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一年:早く温かい、落ち着いた春が来ないかなぁ…

 私は浅草橋にあるディスカウントストアの7階で地震にあいました。商品陳列棚からバラバラとモノが落ちてくるなかじっと耐え、地震は終息へと向かいました。店員さんの指示に従い一階にたどり着き、外に出ると・・・。街中がパニック状態に!まず始めに思ったのが「こんなにも大勢の人が歩道にいるの!?」ということでした。地震と同時に皆さん建物から避難したからなのでしょう。歩道は人で溢れかえっていました。そして皆同じように携帯を片手に不安そうな顔をしていました。

 これは一年前に書いたブログの冒頭部分です。早いもので、あれから一年が過ぎました。月並みな意見ではありますが、ほんの数日前のことのように思えます。あの時はまだ、この災害がどれほど大きなものとなるのか、そしてその後どれほどの尾を引くこととなるのか、誰も予想だにしませんでした。

 あの地震の次の日となる3月12日、私はある所へ仕事に行かなければならなかったのですが…11日は皆さんご存じのように電車がすべて止まって、家まで歩いて帰る状態。歩いて帰るさなか「明日は電車は動くだろうか…」なんて考えていたことを覚えています。次の日、なんとかこんとか動いている電車を乗り継ぎ、仕事の場所へと赴きました。通常1時間30分ほどで到着(バス移動込み)するのですが、何だかんだで3時間以上かかってしまいました。まあ、まだ電車が動いていただけ助かったのですが…。仕事に関わる仲間たちも、何とか時間までには全員到着で一安心。私たちの控室にはテレビがなく、皆がワンセグをつけて、地震の報道に見入っていました。火の手が上がっている被災地を見ながら、私の先輩が「俺達、ここでこんなことしている場合じゃないんじゃないか?」と言ったのを、今でもハッキリ覚えています。いざ仕事が始まったものの…相次ぐ余震ですぐに仕事はストップ状態。〝余震→仕事ストップ〟の繰り返しで、進行具合も今一つ。当たり前の話ですが、仕事中も、皆、地震のことが気になっていたようで、夕食時は誰もが食堂のテレビを食い入るように見ていました。そして、新たに入ってきた情報が原子力発電所の事故…。原発事故の報道を見て、騒いでいる仕事仲間をよそに、放射化学を教えている(そして放射線取扱主任者である)私は「コイツは、まずいことになったな…」と、一人おとなしく真顔になったことを覚えています。その後、福島に住んでいる元教え子から「大丈夫なんでしょうか?」とのメールが来たのですが…自分の見解を正直に伝え、この後どうすればいいのかをアドバイスしました。今から考えれば、あのアドバイスをしてよかったなと思っています。どうやら、同じ〝尾を引く〟でも、原発事故の〝尾〟の方がよっぽど長くなりそうな気がします。

 昨日も千葉県東方沖を震源地とする、M6.1の地震が起こりました。大雪で難儀したり、地滑りが起こったりもしています。春だというのに、相変わらず寒い日も続いています。〝春〟という言葉は、単に季節を表すだけではなく、次のような意味も持っています。

 春:苦しくつらい時期の後に来る楽しい時期    デジタル大辞泉より

  昨日、私の友人が「早く温かい、落ち着いた春が来ないかなぁ…」と言っていましたが、本当にその通りだと思います。震災にあわれた方も、原発事故の災害や自然災害にあわれた方も、皆が落ち着いて笑顔で暮らせる、そんな温かな春が早く来てほしいものです。

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