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〝好き〟の反対は〝嫌い〟ではなく〝無関心〟

 これはマザーテレサが言った言葉です(訳し方には色々ありますが…)。講師という仕事を長く続けていると、常に対面する難題として「学生さん同士の不仲」があります。まあ、色々な立場・考え方の人間が大勢、一定空間に長くいるわけですから、多少なりとも摩擦が生じるのも致し方のないことなんですが…。で、何気に多いのが「あの人は私のことを好きじゃないみたいなんです…だから私に対して○○してきて云々」といった、いわゆる〝嫌がらせ〟の相談。もっとも、我が薬進塾は少人数制ですので、こういった苦情はありません。人数が少ないと、皆知れた仲になってしまいますので、あまり摩擦も生じないようです。私は色々な場所で教鞭をふるってきましたが、やはり人数が多くなればなるほど、上記のような〝いやがらせ〟の問題が多く起こっていたような気がします。

 「好きじゃない・気に入らないから、いやがらせをする」世間では当たり前のように思われていますが、果たしてそうなのでしょうか?もし、好きじゃない・気に入らない人がいたとして、皆さんはその人に何かけ仕掛けようと思いますか?「私はそんな人の道に外れたことは…例え好きじゃない・気に入らない人とでも仲良く…」なんていうことを聞いているのではありません。私にも当然、好きじゃない・気に入らない人はいます(神様、聖人君子ではありませんからね:笑)。でも「好きじゃない・気に入らないから○○してやろう」とは思いません。出来る限り、その人とは接触しないというか、関わらないようにします。無視もしません。無視というのも相手に関わる立派な一つの行動ですから…。好きじゃない・気に入らない人とは当たり障り無く、距離を追いて行動します…というか、とにかく関わらないようにします。本当に好きじゃなかったり、気に入らなければ、こうするのが本当ではないでしょうか?

 マザーテレサが言った「〝好き〟の反対は〝嫌い〟ではなく〝無関心〟」という言葉。私は、まさにこの言葉は核心をついていると思います。誰も、好きではないモノに関心を示そうなどとは思わないはずです。とすると「好きじゃない・気に入らない、だから○○する」…いやこの際ハッキリ書きましょう。「好きじゃない・気に入らない、だから嫌がらせをする・誹謗中傷する」という行為は、基本的におかしいいうことになります。本当に好きじゃない・気に入らないなら、関わりたくないはずですから、逆に何もしてこないはずですし、関わろうともしないはずです。ということは〝好きじゃない・気に入らない〟を理由にアレやコレやしてくる人は、〝好きじゃない・気に入らない〟から仕掛けてくるのではなく、何か違う理由をもってアレやコレやしてくるということになります。実際、私が対応した『いやがらせ相談』も、調べてみると〝好きじゃない・気に入らない〟から「嫌がらせをする」のではなく、「嫌がらせをする」ことによって、何かを解消したり、何らかの利益を得ようとしているパターンがほとんどなのです。〝好きじゃない・気に入らない〟という大義名分(?)で、嫌がらせをしていたと思いきや、実際は自分よりも成績の良い人に対する憂さ晴らしだったりとか、自分が持っていないもの(物質的なものだけでなく〝容姿〟や〝性格〟なんかも含まれます)を持っていることに対するコンプレックス解消だったりとか…。嫌がらせをしている対象の人が〝好きじゃない・気に入らない〟から嫌がらせをしていたのではなく、「自分より優れている(と勝手に思い込んでいる)相手」に対する、単なるあてつけだったという訳です。

 もし誰かが、あなたに対して〝好きじゃない・気に入らない〟という名目で何か言ってきたり、行動してきた場合はこう考えてみて下さい。「〝好きじゃない・気に入らない〟という大義名分で、自分の欲求不満やコンプレックスを解消しているんだな」と。逆にあなたに関心がある証拠ですよ。だって本当に〝好きじゃない・気に入らない〟なら、関わらないようにするのが本筋なんですから。

 「好きじゃない・気に入らない、だから云々かんぬん…」ということが身近でおこったり、または自分に降りかかってくることがあったら「〝好き〟の反対は〝嫌い〟ではなく〝無関心〟」という言葉を思い出してみてください。ちょっと違う視点から、何かを見つけることが出来るかもしれませんよ。

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