言わせて頂くならば、真っ当な試験対策を行っているからの体調不良であるということ。ウチに来る塾生さんは、皆、口を揃えてこう言う。『 こんなに勉強しているの、生まれて初めてです 』と…。つまり、今までは試験対策といっても、それ相応の勉強をしたことが無かったり、それ相応の時間をかけたことが無かったということ。薬進塾に来ると、学習指導にて勉強時間や復習のやり方等を指導しているので、皆、その通り勉強することになるのだが…。今まで、そういったことをしてきていなかったので、やり始めるとなると少々の負担を強いられることになる。厳しい言い方をさせていただくのならば、今まで真っ当に勉強していなかった人間が、毎日勉強する生活をすることになる訳だから、それ相応の負担にはなるだろうし、やはり体調面にも負担がかかることになるのは、ある意味いたし方ないことなのである。しかし、これを乗り越えなければ、試験対策の日々など送ることはできない。何といっても、毎日決められた時間通りに勉強をするということは、試験対策の日々においては常なること。逆に、これを乗り越えられないと…勉強しているんだかしていないんだか分からないような、やったりやらなかったりの中途半端な、とてもではないが〝受験生活とは呼べない日々〟を送ることになってしまう。何やら大そうな話になってしまった感があるが、実は、それ程大そうな話でもない。毎日決められたとおりに、真っ当な勉強をする。合格してきた人たちが、皆、乗り越えてきた〝試験対策の課題〟なのだ。そんなに大そうな事でもなければ、そんなに難しいことでもないのである。

     しかし、乗り越えるまでは、前述のように疲れが溜まったり、それが引き金になって体調を崩してしまうことも少なくはない。そこで、大切になってくるのが体調管理である。私も、学習指導の時はもちろんのこと、常日頃から体調管理の重要性は説いている。試験対策にとって、体調管理は重要である。これなくしては、試験対策は成り立たないと言っても過言ではない。だからこそ、就寝時間、睡眠時間に関しては口うるさく指導している。これも当然、人によって異なるので、マンツーマンで指導していかなければならないのだが…。しかし、一人ひとりの面倒を見るのが、この仕事であるからして、十把一絡げとはいかない。これ以外にも食事の事やら、日々の過ごし方なども体調管理においては欠かせない要因である。もちろん、こちらも指導しているが…。

     〝疲れが溜まったり、それが引き金になって体調を崩してしまうこと〟が多くなるからこそ、『 どうやって、それを防ぐのか? 』が重要になってくる。疲れが溜まるのなら、では、どうやって疲れを取ればいいのか?体調を崩してしまいやすくなるのなら、どうやって崩すことを予防するのか?そして、万が一体調を崩してしまうことになっても、それを軽いもので抑えるには、どうしたらいいのか?そして、崩してしまった場合は、どうやって回復させるのか?そういったことも、試験対策の指導には欠かせないことである。

     私は、体調を崩してしまったり、病気になってしまった場合は、休んで病院に行くことを進めている。まあ『 体調悪くて… 』と簡単に休もうとする学生さんも多々いるが、そこら辺は見抜けるのが講師としての目である。そうではなく、本当に体調を崩してしまった場合や病気の場合は、とにかく休んで医者に診てもらうよう指導している。確かに、講義を休むことによるデメリットはある。しかし、無理をして出席した場合。早めに治るものも、治らなくなってしまう。1日休んで医者にかかり、それ相応の治療・服薬で治ってしまえば、いくらでも後から追いつくことは可能である。しかし…こじらせてしまった場合。3、4日休んでも治らないなんてことになると…それこそ追いつくのに大変な事態となってしまう。パッと休んでパッと治す。これも、試験対策にとっては重要な行動なのである。

