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「自分は○○が好き」=「○○が嫌いな人はおかしい」なのか?

 以前働いていた職場の同僚(まあ元同僚ですね)に「あんな面白いもの興味が無いなんて信じられない」と蔑まれたように言われたことがある。「蔑まれたように言われた」わけだから、相当な何かをしたのかといえば、前述のようにあることに「興味が無い」と言っただけ。では、何に興味が無いと言ったのかというと、毎年あるサーキットで行われるレース。これに「あまり興味が無い」と言った訳で…。もちろんそのレースの話で盛り上がっている中、あえてそんな発言をしたのではない。元同僚から「あなたは、(そのレースに)興味が無いんでしょ?」と聞かれたから、「うん、あまり興味が無い」と答えただけ。そのレースを好きな人はいるであろうし、毎年行われる有名イベントであることは認める。しかし、私に興味が無いことは事実だし、それを言ったからといって「あんな面白いもの興味が無いなんて信じられない」「何が面白くて生きているのか分からない」とまで、蔑まれたような言い方をされるほどのことなのだろうか?ましてや、私はそのレースの悪口をいった訳ではないし、そのレース好きの人のことを悪く言った訳でもない。「興味が無いでしょ?」と聞かれたから「あまり興味が無い」と答えただけである。私はそのレースが好きな人のことを否定はしない。もちろん、そのレース自体を否定するわけでもない。人それぞれの好みなのだから、熱狂的に好きな人がいてもおかしくはないだろうし、そういう人はその人自身の好みので、色々とやられているのだから、それはそれで何の問題もないと思う。でも、興味が無いという人間に対して、前述のような発言はいかがなものなのだろうか?

 私はミョウガが好きだ。一杯飲む時のつまみに、ミョウガを使ったものがあったりすると嬉しくなったりもする。そんな〝ミョウガつまみ〟で一杯やるのは、私にとっては何とも言えない楽しみでもあるのだ。以前勤めていた職場で、数人でミョウガの話をしていたことがある。「美味しいですよね」なんて話しをしていたら…前述の元同僚が、「あんな不味いもの食べるなんて信じられない」と、嫌みたっぷりに横から口を挟んできた。唖然とする、私たち。それもそのはず。ミョウガの話には、件の元同僚は絡んでいなかったのだから。私たちは私たちだけで、ミョウガの話をしていたのであって、その元同僚には一言も話を振っていない。なのに、いきなり口をはさんでくるどころか、前述のミョウガ否定発言。あまりにも爆弾級のことが立て続けに起こった私たちは、ただ絶句するだけ。そんな私たちを尻目に、さらに発言を続ける件の元同僚。「なんで、あんな不味いもの食べられるのか分からない」「あんなもの食べる人間はおかしい」等々。「ミョウガが好きといっただけで、そこまで言えるのか?」と思えるほどの嫌味を連発。まあ、その場がいかに白けたものになったかは、ご想像にお任せするが…。

 件の元同僚はミョウガが嫌い。だから「あんな不味いもの食べるなんて信じられない」という発言をした。その元同僚は、とあるレースが好き。だから「あんな面白いもの興味が無いなんて信じられない」という発言をした。これって、どうなんだろう?確かに、自分の好きなものに対して興味を持たない人間に対し、「なんでだろうな?」と少なからず思うことは、誰にでもあることだと思う。だからといって、その人間を否定する態度を取ることはいかがなものだろうか?「なんでだろうな?」と疑問に思うことはあっても口には出さないのがマナーだろうし、ましてやその人間を否定するような言動をとるということなど、どう考えても常識を逸脱している行為としか思えないのである。私は、あまりそのような人間に遭遇したことが無い。ということは、ほとんどの人が、そういった行為が非常識な行為だと認識しているからではないのか?嫌いなものに対しても同じだ。自分の嫌いなものを好む人間に対し、「分からんな…」と思うことは誰にでもあることだろう。だからといって、その人間を否定するような言動をとる(「あんなもの食べる人間はおかしい」と言うことは、人間を否定するような言動だと思う)ということも、やはりいかがなものなのだろうか?「なんでだろうな?」と疑問に思うことはあっても口には出さないし、その人間を否定するような言動を取るということは、やはり芳しくないことだと思えるのだ。

 わたしはブログの中で、何回か次のようなことを書いてきた。

「 嫌いなモノがある人のことも、分かってあげることが大切 」

世の中には色々な人がいるのだ。自分が好きなものを嫌う人もいるだろうし、当然、自分が嫌うモノを好む人もいる。これも何度も書いてきたが、それは決して悪いことではない。〝色々な人がいる〟というのは、そういうことなのだ。もちろん、件の元同僚のような人も〝色々な人〟の中に入る訳だから、あえて否定するつもりはない。「そういう人間もいるんだな」と思うだけである。ただ言わせていただくなら、もう少し言動に配慮すべきではないかと思うのだ。否定するにしても、角の立たない否定のし方というモノがあると思う。「ええっ!興味ないんですか?面白いですよ~。私なんか大好きですから!」という言い方もできるし、「私はチョットダメですね。あの香りが苦手なんですよ…」なんていう方もできる。角の立たない否定のし方というのは、相手のことを思いやっていることなのだと思う。自分の意見はしっかり伝えるが、相手のことを思いやることも大切。これが人と人との付き合いの中での、相手を尊重するという行為だと思う。コレが無ければ…『自分が好きなものはいいもの=皆が好きなものでなければならない=嫌う人間はおかしい』『自分が嫌いなものは悪いもの=皆が嫌いなものでなければならない=好きな人間はおかしい』という、恐ろしい方程式が出来上がってしまうことになる。もっとも昨今の世の中を見ていると、この方程式が出来上がるどころか、徐々に定着していっているように思えなくないところが、ちょっと怖いのであるが…。

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