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百均は『 必要は発明の母 』の代名詞。

2019/05/19

 百均をよく利用する。まあ、百均を頻繁に利用するのは私だけではないだろう。その証拠に、私の住む町にある百均のレジは、ほとんどの場合が長蛇の列である。私もそうであるが、春というのは色々と必要なモノが出てくる時期。職場であれ家庭であれ、やれ移動だの、やれ仕事の変化だの、今までとは違う環境になる場合が多い。今までと違う環境になる以上、今までとは異なるモノが必要になったり、今まで使用していたものが足りなくなったりするのは、ある種必然の事。そこで、必要なモノを揃えようということになるのだが…ご時世なのか、そうお金もかけていられない。そんな時、強い味方になってくれるのが百均である。私がよく利用する百均は5件ほどあるが、いつ行っても忙しいそうであることは共通事項。やはり皆、思いは同じ『 こんなご時世だからこそ、お金をかけずに… 』といったところなのだろう。

 私も、〝皆と思いが同じ人間〟の一人。前述のように、百均をよく利用するのだが…。正直言って『 えっ!?これが百円? 』と思わず唸ってしまうモノも少なく…イヤ、昨今の百均は『 えっ!?これが百円? 』と思わず唸ってしまうモノの方が、圧倒的に多いことに驚かされてしまう。私が子供の頃(と言っても、中高校生の頃ではあるが)、実家の街の公民館等で、イベント的に〝百均チックな催し物(移動販売的な感じである)〟が開催されたことが何度かあった。開催される度にチラシが入ってくるのだが…子供ながらに『 おおっ!全部百円!なんていうお得な! 』なんて具合に胸躍らせながら行ってはみたものの…。その商品のあまりのクオリティーの低さに、幻滅したことを覚えている。必要あるのか無いのかも分からぬ品。パッケージが破損していると言っていいほどの汚れた品。商品自体に傷がついていたり、破損している品。明らかに類似品と分かる、それでいて粗悪な品。おまけにその品数も、お世辞にも満足できる数ではなかった。『 ここはガラクタを集めたマーケットか? 』と、前述のごとく幻滅しながら帰途に就いたことを覚えている。それも一度や二度ではなく…。若いながらも、帰途で思ったことは『 やはり安いモノというのは、そういうモノなんだなぁ…安かろう悪かろうなんだ… 』ということ。そう、昔の百均(というか百均チックな商売)というのは、そういうものであった。今とは〝月と鼈(すっぽん)〟…どころではない。それさえも凌駕する、差があったと言えるだろう。

 前述したように、正直、現在の百均のレベルの高さには驚かされる。全てが〝まともなモノ〟であることは当然のこと…まあ、商売を行っている訳だから、当たり前と言えば当たり前の話ではあるのだが、昔はそうではなかったのだ。現在の百均は、まともな商品であることは当然のこと、そのクオリティーの高さには目を見張るものがある。日常生活で使用する分には、何の問題もない商品であるのは当然ながら、それプラスで非常に使い勝手が良かったりする。通常で販売されているモノ、つまり百均ではないお店で売られているモノと比べても、何ら劣っている所はないよう思える。劣っているのは〝金額の数値〟だけである。当然ながら『 金額の数値が劣っている 』ということは、買う側の我々からすれば、こんな嬉しいことはない。ことモノを買うにおいては、『 金額としての数値は劣っている(=安い) 』方がいいことは間違いない。もちろん、商品自体のクオリティーは保たれているという事が前提で…。そして、百均にはそれがあるのだ。皆が利用するのも、当たり前と言えば当たり前の話である。

 そんな〝金額の数値が劣っている(=安い)クオリティーの高い商品〟が豊富に揃っている。そう、ここも百均の重要なポイントである。百均の魅力は、その品数の多さにもある。食料品から工具、下着や洗剤、おもちゃや文房具、観葉植物や電池、日用生活雑貨など、数え上げればきりがない。『 ここで揃わないモノは、無いのではないだろうか? 』と、思わず唸ってしまう程の品揃えである。百均を利用する人が多いことの理由に、この品数の多さがあることも間違いないと思う。あちこち買いに行かなくとも、百均にいけば全てが揃う。それでいてリーズナブルとなると、まさに〝鬼に金棒〟。大勢の人が利用するのも、当たり前と言えば、当たり前の話。さらに、『 品数が多い 』といっても単に『 商品数が多い 』のではなく、同一商品の種類が多いのも魅力的である。例えばスプーン一つとっても、何種類ものスプーンが商品棚には並んでいる。昔みたく『 安いけどコレしかない 』ではないのだ。安くとも、その中から選ぶことが出来る。やはり、これは大きな魅力ではないだろうか?百均が人を魅了する要因の一つには、これもあると思う。

