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地震の日

先週のブログでは、3月11日(金)14時46分に起きた地震について書かせてもらいました。途中で「その前にどうしても書きたいことがありますので、今回は先にそれを書かせてもらいます」となりましたので、その続きを書かせていただきます。

私は浅草橋にあるディスカウントストアの7階で地震にあいました。商品陳列棚からバラバラとモノが落ちてくるなかじっと耐え、地震は終息へと向かいました。店員さんの指示に従い一階にたどり着き、外に出ると・・・。街中がパニック状態に!まず始めに思ったのが「こんなにも大勢の人が歩道にいるの!?」ということでした。地震と同時に皆さん建物から避難したからなのでしょう。歩道は人で溢れかえっていました。そして皆同じように携帯を片手に不安そうな顔をしていました。私もすぐに「薬進塾の状況は?」と思い、電話をするもののつながらない。薬進塾にいる講師の携帯に電話するも…やはりつながらない状況。「これは、スグに帰るしかない」と思い、即座に薬進塾に向かいました。向かう途中の歩道にも、当然ながら人が溢れかえり、地震こそ落ち着いたといえ、人々は興奮冷めやらぬ様子。そんなさなか、何やら人だかりが出来て、携帯片手に写メを取っている人たちがいる場所がありました。見ると…。そこは神社だったのですが、そこの石灯籠が倒れ破損していたのです。それを物珍しげに写メに取る人たちに対し、何ともやりきれない気持ちになるも、薬進塾への道のりを急ぎました。薬進塾へ入るや否や「大丈夫?」の一言。同僚講師の「大丈夫でした」の声にとりあえずは一安心。何気に棚やら、積んである荷物等が気になったのですが、どうやら崩れたり落ちてきたものはなく、塾内にはコレといった被害はなかったようです。しかし…その後も揺れること数回、それもかなり大きく長時間。揺れるたびに外へ出ては、また引き返しを繰り返すこと数回。何かあった時のために電源も落としていたのですが、これじゃあ仕事にならない。どうやら、電車の方も不穏な状況らしい。ということで、その日は早締めということで帰宅することにしたのですが…。やはり電車は完全ストップ状態で動いていない様子。さらに、いつ動くか目途が立っていないどころか、本日は動かないらしいとのこと。次の日の12日(土)は所用がある上に、自宅も心配ということで、歩いて帰ることにしました。たまたま私の場合、1本道をまっすぐ歩いていけば、ウチにつけるという道のりだったものですから、歩いて帰るという選択肢もそんなに難しいものではなかったのです。「まあ、2時間も歩いけばつくだろう…」との考えをもとに歩き始めたのですが…。ここでも驚いたのが、人の量!やはり皆同じ考えなのですね…というか宿泊しない以上、帰るしかない訳ですから。皆さん、同じ方角に向かって歩く歩く。歩道が人で満杯なんていう状況、そう見たことはありませんでしたから、戸惑いも一入です。途中の交番では道のりをきく人の長蛇の列。お巡りさんも地図を片手に一苦労といった感じでした。そんな人ごみにまぎれて、私も家路を急いだのですが…。私は車に乗らないものですから、電車以外の移動手段は自転車か徒歩です。歩くことに関しては何の抵抗もありませんし、歩くことにも自信はありました。なのに、何かいつもとは勝手が異なるのです。なんか疲れる…。それもそのはず。あまりに人が多すぎて、自分のペースで歩けないのです。さらに…「帰宅する」という目的を持って、「この方角」という観点で、今まで歩いたこともない、見ず知らずの土地を歩いているわけですから、目的も持たずに勝手気ままに散歩している状態とは訳が違います。「本当にこの道であっているんだろうか?」と不安に思うこと数回、ましてやあたりは見たこともない風景。でも歩くしかない…。途中、階段を上って上の道路と合流したり、橋を渡ったり、歩道橋を上ったり、渋滞している車スレスレで路側帯を歩いたり…。風景も、歩いている環境も様々でしたが、歩いていた人達も本当に様々で…。途中、疲れてファミレスに入って行く人。座り込んでいるお年寄り。ブーツを脱いで足をもんでいる女性。親に手をひかれて歩いている子供。酔っているのか、悪ふざけしながら何人かで固まって大声を出しながら歩いている若い男性達。何気に「今回の地震は災害だけど…本当に災害になったら、こんな状態になるんだなぁ」とつくづく感じるとともに「戦争になったら、これが着の身着のままの状態の人ばかりだったり、負傷している人も交じったりすることになるんだろうな…」とも考えていました。そんな心許無い状態でしたから、見覚えのある風景になった時は、嬉しさも一入。「この道であっていたんだ」という安堵感と「ここまで来たんだ」という達成感でいっぱいでした。とりあえず、現在住んでいる市街地に入り、最寄りの駅まで来た時には、歩きはじめてから2時間20分が経っていました。私が通っていた中学校では耐久遠足というのがありました。その中学校の生徒全員が「よーいスタート」で学校から出発して、各関門関門でハンコをもらいながら、決められた道のりを歩いてゴールするというものです。もちろん、皆一緒ではなく、各々が好き勝手に歩いてゴールするというものでした。私が1年生の時から始まったのですが、1年生の時は20km、2年生の時は50km100、そして3年生の時は100kmだったと思います。何気にその耐久遠足を思いだしながら、疲れた足取りのまま駅前のスーパーに。スーパーの中は、驚くほど日常だったことを今でもはっきり覚えています。

そんなこんなでやっとウチに変えることが出来た11日でした。部屋の中は…思っていたほどモノも落ちてきておらず、まずは一安心と思い私の部屋を開けると…日ごろのものぐさが祟ったのか、積み上げている本が崩れてきており、散々な状態となっていました。まあ壊れたモノはありませんでしたが…。

被災された方の苦労から考えれば、私の苦労など比べることさえも、おこがましいほどのことでしょう。だからこそ、震災された方には、心より心よりお見舞い申し上げたいと思います。色々と大変なことだと思いますが、がんばって下さい!大丈夫!必ず道は開けます!薬進塾の職員一同、被災された方を心より応援すると同時に、一日も早い復興を心より願う次第であります。

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