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すぐに『 ちょうだい 』という人。

 『 何を考えているんだコイツは? 』とまじまじ考えてしまう。で、こういう輩に限って『 ちょうだい 』という申し出を断ると、『 ケチ 』とかコチラを罵る発言をする。そこで、さらにまじまじと考えてしまう、『 コイツ、日本語分かっているのか? 』と…。ケチとは…

 

むやみに金品を惜しむこと。また、そういう人や、そのさま。(デジタル大辞泉)

 

とある。『 むやみに 』というのが大事なキーワードである。『 むやみ 』には…

 

物事の状態が度を超えて甚だしいさま。(デジタル大辞泉)

 

と言う意味がある。つまり、ケチというのは『 度を越えて甚だしい位、金品を惜しむこと 』という意味となる。よって、他人が欲しがっているモノをあげなかったからといって、『 ケチ 』と言われることは、常識的に考えておかしいということになる。第一『 ちょうだい 』と言えば聞こえはいいが、よは『 タダでよこせ 』と言っているのである。日常生活において『 ちょうだい 』と言って渡す場合、100%金銭の授受はないだろうし、言っている輩も金銭の支払いをする気など、毛頭もないはず。お店に行って『 これちょうだい 』という場合の『 ちょうだい 』とは別物で、今回取り上げている『 ちょうだい 』は、『 タダでよこせ 』と言っている方の『 ちょうだい 』なのだ。『 タダでよこせ 』と言っている輩の方こそ、ケチではないだろうか?

 そりゃあ、今食べている菓子を『 ちょうだい 』というのなら話が分からなくもない。菓子の一つくらいあげる分には、さして問題はない(もちろん、その菓子がどういうものかにもよるが…)。しかし、自分が使用しているモノや所持しているモノを『 コレいいな。ちょうだい 』と言ってくる輩には、前述のように『 何を考えているんだコイツは? 』と、まじまじ考えてしまう事態に陥ってしまうこととなる。

 必要だから持っているのだ。もちろん、ほとんどの場合が金銭を支払って購入したモノである。それを、言い回しはどうであれ『 タダでよこせ 』と言っているのだ。常識的な考え方をすれば『 コレいいな。どこで買ったの?私も買おう 』となるのが、本当ではないか?それを『 自分はお金を出さないから、よこせ 』と言っているのだ。これほど相手のことを考えない理不尽な行為も、珍しいのではないか?そして断ると『 ケチ 』…どっちがケチだ?自分が『 いいモノだ 』と思ったのなら、自分で金銭を支払って購入すればいいだけの話ではないか?それが、社会人としての常識ではないのか?それを『 タダでよこせ 』だと?断れば『 ケチ 』だと?非常識にもほどがあるとは、このことではないか?

 自分が良かれて思って購入したものや、自分が所持しているものには、誰しも愛着があるはずである。それをあげるということは、その愛着も渡してしまうことになる。『 ちょうだい 』と言われた時、『 これは○円したから… 』と金銭的なことを思い浮かべる場合は少ないはずである。むしろ、その愛着さや必要性のことを考えるはずである。場合によっては、そのモノをあげてしまった場合、再度購入する際の手間暇(いつ買いに行くか、どこに買いに行くか等)を考える場合だってあるだろう。もちろん、必要だからこそ持っているのだから、それを失った場合の不便さを考えるのも、至極当たり前の話である。

 『 自分が良かれと思って購入したものや、自分が所持しているものには、誰しも愛着がある 』と前述させていただいたが、『 ちょうだい 』と言う輩は、そこのところを分かっているのだろうか?愛着があるからこそ、『 ちょうだい 』と言われた時点で、ほとんどの人は顔をしかめることになる。あげたくないからだ。それを伝えるのも、相手を拒否しているみたいで心苦しいのだが…あげたくない以上、口にするしかない。口にしたところ、帰ってくる言葉が『 ケチ 』。これほど理不尽な、そして人を不愉快にする言動も、そうないのではないだろうか?

 ちょっと物騒なお話になるが…。財布を盗まれたり、落としたりしたケースを何件か知っている。そいった場合、被害にあわれた方は『 お金はいいけど、財布だけは戻ってきてほしい 』といった発言をすることが、何気に多い。そして『 あの財布は祖母からプレゼントされたもので… 』とか『 父の形見なんです 』といった内容の話をする。財布である。それを窃盗も含め紛失したとなると、金銭面で色々と支障が出るだろうし、カードやらなんやらの問題が加われば、なおかつ面倒な状況であることは間違いない。しかし、それさえも凌駕しているのが〝そのモノへの気持ち〟。愛着には『 なれ親しんだものに深く心が引かれること 』『 愛する気持ち 』という意味がある。〝祖母からのプレゼント〟や〝父の形見〟には、祖母や父に対するのと同じくらいの『 愛する気持ち 』があるはずである。だから、『 お金はいいけど、財布だけは戻ってきてほしい 』という言葉が、まず先に出てくるのだろう。

 『 ちょうだい 』『 ケチ 』とむやみに口にする輩は、そういったことを分かっているのだろうか?必要だから購入したモノ。自分が良かれと思って購入したモノ。愛着があるから所持しているモノ。愛する気持ちがこもっているモノ。そういうものを、むやみやたらに『 ちょうだい 』ということが、いかに問題のある発言なのか。そして、それを拒否すると、さらに追い打ちをかけて『 ケチ 』と言うことが、やはりいかに問題のある行動なのか。今回のブログで、そこの所を少し考えていただたらと思う。『 別に「 ちょうだい 」も「 ケチ 」も、本気で言っている訳ではないんだから、そんなに目くじら立てなくても… 』という輩がいるかもしれないが…本気で言おうが、言うまいが、人を不愉快にする言動は慎んだ方がいいのではないか?ましてや〝愛着〟や〝愛する気持ち〟を、蔑ろにするかもしれない言動なのだ。慎むに越したことはないと思うのは、私だけではないはずである。

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