     そろそろ試験対策に、本腰を入れなければいけない時期である。試験対策とは無縁の生活を送ってきた人の中には、精神的にも体力的にもかなりの負担を強いられている人も多いことと思うが…体調管理にも、十分注意を払ってほしいと思っている。身体を壊してしまっては、試験どころではなくなるのだから…。『 そんなこと言ったって、やることが多すぎて… 』という人もいると思う。だからこそ、前述のように『 どうやったら、体長を崩すことを予防できるのか? 』『 万が一体調を崩した場合を考えて、如何にそれを軽いもので抑えられるようにするのか? 』『 崩してしまった場合は、どうやって早く回復させるのか? 』を、しっかりと認識しておいてほしいと思っている。体調管理も、試験対策にとっては重要な課題なのだから…。

     

     

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    2019年10月23日 | コメントは受け付けていません。 |

    カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

    陰の人

    2019/10/17

    ※ 今回のブログは、当ホームページ〝不安な方、ご相談ください〟の内容を、一部改稿して掲載させていただきます。

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     陰の人…手っ取り早く言うなら〝ネガティブな人〟ということだが、もう少し陰湿で性質(たち)の悪い人である。

     試験対策で、何気に厄介なのが〝人を不安にさせる言動をする人〟。私はあえて、そういう人を〝陰(いん)の人〟と呼んでいる。何かに付けては、人を不安にさせる言動をする輩。実は、試験対策においては、最も警戒しなければならない人間だから、注意が必要である。

     陰の人の口から出るのは、人を不安にさせることばかり。物事のネガティブな部分だけを見て、そこに不平不満を言うのはまだ分からなくもないが…陰の人は、ネガティブとは言えない部分にさえ、批判がましく口を出してくるから厄介である。『 この講義は… 』『 こんなことやっていても… 』『 あの先生は… 』『 今度の国家試験は… 』『 そんなやり方じゃあ… 』等、不安にさせる言葉をばら撒いてくる。大体、自分でそう思うのは勝手であるからして、一人勝手にそう思っていればいいだけの話である。なのに、ばら撒く…。そして周りを不安へと誘う…。

     そして、どういう訳かばら撒いている当人はというと…いけしゃあしゃあと、不安も感じずに行動していたりするから、尚更、性質が悪い。人を不安にさせるだけさせておいて、自分は何事もないように、不安とは無縁に行動している。こうなってくると、意識しているかどうかはさておき、相手を不安にさせたり、貶める(おとしめる)ことを楽しんでいるというか、それをあえて画策して行動しているとしか思えない。では、何のために?

     考えるに、人を翻弄させることが好きなのだろう。こういった輩が、愉快犯となり世間を騒がせる事件を引き起こしたりする。国家試験対策においても、毎年、大量のデマが跳梁跋扈することになるが、発信元は陰の人の場合が多い。まあ不安になり、そのデマに乗っかった人間が、さらに尾ひれはひれをつけて拡散することになるのだから、これまた厄介なことこの上ない。陰の人間は、そういったデマで翻弄されている人間を見ては、うすら笑いを浮かべている…イヤ、やはり自分には無関係と、そんなこと知ったことじゃないと、どこ吹く風で過去問でも覚えているのだろう。そう、自分が不安にさせた人間が、その不安に翻弄されているのを横目で見ながら、自分はどこ吹く風と試験対策を行っている。そういったパターンが多いのも事実である

     まあ、こういう人間のやっている試験対策というのは、往々にして全くのデタラメで、いい加減な試験対策だったりする場合が多いのも事実。実際、そういう陰の人は、何気に試験対策の生活が長かったり、しっかりとした学力が付いていない場合が多い。あなたのそばにも、陰の人はいないだろうか?いるという人…その陰の人を思い出して欲しい。成績優秀だろうか?まあ、ほとんどの場合がそうではないでだろう(成績優秀な人間は忙しくて、人を不安にさせる言動なんてやっている暇がないのだから)。そんな、『 ? 』が付くような試験対策を行っている人間が言っていることなど、信用するに値しない、全くの紛いモノ。真に受けて不安になる必要など、全くないのである。陰の人が口にする試験対策こそ、誤っている試験対策(一番多いのが『 過去問を何回もやればいい 』だが…)であるから、そこの所をしっかりと肝に銘じておくことも重要である。ちなみに…陰の人なのに、やたら成績が良かったりする人もいるが…そういった場合、その人はサイコパス気質である場合が多いからして、やはり距離を置くことをお勧めする。

