イメージ画像

こいつは確実に縁起がいいぞ!

2022/06/29

 薬進塾には花がいくつか置いてある。鉢植えである。現在、7鉢ほど置いてある。以前は鉢植えなど置いていなかったのだが、ある方からのアドバイスで置くようになった。アドバイスに従い、鉢植えを買ってきて、薬進塾に置いてみたのだが…これがビックリするくらい育つのである『 植物ってこんなに目に見えてデカくなるのか?これが鉢植えのノーマルな状況なのか?それとも薬進塾が特別なのか? 』と思ってしまうほどの勢いで成長する。大きくなりすぎるあまり、鉢分けをしていき、気がついたら4鉢以上になっていたものもいる。鉢を大きくしたり、支柱を付け替えることなど日常茶飯。他所でも、こんなに花盛りで成長するものなのだろうか?

 で、先日のこと。いつものように買ってきた鉢植えが、伸び放題に伸びてしまった。上に伸びてくれればいいのだが、やはり重力には逆らえずに、どうも横向き、すなわち地上に対し水平に伸びている状況。『 これでは茎も苦しかろう 』といつものように支柱をつけてやることに。その日はたまたま講義日だったので、講義後にちょっとグッタリした感で休んでいたのだが、『 そうだ、支柱をつけてやらねば 』と重い腰を上げて、用意に取り掛かることに。支柱と道具を用意し、入り口横のカウンターに鉢植えを持ってきて、やれ作業に取り掛かろうとしたのだが…。カウンター上の鉢植えを見た瞬間、一瞬、我を失った。状況の判断ができないというか、何が起こっているのか、解読不明の状況に陥った。ハッと意識を取り戻したのだが、驚きの方が優先してか、頭の中は『?』の嵐。数秒後、やっと状況判断でき、さらに慌てる必要のないことに気が付いたのだが…。何が起こったのかと言うと…鉢植えの茎に、一匹のアゲハ蝶が留まっていたのである。それも羽を広げて。その幅、およそ10cm強といったところ…。

 と書くと、一瞬で終わってしまうのだが…私の頭の中では…

第一段階:何がついているんだ?

 → 第二段階:蝶がついているのか(確認)。

 → 第三段階:慌てる虫ではない(落ち着く)。

 → 第四段階:何故、蝶がついている?

 → 第五段階:どこから入ってきた?

 → 第六段階:鉢植えを手で運んできたのに、何故、逃げずに留まったままなんだ?

という6段階の過程を経てのことである。かなりの困惑と動揺、それと謎があったことを、ご理解いただきたい。

 そんなこんなで、何とか平静を取り戻し、改めて蝶を見ることになったのだが…。そういえば蝶なんか、こんな間近で見たのはいつの日のことやら…。ましてや相手はアゲハ蝶。北海道出身の私は、子供のころはよく目にしていたのだが、こちらに来てからは、とんとお目にかかっていない。遠くから目にして『 アゲハチョウかな? 』くらいのものである。それが今、目の前にいるのだ。そんなアゲハチョウに目を取られているうちに、疑問が浮かぶ…。何故、コイツはここにいるのだろうか?鉢植えが置いてあったのは、ドアのすぐ横である。外から入ってきたのだろうか?イヤ、いくら何でもドアを開けた瞬間アゲハ蝶が入って来たら、誰だって気が付くであろう。それに、鉢植えは床に置いてある。気を付けなければ、塾生さんが分からずに蹴っ飛ばしてしまう位置である。蝶が入ってきて、即降下して鉢植えにとまったのか?そんな芸当は、まずしないだろう。第一、今は放課後で、塾生さんが帰ってから、それなりに時間が経っている(自習していた塾生さんは2名ほどいたのだが…)。そんなに長い間、一か所にずっと留まっているものだろうか?

 そこで、あることがひらめいた。『もしや…』と思ってアゲハ蝶の足元を見ると…今出てきたであろう、サナギの抜け殻が茎の部分についている…。そう、このアゲハ蝶、たった今、サナギから出てきたばかりなのだ。出てきたばかりなので、まだ羽もしっかりしていない。つまり、羽を乾かしている状況。なので、鉢植えを持っても、近距離で私が見つめていても、微動だにできない状況だったのだ。

 どうやら、私が花屋さんから買ってきた時点で、すでにサナギが付いていたようである。全く気がつかなかった…っていうか、売ってくれた花屋さんも気が付いていなかったご様子…で、薬進塾の玄関ドア横の、程よく温かく、水やりも行われている空間で羽化を迎えることになった…ということなのだろう。そう、このアゲハチョウは薬進塾生まれなのである。薬進塾で、サナギが羽化して、綺麗で大きな蝶へと成長した。何とも縁起のいいことではないだろうか!

