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ちびまる子ちゃんよ、永遠に…。

 先日、〝ちびまる子ちゃん〟でお馴染みの、さくらももこ先生が逝去されました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 いまだに覚えていることがあります。今から28年ほど前(こんなに経っていたのかと驚きですが…)、寝ようとベッドに入った時、何気にラジオでも聞こうと、スイッチを入れました。私はあまりラジオを聞かないのですが、何故かその時はラジオを聞こうと思ったのです。松任谷由美さんがパーソナリティーを務めていたラジオ番組でしたが、その中で『 この曲はヒットしそうな予感です 』と、ある曲を紹介して番組内で流したのですが…その曲が〝おどるポンポコリン〟でした。それからしばらくして…ベッドに入った時、また何気にラジオでも聞こうとスいッチを入れると…松任谷由美さんがパーソナリティーを務める同じ番組が…。そして、松任谷さんが言ったのが『 やはり、私の思い通りヒットしましたね 』と紹介して流した曲が〝おどるポンポコリン〟だったのです。我ながら『 スゴイ偶然だなぁ 』と感銘したので、今もって覚えている次第なのです。

 シングルリリースが1990年4月4日。オリコンシングルチャートでは、1990年6月18日付にてベスト10圏内に初登場とのことですから、たいそうなものです。ある人が『 この曲には色々な要素が含まれている 』と評価していましたが、確かにメロディーといい、歌詞といい何とも言えない独特の、それでいてつい耳を傾けてしまう要素があると思います。何といっても秀逸なのがこの歌詞。以前、ブログで書かせていただいたのですが…私は、どちらかといえば一般的思考とはちょっと離れた思考をする人物。〝意外性〟が好きで、それを求めるし、自ら〝意外性〟を創作しては、人を驚かせるたりする人間です。その〝意外性〟好きな〝意外性〟創作人間である私でさえ、あの歌詞には思わず絶句してしまうほどの秀逸さ。〝意外性〟ということに関しては完膚無きまでに叩きのめされた感があります。『 素晴らしいものを、「 何故、素晴らしいのか? 」と解説してしまう行為ほど、その素晴らしさを壊してしまうことはない。大体、そんな行為は野暮 』というのが私の持論。ですから、あまりその凄さを説きたくはないのですが…それでも言わせていただくならば、この歌詞が秀逸なのは『 歌詞全体を見ると、全体では意味を成していないが、部分部分のセンテンスは成り立っている。でも、何故か歌詞全体として捉えた場合、意味を持つような…それも何とも言えないニュアンスを醸し出している…決して作り出そうとしても作り出せないニュアンスを… 』といったところか?しかし、それを作り出してしまっているのが、この歌詞の凄いところ。そして、その歌詞を作った人こそ、さくらももこ先生なのです。

 実は、〝ちびまる子ちゃん〟がTV放送された当時、私は〝ちびまる子ちゃん〟の大ファンでした。毎週欠かさず見るのはもちろんのこと、オンタイムで見ているにもかかわらず、録画も欠かさず行っていました。バッジを買ってはリュックにつけ、テレホンカード(時代を感じますね)も買い、もちろん本も購入していました。私が〝ちびまる子ちゃん〟のファンになった理由は、『 ブラック過ぎない、微妙に冷めたナレーション 』。テレビではキートン山田氏が、絶妙な話術でナレーションを入れていましたが、これも秀逸の一言。誰もが日常で経験したことのある、何とも言えない状況、どう対応していいか分からない状況で入る、あのナレーションは、今までのテレビには無かったもの。その魅力に、ぐいぐいと引っ張られていきました。ご存じの方も多いと思いますが、実はあのナレーション、マンガの方にも入っているのです。ブラック過ぎない、微妙に冷めたナレーションが入っているマンガ。これも、私が知る限り既存のマンガには無かったパターンですが…つまり、あのナレーションを考えたのも、さくらももこ先生という訳です。

 そうとう、色々な目線というか角度でモノを見ることができる方なのだと思います。独自の視点が、あまりにも並外れていると言ってもいいのではないでしょうか?確かに、初期エッセイ集三部作はいずれもミリオンセラーを記録したとのことですから、独特の視点で物事を見ることができるのは確かだと思います。私は、さくら先生にお会いしたことはないのですが、私がよく講演を聞きに行くある先生が親しい中とのことで、よく話をされていました。まあ、かなりお酒が好きだということを、お聞きしたりしていたのですが…やはり、他の人には無い、鋭い視点を持っている的なことを、お話しされていたのを覚えています。

