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正解は1つなのか?

 以前、ある営業の仕事をしていた時の事。休憩中に、リーダー的存在のSさんが、簡素なパズルを取り出し『 コレやってください 』と、ニヤニヤ顔で話しかけてきた。詳細は省くが、中からコインを取りだすというものだったが、パズルである以上、オイソレとは取れないようになっている。こちらは、チョット一休みしたい状況。『 イヤ、いいですよ 』とやんわり断ると…『 ダメですよ、やってください。昨日、みんなでやったんだから 』とのこと。前日は、私は休みだったのだが…その前日に、そのパズルで盛り上がったそうで、同乗している他の営業仲間もニヤニヤ顔で『 やらないとダメですよ 』などと言ってくる。…誰もが、私が一番苦手なタイプ。

 以前、〝じっくりと考えていたい〟というブログで、次のように書かせて頂いた。

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 私は、じっくりと考えるのが好きである。分からないことを、分からないままとして〝保留〟にしておきたい。そして、事あるごとに思い出しては「何だろうなぁ」と考えるのが好きなのである。確かに、答は知りたい(だから考えているのだ)。しかし、早急に知ろうとは思わないし、知りたくもない。自分で考えて答を出したいのだ。別に時間がかかることなぞ問題ではない。試験問題ではないのだ。ゆっくり、じっくり考えればいい。ゆっくり、じっくり考えれば、あの手この手で色々な方法で問題を考えることができる。それが好きなのだ。自分で考えたクイズの答が正答であり、さらに一般的な解法とされているやり方と異なる解法で答を導きだしていた時なぞ、言葉にできない嬉しさがあったりする。そんな時が、まさに至福の時なのだ。

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だからこそ、私が一番苦手なタイプ…となる。そこらへんは、ブログ〝じっくりと考えていたい〟で、色々書かせてもらったので、ご一読いただきたい(それらは、今回話したい内容とは、少々別の話になるので…)。まあ、こういう連中に限って人が取り掛かると、あれやこれや口出ししてくるから厄介だ。『 そうじゃないんですよねぇ 』やら『 そう思うでしょ、でも違うんですよ 』等、例のニヤニヤ顔でうるさく言ってくるんだろ…。そこまで読めてしまっているから、なおさらやりたくないのだ。

 まあ、事の経過は省略させて頂くが、結果として私は見事にコインを取りだす事が出来た(もちろん、想定通りの口出しをしてくる中で…)。『 ハイ、取りだしましたよ 』という私に、驚く外野達。『 え~取れたんですか 』『 昨日、それじゃあ出来なかったですよ 』『 ウソだよ 』…ホントだよ、見てただろうに…それにしても一挙一動にうるさい…。Sさんも『 あれっ、おかしいな 』と言いながら、パズルとコインを眺めている。まあ、こっちはやっとお役御免。ゆっくりできるな…と思っていたら…コインをパズルの中に戻したSさん。私にパズルを差し出し『 もう一回やって下さい 』。これだ。これが面倒くさいんだよ。やったらやったで、ああだこうだ難癖つけてくる。だから、初めに確認したのだ。『 コインを取りだせばいいんですよね? 』と…。『 私は取り出しましたよ。取り出せばいいのかと聞いたら、そうですと答えたじゃないですか? 』というと…『 もう一回やって下さい 』と食い下がらないSさん。これも想定内のことだが…こういうのが面倒くさいから、パズルやクイズを出してくる連中は厄介なのだ。『 じゃあ、もう一回取り出せばいいんですね?それで大丈夫なんですね? 』と更に念を押したところ、『 もう一回取り出せばいいです 』とのこと。これだけ確認しているんだから、もう一回くらい付き合ってやろうかと、先ほどと同じやり方で、パズルに取りかかる。で、結局、また取り出すことに成功した私。Sさんに『 ハイ、取りだしましたよ 』と手渡す事に。二度も確認した上、最後には『 もう一回取り出せばいいです 』とまで口にしたのだから、もうお終いだろう…と思っていたら、コインを戻すや否や、パズルを差し出しつつ、これまたとんでもない事を口にした。『 その方法じゃないやり方で取り出して下さい 』…ハア?取り出せばいいと言ったのは、どこの誰?しかもコインを取りだすパズルで、コインを取りだしたのに、何だそれ?さすがにこちらも我慢の限界だったので『 あなたが取り出せと言ったから取り出したんですよ?しかも2回。どちらも確認しましたよね、取りだせばいいんですかって?それが成功する度に、あなたは何やかんや言うけど、それっておかしくないですか? 』と言うと…これまた、たまげた返答が…。『 そのやり方は、正しいやり方じゃないです。正しいやり方で取り出して下さい 』…。これには正直驚いた。正しいやり方でなければダメ…。パズルってそんなつまらないものなのか…。色々な試行錯誤があって、色々なやり方が見いだせるのが面白いのではないか?なのに、正しいやり方でやれとは…それって、単に『 自分が知っているやり方でやれ。それ以外は答として認めない 』と言っているのと同じことではないか?こりゃあ、パズルどころの話ではないぞ…。

