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同じバカでも…。

 のっけから、いきなり下品で無礼な言葉を使ってしまったことを、まずお詫びしなければならない。気分を害された方には、ただ、ただお詫びする次第である。

 私はモノを教えることを生業としている人間。私が、その生業を始めた時から使わないようしている言葉に『 バカ 』という言葉がある。世の中には〝できない人間〟〝知らない人間〟を、バカと嘲る人間がいるようであるが…全く持って、理不尽な行動であるとしか言いようがない。初めからできる人間などいるわけはないし、何でも知っている人間などいる訳がないからだ。

 バカという言葉は、往々にして相手を見下すときに使われているようである。例えば…できる人間は、できない人間を指さしバカという。知っている人間は、知らない人間を指さしバカという…こんな感じである。モノを教える人間の生業は、『 知らない人にものを教えること 』である。『 できない人間を、できるように導くこと 』である。つまり、モノを教える人間が対象としている人達は、できない人間であり、知らない人間ということになる。そういった人達に教えるからこそ、仕事として成り立つのである。全員が初めからできたり、初めから全部知っているとなれば、物を教える生業自体が存在しなくなる。だからこそ、我々の稼業においては、知らない人やできない人のことを『 バカ 』と蔑むという行為自体、全く矛盾した行為であると言わざるを得ない。よって、私は『 バカ 』という言葉を使わないようにしている。もちろん、全く使わない訳ではない。しかし、前述のように〝できない人間〟〝知らない人間〟を指さし、バカと言うことはしない。何度も言わせていただくが、〝できない人間〟〝知らない人間〟に教え、できるように導くのが、私の仕事だからだ。

 大体、私はモノを知っている人間が偉いだの、できる人間が上だの、そういった考え方が大っ嫌いである。『 こんなことも知らないの? 』と嘲るように言ってくる輩が、時折いるが…『 ええ、知りません。だから、どうしました? 』といった具合である。声に出しては言わないが『 心の中ではバカにしているな… 』という人間も多々いる。断わっておくが、もちろん被害妄想ではない。こちらも人間として長く生きているのだ。その人が、私をバカにしているかどうかなど、言動はもちろんのこと、ちょっとした仕草や態度、雰囲気で分かるものだ。まあ、心の中でバカにされていようとも…やはり私としては、前述の声に出して言われる場合と同様、『 ええ、あなたほど知りませんし、できないでしょうね。優秀なお方の様ですから…でも、それがどうかました? 』といった感じである。相手が心の中で思っている以上、まあ、こちらも大人であるからして、態度には出さずに…同じく心の中で、そう思わせていただくことにしている。

 知っていると称する人間、できると称する人間の、あの優越感に浸っている、上から目線というか、尊大な態度、人を小馬鹿にしたような態度には、正直、吐き気を催す(今回のブログは、少々言葉遣いが汚くて、申し訳ない限りである)。知っているから偉いのか?できるから偉いのか?確かに、時と場合によっては、知っている人間やできる人間が、指導的立場につくことは往々にしてある。だからといって偉ぶるとか、尊大な態度になるとか、上から目線で指図するとか、そういうことは間違いなのではないだろうか?イヤ、間違いどころか、私には何とも浅ましい行動としか見受けられないのだ。

 何度もブログに登場している、私の武道の師匠。逝去されて3年以上の月日が経つが、それでも師匠の教えを思い出すことは多い。その師匠は武芸十八般、全てにおいて精通していた。この人位、武道の事を知っている、そしてできる人間はいないのではないだろうか?心底そう思っている。そんな偉大な師匠であったが…稽古をつけてもらっている時、偉ぶることもなければ、尊大な態度をとることもなく、上から目線で指図することもなかった。確かに稽古は厳しかったし、怒鳴られなかった日などない。いつも怒られながら、稽古していたが…『 知っているから、できるから偉ぶっている、優位に立っている、上から目線だ 』などと感じたことは、一度もなかった。もちろん、腹の中で人を小馬鹿にしている…などと感じたことも、一度もなかった。

 稽古の時だけではない。常日頃から、そういう偉ぶる態度であったことは、一度もなかった。どちらかというと…そういった態度とは無縁の方であったよう思う。そんな師匠を見ながら『 本当に知っている人間、できる人間というのは、こういうものなのだ 』と、学んだものである。だからこそ、こちらから『 自分よりも各上の人物 』と見上げていたのである。そう、別に上から目線にならずとも、皆が見上げてくれる存在。皆が、『 この人はスゴイ 』と評価して、それ相応の人物として接するようになる。わざわざ、自分から偉さや上から目線を誇示しなくとも、皆が一歩も二歩も引いて見上げてくれる…これこそが、本当の〝できる人間〟〝知っている人間〟の、あるべき姿なのではないだろうか?

 そう言えば…師匠から『 バカ 』と言われたことは一度もない。私は、そんなに出来のいい方ではなかった。どちらかというと、下から数えた方が早いタイプ。なのに、師匠から一度も『 バカ 』と言われたことはない。私だけではない。稽古をつけてもらっている、他の人間に対しても『 バカ 』と言ったのを、一度も聞いたことが無い。もちろん、『 バカだなぁ 』と苦笑いされたことはよくある。私の腕のあざを見つけて『 どうしたのコレ? 』と聞かれた時、『 エレベーターに乗っていたんですけど、両手が塞がっていまして…降りる間際にドアに挟まれました 』というと…苦笑いして『 バカだなぁ 』と言われたことが懐かしい。まあ、この程度の事はよくあったことだ。

 『 バカだなぁ 』と『 バカ 』…もちろん、同じバカという言葉でも、全然違う。師匠が、苦笑いして私に言った『 バカだなぁ 』には愛情が感じられた。やはり、できなかろうとも教え子であるからして、それ相応の愛情があったのだと思う。実際、『 かわいがってもらっているな 』と感じたことは多かったし、だからこそ逝去されて3年以上の月日が経った今でも、師匠のことを思い出すことが、よくあるのだろう。

 苦笑いと言えども、笑顔で愛を感じられる『 バカだなぁ 』。優越感に浸って、上から目線の尊大な態度で言われる『 バカ 』(心の中で言っているバカも、これと同類である)。同じバカもでも全然違うのは、ご承知の通り。どうせ同じ言葉を使うのなら、自分一人が尊大な態度で、人を見下げて『 私はすごいんだ 』と自己満足に浸っている〝バカ〟よりも、言った方も言われた方も、つい苦笑いしてしまう、そして愛情感じられる〝バカ〟の方を使った方がいいと思うのは、私だけではないと思う。『 自分はモノを知っている人間だから偉い 』『 自分はできる人間だから上 』と思うのは、その人の自由である。〝できない人間〟〝知らない人〟をバカと嘲るのも勝手であるし、心の中で小馬鹿にするのも自由だ。しかし…本当にそう思っている人間、そう言っている人間は、それで満足なのだろうか?まあ、それも人それぞれなのかもしれないが…私は、どうもそれでは満足できない人間のようである。

 私は『 バカ 』という言葉を使わないようにしているが、『 バカだなぁ 』という言葉は使わせて頂いている。同じ〝バカ〟という言葉であるが…どうせ使うのなら、例え苦笑いであっても笑顔で、そして愛を感じられる〝バカ〟の方が断然いい。私は、そう思っている。

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