イメージ画像

試験対策、手間暇かかって当たり前。

2022/05/02

 最近、学習指導をしていて気がつくことがある。それは勉強のやり方に関して指導をすると、『 そうやっていると時間がかかるから… 』と口にする学生さんが多いということ。学習指導歴ン十年の私であるが、以前はそんなことを口にする学生さんは皆無だった。指導しても、指導通りに勉強してくれなかった学生さんもいなくはなかったが、それでも『 そうやっていると時間がかかるから… 』と口にする学生さんなどいなかった。ほとんどの学生さんが、学習指導を真摯に受け止めていた。それはそうであろう。国家試験対策を行うというのに、勉強のやり方が分からないのだ。これは一大事である。そこに、『 では、やり方を教えましょう 』と学習指導が入るわけだから、願ったり叶ったり…と大げさではないものの、〝渡りに船〟位には受け止められていたような気がする。そして、勉強のやり方が分からないからこそ、勉強のやり方を教えると、皆、それを真摯に受け止め、実践していってくれたものである。

 『 勉強のやり方が分からない 』『 成績が上がらない 』というので、『 では、こうやって勉強していってください 』と指導する。ところが指導通りやらずに、『 そうやっていると時間がかかるから… 』と、以前の〝合格できなかったやり方〟に戻っている。どうも言っていることと、やっていることが矛盾しているように思えるのだが…。実は、納得できることがある。それは…。

 学習指導で勉強のやり方を指導して、『 では、こうやって勉強していってください 』と言うと…。今一つ浮かない顔する。または、後日、『 やっている? 』と聞くと、やはり浮かない顔をしている。そして浮かない顔でこう言う。『 このやり方だと時間がかかるから… 』。

 私が一番言いたいのは『 勉強をするのだから、時間はかかって当たり前 』ということ。実際、ウチの塾生さんには『 1日◯時間以上勉強してください 』と、明確に時間を提示して指導している。試験対策を行っているのだから、そして勉強をするのだから、時間がかかる…というか、物事を行うのだから時間を要することは当たり前ではないだろうか?確かに、無駄な時間をかける必要はない。効率というモノは必要である。しかし〝効率〟とは、物事の達成を目標とし、その目標を成すために考えられるものである。手間暇をかけないで、達成できないやり方に貶めることではない。つまり、『 効率よくやる 』ということと『 手間(行動)暇(時間)をかけない 』ということは、イコールではないということ。どうも、ここのところを勘違いしているようである。

 イヤ、勘違いしているわけではないようだ。そこで、前述の矛盾が出てくることになるのだが…『 勉強のやり方が分からない 』『 成績が上がらない 』というので、『 では、こうやって勉強していってください 』と指導するが、もとの〝合格できなかったやり方〟をやっている。この〝合格できなかったやり方〟というのが、手間暇かけないやり方である。単刀直入に言ってしまえば『 楽をしたい 』。ただ、これだけのようである。手間は掛けたくない。つまり、勉強するという行動をできるだけ行いたくない。同じく暇、つまり時間もかけたくない。早い話、なるべく勉強したくないということ。

 う~ん、すごい受験生だ。なるべく勉強もしたくないし、勉強に時間もかけたくない。前述したように、無駄な行動はしない方がいいし、無駄に時間をかける必要は確かにない。しかし、それ相応の勉強量は必要であり、それ相応の時間だってかかって当たり前である。それが、成績が今一つ芳しくない人となれば、尚更、勉強しなければならないし、時間だってかけなければならないはずである。しかし、ご本人はというと…こちらのそういった思いもどこ吹く風で、『 このやり方だと時間がかかるから… 』と口にしている。これは、難しい試験対策になりそうだ…というか、試験対策自体として成り立たないぞ。

 『 このやり方だと時間がかかるから… 』と口にする学生さんの多くが、勉強する習慣が身に付いていない学生さん、または勉強というモノのやり方が分かっていない学生さんである。しかし、『 勉強する習慣がついていない 』のなら『 勉強する習慣をつければいい 』だけの話である。『 勉強というモノのやり方が分かっていない 』のなら『 勉強のやり方を教わり、身につければいい 』だけの話である。そこで、前述のように学習指導するのだが…『 このやり方だと時間がかかるから… 』と口にされてしまう。これでは、永遠に勉強する習慣など身に付かないだろうし、勉強というモノのやり方など分かるはずがない。

 どこぞの誰かがもっともらしく、『 そんなやり方だと時間がかかるから、書いたものを見て覚えていきなさい 』などと口にしたのだろう。この〝どこぞの誰か〟が、薬剤師試験対策に関わる人間だったら、厄介なことこの上ない。何故なら、薬剤師国家試験は、書いたものを眺めて覚えればクリアできる試験ではないからである。少し考えてみれば分かるはずである。345題の試験である。科目は物化生を3科目とした場合、9科目。考えて解かなければならない問題が、わんさかある。計算問題もあれば、知識を駆使して答えを導かなければならない問題もある。解くのに時間がかかる問題も、少なくはない。覚えて終わりの試験であるはずがない。『 薬剤師国家試験は大変だ 』と口にしている割には、その試験対策たるや『 時間がかかるから、書いたものを見て覚える 』では、お粗末なことこの上ない。

 もう一度言わせていただくが、試験対策とは勉強を行うことである。それ相応の手間(行動)暇(時間)がかかることは当たり前である。それを、『 このやり方だと時間がかかるから… 』と『 時間がかかるから、書いたものを見て覚える 』なんていう安易な方法に飛びつくということは、手を抜くことと同じである。108回の薬剤師国家試験を受験しようとしている人は、ここの所をもう一度しっかりと考えて行動するべきだと思う。その考えと行動が、薬剤師国家試験対策の第一歩になるのだから…。

 

 

ブログ 薬進する日々!!の新着記事

このページの先頭へ