 縁起がいいことに気が付いた瞬間、何とも嬉しい心持に。そりゃあそうだ、縁起がいいんだから!さらに、久しぶりに近距離で見るアゲハチョウに興奮して、携帯(ちなみに私はガラホである)でバシバシ写真を取っていた。そこへ自習で残っていた、塾生のSさんが現れた。この心躍る状況に興奮しながら、今までのことを伝えると…Sさん曰く『 縁起いいですよ 』と笑顔で話してくれた。オオッ!やっぱり縁起がいいと思うのか!さらにSさん『 今年は、皆いけますよ!縁起いいですから 』と笑顔で喜ばしい発言を!やっぱり縁起がいいんだ!こりゃあ、今年度の薬進塾はイケるぞ!とSさんと喜んでいると…ゆっくりではあるが、パタパタと羽ばたき始めた。どうやら、羽が乾いたというか、羽化が完了したらしい。『 これは、大空にはばたかせてあげなければ! 』と思い、Sさんにもその旨伝えると、『 そうですよね 』と笑顔で返答。静かに両手で包み込むように捕まえて、外に離そうと思ったのだが…弱々しく羽ばたいて、飛び始めた。こりゃあいかん。講師室の中で飛ぶのは構わないが、講師室の一角には荷物が積んである箇所がある。ラック等も並んでおり、そんな隙間に入ったら、出るに出られないことに…。幸い、まだ飛び方も頼りないので、何とか込み入った一角に飛んでいかないように誘導しながらも、捕まえようと苦戦すること数分。何とか、掌中にアゲハ蝶を収めることに成功。すぐにドアを開け、手のひらを広げると…大空へ向かって、パタパタと飛び立っていった。感慨深い気持ちでそれを見ていると…『 飛び立っていきましたね…縁起良いですよ、これは! 』とSさん。そう、薬進塾でアゲハ蝶がサナギから成虫へと羽化。その薬進塾生まれのアゲハ蝶が、薬進塾から大空へと飛び立っていったのだ。これほど縁起のいいことがあるだろうか?薬進塾の中で、サナギの殻を破って、華麗なるアゲハ蝶へと成長する。そのアゲハ蝶が、薬進塾から大空へと羽ばたいていった。縁起の良さもW(ダブル)である。こいつは、確実に縁起がいいぞ!

 調べてみると…蝶は縁起がいいもの言われているそうである。見かけかけただけでも運気が上昇。特に海外での蝶は、幸運のシンボルとしての位置づけが強いようである。中国では健康・長寿のシンボル。キリスト教では、蝶は一度失ったものが再び蘇る復活の象徴とのこと。ネイティブアメリカンの間では、蝶は変化・喜びの象徴。蝶の訪れは終りと始まりを意味し、マンネリだった状態が終り、新しい旅が始まると考えられているそうである。もちろん、日本でも蝶は古くから縁起がいいものとされ、武士の間では吉兆の象徴となっていたそうである蝶は成長していく過程から、不死や不滅の意味を持つ神聖な生き物で、繁栄を表しているとのこと。いいこと目白押しだな、コレは…。

 きっと、薬進塾の108回対策も運気は上昇。幸運が舞い降り、健康に過ごせること間違いなし。試験で残念な結果になった塾生さんも、そこから蘇り復活すること間違いなし。今までの苦労してきた試験対策は終わり、新たなる国家試験対策の始まりが訪れること、間違いなしである!そして、薬進塾自身も繁栄していくような年になることも、間違いなしだろう!そんな、縁起のいい薬進塾の108回対策。塾生さん全員が合格してくれることを、心より祈っている次第なのである。そして、薬進塾自身もたくさんの塾生さんを合格へと導けるよう、もっともっと繁栄していきたい。そう思っている次第なのである。いやあ、目でたいめでたい!

 ☆ 右の写真が、そのアゲハ蝶です。

 

 

 

 

 

 

タグ

2022年6月29日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

🤔 よって、これは学習指導ではありません:『 勉強のやり方を教える 』って、どういうことか知っていますか?

 それが学習指導?

 『 勉強のやり方を教えるって…それが学習指導でしょ? 』という人。その通り。勉強のやり方を教える。これが学習指導です。

 ところが昨今は『 勉強の正しいやり方を教えている訳ではない 』のに、学習指導とうたっている行為を、よく耳にします。『 それは学習指導じゃないんだけどなぁ… 』と思わず苦笑いしてしまうのですが…それを受けた学生さんたちにとっては、苦笑いでは済まされないこと。何と言っても、『薬剤師家試験に合格するために、どう勉強すればばいいのか? 』を指導するのが、学習指導です。『 学習指導とうたっているけれど学習指導じゃない 』では、薬剤師家試験合格に、赤信号が灯ることになってしまいます。

 学習指導とは、『 どうやって勉強を進めていくのか? 』といった事を指導することです。指導を受けた後、勉強を進めていける内容でなければ意味はありません。具体的に『 どうやって勉強を進めていけばいいのか? 』が、学生さんに伝わらなければ、意味はないということ。『 どうやって勉強を進めていけばいいのか? 』が分からなければ、薬剤師家試験合格に、赤信号が灯ることになるのも当たり前と言えば、当たり前の話です。

 

 勉強のやり方を聞きに行ったら怒られた!?

