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酔ってはいけない‐その2。

 先週は『〝自分は出来るんだ(成績が良いんだ)〟と酔いしれている人がいますが、それは国家試験合格という課題において、とっても危険である』といったことを書かせてもらいました。そして今回は、残りの危険な〝酔いしれパターン〟である「自分は勉強していますよ」と酔いしれるパターンについて書かせていただきます。こちらも、なかなか厄介なのです。

 個人面接なんかで「勉強している?」と聞くと、本人は何気に自信たっぷりに「ええ、勉強しています」と答えるのですが…。どうも、その割には成績が芳しくない。で、「先週はいつ勉強した?」なんて聞いてみると…「月曜日と、あと水曜日」なんて答が返ってきたりします。週に2日しか勉強していない…。私が指導する学生さんのほとんどが予備校生です(まあ、私は予備校講師ですから)。週に6日講義があるとして、予備校生が週に2日しか勉強していないというのは、〝試験対策〟としては多いに問題があると言わざるを得ません。さらに「何時間くらい勉強したの?」と聞くと「2時間くらい」なんて言葉が返ってきたりして…。週2日、1日2時間…週に4時間の勉強量…。確かに勉強は〝量〟ではなく〝質〟です。でも〝質〟だけではありません。最低限の〝量〟も必要にはなります。勉強とは〝質が伴った量〟でなければならないのです。週に6日講義があるとして、それに関する勉強に費やした時間が4時間では、とてもじゃありませんが質を保てるだけの量とはいえません。確かに、短時間でも非常に効率のいい勉強をする人もいます。しかし、前述のように成績が芳しくない学生さんですから、効率のいい勉強をしているとは言えない状況にあるのです。

 中には「勉強しているのに何で成績が上がらないの?」と悩んで相談に来られる方もいらっしゃいますが…〝勉強してると酔いしれていらっしゃる方〟は、酔いしれているだけに相談には来ないのです。本人は不安にならないのかな、と話を聞いてみますと…往々にしてそういう学生さんは、勉強やっていることだけに満足していて、成績が芳しくないことはあまり気にしていらっしゃらないことが多いようで。つまり「何のために勉強しているのか?」ということを忘れてしまっている、本末転倒の状況に陥っている場合が多いのです。中には「勉強しているんだから、そのうち成績も上がるでしょう」なんて、妙に落ち着いて構えている学生さんもいたりして…。「その余裕はどっから来るんだい?…というか余裕はないんだけど…」と、ついつい思ってしまいます。ま、これが「自分は勉強していますよ」と酔いしれてるパターンの恐いところなんですけどね…「勉強しているから、いつかは成績が上がるんだろ」という楽観的態度も、やはり国家試験合格には致命傷となってしまうのです。

 『勉強している』と言ってはいるものの、実は『「自分は勉強している」と酔いしれている』だけ…。酔いしれているということは…そう、実際は「勉強していない」ということなんですよ。前述の学生さんは、1週間に4時間しか勉強していませんでしたね?でも、そこだけをかいつまんで「勉強しているんだ、自分は」となってしまっているのです。きちんと勉強している人は、「勉強している」ことに関して酔いしれることはありません。「もっと勉強したいけども時間がない」と、どちらかというと自分の勉強の不備の方を強調します。先週も書きましたように、〝酔いしれている〟という行為には、自分に都合のいい部分だけを見て、都合の悪い部分を見ないようにしてしまう作用があるのです。試験対策に限らず〝対策〟と名のつくものは、都合の悪い部分を見ることから始まるのです。そこを改良していきながら、進んでいくのが対策なのです。おそらく、ご本人も「1週間に4時間の勉強じゃあ足りない」とか「成績がイマイチ」と、どこか感じているのかもしれません。しかし、なかなかそれを受け入れられない…。それを受け入れることは、ある意味ショックなことかもしれません。気持ちは分かります。でも、「勉強している」と酔いしれてだけいても、やはり問題が解決される訳ではないのです。前述のように、1週間に4時間の勉強量では、確実に国家試験対策の勉強量として不十分なのです。やはり、試験に合格できるだけの力をつけるためには、それ相応の勉強量が必要になるのは確かなのです。試験対策にとって「毎日勉強すること」は、やはり必須条件となります。もちろん、その日にやるべき勉強量に見合った時間も必要です。どんなに毎日勉強しても「1日1時間」では、いつから勉強を始めようとも、年一回の国家試験に間に合わないことは確かです。「自分は勉強しているんだ」という酔いから早く冷めて、質・量ともにしっかりとした勉強をしていくことが、試験対策には必要なのです。試験対策も〝対策〟である以上、現実をしっかりと把握して、前に進んでいかなければならないのです。前述のように、対策とはそういうものなのです。

 余談になりますが、そういう意味からしても、現政府の〝震災対策〟〝福島原発事故対策〟がちっとも対策になっていないことがお分かり頂けると思います。「都合の悪い部分を見ないよう」にしていますからね。中には「東日本大震災の犠牲者の慰霊や福島第1原発事故からの復旧への祈りを込めて」などと言って、四国霊場八十八ヶ所巡りを、再開した政治家の方もいらっしゃるそうで…。もちろん、犠牲者の慰霊や原発事故からの復旧を祈ることは悪いことではありません。でも、これに酔いしれてしまうと…〝酔いしれる〟という行為には、都合の悪い部分を見ないようにしてしまう作用があるのです。「私は東日本大震災の犠牲者の慰霊や福島第1原発事故からの復旧への祈りを込めてお遍路しているんだから、被災地や原発事故に対してやるべきことをやっているんだ!」と酔いしれて、復興問題や放射線問題等を見ないようにしているのでは?と思えるのは私だけでしょうか?このお遍路騒動に、呆れている方も多いことと思いますが…酔いしれている人間は、他の人から見ればこういうふうに見えるんだな、ということを知っておくと、「酔いしれることは結構恥ずかしいことなんだな」と分かっていただけると思います。

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