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『 急がば回れ 』は、試験対策にとっても重要なことです。

2019/03/23

急がば回れ

 急いで物事をなしとげようとするときは、危険を含む近道を行くよりも、安全確実な遠回りを行くほうがかえって得策だということ。

 急がば回れ。昨今の学生さんの中には『 聞いたことはあるような気がしますが…意味はチョット… 』という方も少なくありません。ということで、上記のように意味も載せてみたのですが…思わず、『 なるほど 』と改めて納得してしまう次第です。

 『 まあ、本来はこうやるんだけども…チョット楽をしてこうやってみようか… 』なんて、つい考えてしまうことは誰しもあること。中には『 こんな小さなことチョコチョコやるよりも、一気に大きなことを… 』なんて場合もあったりします。どっちにせよ、時間も節約出来れば、手間も省ける。まさに一石二鳥。慣れていることだし、大丈夫だろうなんて具合に、高をくくって手間暇省いたつもりになってやってみると…実は、とんでもないロスをしてしまったり、こじれてしまったり…結局は、また前の方法に戻ってやる羽目に…。『 なんだ、やっぱり ちゃんとやっておけば良かった…結局、二度手間じゃないか… 』なんて反省することも、誰もが経験あること。こんな時に、ふと頭をよぎるのが『 急がば回れ 』という言葉。

 人というのは、何気に利口そうだと思って、利口そうに振る舞おうとするものですが…どうしてどうして。そうは問屋が卸さない…何ていう場合が多々あるもの。利口そうに思ったところで、世の中、何が起こるかは分かりません。利口そうに思ったところで、やはり『 本来の正当な行動 』に対するショートカットはよろしくないようで…。『 慣れているから大丈夫 』『 こんなもんだろう 』なんていう〝上辺の利口さ〟に捕らわれず、やはり、地に足つけて、基本に忠実にしっかりと行動することが大切なのです。

 私が武道を習っていたことは、当ブログでも何度も書かせていただいたこと。その私の師匠のことも、ブログでは何度も書かせていただいています。師匠から武道を習う時、初めにやるのが〝基本の型〟。武道経験のある方なら、誰しもお分かり頂ける事かと思いますが、どんな武道も稽古の初めには、まず〝基本の型〟をやります。稽古と言っても、1日ではありません。何日に何日も稽古を行います。つまり、それに比例して〝基本の型〟も何度も何度もやることになります。〝基本の型〟という位ですから、特別複雑なモノをやる訳ではありません。複雑な型もあるにはありますが、稽古初めの時に毎度やる様な型(基本の型)は、非常に短く単純なモノばかり。中には、足さばきだけのものもあります。それを何度も何度もやるのです。もう、身体にすっかり染みついているのですが、それでも毎度稽古の時には、何度も何度も繰り返しそれを行います。当然ながら、私の師匠などは何億回、下手すると何十億回とその〝基本の型〟をやっていると思います。

 ある程度上達してきて、チョット手数の多い〝技の型〟を教えてもらう時。師匠が〝技の型〟を見せてくれるのですが、『 さすが! 』の一言。動きもスムーズで、形もキレイ。おまけに寸分のスキも無いと来ていますから、まさに三拍子そろっていると言えます。で、自分がやってみると…今一つしっくり動けない。教えてもらった通りやっているのですが、どこかぎこちない。鏡で見ても、どう見ても師匠のようにスムーズな動きにならない。もちろん、形も汚いし、おまけにスキだらけ。『 どうしてだろう? 』と思いながらも、『 この型の稽古が足りないからだ 』と、その型ばかり練習してみるのですが…やはり、しっくり決まらない。ある日、師匠が休憩時間の時に、その型をやっているのを何気に見ていたのですが…〝技の型〟の中には、技から技のつなぎ目というか、『 技と技の間の動き 』というものがあります(この動きがあるから、単独の技ではなく一つの型になっているのですが…)。その『 技と技の間の動き 』こそ、毎回、稽古初めに行っている、〝足さばきなどの基本の型〟なのです。その単純な〝基本の型〟が、忠実にしっかりと行われている。スムーズに素早く行われている。だからこそ、〝技の型〟という長めの型もスムーズに動け、きれいに見える。そして、隙がなく動けるようになっているのです。

