イメージ画像

つらい時、苦しい時。

 年末が近づく頃。学生さん達は、否応なしに国家試験や卒業試験を意識しなければならない時期となります。この季節、精神的にもキツイ学生さんが多くなるのが事実。何十年もこの仕事を続けていますが、毎年のようにそういった学生さんを見てきました。卒業試験や国家試験といった壁を目の前に、「大丈夫だろうか?」「どうなってしまうんだろうか?」という不安に苛まれてしまう。その不安を背負っての試験勉強。中にはつらい、苦しい思いをしている人も沢山いることと思います。

 つらい時、苦しい時は誰にでもあります。このままどうなってしまうのだろう?未来を見据えては不安を抱え込み、ただただ不安という渦の中に巻き込まれていく。「どうしよう」「どうすればいいんだろう」と途方に暮れるも、何の手がかりも見出せない。そしてその後に来る、絶望感…。身も心も憔悴しきって、あるのは不安ばかり。なんで自分ばかりがこんなに大変なんだろう?自分が何をしたんだろう?世の中の理不尽さだけが目に付くようになる。こんなに一生懸命やっているのに…。周りはいい加減にやっているのに…。どうして、こんなに不公平なんだろう?そう嘆くも不安は募るばかり…。

 そんな時、どうしても目は自分だけに向いてしまいます。自分だけで苦しんでしまう。つい「自分だけが…」と思ってしまうこともあります。でも、決して忘れないで下さい。そんな時も、あなたは決してひとりぼっちではないということを。あなたの家族、あなたの友人・知人、色々な人があなたの周りにはいてくれるはずです。あなたが不安で憔悴しきっている時、周りの人達もそんなあなたを見て心配することでしょう。でも、あなたが元気でいれば、周りの人のそんな心配も消し去ることができます。「こんな状況で元気になんかなれない」という気持ちも分かります。しかし、よく考えてみて下さい。自分のことを心配してくれる人がいるということは、幸せなことではないでしょうか?世の中には、誰からも心配などしてもらえない人がいることは事実です。そういう人から比べれば、如何に自分が幸せな存在か分かりますか?その幸せに感謝したことはありますか?そして、そんな自分を幸せな存在にしてくれている周りの人たちに、微笑むことくらいはしてあげられるのではないでしょうか?「大丈夫!」と…。それは、あなた自身を励ますことにもなるのではないですか?憂鬱な顔で、自他共に暗くなってしまうよりも、こっちの方がよっぽどいいとは思いませんか?

 私はよく「これから来る幸福は、今からは見えない」と言います。明日、とてつもなく素晴らしいことが起きる。5日後に、とんでもないラッキーなことが起こる。でも、その幸福は現在からは見ることはできない。そう、いい事がやって来るのです。その、これからやって来る良きことを楽しみにして、生きていった方がいいのではないでしょうか?小説としても映画としても無双の名作である『風と共に去りぬ』。知らない人はいないと思います。ヒロインの有名なセリフに「tomorrow is another day.」というセリフがあります。色々な訳がありますが、そのまま訳すなら「明日は別の日」という意味。そう、明日は今日とは違う日なのです。今日どんなにつらくとも、今日がどんなに苦しくても、明日は今日とは違う別の日なのです。つらく苦しい時、人はこれがずっと続くのではないかと不安になります。いや、もっともっとつらく苦しくなるのではないのかと、より一層の不安を感じてしまいます。しかし、tomorrow is another day.明日は別の日なのです。今日とは違う、全く別の日なのです。今日がつらく苦しくとも、明日は別の日なのです。明日のことなど誰にも分かりません。明日がどうなるかもわかりません。幸福がやって来る日なのかもしれません。良きことが起こる日なのかもしれません。ただ残念ながら、現在それを知ることは出来ないのです。何故なら「これから来る幸福は、今からは見えない」からです。明日は神様の領域。我々人間に、明日を知る由などあろうはずがありません。今の状況で、どんなに明日を考えたところで、明日を知ることなどできません。現状からどんなに明日を憂えたところで、明日がどうなるかは分かりません。「現在を持って未来を知る」ことなど出来ないのです。だからこそ、つらい時、苦しい時、それがこのまま続くのではないかと憂えることは、無意味なことなのです。その無意味なことのために、心身ともに憔悴しきってしまうことなど、己を傷つけるだけの悲しい行為でしかないのです。

 tomorrow is another day明日は別の日。今日がつらくて苦しい日でも、明日は別の日。そう考えてみたらどうでしょう?明日はいい事がやってくる日、現在からは見えないけれど…。明日はとてつもなく素晴らしいことが起きる日、今は分からないけど…。そう、明日は素晴らしい日なのです。きっと、きっと素晴らしい日なのです。間違いありません。つらい時、苦しい時は、tomorrow is another day明日は別の日、そして素晴らしい日であるということを思い出して下さい。ありもしない不安に脅かされるのではなく、これから来る幸せを胸躍らせて待っていて下さい。そして、その幸せへの喜びを胸に、1日1日をしっかりと生きていく。それが大切なことではないかと思うのです。

タグ

2013年11月28日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

保護中: ☆ 第100回 薬剤師国家試験 合格者 体験記!