 以前、塾生さんから聞いた話ですが『 学習指導をしているというので、「 勉強のやり方を教えてください 』と聞きに行ったら…「 そんなものは自分で見つけるもんだ 」「 自分で考えろ 」と怒鳴られたました 』とのこと。実は同じような話、つまり『 勉強のやり方を聞きに行ったら叱られた  』『  どう勉強していいのかと聞いても相手にしてくれない 』『 そんなもの自分で考えろと言われた 』という話は、少なくありません。

 予備校講師として、開いた口が塞がらないとは、まさにこのこと。学習指導などできないのに、『 学習指導やります 』などと言うから、こういう事態になってしまうのです。第一…勉強の指導を求めてきた学生さんに対し、指導もせず怒鳴るという行為自体、はなはだおかしい行為だとは思いませんか?まあ、学習指導などできないから怒るのでしょうが…。悪いことをしたからと怒られるならならまだしも、予備校生が勉強のやり方を聞きに行ったら怒られるなど、理不尽この上ない話ではないでしょうか?学生さんは、勉強のやり方が分からないから聞きに行っているのです。なのに、そういう対応をされたら、一体どうしたらいいのでしょう?そして、そういう対応をされたら、どういう思いをするでしょう?そういうことを考えることも、講師として重要なことではないでしょうか?そして名前や規模、有名講師が云々ではなく、こういう部分を大切にしていくことが、予備校の在り方として大事ことなのではないでしょうか?

 講師の仕事というのは、講義をすることだけではありません。学生さんを指導していくことも、講師の大切な仕事です。昨今は、ここの所ができていない講師が多い様ですが…。もちろん、指導と言っても色々な指導があります。学習指導も、その一つであることは言うまでもありません。指導をすることも講師の仕事の一つなのに、『  どう勉強していいのかと聞いても相手にしてくれない 』など、職務怠慢だと思うのですが…。怒鳴るなんていうのは論外ですが…。前述させていただきましたように、学習指導などできないのに、『 学習指導やります 』などと言うから、こういう事態になってしまうのです。講師である以上、講義をするだけではなく、そういった事もしっかりと勉強していくべきだと思います。

 もちろん、薬進塾ではこのようなことは一切ありません。逆に『 分からなかったら、指導を受けに来るように 』と、指導を受けることを推奨しています。勉強のやり方に疑問を生じたり、勉強が滞っている等感じたら、遠慮せず、どんどん指導を受けに来てください。お待ちしております!

i

 学習指導と語っているが…〝似非指導〟は危険。

似非

似てはいるが本物ではない、にせものである、の意を表す
つまらない、とるにたりない、質の悪い、の意を表す。     大辞林より

 『 似非 』とは上のような意味です。つまり〝似非学習指導〟は『 学習指導とうたってはいるが、学習指導とは違ったモノ 』といったところでしょう。

 似非学習指導では、合格どころか試験対策自体が頓挫してしまう危険性があります。学生さんは、例え〝似非指導〟を指導されても(まあ、普通こういうのを指導とは言いませんが…)、『 先生が言ったから… 』とその通りに行動しようとします。『 学習指導とは違ったモノ 』ですから、その内容通りに行動しても…勉強のやり方が身に付いたり、学力が向上したりすることはありません。中には試験対策の足を引っ張ったり、学力向上の妨げになる内容のモノさえありますので、注意が必要です。

 そんな、似非学習指導で泣かされた学生さんを、たくさん見てきました。昨今、その数は確実に増えてきているので、注意が必要です。薬剤師国家試験予備校で、一番初めに〝学習指導〟という言葉を使い、実際に指導してきた立場から言わせていただきますと、これはあまりにも悲しむべき事でもあります。

 学習指導などできないのに、学生集めのために『 ウチは学習指導やっていますよ 』なんて言うから、悲劇的なことが起こってしまうのです。そして…その悲劇的なことは、似非学習指導をしている本人ではなく、似非学習指導をされた学生さんに降りかかってしまうことが、大きな問題なのです。そう、被害にあうのは学生さんなのです。実際、そういった学生さんを何人も見てきました。中には『 そんなこと言っているの!? 』と、思わず絶句してしまうような内容を指導と称して言われたという例もたくさんあるのです。

 誰でも彼でもできるほど、薬剤師国家試験の学習指導というものは、簡単なものではないのです。誰がいつ聞きに行っても『 ノートにまとめている暇なんかないから、プリントに書いたことを見て覚えて… 』『 あなたは○○が弱いから、毎日○○を30分勉強して… 』と判で押したように同じことしか口にできない…。これが、まともな学習指導ができていない、いい証拠です。

 そこで今回、これ以上被害者を出さないためにも〝似非指導〟に対し、しっかりと言及しようと思い、筆を執らせて(『 キーボードを打たせて 』か?)いただいた次第なのです。

i

 講師によって、指導内容が違う?