     ちなみに…発した本人も不安になって、騒々しくなる陰の人も中にはいるが…こちらも厄介である。まあ、自分で言って、自分で不安になっている訳なのだが…実は、不安は口にすると、自分自身に暗示をかけてしまうことになるから、注意が必要である。不安な言動で周りを不安にさせ、ついでに自分自身をも、より不安にさせてしまう。より不安になったから、より不安な言動で周りを…と〝周りを巻き込み、自分も巻き込むはた迷惑な悪循環〟の源になってしまうので、こちらのタイプの陰の人も注意が必要である。どちらのタイプにしても…陰の人は厄介であるからして、関わらない方がいいことは確かである。

     つまり、陰の人は不安をばら撒くのだが、この毒にあたらないためには…そう、陰の人に関わらないこと。とにかく関わらない。これが一番である。試験対策においては、シビアになることも大切なこと。実際、『 自分はあの人達といたら… 』と、陰の人から離れるために薬進塾に来て、合格を掴み取った人がたくさんいる。陰の人に関わって、その毒に当てられて、損をするのは他でもない自分自身である。そのことをしっかりと、肝に銘じておいてもらいたい。往々にして、成績のいい人、学力が付いている人は、人間関係をしっかりと管理している人が多いことも事実なのである。

     

     

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    2019年10月17日 | コメントは受け付けていません。 |

    カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

    出席率と合格率

    What’s new!

     〝105回対策 塾生さんの声 !〟に『 薬進塾なら、途中入塾も安心です! 』の体験談が新たに掲載されました。ぜひ、ご一読ください

     

    2019/10/08

     本日、講義に来られた先生が、出席状況を見るなり『 今年はいつになく、(出席者が)多いですね 』の一言。続いて『 いいことですよね 』と笑顔で一言。ホームページにも何度か書かせていただいているのですが、今年度の塾生さんはまじめな方が多いのです。私はいくつかの予備校に在籍していましたが、そんな中でも薬進塾は出席率がいいことが自慢の一つ。そんな中でも、今年度の塾生さんはいつも以上に出席率もよく、まじめだと言えると思います。

     講師生活ン十年の私ですが、学習指導時に毎回のように口にすることが、いくつかあります。『 出席率と合格率は比例する 』というのも、その一つ。以前勤めていた予備校での話ですが…当時はパソコン等が普及していませんでしたので、合格者を読み上げていき、手元に置いてある学生名簿にチェックをつけていくという作業でした。当然ながら、私もその作業をしていたのですが…氏名を読み上げる前から、学生さんの合否はほぼ分かりましたね。というのも、学生名簿には、合否のチェックをつける欄の横に、出席率が記入してあったのです。その出席率を見ただけで、ある程度合否が予見できたのです。出席率が95%以上の学生さんは、まず間違いなく『 合格 』で読み上げられていました。逆に出席率60%以下となると…言い難いのですが、まず間違いなく残念な結果となっていたのです。当時は講師として半人前の私でしたが、『 やっぱり、出席率がいい人は合格するんだな 』ということを、ある意味、身をもって知ることになった訳です。試験対策において、やはり講義の出席率は合否を左右する大切なこと。講義に出席することから、試験対策は始まるのですから…。

     もちろん、そのためには塾生さんが来やすい環境を作ることも大切なことです。『 なんか行きたくないなぁ… 』といった環境や、そういった気持ちにさせてしまう要因があるということは、試験対策においては芳しくないこと。もちろん、病気等の事情は別として、欠かすことなく講義に出席するのが受験生の務めである以上、行きたくなくても、講義には出席しなければなりません。『 行きたくないなぁ…でも合格するためには、授業に参加しなければ 』そういった強さというか、自分に対する厳しさも、合格の要因の一つである事は確かです。妥協という行為の悪い点は、クセになること。『 なんか行きたくないなぁ… 』で休んでしまうと…やはりクセになってしまうのが恐いところなのです。気が付くと、ずっと行かない状況が続く…なんていうことになってしまいますから…。