このコンテンツはパスワードで保護されています。閲覧するには以下にパスワードを入力してください。

タグ

2013年11月26日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:未分類

Because…

・ 良い人は、自分のことを良い人とは言いません。良い人じゃないから、自分のことを良い人と

 言うのです。

・ 人が寄ってくる人は、かまってもらおうとしません。人が寄ってこないから、かまってもらお

 うとするのです。

・ 実力のある人は、他人を蹴落とそうとしません。実力が及ばないから、他人を蹴落とそうとす

 るのです。

・ 知っている人は、知っているように振舞いません。知らないから、知っているように振舞うの

 です。

・ 知識のある人は、やたら口を出しません。知識がないから、やたらに口を出すのです。

・ やり方を知っている人は、形式に囚われません。やり方を知らないから、形式だけに囚われる

 のです。

・ 学んでいる人は、経験を軽んじません。学んでいないから、経験を軽んじるのです。

・ 出来る人は、あれやこれや手を出しません。出来ないから、あれやこれや手を出すのです。

・ 分かっている人は、とやかく言いません。分かっていないから、とやかく言うのです。

・ 出来る人は「(自分は)何だってできる」とは言いません。何も出来ないから「(自分は)何

 言だってできる」というのです。

・ 一芸を成した人は、他の事では素人のように取り組みます。一芸を成したことがないから、出

 来もしないのに出来るように振る舞うのです。

・ 成したことがある人は、何に対しても慎重です。成したことがないから、何に対しても軽率な

 のです。

・ 当事者は真剣です。当事者じゃないから真剣じゃないのです。

・ まじめな人は、常に取り組んでいます。まじめじゃないから、日和見で取り組むのです。

・ 考えている人は、少しずつやっていこうとします。考えていないから、一気にやろうとするの

 です。

・ 見識のある人は、どうなるかを見据えて行動します。見識がないから、先も見据えず行動する

 のです。

・ 責任ある人は、考えて行動します。無責任だから、行き当たりばったりで行動するのです。

・ 思慮深い人は、具体的に言います。浅はかだから、ありきたりのことしか言わないのです。

・ 自信のある人は、人の揚げ足をとることはしません。自信がないから、人の揚げ足を取るの

 です。

・ 理由の分かる人は、「何故そうなのか」を念頭において行動します。理由も分かっていないか

 ら、とりあえずで行動するのです。

・ ヴィジョンがある人は、計画的に物事を進めます。ヴィジョンが無いから、いい加減なのです。

・ 思いやりのある人は、建前より相手を気遣い行動します。思いやりがないから、相手を気遣わず

 に建前で行動するのです。

・ 人の痛みの分かる人は、時と場所と場合を考慮して発言します。人の痛みが分からないから、時

 と場所と場合も考えずに発言するのです。

・ 謙虚で知恵のある人は、自分の思い通りにならない場合にも対応することが出来ます。傲慢で知

 恵がないから、何が何でも自分の思い通りにしようとするのです。

・ 自分のことを大切にする人は、他人のことも大切にします。自分のことが大切に出来ないから、

 他人のことも大切に出来ないのです

・ 感謝の気持ちをもっている人は、不満をいいません。感謝の気持ちが無いから、不満ばかり口に

 するのです。

・ わきまえる人は、愚痴を言いません。わきまえていないから、愚痴ばから言うのです。

・ 自分を見つめることが出来る人は、不平を言いません。自分の事を棚に上げているから、不平ば

 かり口にするのです。

タグ

2013年11月19日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

ドーナツの穴。

楽観主義者はドーナツを見、悲観主義者はドーナツの穴を見る。

 

 アイルランド出身の詩人、作家、劇作家であったオスカー・ワイルドの言葉。オスカー・ワイルドに関しての人物評は諸説紛々あるのですが、誰もが一度は聞いたことがある童話「幸福な王子」の作家であることからも、彼の偉大さは伺えることと思います。

