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比較することの愚かさ。

 「疑う」は英語で「doubt」といいます。動詞なら「疑う」で、名詞ならば「疑い」となります。もともとこの「ダウト:doubt」という言葉、語源はラテン語のdubitareとのことで、その意味は「二者択一で決めがたくて迷う、心が揺れる」だそうです。〝du〟はラテン語で「2つ」を表しており、漢字でいうなら〝双〟になるとのこと。

 「二者択一で迷う:dubitare」が「疑い:doubt」になる…。一見、この2つの単語、意味的にもあまり関係ないようにも思えるのですが…よくよく考えてみれば、なるほどと思います。〝二者択一〟とは「二つを比較して選ぶ」ということ。「比較する」とは「何かの基準を持って、選別する・判断する」ということ。「私はこれに決めます」となった時に「まてよ…もしかすると、あっちの方が良いんじゃないかな?」なんていうことがよくありますが…「あっちの方が良い」というのが〝比較〟であり、比較するという行為によって、一度は判断したことに疑いを生じてしまった結果いえます。つまり「二者択一で迷う」ということは、「どちらか一方を選んだときに、その判断に疑いを生じてしまっている」ということだと思うのです。

 「後悔してしまう」ということも、比較によって生まれます。「あの時、ああしておけば、今頃は…」なんて後悔してしまうことは誰にでもあることだと思いますが…これも「あの時、ああしておかなかった今」と「あの時、ああしておいた今」を比較することによって、今の自分のあり方に疑いを持つ行為だと思います。「あの時、ああしておけば、こんなことには…」「あの時、ああしておけば今頃は…」なんて、現状のあり方に疑いを持って、今を憂いてしまう…。しかし、よく考えてみてください。「あの時、ああしておけば…」といった現状などというものは、存在しないものなのです。今あるのは、「あの時、ああしておかなかった今」であり、それをどんなに嘆いても、「あの時、ああしておいた今」など手に入れることは出来ないのです。「あの時、ああしておけば、今頃は…」の〝今頃〟は〝架空の、ありえない嘘っぱちの今〟なのです。現状にあることだけが、存在している〝今〟なのです。〝架空の今〟と〝現状の今〟を比較しても、何の意味もないのではないでしょうか?ありもしない〝架空の今〟と〝現状の今〟を比較して、現状の悪しき部分だけに目をやり、〝現状の今〟を疑い嘆いても何の得にもなりません。それどころか、そういう「〝架空の今〟との比較により、〝現状の今〟を疑い、それを嘆く」といった行為は、確実にあなたを蝕むものとなってしまうのです。

 たとえ「あの時、ああしておけば、今頃は…」よろしく、その時にそういう行動を取っていたとしても、果たして頭に描いている結果を得られたかどうかは定かではありません。「あの時ああしておけば」というのは、不満ある現状からの一時の逃避に過ぎないのです。不満ある現状を見つめては、作り上げた存在しもしない満足した〝架空の今〟と比べ、華やかに思える〝架空の今〟に酔いしれているだけなのです。それに、一体どんな意味があるのでしょう?意味などありません。しかし、意味はなくとも前述のように、それがあなたの心を蝕んでいくことは確かなのです。更なる「〝架空の今〟と〝現状の今〟との比較=〝現状の今〟に対する疑問」を生み出していくこととなるのです。いつ終わるとも知れない、果てしなき「〝現状の今〟に対する疑問」へのスパイラルへと誘われることとなってしまうのです。

 学生さんからの相談も、この「比較する=疑う」が原因となっている相談内容がよくあります。まあ、人間というのは、つい比較してしまう生き物ですから。でも、気をつけなければならないのは、それが「疑い」へと変貌してしまう可能性があること。単なる比較だけで終わればいいのですが、それをあえて〝疑い〟へと成長させてしまうのが、人間の弱さなのかもしれません。私も、自分の師と仰いでいる方に「他は関係ないの」と指導を受けることがあります。他と比較することで疑いを生じ、そしてそれが決していい結果を生まないことを示唆してくれているのだと思っています。前述のように「比較する」とは「何かの基準を持って選別する・判断する」ということ。しかし、よく考えてみれば、その〝基準〟とはいったいなんなのでしょう?私も、比較することにより疑いを生じ、悩むことがあります。しかし、その比較の基準とはなんだろうと考えてみると…往々にしてそんな基準などないのに自分が勝手に作っていたり、仮に基準があったとしても、ものすごくくだらない基準だったりすることが往々にしてあるのです。よくよく考えてみて「何だ、そんなくだらない判断基準で比較しては疑い、悩んでいたのか…」とバカらしく思うことがよくあるのです。結構、悩みなんてそんなものなのかもしれません。皆さんも、もし悩んでいることがあったら、くだらぬ基準で何かを比較をしているのかもしれません。「何を比較しているんだろう?その基準は?」と、よく考えてみてください。もしかすると、とんでもなくくだらないことで、「こんなことで悩んでいたの?」と、自分の行動に我ながら呆れて、解決するかもしれませんよ。

 

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