イメージ画像

花火復活! ~考えない幸せ~

 で、今年もそろそろ「花火」「盆踊り」「夏祭り」の季節だなと、楽しみにしていたんですが…。なんと花火大会が中止に…。私の住んでいる街で行われる花火大会は、それはそれは大きなもので、さらにウチのベランダから見られることもあって、毎年毎年楽しみにしているのです。それが今年は中止…。

 これは昨年書かせてもらったブログの一節。書いてありますように、私は花火が好きです。私の田舎は盆地、つまり山に囲まれた町でした。昔は花火というものは、海だとか川だとか湖だとか、そういった水のある場所で行われるものでしたから、山育ちの私には、花火大会というものはあまり縁のないもの、特別なものでした。こちらに来てからは、何気に花火大会というものが多く行われていることを知って、ちょっとびっくりしましたね。花火大会が〝特別なもの〟ではなく〝日常的なもの〟となっているんですから。先日も我が薬進塾のすぐそばで、隅田川花火大会が行われていましたし…。隅田川花火大会は昨年度もあったのですが、前述のように、私の街の花火大会(江戸川花火大会・通称:江戸川花火)は昨年度は行われなかったのです。結構ショックでしたね…。まあ、昨年度は色々なことがありましたから、致し方が無いといえば致し方の無いことなのですが…。でも、今年は復活!花火大会実施と知った時は、本当に嬉しかったです。

 私が現在住んでいる街に来た時、まあ、花火大会が行われることは知っていましたし、「今日やっているな」ということは何気に分かったのですが、その頃はあえて花火を見るということはなかったのです。ハッキリ言って私の住んでいた部屋からは見えなかったからです(笑)。それでも、チョット路上に出ると見えないこともなかったのですが…何気にマンションやら大きな建物が多い場所だったもので、ハッキリと一輪咲きを見ることが出来なかったのです。半欠けの花火を見るというのもつまらないものでして…やはり花火というものは、あの一輪咲きを見てこそのものですから。というわけで、ふてくされていた私は、外で花火をやってその音が聞こえていようが、テレビでその花火大会を中継していようが、「へん!オイラには関係のない話さ!」と、一人さみしくマンションの一室で酒を飲んでいる有様でした。

 ところが、そんな私の〝荒んだ花火人生〟に終止符を打つ日が!当時私が住んでいたマンションは7階建てだったのですが(ちなみに私は5階)、花火大会の日だけ、時間限定で屋上を開放することになったのです。もちろん、マンション住民限定!荒んでいた私も内心ワクワクしながら、「まあ、屋上で見られるっていうなら、見てみようか」という気持ちで屋上での花火観覧に参加したのですが…度肝を抜かれたというのはこのこと。目の前に一輪咲きの花火がド~ンと来たのですから。実は、私のマンションの立地条件は花火観覧には最高の場所で、花火大会の花火が目の前で炸裂するのです。もちろん邪魔するモノもなければ、バックは漆黒の夜空のみ。度肝を抜かれている私をよそに咲き誇る花火!さらに驚愕放心状態の私をよそに、打ち上げられた花火の総数14,000発。そのあまりの迫力に、終わってからも感動冷めやらぬどころか、〝放心冷めやらぬ(?)私〟がいました。

 それからというもの、一年に一回は花火を見ないと気が済まない体質になってしまいましたね(笑)。今は、現在住んでいるマンションのベランダから見ています。前述の以前住んでいたマンションよりは、見え方としては今一つなんですが、それでも一輪咲きがしっかり見られるので、観覧場所としては悪くないと思っています。一輪咲き、すなわち花火を見るのも好きなんですが…私はあの音を聞くのも好きなのです。私は子供のころから、花火の音というものは、もっと高い音というか、爆発音に近い「ドッカ~ン」という感じだと思っていたのです。ところが…花火を生で見たことのある方はご存じのように、もっと低いんですよね。「ド~ン」という感じで響く。響く…そう空いっぱいに「ド~ン」という音と、その余韻の重低音が響くのです。地球を包んでいる空気が共鳴するというか、振動する。私はあれがたまらなく好きなのです。〝空気を揺るがす破裂音〟とでも言うのでしょうか?その破裂音の響きともいえる振動を全身で感じるのが好きなのです。

 「好き」というと、その音を聞いている時、笑顔でキャッキャ、キャッキャと喜んでいるのかというと…そうではないのです。実は、あの音を浴びている時、そして花火の光を浴びている時、何も考えていない自分がいるのです。何も考えないで、ただただ花火を感じている。そう〝花火観覧〟というよりは「花火を感じている」という状態なのです。私は花火を見ている時は飲食はしません。基本的にお酒が好きですが、花火を見ながら飲むということはしたくありませんし、しません。もちろんトイレに行きたくなるからという理由もあるんですけど(トイレに行く間、花火から遠ざかるのがもったいない!)…。何もしないで、花火だけを感じていたいのです。ですから基本的に話もしなければ、飲食もしません。何も考えないで花火に浸る。それが、何とも言えない心地よい快感なのです。「カッコつけやがって…」と思う人がいるかもしれませんが…私が以前住んでいたマンションの屋上で花火大会を堪能していた時、何気に周りにはそういう人が沢山いたのです。ご夫婦で見に来ているのに、話をしないで花火を見ている。友達同士で花火を見ているのに、やはり会話も飲食もせずに花火に没頭している。そんな人が多かったのです。おそらく、その人たちも私と同じような花火の堪能の仕方なんだろうなと思います。

 「何も考えていない時、人は幸せである」そう私は思っています。慌ただしい日常生活の中、人は色々なことを考えていかなければなりません。時には考えることを止めて、感じるだけとする…そういったことも大切ことなのではないでしょうか?そして、それは〝幸せなこと〟でもあると私は思っています。もうすぐ、私の住む街の花火大会。花火の光と音に全身を包まれながら、何も考えない至福の時がやってくるのかと思うと、そしてそれが2年ぶりの至福の時だと思うと、嬉しさも一入なのです。

このエントリーを含むはてなブックマーク Buzzurlにブックマーク livedoorクリップ Yahoo!ブックマークに登録

ブログ 薬進する日々!!の新着記事

このページの先頭へ