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殴れば選手は強くなるのか?

 私は二十数年に渡って、武術関係の指導を受けている。師匠は、御年70歳を越えているが、半端なく恐いし、強いし、凄い。その技術を身につけるために、心身ともに切磋琢磨したはずである。だからこそ、その道に関しての甘さは許さない。弟子の我々がミスをした場合は、躊躇なく怒る。自分が切磋琢磨して会得したからこそ、そして師匠であるという責任があるからこそ、その目は当然厳しいものとなる。怒られることなぞ、しょっちゅうだ。二十数年に渡って指導を受けているが、誉められたことなぞ片手位だ。ただでさえ恐い師匠である。怒ったとなると、恐さも一入…何も言えずに俯くしかなくなる。それほど恐いし、厳しいのだ。しかし…殴られたり、蹴られたりしたことは一度もない。怒鳴られることはしょっちゅうである。しかし、手を上げられたことは一度もない。

 師匠が恐ければ、兄弟子達だって半端なく恐い。さらに、口よりも手足の方が早く出る人達ばかりである。もちろん普段は、後輩思いの優しい先輩達である。しかし、師匠に教わっている武術関係のこととなると、その真剣さは、師匠同様これまた半端ではない。ミスをしようものなら、師匠と同じように先輩達の怒号も飛び交う。はっきり言わせてもらうが、マジで恐い。怒られている時は、俯きながら、ただただ「ハイ」と「すいません」の繰り返しである。自分で自分が悪いことは分かっているのだ。反省をしなければならないのは当たり前である。これまたハッキリ言わせてもらうが、先輩達からは叩かれたことはある。「何やってんだよ!」と頭をベシッと叩かれたことは何回かある。「ちゃんとやれ!」と足にローキックをもらったこともある。しかし、10人近い先輩達がいて、さらに二十数年の付き合いをしていて、叩かれたり、蹴られたりしたことは、両手で余る位である。口よりも手足の方が早く出る恐い先輩達10人位と、二十数年の付き合いをして、叩かれたり蹴られたりした回数が両手で余る位・・・。これは、数的には限りなく0に近いといっていいのではないだろうか?

 さらに、師匠や先輩達は怒鳴ることはあるが、それはあくまでも技術不足、理解不足を指摘することに関しての厳重注意である。「何やってんだ!」とか「下手だな!」「こうすれば、いいだろ!」「分かってんのか?」「ダメだなぁ!」といった内容である。人間性を否定するようなことは言わないし、脅すようなことも言わない。もちろん「死ね!」などと言われたことは一度もないし、言ったのを聞いたこともない。

 何故、それほど厳しい師匠や恐い先輩達なのに、ミスをした時、殴ったり蹴ったりしないのだろうか?人間性を否定するような罵声を浴びせないのだろうか?単純に、そうする必要がないからだと思う。殴る蹴るしたところで、罵声を浴びせたところで、それが技術力向上につながるかといえば、そうではないことを知っているからだと思う。殴る蹴るして、人間性を否定するような罵声を浴びせて、技術力が向上するなら、そうするであろう。先ほど「自分で自分が悪いことは分かっているのだ。反省をしなければならないのは当たり前である」と書いたが、人間ある程度の年齢になれば、ミスをしたときには、自分自身が一番それを痛感するはずである。指導を受ける側としては、ミスをした自分自身が悪いことを認識させられることの方が、よっぽど応えるのだ。師匠や先輩から「もうチョット、○○すればいいんだけどなぁ…どうしてそうなるかなぁ…」としみじみと、そして困惑した声でミスを指摘されることが多々あるが、こっちの方が下手に殴られるよりもよっぽど応える。「いけない」ことが、身にしみて分かる。そして「直そう」「次回からは気をつけよう」と心から思うのである。人を育てるとは、こういうことではないのか?私は予備校講師という、学生を育てる仕事をしているが、二十数年に渡る講師生活の中で、殴る蹴るしたり、人間性を否定するような罵声を浴びせたことなぞ一度もない。殴る蹴るして、罵声を浴びせて、学生の成績が上がるなら楽なものである。人を育てるとは、そんな簡単なことではないのだ。おそらく、私の師匠や先輩達もそう思っているはずである。

 昨今、世間ではスポーツに関する指導が問題になっている。高校での指導であったり、大会に出場する選手団の指導であったりと、場や条件こそ違え、指導するときに暴言・暴挙があったということが、問題として取り上げられている。選手を強くするためには、育てなければならない。育てるということは〝殴る・蹴る〟〝罵声を浴びせる〟そんな簡単なことではないと思う。「それ(暴言・暴挙)も必要だ」という意見も耳にするが、ではどうしてそれが必要なのか説明してもらいたい。実際、私の師匠や先輩達はそれがなくとも、立派に後輩たちを育て上げているのだから。人を育てるということは、暴言・暴挙で何とかできるほど簡単なことではないのだ。指導する立場の人間はそれを分かっていたのだろうか?一連の事件の一番の問題点は、そこにあるのではないかと思うのである。

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