イメージ画像

『 できる 』 『 できない 』 ハッキリさせる。

2019/3/16

 『 できる 』『 できない 』をハッキリさせる。これは試験対策の基本中の基本です。基本中の基本と言うよりは…『 コレがなければ、試験対策は成り立たない 』といってもいいでしょう。自分は何ができるのか?何ができないのか?まずは、これをしっかりと把握するところから試験対策は始まるのです。

 〝できる・できない〟と書かせていただきましたが…一概に〝できる・できない〟といっても色々な〝できる・できない〟があります。私も学習指導で講演する時によく話すのですが、『 ここでいう「 勉強ができない 」というのは「 勉強するという行為ができない 」という意味です。「 成績が悪い 」という意味での「 勉強ができない 」ではありません 』と、断わりを入れるようにしています。

 往々にして、学生さんが用いる〝できる・できない〟は、『 点数が取れる・取れない 』 『 成績がいい・悪い 』、すなわち〝勉強の成果としての出来・不出来〟を表している場合が多いようです。ということで、しばらくは、この〝勉強の成果としての出来・不出来〟を表す〝できる・できない〟の話を、させていただきたいと思います。

 昨今の学生さんは、自分がどの部分が出来ない(すなわち、どの部分の学力が足りない)のかを、把握していない場合が多いようです。把握していないというよりは、『 自分がどの部分が出来ないかを、知ろうとしない 』と言った方が適切かもしれません。自分が出来ない部分を見ない、知ろうとしない…。確かに、自分の至らない所を見ることは、誰にとってもあまり心地いいことではありません。むしろ、不快になる場合の方が圧倒的に多いのが事実。しかし、こと試験対策となれば、そんなことは言っていられません。なんといっても、その〝出来ない部分〟を何とかしなければ、成績は上がらないのですから。しかし、何とかしなければならない〝出来ない部分〟を、見ないようにしている学生さんは、決して少なくないのです。すると…出来ない部分を見ない事には、その部分を修正することなど出来るはずありません。出来ない部分が修正されなければ、成績はそのまま…つまり、芳しくないままということになってしまいます。

 前述のように〝出来ない部分〟を見つめることは、面白くないことかもしれません。しかし、〝出来ない部分〟を認識するからこそ、〝出来ない部分〟に対処することが出来るようになるのです。さらに、そこに対処するからこそ学力が付き、成績は伸びるのです。表現はあまりよくないかもしれませんが、『 臭いものにはフタをする 』では、いつまで経っても問題は解決しません。試験対策というものは、試験をクリアするために学力を身に付けるためのもの。『 臭いものにはフタをする 』といった姿勢は、試験対策にとっては禁忌と言ってもいいでしょう。そう、試験対策とは『 見たくないモノを直視する 』『 臭い物を探し出し、その臭いを何とかする 』ことが大切なのです。

 〝出来ない部分〟を見ない学生さんも多いのですが、〝出来ると称する部分〟しか見ない学生さんが多いのも事実です。『 私は○○は出来るから… 』『 □□は大丈夫なんで… 』と口にする学生さんも、少なくないのですが…コレも試験対策にとっては非常に危険なことなのです。

 果たして、本当にそこは出来るところなのでしょうか?私はン十年、講師という仕事に付いていますが、学生さんが口にする『 出来るから 』という言葉は信用していません。『 学生を信じないなんて、何ていうヒドイことを! 』と思った人も、いるやもしれません。しかし、正直な話、学生さんが出来ると思っていても、我々講師から見れば、まだまだという場合が圧倒的に多い…イヤほとんどなのです。実際に出来る学生さんは、どんなに出来ていても『 出来るから 』という言葉を口にすることは、まずありません。そして、さらなる成績向上に向けて、切磋琢磨していっているのです。『 出来るから 』という言葉を口にする人に限って、『 今一つだけどなぁ… 』とか『 出来てはいないけど… 』という、『 学力的には危うい状況 』である場合がほとんどなのです。

 我々、試験対策のプロからみて、とてもではないですが〝出来る〟とは言えない状況な訳ですから、やはり客観的そして現実的なものではなく、ただ本人がそう思い込んでいるだけの〝出来る〟にしか過ぎないと思います。先ほど〝出来ると称する部分〟と書かせていただいたのも、そういった理由からなのです。〝出来る〟のではなく〝出来ると称している〟だけ。あくまでも、本人がそう思っているだけなのです。しかし、これが恐い…。

