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どうせ合格するなら、祝福される合格でありたいとは思いませんか?

2019/05/09

 現在、合格インタビューのページでは、薬進塾104回国家試験対策一年コースで頑張ってくれたKさんの合格インタビューが掲載されています。私の遅筆のせいで、インタビュー掲載が遅れてしまって申し訳ない限りなのですが、いつも明るく真摯に試験対策に取り組んでいたKさんの合格の秘訣が掲載されていますので、とくとご覧あれ…と言ったところです。

 そんなKさんが合格したということを耳にした、同期のある塾生さんが『 Kさん受かったんですよね。良かったですね 』と話してくれたことが印象的でした。合格したことを他の塾生さんも喜んでくれる…こんな嬉しいことは、他にないのではないでしょうか?

 103回合格者インタビューに応えてくれたTさん(女性)。彼女も、辛いことはあったはずですが、やはりいつもニコニコ笑顔を絶やさないことが印象的な塾生さん。とにかく合格することに対し、直向き(ひたむき)に、真摯に取り組んでいた姿勢は今でも忘れることが出来ません。

 そう言えば…やはりTさんと同期の塾生さんの何人かが、同じようなことを言っていましたね。合格しましたと挨拶に来た塾生さんが、話をしているうちに…『 前の方に座っていた女性(Tさん)…合格しましたかね? 』なんていうことを口にしたのですが…それが一人は二人ではないのです。何人かの塾生さんが『 ○○さん…合格しました? 』とか『 僕の左前に座っていた女性なんですけど、彼女は受かりました? 』なんてことを聞いてきたのです。合否に関する情報は個人情報ですので、当然教えることはできず、話を濁してはいたのですが…。私が『 どうして、彼女(Tさん)の合否が気になるの? 』と聞くと…。皆が口をそろえて、こう言うのです。『 彼女頑張っていたから、合格して欲しいなぁと思って 』。一緒に勉強している仲間に、ここまで言ってもらえるなんて、Tさんも受験者冥利に尽きる…といったところでしょう。さらに驚くことに、Tさんにこの話をしたところ…『 (Tさん)合格しましたか? 』と聞いてきた人のほとんどを、Tさんが知らなかったということ。

 ご存じのように薬進塾は少人数制。よく勘違いされるのですが…少人数制だから、全員、名前も顔も知った仲で、皆で一緒に和気あいあいと…といったイメージを持たれる方が多いようなのですが、実の所そうではありません。私が『 試験対策や勉強というモノは、本来、一人で行うモノ。無理に友達を作る必要もなければ、皆と一緒に仲良くやる必要もありません。一人でやりたい人は一人でやってください。もちろん、仲がいい人ができたら、その人と一緒にやることも別に構いません。他の人の迷惑にならないよう、そして自分に無理することのないよう、好きにやってください 』という指導をしている理由もあると思いますが…実は会話をしたことが、ほとんどないという人が何人かいるといった状況が多いのは事実です。前述のTさんのように『 顔は知っているけれど、名前は知らないし、話をしたこともない 』というパターンは、薬進塾ではよくある話。もちろん、『 名前も顔も知らないから、自分の好き勝手に振る舞っていい 』という訳でないことは、言わずもがな。最低限のマナーを守るということは、社会人として当然の話。塾内のルールを守りながら、社会人としてのマナーを守りながら、試験対策に当たる。これが、試験対策の場における大人としての振る舞い方であることも、当たり前の話。薬進塾での試験対策の日々の中にも、当然、お礼を言ったり、譲ったり、譲られたりはありますが、だからと言って、名前と顔が一致して当然…という訳でもないのです。皆で一緒に和気あいあいと…といった状況でないことも、当然と言えば当然の話。

 これも私がよく言うことなのですが…友達を作りに薬進塾に来ている訳ではありません。国家試験に合格するために、勉強しに来ているのです。勉強することが第一。仲良く楽しむために来ている訳ではありません。もちろん、あえて仲悪くする必要もありません。実際、薬進塾は皆で一緒に和気あいあいといった状況ではありませんが、かといって険悪な雰囲気漂うといった状況でもありません。試験対策のために勉強する、そして合格するといった雰囲気だけが漂っている状況です。ギシギシしている訳でもなければ、窮屈でもない。のんびりしている訳でもなければ、慣れ合いがある訳でもない。そんな環境なのです。

