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つり革の下は誰のもの?

 最近、電車に乗っていて、やたら気になるのだが…座席に座っている人が、自分の脚の前や脚の下に荷物を置いていたりする。自分の脚の前にキャリーバッグをドンと置いて座っていたり、自分の脚の下に荷物を置いて座っていたりする。足の間に挟んで置いている場合もある。こういった光景を、最近よく目にするのだが、これが気になってしょうがない。

 電車の吊皮(つりかわ)を利用したことがない人など、現代社会では皆無だろう。電車の中で「立つ」という行為は「吊皮を利用する」ということとほとんど同義なのだ(もちろん、吊皮無しに車内で立っている場合もあるのだが)。電車に乗る度に毎回毎回座れるということは、そうある話ではない訳で、そう考えるならば電車を利用している人のほとんどが、毎日のように吊皮のお世話になっているということになる。私も毎日のように吊皮を利用している。ご存じのように、吊皮が存在するのは座席の前の上部。吊皮を使用するということは、当然ながら座席前に立つことになる。これも、皆さんご存じの通りである。ところが、座っている人が自分の脚の前にドンと荷物を置くと…その荷物は吊皮の下にくることになる。吊皮とは、手で掴むべきものであるから、当然、吊皮の下には吊皮を掴んでいる人の身体がこなければならない。その身体が本来くるべき場所にカバンが置いてあると、吊皮を使用する人の身体を置く場所が無くなってしまうことになる。すると、吊皮を掴むということができなくなってしまう。たとえ、その状況で吊皮を掴んだとしても、荷物が邪魔している以上、本来身体を置く場所に身体を置くことができず、何ともぎこちない姿勢を強いられることになってしまう。

 座っている人が自分の足の下に荷物を置いたり、足の間に挟んで置く場合も同じである。そういった荷物の置き方をする場合、往々にして脚は自然と前に出ることになる。座席に浅く座って、脚が前方にかなり出ている状態である。今度は、吊皮の下に〝荷物〟と〝脚〟の二つが存在することになる。やはりこうなると、吊皮を利用しようとした時、身体を置く場所が無くなってしまう。結果、吊皮を掴むという行為ができなくなってしまうか、たとえ吊皮を掴んだとしても、前述のようにかなり苦しい姿勢を強いられることになってしまう。

 何故、吊皮があるのだろうか?座れなかった人は立つしかない。最近は、中高生が車内の床にデンと座っているのを見かけるが、あれは明らかにマナー違反である(JR九州では「床に座らないでください」というステッカーを車内に貼っているそうだ)。マナー違反はともかくとして、車内で立っている人が身体の安定を図るために、吊皮というモノは存在しているはずである。前述のように、吊皮を利用するためには、当然その下のスペースに身体を持っていかなければならない。しかし、そこに荷物が置いてあると身体を持っていくことができず、吊皮を利用することができなくなってしまう。ということは、座席に座って脚の前にカバンを置いている人は、一人で「座席+吊革」を使用しているということになるのではないか?

 空いている座席に、カバン等の荷物を置いていたら何と言われるであろう?「そこは荷物を置く場所ではありません。人が座る場所ですよ。荷物をどけて、座らせて下さい」おおよそこういった内容のことを言われるのではないだろうか?そう、座席というスペースは、本来、人が座るためのスペースである。そこに、荷物を置くということは、一人で二人分のスペースを使っていることになるのだ。一人で二人分の座席を使うなら、立っている人に座ってもらい、二人で二人分座る。これがマナー、イヤ常識なのではないか?一人で「座席+つり革」を使用しているということも、二人分使用していることになるのではないだろうか?本来、吊皮の下は「吊皮を利用する人のためのモノ」なのだから。そこに荷物を置いて、座っている人がそのスペースを使用するということは「吊皮を利用する人のための場所を使用している」、すなわち二人分使用しているということになるのではないだろうか?この場合も、前述のような言い方をされても、致し方のないことではないだろうか?すなわち「そこは荷物を置く場所ではありません。吊皮を利用する人が立つ場所ですよ。荷物をどけて、吊皮を使わせて下さい」と…。

 私は基本、車内で座る時は、荷物は膝の上に置くものだと思っている。網棚の上は、立っている人が荷物を置く場所だと思っている。インターネット等で色々調べてみると、やはり私のような考え方の人が多いようだ。もちろん、チョット大きめのカバンを持っている時などは、座りながらも網棚を利用させてもらうことはある。しかし、混んでいる時などは、やはり膝の上に置くようにしている。場合によっては座席を利用しないで、車両の隅に立ち、荷物をその横に置いたりもする。これが、混んでいる電車の中での、大きな荷物を持った人間のマナーだと思うのだ。もちろん、車内が空いている時は別である。座席に空きが多い場合は、荷物を座席に置くことも許されるであろうし、もちろん網棚の上に乗せることも構わないと思う。今回の主題である「脚前に荷物を置くこと」も、ある程度は許されることだと思う(その分、通路は狭くなってしまうが…)。しかし、それはあくまでも「空いていて、スペースに余裕がある場合」の話である。やはり混んでいる車内では、原則として〝人のためのスペース〟が最優先されるべきではないだろうか?

 座席が全て埋まっていても、吊皮に余裕があるようなら…すなわち立っている人が少なく、吊皮を利用している人が少ない状況なら、脚の前に荷物を置くことも許されであろう。しかし、その場合も「2人分使用している」という意識は持つべきではないか?「あくまでも余裕があるから2人分使用している」という認識は必要なのではないか?そして、当然ながら人が増えてきた場合には、人優先でスペースを空ける配慮が必要なのではないか?配慮…デジタル大辞泉によると、配慮とは「心をくばること。心づかい(あれこれと気を配ること)」とある。「大きい荷物を持っているんだから仕方がないでしょ」「どこに置こうが勝手だろ」ではなく、立っている人のことも考えて、やはり荷物を脚の前や下に置くことは控えて欲しいと思う。例え自分が座っていようとも、立っている人のことも考えるべきであり、考えていて欲しいと思うのだ。それが配慮、すなわち「心をくばることや心づかい(あれこれと気を配ること)」というものではないのだろうか?

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