 自分は健康と思っているけれど、実は疾患を抱えている。これが、どれほど危険なことかは、あえて説明する必要もないと思います。本人は健康と思っているから、このままでいいと思っている。疾患の進行を阻むための行動も起こさなければ、もちろん治療もしない。つまり、疾患をほっぽり出している状況。良くなるどころか、日に日に蝕まれて、事と次第によっては命を落としかねない状況に…。

 試験対策においても、自分は出来ると思っているけれど、実は出来ていないというのは、芳しくない状況。出来ていないけど、本人は出来ると思っているから、このままでいい、つまりそれ以上の勉強をしない。芳しくない状況なのに、その対応をしないから、日に日に学力は蝕まれていく状況。学力が蝕まれていく訳ですから、当然ながら成績は下がっていくのですが…それでも、当人としては『 ここは出来るところだから… 』という思いを捨てたくないのか、それを認めようとはしない場合が多いのです。どうです、危険でしょう?

 私は試験対策では『 取れない所を取れるように、取れる所はもっと取れるように 』と指導しています。そう、試験対策には『 これでよし 』といった到達点はないのです。『 出来るから… 』で留まっているということは、それ以上の成果を期待できるのに、わざわざ自分からブレーキをかけているようなもの。ましてや、本人が〝出来ると称している〟だけであって、実際は今一つの芳しくない状況ならば、なおさら、それ以上の成績を得ることが可能なのです。まだまだ、伸ばすことができるのに…もったいないの一言です。

 自分の『 できる 』『 できない 』が、ハッキリしない場合。往々にして被害をこうむるのは、自分自身ですが、場合によっては他人に対し、多大なる被害を与えてしまう場合があります。特に『 成果としての出来る・できない 』ではなく、『 その行為が出来る・出来ない 』が分かっていない場合は、第三者に対しただいなる被害を与えるのは100%といってもいいでしょう。少々、荒っぽく言わせていただくならば…出来もしないのに出来ると言っている訳ですから、それにかかわる人にとっては迷惑千万といったところ。

 現在、薬進塾には色様々な学生さんが、試験対策の相談に訪れています。そこで色々と話を聞くことになるのですが…。あまり大きな声では言いたくないのですが、試験対策の指導に関する話を聞いているうちに、思わず『 ! 』『 ? 』となってしまう場合が、多々あるのです。試験で芳しくない成績を取ったというある学生さん。『 どんな指導をされたの? 』と聞いてみると…『 皆が合っていて間違った所をやりなおして…その後、それに関する問題を何回も解けって言われました 』とのこと…。これが指導?ましてや〝学習指導〟と称しているそうですから、開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。こんなのは指導ではありませんからね。〝学習指導〟じゃないのに〝学習指導〟と称している。『 (指導)出来ていない 』のに『 (指導)出来ている 』と称している…。

 『 学習指導が出来ないのに、出来ると称している 』は、本人ではなく指導している人にただいなる被害を与えてしまうことになります。指導できないなら、指導できないと言えばいいと思うのですが…まあ、色々と事情があるのでしょう。だったら、指導できるよう勉強するなり、努力すればいいのではないでしょうか?そう、出来ないならできないと認めて、勉強するなり、出来るようになるために切磋琢磨すればいいだけの話なのです。そっちの方が、『 出来ると称する 』よりも、よっぽど安心感も含めたくさんのモノを手にすることが出来るのです。そして、それ相応の成果も手にすることが出来るのです。

 次の国家試験対策に向けて、第一歩を踏み出している方も少なくないと思いますが…まずは『 できる 』『 できない 』をハッキリさせる。このことから、始めていってほしいと思います。これが試験対策の要なのですから…。そんなに難しい話ではありませんよ。出来ないんなら、それを認めて『 じゃあ、出来るようにするには、どうしたらいいかな? 』とやっていけばいいだけですから。そう、これを〝試験対策〟と呼ぶのです。ブログ冒頭に書いてありましたよね?『 これをしっかりと把握するところから試験対策は始まるのです 』と…そういうことです。

 

 

このエントリーを含むはてなブックマーク Buzzurlにブックマーク livedoorクリップ Yahoo!ブックマークに登録

ブログ 薬進する日々!!の新着記事

このページの先頭へ