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「 出来ない 」のではなく、「 したくない 」のだ。

 タイトルはアドラー氏のお言葉。アルフレッド・アドラー氏は、精神科医、心理学者、社会理論家。自己啓発の父とも呼ばれ、彼が説いたアドラー心理学は、世界的にも好評(まあ、諸説紛々あるのだが…)。最近では、アドラー心理学を解説している著書として、世界中で350万部を越えるベストセラーになった『 嫌われる勇気』が有名ではないだろうか。私も以前から、アドラー氏のお言葉をいくつか読んだことはあるのだが…なかなか厳しいお言葉が多いのも事実。タイトルのお言葉も、なかなか厳しいお言葉。

 タイトルの言葉。厳しいお言葉と表現させて頂いたが…何気に国家試験対策の指導の中で、同じ内容の言葉を口にすることは多々ある。まあ、こんなにキツイ表現ではないのだが、内容的には同じこと。手っ取り早く言うならば…『 出来ない、出来ないって言っているけれど、やらないだけじゃないの?っていうか、やりたくないだけなんじゃない? 』といった感じ。

 厳しい言葉のように感じられるかもしれないが…こちらとて、試験対策にかかわってン十年。本当に本当にたくさんの、そして色々な学生さんを目にしてきたことは事実。『 チョット、ブログ等で掲載するのは、如何なモノだろうか? 』といった状況の学生さんに、たくさん出会ってきたことも事実。そして…そんな学生さんも、しっかりと合格していっているのも、これまた事実。『 さすがに…この状況じゃ、今回の国家試験は… 』と、つい思ってしまうような状況の学生さんでも…普通に講義に参加し、普通に勉強していき、そして、合格していっている。そういった学生さんを何人も見てきているのだ。

 そこまでの状況ではないにせよ…皆、それ相応に苦労して、試験対策を乗り切っていることも、紛れもない事実。順風満帆に『 余裕、余裕 』なんて言って合格した学生さんなど、いまだかつて見たことがない。一見そのように見えたとしても、実は陰では努力している、裏では歯を食いしばっている…それが実状である。

 ところが…指導している中で『 出来ないんですよね… 』と言ってくる学生さんは何気に多くいるのだが…。話を聞いてみると…今一つ、必死さが伝わってこない。『 やろうとは思っているんですけど、なんか出来ないんですよね… 』と、本人は言っているのだが、今一つ大変ではなさそう。まあ、こちらとて、薬剤師国家試験対策にかかわってン十年。本当に困っているのか、大変なのか…そして、そうでないかは肌で感じることが出来る。本当に切羽詰まっている、必死な学生さんだと、それ相応の気迫が伝わってくるものである。

 試験対策のあるべき姿というものは…初めは手探りでもいいから、指導通り、日々少し少しこなしながら、手ごたえを確かめ、コツコツ進んでいく。これが本当の試験対策であり、試験対策の王道である。しかし、前述の『 出来ないんですよね… 』と言ってくる学生さん。どうも、いきなりズバッと大きな手柄があるような、そんな何かを期待しているご様子がチラホラ…。そういった学生さんに限って、日々、少し、少しこなしながら、コツコツと…といったことを嫌う傾向にあるようで…。で、やらない。『 いきなりズバッと大きな手柄がないのなら、やっても意味が無い 』とでも思っているようなご様子。だから、やらない。それが『 出来ないんですよね… 』といった表現として、口から出てしまっているような…そんな、気がしないでもない。

 でも、それは〝出来ない〟ではなく〝やらない〟。すぐに成果を求めたがるが故の言動とも言えるのではないだろうか?チョットやっただけで、求めていた成果が手に入らない。これじゃあ、やっても…という気持ちになって…さらに怠け心も加わることにより…いつしか、試験対策に手を付けられなくなってしまう。まあ、ご本人は『 手が付かない 』という認識なのかもしれないが…何のことはない。すぐに成果が手に入らないような試験対策などやっていられない、やるのもバカバカしい(まあ、ここまで過激な思いではないのかもしれないが…)。そんな思いがあるのだから、試験対策など手を付けられなくなるのも、当たり前と言えば当たり前の話。で…『 出来ないんですよね… 』という言葉が口から出る羽目に…。とどのつまり…〝出来ない〟ではなく〝やらない〟というのが、種明かし…といったところ。

