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屈辱を受けたり、悔しい思いをした人こそ、優しく強くなれる。

 屈辱を受けたり、悔しい思いをした経験は、誰しもあると思います。往々にして、そういった経験は理不尽な場合が多いようです。世の中には、あえて人に屈辱を与えたり、悔しい思いをさせる人間がいます。自己保身のために、人に悔しい思いをさせる。自己満足を得るために、人に屈辱を与える。悲しいかな、そういった人間がいることも確かです

 私もそういう経験、すなわち屈辱を受けたり、悔しい思いをした経験はあります。まあ忘れるように、そして思い出さないよう心がけてはいますが…。思い出しても、気分がよくなることはありませんから…。むしろ、思い出すと気分が悪くなる場合が圧倒的に多い。ご機嫌でいきたいですからね。私は、人生は楽しむためにあると思っています。だから、気分が悪くなる様なことはなるべく考えない、思い出さないよう心がけているのです。

 閑話休題。思い出さないようにしているのですが…やはり思い出しては、憤慨したり、悲しくなったり、やりきれない気持ちになってしまうことはあります。『 どうして、そんなことをするのだろう? 』と、そういうことをしてきた人たちのことを、考えてしまうこともあります。『 自己保身や自己満足なのかな… 』と考えることもあります。なるほど、考えてみればそれで辻褄(つじつま)が合うような場合も多々あります。でも、そう考えて辻褄が合ったところで、何にもなりません。悔しい思いが消える訳でもありません。

 強気な人間に限って、弱い人間に対して屈辱を与えたり、悔しい思いをさせる場合が多いよう思えます。まあ、弱気な人間はあまり相手を攻撃しようとはしませんから…。傲慢な人間、人を見下す人間、表面的には優秀な人間…そういった人間は強気に出る場合が多いようです。まあ世間的には、そういった人間を強い人間と判断する場合が多いようです。弱い人間は強い人間に太刀打ちできません。だからこそ、強い人間は弱い人間に対し屈辱を与えたり、悔しい思いをさせるのでしょう。弱い人間は、そんな理不尽な仕打ちに対し、ただただ泣くばかり…。辛く悲しい経験をすることになります。

 だからこそ私は、学生さんにはそのような思いをさせたくないと思っています。やはり、薬剤師国家試験予備校に来る人間は、弱い人間が多いのは事実です。弱いことは悪いことではありません。強い人間は、あたかも弱いことが悪いことであるかのような発現をします。しかし、私はそうではないと思います。強い人間は、弱い人間の気持ちを分からない。だからこそ、強気の発言をする。『 そんな弱くてどうする! 』 『 強くなれ! 』 『 くじけるな! 』 『 甘い! 』と…。しかし、世の中には弱い人間もいるのです。そんな人間に、そのような強気の発言をしたところで、弱い人間はただただ困惑してしまうばかり…。場合によっては、折れてしまうこともあるやもしれません。弱いことは悪いことではありません。だからこそ弱い人間には、弱い人間に合った指導をしなければならないと思っています。そして、それが分かるのは弱い人間。弱い人間だからこそ、弱い人間の気持ちが分かる。そう思っています。一般論やありきたりの説教など、誰にでも言うことはできます。しかし、本当の意味で弱い人間を励まし、導くことができるのは…弱い人間にしかできないと思います。屈辱を受けたり、悔しい思いをした、弱い人間でなければできない。

 世間的に言われている強い人間は、本当に強い人間なのでしょうか?本当に強い場合もあるでしょう。しかし、そうではない場合があることも事実です。偽りの強い人間も沢山いるからです。本当の強い人間とは、弱さを知っている人間だと思います。弱さを知っているからこそ、弱い人間に優しくできる。弱い人間を応援してあげることができる。弱い人間を手助けしてやることができる。それが、本当の強い人間ではないでしょうか?私はそう思うのです。

 力技で乗り越えてきた経験があるから、歯を食いしばりながら耐えて生きた経験があるから…だからと言って強い訳ではないと思います。そういう経験があったところで、弱い人間に対して優しくなることができなければ、それは見せかけだけの、独りよがりの偽りの強さだと思います。力技で乗り越えることができなかったり、歯を食いしばることができなかったり、耐えることができなかったりしても、弱い人間に優しくなることができるのなら、その人は十分強い人間だと思います。

 屈辱を受けたり、悔しい思いをした経験がある。それで辛い思いや、悲しい思いをした経験がある。だからこそ、人にはそのような思いをさせない。これが本当の強い人間だと思うのです。確かに、屈辱を受けたり、悔しい思いをするは嫌なものです。辛い思いや悲しい思いも、決していいものではありません。でも、その分強くなれる。人の弱さを分かってあげることができる。本当の意味での強さを身につけることができる。弱い人の気持ちを分かってあげられる、弱い人を助けてあげることができる本当の強い人間になることができる。そうではないでしょうか?人は、屈辱を受けたり、悔しい思いをしたからこそ、本当の意味での強い人間になれるのです。

 逆に…屈辱を与えたり、悔しい思いをさせた人は…いつまでたっても、強くなれないということになります。上辺だけの強さは持っているでしょう。しかし、それは本当の意味での強さではないのです。傲慢で、高飛車で、人を見下す人間は、本当の意味での強さを身につけることは、できないと思います。力技で乗り越えてきた経験がっても、歯を食いしばりながら耐えてきた経験があっても、それは本当の意味での強さではないのです。そこに、弱い人の気持ちを分かってあげられる、弱い人を助けてあげられる…それが加わって、初めて本当の意味での強い人間になれるのだと思います。実際、力技で乗り越えてきた経験や、歯を食いしばりながら耐えてきた経験がある人にも、弱い人間に優しい人は沢山います。もちろん、そういう人も強い人間であることは間違いありません。やはり、強さは『 弱い人間に、いかに優しくできるか? 』だと思います。『 そんな弱くてどうする! 』『 強くなれ! 』『 くじけるな! 』『 甘い! 』なんていう強気発言で、弱い人間を打ちのめす事は、本当の強い人間がやることではないのです。

 屈辱を与えたり、悔しい思いをさせた人は、いつまでたっても強くなれない…と先ほど書かせて頂きましたが…。上辺だけの強さはあるが、本当の意味での強さは持ち合わせていない…。本当は強くないのに、弱い人間に対し傲慢に、高飛車に、見下しては強気の発言を押しつける…。そんな、意地悪な人間になってしまうような気がします。そういう輩に限って、弱いと思われたくないがため、弱さを見せないように躍起になります。だからこそ、人に対して傲慢に、高飛車に、見下すような態度を取るのでしょう。そこまでして、強いと見せかけたいのですかね?別に弱いことは悪いことではないのですが…。上辺だけの強さを誇示して、独りよがりの強い人を気取るよりも…弱い人の気持ちを分かってあげたり、助けてあげて『 ありがとう 』と声をかけられる〝弱いからこそ強い人〟の方がいいんじゃないでしょうかね?屈辱を受けたり、悔しい思いをしたからこそなれる、優しくて強い人…。本当に強い人とは、そういうものではないでしょうか?私はそう思っています。

 

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