 そんな環境で試験対策に切磋琢磨していても、やはり目的意識が同じである以上、感化されるモノがあることも事実。一生懸命やっている人間に対しては、やはり『 あの人、頑張っているなぁ… 』と感じることは、ある種当然のこと。昨年度の塾長あいさつは『 共鳴する試験対策 』といったタイトルで書かせていただきましたが、まさに内容は、こういったことについてでした。

 皆、必死に勉強しています。薬剤師国家試験合格に向けて…。『 薬剤師国家試験に合格する 』という思いは、皆、同じなのです。そして、そのために必死になっていることも同じなのです。同じ目的を持つ者が、同じく必死になっている。そう、皆〝自分と同じ人間〟なのです。だからこそ相手、すなわち他の塾生さんも見えてくるのです。言葉には出さずとも『 あの人も合格に向けて必死に勉強しているんだ 』と、ひしひしと感じているのです。

  『 共鳴する試験対策 』で書かせていただいた内容です。あの人も合格に向けて必死に勉強している…そして自分も同じように必死に勉強している。そこから生まれる一体感というモノがあるのです。だからこそ『 頑張っていたあの人は、合格したのだろうか? 』といった想い、そしてそれが極まり『 あれだけ一生懸命やっていたんだから合格して欲しいな 』といった、共に勉強した仲間への合格願望、つまり『 あの人も合格して欲しい 』といった想いへと、昇進することになるのではないでしょうか?まさに、ここまで想ってもらえれば、想われた塾生さんも、前述のように受験者冥利に尽きるといったところではないでしょうか?必死さが相手を動かす。それを超えて、自分の合格をも祈ってもらえるまでになる。これを、受験者冥利に尽きると言わずして、何が受験者冥利に尽きるというのでしょうか?

 悲しいかな、逆の人が存在することも事実です。ある人が合格したと耳にするや否や、皆がしかめっ面で『 えっ!?あの人受かったんですか? 』『 …合格したんですか!? 』と言われる人がいることは事実です。まあ、悲しいと言えば悲しいことですね…。自分が合格したことを、喜んでもらえないどころか、納得いかないこととして処理されてしまうのですから。まあ、そういう発言をする人も如何なものかとは思いますが…人がどういう反応をするかは、その人の自由。そういうふうに思われてしまう存在であるということは、事実な訳ですから…。

 何故、そう思われてしまうのか?やはり、同じ受験生として〝共鳴できる部分〟がなかったからだと思います。必死にやっている人から見て、共鳴できる部分がない。感化される部分がない。どういう勉強をしていたのか?どういう姿勢で試験対策にあたっていたのか?そういった塾生さんを思い出すと、やはり少々学習姿勢や試験対策のあり方について難あり…だったことは間違いないよう思います。こちらの指導にも耳を貸さず、周りの事もお構いなし…といった塾生さんであったような、そんな感じもします。まあ私としましては、合格さえしてくれれば、別に問題はないのですが…しかし、共に試験対策に取り組み、合格目指した仲間から、そういうふうに思われるということは、悲しいことではないだろうか…。そう思ってしまうことも事実なのです。

 あなたは、どれがいいですか?『 あの人、受かって欲しいなぁ 』と仲間から想われる。合格したことを耳にした人が『 良かったですよね 』と笑顔で言ってくれる。合格したことを耳にした人が『 あの人受かったんですか!? 』と、しかめっ面で口にする。まあ、あえて聞くまでもないと思いますが…やはり最後のパターンは、避けたいかなというのが、誰もが思うことではないでしょうか?折角、薬剤師国家試験合格という栄冠を手にしたのだから、皆から祝福されたい。誰もが、それが本望ではないでしょうか?どうせ合格するのなら、仲間から合格を祈ってもらえるような、そして合格を喜んでもらえるような存在でありたい。そのためには…やはり、直向きに、真摯に試験対策に取り組むことが必須条件なのではないでしょうか?何故ならば、同じ想いを持ち、必死で試験対策に取り組んでいれば、そういった仲間同士、必ず共鳴することになるからです。一緒に切磋琢磨した仲間から、合格を祈ってもらえるのか?合格を喜んでもらえるのか?合格を納得いかないことと一蹴されてしまうのか?それは、あなた次第だと思うのです。

 

 

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