     もちろん、学生さん自身の『 休まず行くぞぉ~ 』という気持ちも大切ですが、〝学生さんが来たくなるような環境〟というのも重要なこと。ただ、ここをあまり力説してしまうと『 環境が悪いから、私は行かないんだ。行かない私は悪くない 』と、休む事への口実を与えてしまうことになるで、注意が必要なのですが…。もちろん、休む理由を『 環境が… 』ということに責任転嫁することは、芳しくありません。そこの所は十分に理解してもらいたのですが…そこの所を十分に理解されているということを前提に、書かせていただきたいと思います。

     やはり〝行きたくない環境〟というのも、試験対策にとっては問題であることは確かです。そこのところは、講師・職員が常日頃から目を見張っていなければならないところ。それを怠ると…学生さんが来たくなくなる理由がどんどん増えていくことになります。ちょっと目を離したすきに、雑草のようにはびこっている。そんなことも少なくはないのです。雑草のように〝来たくなくなる理由〟の種は、あちらこちらに存在しているからです。〝来たくなくなる理由〟という雑草の除草も、講師・職員の立派な仕事の一つなのです。

     読んでいるだけ、『 覚えてください 』だけの講義では、講義に向かう足取りが重たくなってしまうのも仕方がありません。分かっていること前提で進められる講義も、それ相応の学力が付いていない人にとっては、『 出たくないな 』という気持ちを誘導する種となってしまいます。

     自分の試験結果が公表されるような環境も、足が遠のいてしまう環境といえます。テスト、テスト、テストで、四苦八苦してしまうような状況も、やはり行く気が失せてしまうのは仕方が無い話。

     質問できない、講師と話もできない、講師・職員に相手にしてもらえない…こういった環境の場に、毎日通うのは苦痛です。足が遠のくのも、分からなくはありません。もちろん、どうやって勉強していいのか指導もしてもらえないとなれば…試験対策自体に足踏みしてしまい、その不安が足取りを重くすることに…。

     自分は勉強したいのに、周りがうるさい。仕切っている人達がいて、思うように行動出来ない。講師のお気に入りの学生さんが優遇されている。口を開ければ不平不満ばかりを口にする人、人を不安にさせるような言動をする人がいる。教室の中は、学生さんが多くて息も詰まりそう…こういった環境でも、『 なんか行きたくないなぁ… 』という気持ちになってしまいます。

     本人の意志も大切ですが、やはり試験対策に来ているのですから、試験対策を行える環境も重要なこと。もちろん、薬進塾にはこの様な〝雑草〟はありません。ブログ冒頭で書かせていただきましたように、全員の出席率がいいことが、それを物語っていることと思います。

     今年度の塾生さんから『 ここ(薬進塾)に来るのが楽しいです 』といった言葉をよく言われます。実際、塾生さんを見ると辛そうにしている人はいません。『 大変だ 』『 復習が… 』といった、試験対策の苦労はあるようですが(まあ試験対策を行っている上では仕方が無い話ですが)、皆、楽しそうにやっているなぁ…という感じは受けます。もちろん、一人で勉強したい人は一人で勉強していますが、出席率は良好で黙々と勉強しています。やはり、〝来たくない環境〟ではないからこその状況。そう言えると思います。塾生さんが皆来ている。これは、こちらとしては嬉しい限りなのです。

     そして何よりも、やはり塾生さんが休まず揃っているということは、講義をする講師が一番嬉しい状況であることも確かです。講義に対するモチベーションだって、上がってくることは言わずもがな。講義に気合が入るのも一入ですから、当然、講義の質だって上がってきます。良い講義を受けるためにも、やはり講義に出席することは大切なことのです。