 余裕があるよなぁ…というのが、こちら側の正直な意見。必死な人は、それどころではないのだから。『 出来ないんですよね 』なんて言っているうちは、まだ必死になっていない証拠。本当に必死になっている学生さんは、それどころではない。『 出来ないんですよね 』なんて言ってはいられない、やらなければならないのだから。例えば…自分の家に火がついている。『 消したいんですけど…出来ないんですよね 』なんていう人がいるだろうか?四の五の言っているよりも、とにかく火を消さなければ…それこそ必死である。火のついている家を目の前にして、『 消したいんですけど…出来ないんですよね 』なんていう輩を見たら、皆、なんていうだろう?『 あんた、そんなこと言っていないで、とっとと火を消しなさいよ 』そして次にこう言うだろう『 火を消す気が無いの? 』と…。試験対策もこれと同じである。家に火が付いたくらい必死であれば、四の五の言っていられないはずである。何としてでも受からなければならないのだ。出来るも、出来ないも知ったことではない。イヤ、そんなことはどうでもいいから、やらなければ…一歩でもいいから前進しなければ。これが、本当の国家試験対策ではないだろうか?少なくとも、私が目の当たりにしてきた〝合格者たち〟は皆そうであったが…。〝出来ない〟を言い訳に〝やらない〟であれば…まあ試験対策をやらない訳だから、そりゃあ結果が芳しくないものであることも、当たり前と言えば当たり前の話…。

 一攫千金の自分ご都合主義で受かるのなら、こんな楽なことはないし、こんなに嬉しい状況はないだろう。しかし、残念ながらそんな状況、全てが自分にとって好都合なんていう状況など、まずあるはずがない。試験対策の長い道のりでは、泥道もあるし、向かい風もあるし、豪雨のこともあるのだ。順風満帆、万事良好、100%完璧な状況…なんていうことは、残念ながらほぼ無いと言ってもいいだろう。だから、歩くのを辞めるのか?それでも歩かなければならないのか?状況が大変だから、思った通りにいかないから、だから歩くのを辞めてしまう。それは、まさに『 歩けない 』のではなく、『 歩きたくない 』だけなのではないだろうか?

 そういえば、私の知人の中にも『 アレをしたい 』『 コレがしたい 』などと語ってはいるが、一向にやろうとする気配が無いというか、行動していない輩が何人もいる。『 やらないの? 』と尋ねると…『 ○○になったら、やろうと思うんですよ 』だとか『 □□が必要なんで、今は無理ですね 』と、したり顔で語ったりする。まあ、今、出来ないんだから、一生出来ないんだろうなぁ…なんて考えてしまうのだが…。確かに物事には、それ相応のタイミングや時期というものはある。しかし、100%完璧な状況なんか、そうそうやってくる訳ではないし、□□が必要ならば、それを手に入れるために、今、動けばいいだけの話。つまり、これも〝出来ない〟ではなく〝やらない〟。それ相応の理屈をつけては『 やりたいんだけど出来ない 』と逃げ込んでいるだけ。理由にかこつけてはいるものの、結局は〝やらない〟だけである。〝出来ない〟のではなく〝やらない〟のだから、どんなに時が経とうが、出来るわけはない。

 アドラー氏は、こんなことも言っている。

やらない理由を作り続けるな。

私が学生さんに指導をするとき、よく言うのが『 やらなくてもいい理由はたくさんある 』という言葉。これと同じ内容。〝やらなくてもいい理由〟なんて、いくらでもある。アドラー氏が言うように、いくらでも作り続けることも出来る。しかし…大事なことは何であろうか?目的遂行のために…薬剤師国家試験合格のために見つけなければならないこと、常に持ち続けなければならないことは、〝やらなくてもいい理由〟ではなく〝やらなければならない理由〟ではないだろうか?そして…その理由さえ、明確に持ってさえいれば、つまり〝やらなければならない理由〟さえしっかりと持ち続けていれば、〝出来ない〟といった言葉は、自然消滅するのではないだろうか?

 合格していった人たちは、皆〝やらなければならない理由〟をしっかりと持ち続けていたからこそ、四の五の言わず、泥道でも、追い風でも、雨が降ろうとも、とにかく必死でやってきたのではないだろうか?私はそう思っているし、実際、私が出会ってきた〝合格者たち〟は皆そうであったと思う。

 これから試験対策に励むことになる人は、そこの所、つまり〝やらなければならない理由〟をしっかりと持ち続けることを忘れずに、日々、切磋琢磨してほしい。そして…『 出来ない 』といった言葉が頭をよぎった時には…〝やらなければならない理由〟を、今一度しっかりと見つめ直して欲しい。そう思っている所存である。

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