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ホームページ(HP)が攻撃されたらしい。

と、HPの件で色々お世話になっている方から連絡が来た。本来なら、金曜日~日曜日当たりにブログを更新しているのだが、今回はそこらへんの諸事情のため、更新が遅れることとなってしまった。今まで週一で掲載を続けてきたブログだけに何とも悔やまれる次第であるが、攻撃されているとなれば致し方ない。検知・防御機能の導入やら、アクセス制限やら、色々と手間ひまかかってしまったが、前述のお世話になっている方が、尽力を尽くしてくれたお陰で、何とか以前のようにブログが更新できることと相成った次第。まさに感謝の一言!ありがとうございました。そういうわけで、今回のブログは少々長めに書かせていただくことに!

で、件のHPの攻撃に関して。「一体、何故HPを攻撃したりするんだろう?」と不思議に思い、尋ねてみたところ「パスワードを不正に入手してHPを勝手に書き換えたり、色々悪さをしようという事ですよね」とのこと。私自身、そこら辺には少々疎いものがあるため調べたところ、パスワードを入手するために、『総当たり攻撃』と称する、暗号解読方法があるらしい。なんでもこの方法、パスワードのかかっているHPに対し、手当たり次第に適当な文字列を打ち込み、ログインを試みる攻撃だそうで。可能な組合せを全て試すやり方で、力任せ攻撃とも呼ばれているそうな。う~ん…疎い私でも、何やら手間ひまかかる方法だということだけは感じ取ることが出来る。何といっても、別名〝力任せ攻撃〟…「可能な組合せを全て試すやり方」なのだから…。

で、ここでさらに疑問に思うことがある。「パスワードを不正に入手して悪さをするため」にHPを攻撃している。つまり、悪いことをしようという訳である。どうも、ここら辺が今一つピンと来ない…。悪いことをするために、パスワードを手に入れようとする。そのために、手間ひまかかることをする。そんなに手間ひまかけてまでも、悪いことをしたいのだろうか?まあ普通、悪いことはしようとは思わない。しかし、人間どこで魔が差すかは分からない。つい悪事を行ってしまうこともあるだろう。しかしだ。そこで手間ひまかかることをしようと思うのだろうか?別に悪事を推奨しているわけではないが、そこまで手間ひまかけなくとも、もっと違う悪事はあるのではないか?むしろ、そこまで手間ひまかけるなら、まっとうなことにそれを利用した方が、よっぽど利益があると思うのだが…。

さらに不思議に思うのは、基本的に(悪事に対して基本的にというのもおかしいが)悪事というものは、ひっそりと分からないように行うものではないのか?おおっぴらに、堂々とやるというのは如何なものなのだろう?今回のHP総攻撃に対しても、ウチだけではなく色々なHPが攻撃にあっている…というか手当たり次第にやっているとのこと。私が思うに、空き巣が手持ちの鍵で、とりあえず一軒一軒のウチを回って、その度にドアの鍵穴に鍵を差し込んでいるイメージなのだ。手間ひまかかることもさることながら、すぐに見つかってしまうのではないか?実際、「HPが攻撃されていますよ」ということも、広く呼びかけられているとのこと。確かに犯人は特定出来ない。だからというのもあるかもしれないが、それにしては随分堂々とした悪事のやり方ではないか?ひっそりと、ばれないようにやる悪事というのも、古き時代のものになってしまったのか?

そういえば一週間ほど前から、私の携帯のメールに「950万円当たりました!」というメールが頻繁に来るようになった。もちろん、そんなメールに返信する訳がない。返信したが最後、とんでもない目にあうことは目に見えているからだ。と、誰もが知っているはずなのに、何故送ってくるのだろう?おまけに何回も何回も送ってくる。何回も送れば、そのうち送り返すとでも思っているのだろうか?こちらも〝力任せ攻撃〟だ。それでも無視していると「せっかくのチャンスを逃すのですか」「無視しないで下さい」「口座番号だけでもいいから教えてください」「あなたは選ばれた人なんですよ」と、見ているこっちが哀れんでしまうような文章になっていたりする。しまいには「760万円当たりました」と値段を下げてきたり「20,000ポイント当たりました」と現金には興味ないと思ったのか、ポイントに還元されて送られてくるようになった。これも手間ひまかかっているやり方だ。「そこまでしても返信してほしいのか」と、さらなる哀れみを誘うような状況なのである。

もちろん、これだって何らかの悪事をするために送ってきているのだろう。おそらく何万人という人に、常に送っていることと思う。これも、ずいぶん堂々とした、それでいて手間ひまかかる悪事である。昔の悪事はひっそりとやっていたみたいだが、やはりそれはどこかに疚しさ(やましさ)があったからだと思う。「疚しいことをしているんだ」という良心が、悪事を行う際の〝ひっそり感〟を生んでいたのではないか?それに比べ、HP攻撃も950万円メールも、ずいぶんと堂々としたものである。やっている人間は、疚しさなど微塵もないのだろう。捕まるおそれも少ないとなれば、疚しさが失われることも一入である。そういえば、昨今の世の中の事件。疚しさが微塵もないというか、悪いことをやっているという意識が感じられないというか、そういう事件が増えてきているように思えるのは私だけであろうか?私が感じるだけならばいいのだが…「疚しいことをしているんだ」という良心自体が、現代人には欠けてきているということであれば、何とも怖いことなのではないかと思う次第なのである。

 

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