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質より量

 最近の世の中は〝質より量〟という傾向にあるみたいですね。「内容なんてさほどかまわない、量があればいい」という感じで。確かに景気も悪い世の中ですから「この際〝質〟には贅沢言わないで、量の多いものをとろう」という気持ちはよく分かります。

 〝モノに対しての質より量〟は賛成しなくもないのですが…でもモノじゃない、例えば仕事や勉強などといった「何かを達成するための作業」に関して言えば、質より量はチョット困ったことになってしまいます。何故なら、「何かを達成するための作業」での〝質より量〟は、「とにかくこなせばいい。どんなに良質な作業をしても、そこは評価されない。量さえこなしていれば(内容はどうであれ)いい評価が得られる」ということになってしまいますから。内容での正当な評価が得られず、こなした量だけで評価される…。これはチョット悲しいこと…というか、怖いことだと思います。

 チョット話は変わりますが、国家試験対策の勉強にも同じことが言えます。学習指導等で、色々な方からお話しを聞くのですが…闇雲にとにかく過去問題だけをバンバン解いている。とにかく問題数をこなしている。○○本を1周はしなければ、イヤイヤ3周はしなければと、とにかく参考書をやたらめったらこなしていく。そういう勉強をやっているという人が何気に多いのにも驚かされます。まさに〝質より量〟の勉強方法ですね。まあ、こういったやり方がないわけではありませんが…効率的には眉唾物の勉強方法であることは、一言申し上げておきたいと思います。勉強においては、確かに〝量〟も大事なことです。しかし、それ以上にやはり大切なのは〝質〟なのです。そこのところは、受験生の皆さん、しっかりと把握しておいてください。

 昨今、何故〝質より量〟がもてはやされるのでしょうか?もちろん前述のように「景気の悪い世の中だから」という理由もあるでしょう。でもそれだけでしょうか?〝質〟と〝量〟の違いって何でしょう?もっと詳しく言うなら〝質での評価〟と〝量での評価〟、それぞれの評価は何が違うんでしょうか?私が思うに「〝量〟は見た目だけで評価できるが、〝質〟は評価する人間の判断力が要求される」点が違うのではないでしょうか?辞書によりますと〝判断力〟とは「正当な判断を下しうる能力。知性・感情・意志などが具体的な状況に正しく対応する力」とあります。要約すると、判断力とは「具体的な状況に正しく対応する力」ということになります。逆に言うならば、「具体的な状況に正しく対応する力」が乏しければ、正当な判断を下せないということになります。〝質〟を評価するためには、判断する人に「具体的な状況に正しく対応する力」が必要だということです。一概には言えませんが〝質〟で評価するより〝量〟で評価する方がよっぽど楽で手っ取り早いですからね。見た目だけで評価できるわけですから。確かに〝質より量〟で判断しなければならない場合もありますし、その評価方法が悪い評価方法であるとは、一概にはいえない場合も多々あります。しかし、具体的な状況に正しく対応する力が乏しければ、質で評価しなければいけない時も、安易に〝質より量の評価〟をしてしまう危険性があるのです。何故ならば、具体的な状況に正しく対応するよりも、見た目の判断の方が楽に評価が下せるのですから…。「考えて評価を下すのも面倒くさいし、そのためにアレコレ調べるのも手間隙かかる…見た目で量が多ければ取りあえずよしとするか」…これが、昨今〝質より量〟がもてはやされる理由だと思うのです。

 「質より量」は結局のところ「内容よりも見た目」評価ということなのでしょう。では、質より量を優先する人から、いい評価を得る場合には、どうしたらいいでしょう?見た目重視の〝量〟で評価する人なんですから「沢山やっているようなアピール・(内容はともかく)沢山こなしていることの重要性を説く」ことが、重要になってくるんじゃないでしょうかね?「見た目で量が多ければ取りあえずよし」なのだから、とにかく量でアピールする。何とも浅はかな行為とは思えますけれど…。でも、何気にそういう人が多いことも事実。何とも悲しい話ではありますが…。

 誰もが小さいころに一度は聞いたことのある話。まあ、バリエーションは沢山あるのですが…。ある教室に、いつも花が飾られている。皆、誰が飾っているのか気にもしていないし、飾ってあるのが当たり前だと思っている。そんなある日、クラスの中でも目立たない子が病気になって長く学校を休むことになる。その子が休んだ日から、花は飾られなくなってしまう。そこでクラスの皆は、その目立たなかった子が毎日花を取り替えて、新しい花を飾っていてくれたことに気がつくことになる。まあ「美徳というものは人に分からず行うもの・目立たないことかもしれないが、それをしっかり行ってくれる人のおかげで快い日常を送ることが出来る」といった教訓話の一つです。自分の普段の行動を省みて、恥ずべき思いをしてしまいそうないい話なのですが…。質より量の〝見た目判断の世の中〟では、こんな話も起こりえないんでしょうね…。例え起こったところで、誰も花を飾る行為に正当な評価なんかしてくれないんじゃないでしょうか?量のアピールが大切なご時世。そんな目立たない行為は評価が得難いはずです。もっとも、やっているほうは評価など気にせずにやっていることなんですが…。評価を気にせず行う者。目立つ事だけで評価を行う者。その両者のギャップの大きさが、何とも怖い世の中だと思うのです…。

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