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〝うまくいかなかったこと〟を 過大評価するのは良くありません。

2022/04/11

 私がウチの塾生さんに毎年言っているのが、『 やれ国家試験がダメだったの、やれ卒業試験がダメだったの、そんなことは とっとと忘れてくださいね 』ということ。そんなこと、いつまでも持っていても、しょうがありませんからね。

 こういうことを言うと、『 いや、失敗したことは忘れてはいけない。それを思い出しては、悔しさをバネに… 』とか、『 イヤなことかもしれないけれど、それを思い出しては自分を戒め(いましめ)なければいけない 』とかいう輩がいるんですが…。

 悔しさをバネにって…それバネにしなきゃ、行動できないなら、そっちの方が問題あるんじゃないですかね?大体その行動を、何故行っているのかを考えるべきではないでしょうか?例えば、国家試験が残念な結果になった。『 合格できなかった、悔しい…これをバネに… 』って具合なんでしょうけど…。なんで合格したいんですかね?薬剤師になりたいからでしょ?これが原動力ですよ。『 よし、薬剤師になるぞ! 』で、良いんじゃないですか?別に『 悔しさをバネに… 』って、そっちを原動力にする必要はないと思いますよ。薬剤師になりたいから、合格目指している訳であって、別に『 悔しいから合格目指している 』わけではないでしょ?『 自分は薬剤師になりたいんだ 』それが一番大きな、そして唯一の合格への原動力ではありませんか?悔しいから合格したいのか?薬剤師になりたいから合格目指しているのか?変な方に目的がずれると、行動も変になってしまうので注意が必要です。

 『 それを思い出しては自分を戒め(いましめ)なければいけない 』なんていう人もいるんですが…。まあ、こういう人に限って『 人生とはそういうもんだ… 』とか『 人生はそういう修行を… 』みたく語るんですが…別に修行している訳じゃなくて、薬剤師を目指しているだけなんですけどね…。人生勉強だとか、人生の修業を、とか言われても、趣旨が違うと思うんですよね。何度も言わせていただきますが、薬剤師目指している訳であって、修行している訳じゃないんですよ。修行したかったら、どっかの山でも、寺でも籠ればいいんじゃないですかね?もともと〝戒〟とは、仏教徒が守るべき、自分を律する内面的な道徳規範だそうですから、やはり薬剤師ではなく、そちらの方の道に進むことをお勧めいたします。

 イヤなこと思い出しても、良いことは一つもありませんよ。イヤな気分になるだけです。『 バネに… 』だとか『 戒め(いましめ)て… 』なんてやっていても、楽しくないでしょう?自分で、自分をイヤな気持ちにさせることの方が、よっぽど問題あると思うのです。先週の〝身体への自傷行為はよくないって言うのに、何故、メンタルへの自傷行為は行うの?〟にも書かせていただきましたが、自分で自分を苦しめることも、立派な自傷行為なのです。イヤなこと思い出しては、自分をイヤな子持ちに貶めることも、立派に自傷行為ですよ。自傷行為は良くないでしょ?だから、やめた方がいいのです。自分をイヤな気持ちにさせたところで、何の得にもなりません。

 『 でも、うまくいかなかったことを忘れずに、それを思い出して成功に進めば… 』といった声も聞こえてきそうですが…まあ、確かに〝うまくいかなかったこと〟を、糧に進んでいくことは大切ですよ。ただし、思い出すのは1回で十分です。何度も何度も思い出すのは、よろしくありません。その度にイヤな気分になるじゃないですか?自分をイヤな気持ちにさせることは、宜しくありませんよ。何度も何度もイヤな気持ちにさせるなんて論外ですし、そんなことする必要はありません。

 どうも皆さん、〝うまくいかなかったこと〟を過大評価しすぎているようです。〝うまくいかなかったこと〟を過大評価することは、良くありません。というか…〝うまくいかなかったこと〟そのものを勘違いして捕らえている場合が多い様です。『 うまくいかなかった 』というのは、単に成功への一過程にしかすぎないのです。まあ、良くもなければ、それほど大げさに悪いモノでもありません。迷路と同じですよ。迷路をやったことがない人はいないと思いますが…。『 こっちかな? 』と進んだら行き止まりだった。『 なんだ、こっちじゃないじゃん 』これが〝うまくいかなかったこと〟。こっちじゃないと分かったから、引き返して、また始めればいいだけの話です。それ以上でもなければ、それ以下でもないのです。そうやって、出口にたどり着いて迷路をクリアした、すなわち成功したということになるのです。迷路を引き返す度に、一回一回『 ああ失敗した 』と嘆いたり、『 あの時に・・・ 』『 あそこで・・・ 』と悩み、後悔する人っています?まずいないと思いますよ。だれもが『 迷路って、そうやって進んでいくものだろ? 』って思いませんか?それと同じです。

 ただ一言、言わせていただくならば…。行き止まりだった場合。『 行き止まりだ…こっちじゃなかったんだ… 』とその場にうずくまり、そのまま動かなければ…ずっと、『 うまくいかなかったまま 』ということになります。そこを動かず、うずくまりながら〝うまくいかなかったこと〟をずっと思い出しては、嫌な気持ちに何度もなる…こういう行為ってどう思います?

 前述させていただきましたように、迷路とはそうやって迷って進んでいくものなのです。そこには、やれ『 悔しさをバネに… 』だとか、やれ『 思い出しては自分を戒め(いましめ)なければ… 』なんていうものはないでしょ?つまらないですからね、そんなこと考えたら…迷路なんか楽しめませんよ。迷って引き返して、出口にたどり着く…それが迷路をクリアした、成功したということです。迷うごとに、引き返すごとにイヤな気分になるのは、迷路の趣旨ではありませんよ?迷路の趣旨は、迷いながらも、出口に到達すること。そして、それが迷路の醍醐味というか面白さでもあるのです。どうせなら、そう考えて行動したほうがいいのではないですかね、うまくいかないことがある度に。『 なんだ、こっちじゃないじゃん! 』『 チョット戻ってやり直すか… 』ってな具合に…。そちらの方が楽しいし、よっぽどやり甲斐があると思うのですが…。少なくとも、〝うまくいかなかったこと〟を過大評価して、その場にうずくまり、何度も思い出しては、その都度嫌な気持ちになるよりは、よっぽど楽しく、そして出口、つまり成功に近づく行為ではないかと思うのですが…。如何でしょうかね?

 

 

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