     講義に出席すれば学力が付く。多くの人が出席すれば、講師も気合が入り、より良い講義が聴ける。もちろん、それは学力向上に多大なる貢献をしてくれることになる。良い講義を受講すれば、受講している方も試験対策により気合が入る。こうなれば、一石三鳥といったところ。やはり、講義は出席するに限りますね。今年度の薬進塾は、まさに〝一石三鳥〟の状況になっています。私としては…イヤ、全講師・職員ともども嬉しい限りと言えるのです。

     

     

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    2019年10月8日 | コメントは受け付けていません。 |

    カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

    不幸自慢はやめましょう:後編

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    2019/10/01

     私は不幸だと思っている人間にかける言葉はない。というか、どんな言葉を投げかけても、その言葉はその人の不幸でハネ飛ばされてしまう。前回、不幸自慢をする人が〝不幸であることを語る〟ことが、どこか〝水戸黄門の印籠〟的な感じがすると書かせていただいたが、まさにそれである。確かに、人の不幸に関する言動を窘める(たしなめる)ことなど、誰もできないだろう。少なくとも相手が不幸だと言い、それを経験している以上、こちらがとやかく言うのは、ある意味、無礼極まりないことであるのだから…。こうなってくると、言われた側としては、前述したように黙認というか…まあ黙るしかないという状況になってしまう。まあ、これが狙いなのかもしれないが…。

     こちらが黙っているから、手ごたえあり…と思ったかどうかはさておき、『 私はこんなに不幸なんだから、私の言っていることの方が正しい 』『 私はこんなに不幸を経験しているんだから、私の方が分かっている 』とヒートアップしてきたりするのだが、こうなってしまうと完全なる自慢である。そして、この自慢には厄介な所が2つある。1つは、前述のように誰も反論することができないということ。そして2つめは、その印籠を出している本人が、自慢とは気が付いていないということ。自慢と気づかずに、自慢される。これは中々の苦痛であるのだが…。発している本人は、そんなこちらの気苦労もお構いなく、懸命に自分の不幸を語っている。私はこんなに不幸なのだよと…。

     そんなに不幸を自慢してどうするのだろう?というか…落ち着いて考えてみれば、不幸を経験したからといって、じゃあ大人物なのかいうと必ずしもそうでないし、言っていることが正しいかというと、そうではないことも言わずもがな。確かに不幸と呼ばれるような境遇にあって、そこから這い上がって成功を掴んだ人の中には、人格高潔な人もたくさんいる。そういった人たちは、往々にして物事を見る目も考え方も、そして他人への接し方も、やはり卓越したものだったりする。だからといって『 不幸経験者 = 物事を見る目・考え方が卓越している人 』とはならない。何故なら、不幸を経験していても、そうではない人も無数に存在しているからだ。第一…不幸を経験し成功を掴んだ人、人格高潔な人は、自分が不幸であったこと云々で、他人を動かそうとはしない。つまり、その経験を他人との比較材料にもしないし、自分のスタンスを上げるために用いたりもしないということ。そう、不幸自慢しないのである。

     不幸を経験し成功を掴んだ人や人格高潔な人は、今の自分の幸せさを噛み締めるために、不幸であったことを持ち出す場合が多い。『 あの頃は大変だったけど、今は… 』『 あの時の苦労があったからこそ… 』『 ○○できるだけでも幸せ。日々感謝に尽きる 』等、〝今あるありがたみを噛み締めるための材料〟にするために、不幸経験を持ち出すことがほとんどである。そう、今あることに幸福を感じ、そして感謝をしている。その幸福と、感謝を倍増するために、過去の不幸な境遇を引き合いに出しているのである。他人との比較ではなく、今ある自分の境遇との比較である。それも、ポジティブなる比較である。『 ○○が出来るだけ幸せ。だって昔は… 』とか『 あのころに比べたら…今の状況の感謝しなければ… 』といったような、感謝の意が十分に感じられるものなのだ。あのころに比べたら、今の自分はこんなに幸せ…。ん!?これも誇示しているような…。そう、まさにこれは、〝今ある幸せ〟の自慢と言えよう。