 ドーナツを見た時、ドーナツの食す部分を見るのが楽観主義者。穴のあいている部分を見るのが悲観主義者。「美味しそう!」とか「柔らかそう!」と思うのが楽観主義者。「穴あいてるじゃないの!」「穴の分少ないじゃない!」と思うのが悲観主義者。「ある」所を見て喜ぶのが楽観主義者。「ない」所を見て不満なのが悲観主義者。「なるほど」と思わず頷いてしまうのですが…そもそも悲観主義とはどういいことなのでしょう?辞書等によりますと「全ての物事を、悪いほうにとらえる思考態度」とのこと。つまり悲観主義者とは、全ての物事を、悪いほうにとらえる思考態度を持つ人。さらに調べてみると「どこでも、誰といても、何をしていても、何かにつけて不平不満を口にする人、文句が多い人、ケチを付ける人」も、悲観主義者の一種とのこと。なるほど。先ほどのドーナツにしても「穴あいてるじゃないの!」「穴の分少ないじゃない!」と不平というかケチをつけていますね。

 でも、そんな人と一緒にいる人はたまらないでしょうね。何かにつけ不平不満ばかり。それこそ日常茶飯事で文句ばかり言っているのですから。「美味しそうなドーナツ!」と思った矢先に横から「何で穴なんかあいているの!この分損じゃない!」なんて言われたら、せっかくの美味しさ発見も興醒めですから。以前『何にだって文句はつけられます!』というタイトルのブログの中で「文句ばかり言っている人は、わざわざ面白くないもの・気にいらないものを探し出してきては、それについてとやかく言っているだけなのです」と書かせていただきました。そう、そういう人は不平不満になることを、あえて探し出してきているのです。だからこそ、星の数ほど不平不満を言うことができるのです。前述のドーナツの穴一つにしたってそうです。不平不満にはキリがありません(わざわざ探し出してきているのですから…)。そんな、人と一緒にいたら…精神的にもたまらないでしょうね。でも「あの人といてもなぁ…面白くないんだよなぁ」なら、まだいいのですが…。

 恐ろしいかな不平不満は伝染する場合があるのです。そう、最初はただ聞いていただけなのに…いつしか「そうだよね」なんて相づちを打つようになり、気が着くと一緒に不平不満を言うようになる。以前なら「美味しそうなドーナツ!」と思っていたのに「穴あいている分損じゃない!」なんて思うようになってしまう。恐いと思いませんか?楽しいこと、嬉しいこと、面白いことも全て不平不満の対象と捕えてしまう。そういう人間になってしまうんですよ!さらに…実は今回のブログは、前回の『陰で人を笑う人(前回ブログをご参照下さい)』が長すぎたため、一部本ブログで書かせてもらうことにした内容なのです。前回ブログで登場したBさんは、臨時で行うことになった仕事に対し不平不満を言っていることがエスカレートして、その仕事を担当しているAさんに対し嫌がらせをするようになったのです。そう、不平不満を多用しているうちに、人に危害を加えるようになることも十分あり得るのです。物に対する不平不満から、人へ対する不平不満になり、果てはその人を中傷するようになり、最後には「行動として不平不満をはらす」、すなわち嫌がらせをしたり、傷つけたりするようになるのです。単なる不平不満が人を傷つけるまでになる。「そんなバカな」と思われる方。世間で起きている凄惨な犯罪を思い出して下さい。人に対する不平不満がエスカレートして起った犯罪がいくつあるでしょうか?

 不平不満ばかり言っていても、いいことなぞ一つもありませんよ。せっかく、ドーナツを見たんだから「美味しそう!」と思った方が楽しいじゃないですか!実はこう言う考え方は、成績向上にも立派に関係しているのです。不平不満ばかり口にしていると、勉強がはかどらなくなってしまうことが多々あります。そして、何よりも勉強自体がつまらなくなってしまう危険性もあるのです。不平不満を見つけてきて、それをどんなに口にしたところで国家試験は変わりませんし、国家試験の日が変わる訳ではありません。試験対策においてもドーナツの穴ではなくドーナツを見ることが大切なのです。

 心理学博士であるウェイン・ダイアー氏は次のようなことを言っています。

 

 文句ばかりいう相手や、世間のあら探しが好きな相手と一緒にいるよりも、幸福そうな顔をした人や、成長し人生を楽しむことに関心を抱いている人に囲まれているようにしなさい。

 

私もそう思います。ちなみに、これも立派な合格の秘訣なんですけどね。

タグ

2013年11月13日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

陰で人を笑う人。

 以前「一生懸命やっている人を笑う資格は誰にもない」というブログを書かせていただきました。なかなか反響があった内容なのですが、先日そんなブログを読んでくれた女性とお話しする機会がありました。その女性が「私は必死にやっているんですけど…それを陰で笑ったり、アレコレ非難する人がいるんです」と、チョット悲しそうな顔で話してくれたのが印象的でした。実は、以前から面識のある女性だったのですが(仮にAさんとしておきましょう)、私的に言わせていただければとても真面目な方。チョット控え目ではあるのですが、優しい性格の女性。どう考えても、陰でバカにされたり、非難されるような方ではないと思うのです。

