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薬剤師になることを選んだ人の責任。

 我が薬進塾は少人数制。学習指導はもとより、塾生さんとの面接等、全てマンツーマンで行っています。私は、今までいくつかの試験対策予備校に在籍していましたが、当時から学生さんの相談や面接は、全てマンツーマンで行ってきました。企業から研修の一環として依頼される学習指導も、基本的にマンツーマン。それを考えると…マンツーマンで指導してきた学生さんの数たるや相当なものになると思います。

 学内はもとより、研修や講演会で面接を行ったり、相談を受けていると、時折気になることを言う人がいます。どういうことを言うのかというと…要約すると、こういう感じになります。

 

私は本当は薬剤師なんかになりたくなかった。

  親が薬剤師になれというから、やむを得ず薬学に来た

 

といった内容。以前から、こういうことを言う人は、何人かいたのですが…昨今、この言葉を聞く機会が増えてきているような気がします。私としましては、こういう言葉を聞くと…怒りを通り越し、呆れるを通り越し…何ともやりきれない気持ちになってしまいます。

 この言葉を口にしている当人は、二十歳を超えた〝いい大人〟。4年制薬学時代なら最低でも22歳、6年制薬学時代なら最低でも24歳。どちらも世間的には〝いい大人〟であることは間違いありません。前述の言葉は、そんな人間が口にする言葉とは、とても思えないのです。親が『 薬剤師になれ 』といったところで、自分が嫌なら『 イヤ 』と言えばいいのだけの話ではないでしょうか?そう伝えると、全員と言っていいほど『 それはできませんよ 』と言うのです。何故、それができないのでしょうか?恐らく、親御さんから『 薬剤師になれ 』と言われたのは、大学受験前の高校生位の時だと思います。これからの進路をどうするか?将来どうするのか?そういった話し合いでの中で、親御さんから言われたのだと思いますが…未成年とはいえ高校生ともなれば、それ相応の意思表示はできる年齢。ましてや進学ともなれば、自分の一生を決める事。そこで、自分の意思表示をしないで、親御さんの言いなりになったとしたら…それは、言いなりになったその人に責任があるのではないでしょうか?親に反対された生き方を選択した人間など、無数にいます。実際、そうやって生きている人を何人も知っています。 親が薬剤師になれというから… 』という人は、何故そういう生き方、つまり〝親に反対されようとも、自分が選択した生き方〟をしなかったのでしょうか?

 中には『 ウチは祖父の代から薬局をやっていたんで、継がなきゃいけないんですよ 』という方もいます。自分が望む生き方とは違う人生を、親が望んでいる。そういう場合も確かにあるでしょう。しかし、それを受け入れたのは、その人生を選択したのは、その人自身ではないでしょうか?自分で選択しておきながら、後から『 本当はこんなこと… 』というのは、いかがなものでしょう?

 逆に聞きたいのですが…そういう人達には『 自分は将来、○○になる 』『 自分はこういう生き方をする 』という明確なビジョンというか、目標はあったのでしょうか?もし、あったとするならば、親御さんとの話し合いの中で、それを言えたはずです。『 言えなかったんですよ 』という人がいるかもしれません。そんな大事な場面で、自分の一生を決める明確なビジョン・目標を発言もせず、親御さんの提案した人生を選択した。この時点で、その後の人生の全責任は、それを選択した当人にあるのではないでしょうか?『 本当はこんなこと… 』と泣き言を言う資格はないと思います。

 その前に、そういう方にお聞きしたいのですが…先ほど『 「自分は将来、○○になる」「自分はこういう生き方をする」という明確なビジョンというか、目標はあったのでしょうか? 』と書かせてもらいましたが…果たして『 自分は将来、○○になる 』と意思表示するような生き方というか、ビジョンはあったのでしょうか?恐らく、全くと言っていいほど無かったのではないでしょうか?自分の生き方に対し、何のビジョンも目標ももなかった。だから、言われるがままに薬学に来た。それが、本音ではないのでしょうか?もし、そうならば…やはりそれは、自分の一生を決める事が出来なかった、当人の責任ということになると思います。自分の人生を自分なりに決めることもできず(将来の目標もビジョンもない訳ですから)に、他人に考えてもらいそれを選択した。その結果『 本当はこんなこと… 』という泣き言を言う羽目になった。その責任は、間違いなくそれを受け入れた当人自身にあるのではないでしょうか?仮に『 本当はこんなこと… 』と思ったならば、自分で違う道を選択すればいいだけの話です。『 他の道を進もう 』と…。もちろん『 本当は薬剤師にはなりたくなかったけれど、ここに来たのは自分の責任 』と、それを全うするのも、大事な選択肢の一つです。選択したからには、選択した責任がある訳ですから…。

 塾生さんの中には、薬剤師以外の仕事をしていたけれど、『 薬剤師になろう 』と仕事を辞めて来られる方も沢山います。中には、薬学以外の学部を出て、それ相応の仕事に就いたのですが、『 薬剤師になろう 』と仕事を辞め、薬学部に入り直した人もいます。自分の人生です。自分で決め、自分で行動するのが当たり前。そして、自分が決めようと、親御さんが決めようと、自らそれを選択したからには、選択した自分自身に責任があるということも当たり前の話です。選択した人に責任がある。決める時に決められず、人から与えられたモノを取りあえず選択しておいて、都合が悪くなると『 本当は… 』と泣き言を言う。そういう人を目の前にすると…前述のように、怒りを通り越し、呆れるを通り越し…何ともやりきれない気持ちになってしまう次第なのです。

 

『 本当はこれがしたいんだけどなぁ 』という甘えたガキのタワゴトは絶対になしだ。

by 杉村 太郎

※ 株式会社ジャパンビジネスラボの創業者、代表取締役社長。

 ハーバード大学国際問題研究所研究員。我究館会長。プレゼンス会長。

 

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