 私は、始め『 この型の稽古が足りないからだ 』と思いましたが…もちろん、それもありますが、やはり私に足りなかったのは、基本の基本である〝足さばきなどの基本の型〟の稽古が未熟だったということ。だからこそ、チョットした長めの型がスムーズにいかなかった。もし、これがもっと長めの大きな技の型ならば、目も当てられない状況になっていたでしょう。もちろん、そんな状態では実戦で使うことなど、出来るはずもありません。そんな状態なのに…もし私が師匠に『 〝足さばきなどの基本の型〟じゃなくて、もっとすごい技を教えてください 』といったら、師匠は何と言ったでしょう?答えはあえて書かなくとも、皆さんお分かり頂けることと思います。

 コレなんかも、急がば回れでしょうね。大きな技を身に付けたいからこそ、小さくて単純な技というか、初歩である〝基本の型〟を何回もこなしていく。一見、大きな技を教えてもらえば、すぐに技が身について強くなれるよう思いがちですが、そんなことはないということ。大きな技をすぐに身に付けようにも、そう簡単に身に付くモノではない。むしろ、小さくて単純な〝基本の型〟を何回も繰り返している方が、大きな技もすぐに身に付けることが出来るようになるということ。

 実は、昨今の学生さんを見ていると、妙に今まで書いてきたことを思い出すのです。師匠の型の凄さと、そのために〝基本の型〟を何度となくやるということを…。昨今の学生さんは、すぐに国家試験の問題に挑もうとします。そして、基本である部分を理解もしないで、蔑にする傾向があります。最近の学生さんの口癖ですかね『 そんなの国家試験に出ない 』というのは…。まあ、昨今の予備校講師の中にも、この言葉が口癖になっている人もいるみたいですが…。閑話休題。『 そんなの国家試験に出ない 』という言葉を口にしては、基礎を理解したり、基本を行おうとしない。そして、国家試験問題という大技で一獲千金を狙おうとする。『 そんな、国家試験に出るか出ないかという基礎の簡単なことをやるよりも、国家試験の問題をやったほうがいい 』なんていうのは、まさにブログ冒頭で書かせていただいた『 まあ、本来はこうやるんだけども…チョット楽をしてこうやってみようか… 』なんていうのと同じ…イヤ、もっと性質の悪いものであることは、言わずもがな。ホントに、基礎を理解したり、基本を行おうとしないことが、試験対策にとって有益なことだと思いますか?確かに、少々時間はかかりますよ。〝足さばきなどの基本の型〟ですから、何度も何度もやって身に染み込ませなければなりませんから。しかし、これが身に付かなければ、長めの大きな技の型は出来ないのです。昨今の学生さんが口にする『 そんな国家試験に出るか出ないかという、基礎の簡単なことをやるよりも、国家試験の問題をやったほうがいい 』というのは、『 そんな実戦に使えるかどうか分からない、基礎の簡単な型をやるよりも、実践で使えそうな大きな技を稽古したほうがいい 』と言っているのと同じこと。師匠に代わって言わせていただくならば『 基礎の型をしっかりと何度もやるからこそ、大きな技が出来るようになる。基礎的な型も満足に出来ない人間が、大きな技などできる訳がない 』といったところでしょう。

 当ホームページでも、お言葉を書かせていただいている、テレビでもお馴染みの 東京大学 大学院薬学系研究科 教授の池谷裕二先生のお言葉。

 欲張りな学習はむしろ非効率です。焦らず基礎から順に学んでいった方が、じつはずっと早く目標を達成できるのです。たしかに最初に基礎を習得するのに時間はかかりますが、基礎を覚えると、その理論を応用して次の段階を容易に覚えられるようになります。

私の師匠も同じことを言うでしょうね。というか、実際、同じような内容の話をしていたことを覚えています。やっている仕事や目的は違えども、やはり道を究めた人間の言う事は、そして極めたからこそ掴み得た事は、同じことのようですね。

 急がば回れ。英語では『 Slow and steady wins the race.(遅くとも着実な者が競走に勝つ) 』というそうです。時間はかかれど、しっかりと事を成していった者こそが、勝利を手にすることが出来ると言った内容。これなんかも、基本からしっかりと進めていくことを遠回しに、表現している言葉だと思います。国は違えども、やはり言っていることは同じようです。これから、薬剤師国家試験対策を始めようとする人は多いと思われますが…急がば回れという言葉、そしてその言葉が持つ意味を真摯に受け止め、試験対策に切磋琢磨していってほしいと思います。

 

基本があれば、1を100にすることだってできる。

中田英寿(元サッカー日本代表。国際サッカー評議会諮問委員

 

 

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