 そんな鋭い視点のさくら先生が考えた人物が、大活躍している〝ちびまる子ちゃん〟。少々癖はあるけれど、憎めない、個性豊かな登場人物ばかり。さくら先生が考えだした人物ですから、当然、口から出す言葉もさくら先生のお言葉ということになるのですが…その登場人物のお言葉にも、秀逸なものがたくさんあることは言わずもがな。

 

ムダに見える時間も人生には必要らしいよ。

さくらすみれ(まる子母)

 

 さすが、まるちゃんのお母さん。そう、ムダに見える時間も必要なのです。ポイントは『 見える 』という部分。その時はムダに見えるけど…実はそれがムダじゃなかったりするのが、人生の妙と言ったところ。

 

俺はしなくてもいい苦労はしない主義なんだ。

人生なんて面白おかしく過ごしたほうが勝ちなんだよ。

さくらひろし(まる子父)

 

 お父さんも、素晴らしいことを言っていますね。人間、利口にやっているつもりでも…実はやらなくてもいいことを、苦労してやっていたりする場合がチラホラ…。そんな時は往々にして、どこかに見栄や利己主義があったりするもの。『 根拠のない不安を自ら作り出しては、あたふたいている 』なんていうのも、しなくてもいい苦労をしているということ。不安の実態は〝現実には無いもの〟ですから、そんなものを勝手に作り出しては、翻弄される苦労なんていうのは、まさに〝しなくてもいい苦労〟の代表格。そんなことに翻弄される〝しなくてもいい苦労〟よりも…人生、面白おかしく過ごしたほうがいいに決まっています。

 

未来や過去にしばられるような生き方は自然じゃないさ。
明日は自分で作るものなのさ。
 

どんな状況でも楽しむことが人生を有意義に過ごすコツさ。

 花輪くん(まる子友人)

 

 まるちゃんの友達の中では、欠かすことができない存在の花輪君。ブログでも何回か書かせて頂きましたが…過去にあるのは後悔。未来にあるのは不安。その両方に捕らわれているから、今が見えなくなってしまう。過去も未来も、目の前にはありません。目の前にあるのは〝今〟だけなのです。今を大切にすることが重要なのです。今を満ち足りたものにすることが、大切なのです。今は明日につながっているからです。今を楽しく過ごすことこそ、ステキな明日を作ることになるのではないでしょうか?今がどんな状況であれ、楽しく過ごすことが、明日を、そして人生を有意義に過ごすことになるのではないでしょうか?どんな状況でも楽しむことが、満ち足りた人生を送るコツなのではないでしょうか?

 どの名言も、全てさくら先生が考え、発した言葉です。簡単だけれども、人の心を打つ言葉だとは思いませんか?だからこそ、ちびまる子ちゃんは老若男女問わず、愛される作品なのではないでしょうか?そんな、さくらももこ先生は、やはり素晴らしい方だったのだと思います。

 さくら先生は『 まる子ちゃんは、経験に基づいた自分自身 』と話していたそうです。そんな、ちびまる子ちゃんは、こんなことを言っています。

 

待ってるだけじゃダメだよ。幸運は自分の力で引き寄せなきゃ。

 

そう、確かにその通りです。さくら先生が漫画家になるのにも、紆余曲折あったそうです。しかし、待っているだけではなく、自分の力で色々とやり通してきた。そうやって、自分で幸運を引きよせてきた。だからこそ、多くの珠玉の作品を、世に送り出すことができたのではないでしょうか?待っているだけではなく、自ら動いて掴み取る。そういうスタンスだったからこそ、色々なモノを掴み取ることができたのではないでしょうか?色々な目線や角度でモノを見ることができたのではないでしょうか?そして…そういった経験をたくさんしてきたからこそ、前述のような素晴らしい言葉を、自らの作品のキャラクターに言わせることができたのではないでしょうか?私はそう思っています。

 

イヤなことがあっても、明日を信じて生きていかなくっちゃね。

ちびまる子

 

 

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