 色々と聞いてみると…。職場である仕事を臨時的に行うことになった。まあ新たに仕事が増えた訳ですから、今一つ納得のできなかった人も多かったようなのです。しかし、仕事は仕事。今一つ納得いかなくとも、キチンとその業務を行わなければいけません。紆余曲折あり、結局、Aさんがその仕事を担当することになったそうです。Aさんとしても、その仕事に対して色々考える所はあったそうですが、まじめな方ですから、日々その業務をこなしていたそうです。そんなある日のこと。ある人(Bさんとしましょう)が何人かの職場仲間に対して、Aさんのことを陰で色々と言っているということを小耳にはさんだそうです。Aさんの仕事内容に対して冷ややかなことを言ったり、「あんなことして…」と嘲笑したり、その業務の妨害となるようなことをしては、困っているAさんを陰で笑ったり…。延いてはAさん自身の事までとやかく陰で言うようになったそうです。そのBさん、普段Aさんと面と向かって仕事をしているそうなのですが、その時はそんなことを言う訳ではなく、そんな素振りも見せないそうです。初めは「Bさんに何かしたのかな?」と、Aさん自身色々考えたのですが…思い当ることは何もなかったそうです。

 すっかり精神的に参ってしまったAさんでしたが…Aさんの友達が、その陰口につきあわされたらしく、BさんがAさんのことを陰でとやかく言う理由がわかったとのことで、それを教えてくれたそうです。その理由とは…どうもそのBさん、Aさんが担当となったその新しい仕事が気に入らないらないとのこと。「なんでそんな仕事をするんだろう」的に、周りにも色々と愚痴っていたそうです。しかし、会社の方針で決まった仕事。当然、Bさんの好き嫌いでやる・やらないなど判断をすることは出来ません。それが面白くないBさん。ということで、どうもそのうっ憤の矛先が、その仕事を行っているAさんに向かったようだとのことでした。で、「なんで、あんな仕事してるんだろうね」と陰で笑ったり、「あの人が、そういうこと引き受けるから…」などと陰でアレコレ非難したりするようになったそうです。その仕事が気に入らないから、その仕事を行っているAさんが気に入らない…全く訳の分からない理論なんですが…。

 私が陰口を叩いたり、陰で人を嘲笑っている人間に言いたいことは、どうして陰で行うのかということです。陰で事を行うということは「正々堂々と出来る事じゃない、疾しい行為ですよ」と言っているのと同じだと思うのです。本人はそれに気が付いているはずです。疾しい行為と気が付いているからこそ、陰で行うのではないでしょうか?前述のBさんも、「仕事だから仕方が無い」ということは分かっていると思います(まあ、真っ当な社会人なら)。でも、自分としては気に入らない。会社に文句は言えない。その仕事を無くすこともできない。だから矛先をAさんに向ける。これが卑しい行為だと分かっているはずです。だからこそ、面と向かって事を起こさず、陰で色々とやっているのだと思います。まあ、その蔭口に付き合わされた人は、本心はそうは思っていなくとも、仕方なく「そうだよね」と頷くしかない場合がほとんどで、止める人はあまりいませんから、それが陰口を助長させてしまうことにもなるんでしょうが…(結果的には陰口を叩くBさんは、そういう人から疎まれる事にはなるんですが…)。時には、同じように陰で人を嘲笑するのが大好き人間と巡り合って、お互い同調しながら嘲笑したり、陰口談議に花を咲かせる場合もあるみたいですが…いい目はみないでしょうね…。

 陰口を叩いていたり、人を困らせるようなことをして「こんなことしてやったよ」などと陰で笑っている人間。私も、そういう人間をたくさん知っていますが…残念ながら、いい目を見ている人がいないのも確かです。そういう人自身や、その生き方を見ても〝楽しさ〟というものが、さっぱり感じられない場合がほとんどなのです。惰性で生きているというか、その場その場で、場当たり的に生きているというか…ハッキリ言ってしまえば人生の楽しみというものが微塵も感じられないのです。失礼かもしれませんが「生きていて何が楽しいんだろ?」とつくづく思ってしまうような人が多いのです。そりゃあ、そうでしょうね。陰の人間なんですから。陰で本音を出し、表では繕った自分で生きている。そんな人生つまらないでしょうし、その人自身面白みがなくなるのも当然です。そんな生き方じゃあ、いい目を見ないのも当然といえば、当然のこと。反面教師じゃないですけど、そんな生き方はゴメンです。皆さんも、陰の住人にならないように気をつけて下さい。

タグ

2013年11月7日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

このページの先頭へ