イメージ画像

必死になってどこが悪いのか?

 他人が見て、格好がいいか悪いかは問題ではない。自分に恥じない信念があれば、それを押し通せばいい。勝負では時として、なりふりかまわないことが肝心である。

 プロ野球選手、指導者・監督、野球解説者として活躍された森祇晶(もり まさあき)さんの言葉です。森さんは、西武監督時代は在任9年間でチームを8度のリーグ優勝、6度の日本一に導いた実績を持つ方です。読売ジャイアンツが1965年から1973年まで、9年間連続してプロ野球日本シリーズを制覇した時の正捕手でもあった森さん。そんな数々の実績を持つ方だからこそ、冒頭のような素晴らしい言葉を発することができるのだと思います。

 以前「一生懸命やっている人を笑う資格は誰にもない」というタイトルのブログで、こういうことを書かせていただきました。『古今東西、一生懸命やっている人をバカにしたり、笑う人は沢山います』『一生懸命物事に取り組むことは、決して恥ずかしい行為ではありません』『なりふり構わず、自分の信じることに全身全霊掛けて取り組む。私は人間として素晴らしい行為だと思います』。最近、よく感じるのは「なりふり構わず、必死に試験対策に取り組む学生さんが少なくなったな」ということ。以前は「次の国試は絶対合格しますよ!」とか「今度は受かります!」という学生さんをよく見かけたのですが、最近はそういった学生さんにお目にかかる機会が少なくなったような気がします。私は、ウチの学生さんだけじゃなく、在学生の方とか、薬剤師国家試験を控えた色々な方とお話しする機会がよくあるのですが…なんか淡々と考えている人が多くなっているような気がするのです。どこか冷めている感がある人が多いんですよね。それもあってか、国家試験受験をどこか他人事のように捕えている方も多いような気がします。「あなたが国家試験を受けるんですよ」といっても「はぁ…」みたいな感じで答える人が多いんですよね。自分の人生を左右する国家試験。もうすこし、真正面からしっかりと捕えることが必要なのではないかと思うのです。国家試験受験ということは、人生という道のりの大きな関門の一つだと思います。やはり、それに対して挑むとなると、それ相応の気構えが必要になってくると思うのです。淡々というか、冷めているというか、他人事のようにというか、どうも国家試験対策を、今一つ重く受け止めていない人が多いような気がするのです。「試験対策…友達が○○だから、自分も○○にしよう」と自分の考えも持たずに、何でも他の人と同じようにという学生さんが多いのも、重く受け止めていない弊害の一つではないのかと思うのです。

 何もガチガチになるほど気合を入れろと言っているわけではありません。適度なリラックスも必要なことは確かです。だからといって、どこか他人事のように淡々と国家試験対策のことを考えるのも、それはいかがなものなのかと思ってしまいます。冷めた目で「こうやって、こうやれば合格するでしょう」と淡々と話している人を見て「そんな簡単じゃあないんだけどなぁ…」と聞いているこっちが心配になってしまいます。と同時に「何故、必死に勉強しようとか、合格するためにはどうしたらいいか熟考するとか、そういうのがないんだろう?」と不思議にも思うのです。

 前述のブログでも書かせてもらったのですが、今の世の中、一生懸命やっている人を笑うというか、どこかバカにするような風潮があるように思えるのです。一生懸命物事に取り組むことや、なりふり構わず必死になるということが、あたかも恥ずかしい行為であるかのように取り扱われている。そんな気がするのです。だから必死にならない。なりふり構わず一生懸命やらない。昨今の学生さん達には、どこかそんな気配が見え隠れしているような気がするのです。どうして、一生懸命になることが恥ずかしいことなんでしょう?どうして、なりふり構わず必死になることが恥ずかしいことなんでしょう?〝冷めた態度を取る〟〝淡々としている〟ことは、カッコいいことなのでしょうか?確かに見た目はカッコいいのかもしれません。でも、それで本人は満足なんでしょうか?いや、その前にそれで求めている成果、すなわち薬剤師国家試験合格という成果を成し得ることができるのでしょうか?大事なことはカッコいいかどうかではなく、あくまでも国家試験に合格することだと思うのです。そのために、なりふり構わず、必死に勉強するのではないでしょうか?私的に言わせていただくなら、長い講師生活の中で見てきて、なりふり構わず必死に試験対策を行っている学生さんの方が、圧倒的に合格率がいいことは確かです。そして、そういった学生さん達が合格した時の喜びがいかに大きいものなのか、それこそ筆紙に尽くし難いものがあります。なりふり構わず、必死に試験対策を行ってきて勝ちえた栄光。喜びも一入でしょう。そして、そんな学生さんの満面の笑みと必死で勉強していた姿が重なった時、講師という仕事をして本当に良かったなと思うのです。そう、なりふり構わず、必死に取り組んだ得た成果というものは、周りの人達をもその喜びに巻き込んでしまう力があるのです。

 ブログ冒頭の森さんの言葉は、最後、こう締めくくられています。

一度でもなりふりかまわず何かを成し遂げた経験のない人生は、淋しい人生ではないかと思う。

このエントリーを含むはてなブックマーク Buzzurlにブックマーク livedoorクリップ Yahoo!ブックマークに登録

ブログ 薬進する日々!!の新着記事

このページの先頭へ