 そして、百均の商品の魅力はクオリティーの高さ、品数の多さ以外にも、もう一つ大きな要因があると思う。それは『 (他には無い)便利さ 』である。百均の商品には、通常で販売されているモノ、(百均ではないお店で売られているモノ)にはない、細か配慮がなされているものが多い。つまり、使う側が『 おおっ!便利だな 』と、思わず唸ってしまう程の細工がなされていたりするのだ。これは、商品を買う上では、なくてはならない魅力ではないだろうか?その細工とて、もの凄い大掛かりなものではない。ほんのチョットしたものである。さらに商品自体に関しても、『 おおっ!こんなものが売っているのか! 』と思ってしまう程の〝通常売られているものとは、チョット違った視点で作られたモノ〟がたくさん売られていたりする。そう、これも大切な要因である。

 百円であることは皆同じ。クオリティーだって、皆そこそこ高い。そんな中で商品を選んでもらうためには、〝他とは違う何か〟が必要になってくるのだ。『 百均のお店に置いてもらったから安泰 』では決してないはずである。商売である以上、売れなければ意味はない。そこで、考える。『 どうすれば、手に取ってもらえるのだろう 』と…。ここが、百均の商品の魅力ではないだろうか?他のモノにはない、独自の魅力。熾烈な販売競争の中、〝他とは違った何か〟そして〝他とは違った便利さ〟を武器にして、戦わなければならないのだ。それは往々にして、〝ほんの些細な工夫〟だったりする。〝頭の隅のどこかにあった「あったらいいな」というモノ〟だったりする。伸びるハンガー、途中で回転するS字フック、手袋型になったゴミ袋、豊富な種類のピンフック、シャンプー等を入れる詰め替えポンプ等、その〝便利〟さと〝あったらいいなの視点〟には目を見張るものがある。そう、クオリティーが高いのは当たり前。そのクオリティーの高い沢山のモノの中から、選んでもらわなければならないからこそ、〝他とは違う何か〟そして〝今まで無かった求められている何か〟を、見出さなければならないのだ。まさに、必要は発明の母である。

 必要は発明の母。『 発明は必要に迫られるからこそ生まれるものだということ(故事ことわざ辞典より)』とのこと。必要に迫られるからこそ、何かを作り出す。そこから発明は生まれる。人は必要に迫られるからこそ、『 どうしよう 』と考え、そして新しい何かを作り出してきたのだ。それが、人類の進歩というものである。必要に迫られるからこそ、考え見出し、歩んできたのである。

 我が薬進塾の第105回薬剤師国家試験対策一年コースも、5月13日(月)から、いよいよ開講となった。おそらく、次の薬剤師国家試験を受験する人は、何らかの形でその受験に関して動き始めていることと思う。そんな人たちに対して言いたいのが、〝必要は発明の母〟という言葉。試験対策においても、この言葉は非常に有意義な言葉である。『 できない 』『 覚えられない 』で止まってしまっては、何の試験対策にもならない。必要は発明の母。『 できないなら、どうやれば出来るようになるか考える 』『 覚えられないからこそ、どうやったら覚えられるのか考える 』。これが、受験生にとっての〝必要は発明の母〟である。百均の商品を思い出してほしい。何か大きな、とてつもない細工がしてあるわけではない。ほんのチョットした工夫。それで単なる一商品から、とてつもなく便利な商品へと変貌を遂げたのである。その原動力こそが『 どうすればいいのだろう? 』といった疑問、つまり必要性である。試験対策も、これと全く同じであると言っても、決して過言ではない。クオリティーの高い数あるモノの中から、ほんの少し秀でる要因。それが必要は発明の母という言葉。この言葉を忘れずに、試験対策にあたってほしいと思う。何故なら、『 どうすればいいのだろう? 』この積み重ねこそが、試験対策において、大きく秀でる要因となるのだから…。

 

 

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