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何でそんなに〝負けたくない〟の?

 〝勝気〟という輩がいる。勝気とは何なのか?調べてみると…

 

人に負けまいとする気の強い気性であること。また、そのさま。

デジタル大辞泉より

 

 人に負けまいとする…なるほど、勝気な人間というのは、何か事あるごとに挑戦的である。何か聞いてくるので答えると…『 勝った 』などと言ったりする。こちらは、ただただ『 ? 』。一体何で勝負したのだろう?

 勝気な人間に聞きたいのだが…何を根拠に勝ち負けを決めているのだろうか?一度、ある勝気な人間(女性)と話している時、『 何を目安に勝ち負けを決めるの?勝ち負けを決められないモノもあるんじゃない?例えば、映画みたいな芸術作品とか…どうやって勝ち負けを決めるの? 』と私が言うと…。その女性一言『 たくさん人が入った方が勝ちなんじゃないですか 』。この時はたまげた…。芸術作品であろうとも、勝気な人間にとっては、勝ち負けを判定することなど容易いものなのだろう。まあ、とんでも判定であることは間違いないが…。そう、この程度なのだ。所詮、自分目線基準での相対的な判定でしかないのである。こんな人間の手にかかってしまえば、どんな名画であろうと、どんな名曲であろうと、自然の美しさであろうと、勝ち負けをつけられてしまうことになる。想像を絶する凄さであることは間違いない。

 何故そんなに勝ち負けにこだわるのだろうか?ここで『 勝った人が羨ましいんだろ? 』とか『 負けたことが悔しいでしょ? 』という方は、タイトル〝そんなに悔しがらせたいのか?〟のブログをご一読願いたい。閑話休題。何故そんなに勝ち負けにこだわるのか?イヤ、勝ちたいのだろうか?私が見てきた限り、答は一つ。不安だから。不安であるから、何かと比較しては『 私の方が上。私より下の人がいる。だから私は大丈夫なんだ 』という所に駆け込みたいだけのようである。自己満足もあると思う。他と比較して『 自分って優れている 』と思い込みたいのだろう。まあ、自分目線基準による優越なのだから、間違いなく自分優位に働く判定ではあるのだが…。それでも、自分が優れていると思い込みたいのだろう。これも、『 自分は優れていないのではないだろうか? 』といった、不安から生じたものにすぎないのだが…。不安じゃない人、優れている人(他と比較しての〝優れている〟ではなく、正真正銘に優れている人)に限って、勝ち負けにはこだわらない。というか、そんなものなど心中、眼中にないといった所。実際、私の知っている優れた方、人として素晴らしい方は、絶対といっていいほど勝ち負け云々を口にしない。というか、そんなこと全くと言っていいほど気にしていないようである。ただただ、自分の行ったことに対し、自分自身の評価を下しているだけである。そしてそれを真摯に受け止め、残念がったり、喜んだりしている。そこには、人としての純真さが感じられるし、そういう顔つきをしているのも確かである。そう、全ての事において勝ち負けなど存在するはずがないのである。

 勝気な人間の言う所の『 勝ち 』とは『 何かと比べての勝ち 』であり『 負けが存在するからこその勝ち 』である。そこには、白黒の判定しか存在せず、グレーゾーンなど存在しない。何か事が起こった時、全てにおいて、勝ち負けの評価が下されるのかというとそうではない。どちらが勝ちの事もあれば、どちらも負けの事もある。イヤ、そのどちらも存在しない事さえある。全てのことが『 良い・悪い 』『 正義・悪 』『 勝ち・負け 』等の二極化した判断で賄えるはずなどないのだ。だからこそ、あえて勝ち負けを決める時には、基準を設けているのである。『 今回においては○○となった方を勝ちとしよう 』と…。それが無ければ勝ち負けの判断がつかないからである。そして、勝気な人間は、その判断基準を自分目線で勝手に決めている。そして、ことあるごとに『 自分が勝った 』という判定を生み出そうとしている。イヤ、正確に言うならば…〝自分が勝ったという判定が出来るような基準〟を勝手に設定しているだけである。自分が勝ちとなるために基準を設ける。そして、誰かと比較しては、自己満足の勝ちに酔いしれている。愚の骨頂も甚だしいように思うが、勝気な人間としては、そこまでしても勝ちを得たいのだろう。まさに『 人に負けまいとする気の強い気性であること 』は確かである。

 往々にして勝ち負けにこだわる人間は視野が狭い。物事全てを『 勝ち・負け 』でしか見られないのだから、視野が狭いのも当り前であろう。視野が狭く、他の事物が目に入らないから不安になるのだ。だからこそ、何かと比較しなければ、自分を保てないのである。『 ○○には勝っている。だから自分は大丈夫なんだ』と…。どうせ比較するなら、大きなものを相手に…とも思うのだが、それではあまりの格差がありすぎて比較にならない。イヤ、そんな自分が勝てないような相手とは比較しないのが、勝気の人間の特徴。自分が安心するために、『 自分が勝つような勝負 』をしているのだから、それも致し方ないことである。そこで、自分と同程度か少し劣るぐらいの輩と比較して『 勝った・負けた 』のセコイ勝負をしているのが現実である。まあ、勝気な人間なら、例え格差がありすぎる大物であっても、何らかの自分目線の判断基準を設けて『 だから、私の勝ち 』とやるのであろうが…。

 逆に言うならば『 勝ち負けにこだわっている時は、不安になっている時 』でもある。不安だからと、愚かなる自分目線の基準で疾しい勝ちを得るのではなく、しっかりと現実を見て不安を解消していくべきではないだろうか?そうすれば、前述の本当に優れた人達のような、人としての純真さや、そういった顔つきを手に入れることが出来ると思う。そちらの方が、自己満足だけの疾しい勝ちより、よっぽどいいものだと私は思っている。

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