 私は以前、こういう言葉をよく口にしていたことがある。学生さんにも、よく言ったものだ。

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正解は無数、事実は多数ある。しかし、真実は一つしかない。

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正しいやり方など無数にあるということ。確かに間違ったやり方もある。それが正しいやり方か間違ったやり方なのか、どこで判断すればいいのだろうか?それは、一つしかない真実で見極めればいい。今回の件で言うのなら、『 コインが取り出せた 』というのが真実である。取り出せたことが真実である以上、そのやり方は正解ということになる。何と言っても、正解は無数にあるのだから…。

 しかし…正解が一つしかないと思っている人は少なくない。前述のSさんのように、自分の知っているやり方だけが正解だと、それだけを握りしめ手放さない人もいる。それどころか、〝他の正解〟を非難する人さえいる。前述のパズルの話ではないが、これは少々厄介な事である。

 正解が一つしかないと思い、自分のやり方を正解だと思って手放さない人がいる。例え、それが正解ではなくても…。どういう訳か、そういう人に限って強情に〝間違っているやり方(つまり正解ではないやり方=自分は正解だと思っているやり方)〟を手放さないから困ってしまう。こちらが、何度指摘しようともお構いなし。自分はこれでいいんだと思い込んでいるのだろうが、その結果(=真実)は…残念なことに、〝その人が望んでいる結果〟とは違うモノとなっている場合がほとんどのようである。そう、〝結果=真実〟は一つしかないのだ。それが、自分の思っているものとは違うのだとしたら…やはり、その〝正解〟と思っているものは〝正解ではないもの〟となるのではないだろうか?

 私はン十年にわたって学習指導を行ってきた。このブログのご愛読者には、あえて説明するまでもないが、学習指導とは『 勉強のやり方を指導する 』という事である(私が学習指導を始めた経緯に関しては、学習指導のページに書いてあるので、そちらを参照にしてもらいたい)。ン十年にわたり、数多くの学生さんと向かい合い、マンツーマンで勉強を指導してきたのだが…何気に多いのが、自分のやり方を手放さない学生さん。しかも、そのやり方では、望んだ結果を見出す事が出来ないような方法。実際、国家試験でも残念な結果になっていたり、学力が付いていなかったりしている状況。〝国家試験が残念な結果になっている〟〝学力が付いていない〟というのは真実である。それが真実である以上、そのやり方は正解ではない、間違ったやり方ということになる。

 それを認めたくない気持ちも分かる。今までやって来た自分のやり方である。それを、おいそれと手放すということは、なかなか心苦しいものがあるし、不安も伴う事である。しかし…お望みの真実を手に入れたいのならば、それを手放すことが必要なのである。これもブログで何度も書かせてもらったことだが…同じやり方では、同じ結果しか得られないのだ。

 正解は無数、真実は一つ。これは裏を返せば『 一つの真実を手に入れるにも、色々なやり方がある 』ということである。そう〝間違ったやり方〟もたくさんあれば、〝正解=正しいやり方〟もたくさんあるのだ。だったら、今までの〝間違ったやり方〟を手放したところで、結構、簡単に〝正解=正しいやり方〟が手に入るかもしれないということ。そう考えれば、やり方を変えてみるという方法は、有用な方法の一つといえるのではないだろうか?正解が一つしかないのならともかく、正解は無数にあるのだ。それを手にする確率も非常に高いということではないか?それに…今までと違う方法でやってみることにより、今まで見いだせなかった色々なことも発見できるはずである。やり方が変われば、今までとは違う視点でものを見ることが出来る。気付かなかったことにも気づけるし、今までと同じことに接しても、新鮮味だって、当然変わってくるはずである。このことを試験対策で言わせて頂くならば…今までの芳しくない結果が出ていたやり方を手放し、新しいやり方を試みれば、違う視点で問題を見ることもできるし、今まで気付かなかったことにも気が付くようになる。そして、惰性で解いていた問題も、新鮮な感覚で解くことが出来るようになる…ということになる。『 そんなこと… 』と思う人がいるかもしれないが…私は学習指導において、そういった学生さん達を、それこそ無数に見てきているのである。

 前述のSさん。何故、私がパズルを解いたとき『 そんな方法もあるのか! 』という具合にならなかったのだろうか。逆の立場なら、私は間違いなく、自分の知らなかった方法でコインを取りだしたことに感銘を受けていると思う。でも、パズルとは本来そういうモノではないだろうか?世の中には色々な方法がある。そのパズルを作った人間とて気がつかないような方法だって、たくさんあるのではないだろうか?おこがましい意見かもしれないが…Sさんと私では、どちらが本当にパズルを楽しんでいるのだろう?まあ、事はパズルの話かもしれないが…国家試験のやり方一つ取ってみても、やはり正解を1つとするのではなく、正解は無数にあるとした方が、色々とやり易いのではないだろうか?Sさんのように、1つの正解だけにこだわるのか?色々な正解があることを知りながら、より良いやり方を模索して進めていくのか?それは、その人次第であるが…その結果には雲泥の差があるよう私は思うのである。

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