     なにも幸せの自慢といっても、『 お前よりも私の方が幸せだ! 』などといった、他人と比較して、さらに自己優位に浸るような歪な自慢ではない。誰とも比較していない、今ある自分の幸せをかみしめることによる自慢。まあ『 今、私はこんなに幸せなんですよ。いいでしょ? 』といった他人への働き掛けもあるとは思うが、少なくとも他人を貶めるためのモノではないし、イヤな感じは全くない。それどころか、『 いいなぁ… 』なんていう、すがすがしい羨ましさも感じてしまったりする。どうせ自慢するなら、こういった自慢をしてもらいたいものである。そう、不幸自慢ではなく、幸せ自慢をしてもらいたい。聞いている方も幸せになってしまう、幸せ自慢を…。

     第一、幸せ自慢をした方が、自分自身にも大いにプラスになるのではないだろうか?今あることに感謝し、そしてその今を幸せと感じているのである。こんな喜ばしいことが他にあるだろうか?幸せを語ると幸せな気分になる。確かに楽しいことを考えていれば、何となくご機嫌な気分になるのは、誰もが経験していること。同じように、イヤなことばかり考えていれば、イヤな気分になってしまうことも言わずもがな。どうせなるのなら、ご機嫌な気分になった方がいいに決まっている。だったら、幸せを語る〝幸せ自慢〟をした方がいいのではないだろうか?

     『 そんな簡単に幸せを語れますか? 』という人。前回こんなことを書かせていただいた。

     ある人にとっては不幸としか思えないようなことでも、違う人にとってはそうではない…なんていうことも、よくある話。

     不幸というのは、結構単純なもののような気がしてきた。何かもの凄い要因やバックグラウンドがあって、さらにそれらが複雑に絡み合って、不幸というものが訪れると思っていたのだが…こうやって客観的に書いていくと、何気に些細なことというか、結構、単純なものなんだという気がしないでもない。つまり、至ってシンプルなものであるということ。不幸と聞くと重たい気がするのだが…こうやって書いてみると、あながち重いモノでもないような…そんな気がしないでもない

     つまり、人によって不幸かどうかは異なるということ。さらに、結構簡単に不幸になることができるということ。この二つから考えるに…自分で『 私は不幸 』と思えば、どんなことでも、どんな状況でも簡単に不幸になることが出来るということ。そう、不幸かどうかは、自らが選べるということになる。どうりで、シンプルな訳だ。自分で不幸と思えば、不幸なのだから。さしたる理由…何かもの凄い要因やバックグラウンドがあって、さらにそれらが複雑に絡み合わなくとも、自分で『 私は不幸 』と思えば、不幸になれるのだ。

     ということは、その逆もまた然りではないだろうか?自分で『 私は幸せ 』と思えば、幸せになれる…。こちらも、いたってシンプルだ。自分で幸せと思えば、幸せなのだ。何かもの凄い要因やバックグラウンドがあって、さらにそれらが複雑に絡み合って…など、さしたる理由がなくても幸せになれるのだ。実際、不幸と呼ばれるような境遇から成功を掴んだ人は、今あることに感謝をし、そして幸せを感じている。今あることに感謝をして、幸福を感じる…非常にシンプルなことではないだろうか?

     どうせするなら、幸せ自慢をしてみては、いかがだろうか?もちろん、自己優位に浸るような歪な自慢ではなく、今ある自分の幸せをかみしめることによる自慢である。『 今の自分はこんなに幸せ。感謝している 』といった具合に…。少なくとも、不幸自慢のように相手を嫌な気分にさせることはない。不幸自慢などしても何の得にもならないの。相手も自分もイヤな気分になるだけである。だったら、幸せ自慢の方がいいに決まっている。そして…幸せ自慢をしているうちに、気が付くであろう。結構、簡単に幸せになれるのだなと…。今の自分の環境も、まんざらではないな…感謝しなければならないなと…。そして…幸せになるのも、不幸になるのも結構簡単なのだと。そう、幸せになるのも、不幸になるのも結構簡単なのである。自分がどちらを選ぶか…それだけなのだから…。

     

     

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    2019年10月1日 | コメントは受け付けていません。 |

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