 これも、よく耳にする内容です。『 以前いた予備校では、○○先生は「 こうやって勉強して… 」と言うんですけれど、他の先生はそれとは違う内容で「 こうやるといい 」って言うんで…どうしていいのかと… 』と、塾生さんから聞くことも少なくありません。

 講師によって、言っている内容が異なる。これは、勉強するということや学習指導というものが、分かっていないことが原因で起きる事象です。

 薬進塾では、学習指導担当の講師が学習指導を行っています。しかし、他の講師も質問に答えている最中等に、『 こうやってやるんだよ 』『 勉強するということは、こういうものだから… 』等、ちょっとした学習指導をすることがあります。それを学習指導担当の講師が聞いていても、苦言を呈するどころか、アレコレ言うことはありません。何故か?話している指導内容が適切だからです。薬進塾が行っている学習指導内容と、同じ趣旨の内容を話しているからです。同じ方向性で、同じ趣旨の指導ですから、特にアレコレ言う必要が無いのです。

 何故、特に打ち合わせをしているわけでもないのに、同じ方向性で、同じ趣旨の指導ができるのでしょう?答は簡単です。薬進塾のどの講師も、『 勉強する 』ということの本質が分かっているからです。ですから、学習を指導するときに内容にブレが無いのです。まあ、薬進塾の講師は、皆、ベテラン講師。勉強のやり方など、身に染みて分かっている訳ですから、あえて『 学習指導を… 』と意気込まなくても、普段から指導することはできるのです。

 『 勉強する 』ということの本質が分かっていなければ…学習指導などできるはずもありません。なのに学習指導と称して何かやるとなると…自分の観点だけの内容だったり、思い込みや思い付きの内容だったり、そこら辺にある勉強本のノウハウを喋るだけになってしまいます。当然、講師によって話す内容が異なることになってしまいます。これでは、学習指導も何もあったものではありません。学習指導と一口に言いますが…誰もが、おいそれとできるものではない。これを、しっかりと認識しておいてもらいたいと思います。

i

よって、これは学習指導ではありません:よく耳にする〝似非指導〟。

 学習指導と称して、誰もが一度は耳にしたことがあるような内容。でも、これは学習指導ではありません。ホームページ等でもいくつか紹介したことがありますが…ここでまとめて紹介したいと思います。

【 指導と称して言われる内容1 】

 『 復習は早めにやった方がいい  』と言われる。

【 評価 】

 そんなことは、わざわざ言われなくても知っています。第一、それを知ったところで、では、どうやって勉強を進めていけばいいのか、具体的にわかりません。

 よって、上記内容は学習指導ではありません。

【 指導と称して言われる内容2 】

 試験等の結果において『 皆が取れているところは、落とさないように 』と言われる

【 評価 】

 これも、わざわざ言われなくても、誰もが知っていること。そしてこれも、では、どうやって勉強を進めていけばいいのか、具体的にサッパリわかりません。

 よって、上記内容は学習指導ではありません

【 指導と称して言われる内容3 】

 (試験等のデータを読み)『 ○○は皆が取れていないので、しっかり勉強するように 』と言われる

【 評価 】

 データを見れば、皆が取れているかどうかは言われなくても分かります。皆が取れていないんだから、しっかり勉強しなければならないことも、わざわざ言われなくても、誰でも分かります

 確かにデータというものは、大学等での全体的な成績分布や学力の動向を見たるのには有効です。しかし、そのデータから個人の指導内容を見出すとなると、やはり学生さん一人ひとりを分析して、データと比較していくという、細かな分析が必要になります。さらに、それを基に念入りに指導していくということが、求められることになります。データだけでは、学生さんを指導するには不十分と言わざるを得ません。『 薬理は平均点がいいので、落とさないように 』と言われたところで…では、どうやって勉強を進めていけばいいのか、具体的にサッパリわかりませんよね?

 よって、上記内容は学習指導ではありません。

【 指導と称して言われる内容4 】

 (例えば、薬理が苦手と相談すると…)

 『 ◯本の薬理の□□を勉強しなさい 』

 『 薬理の過去問を勉強するといい 』と言われる。

【 評価 】

 そもそも、『 薬理が苦手 』といっているのに、『 薬理を勉強すればいい 』と答えるのは、どういったものでしょう?苦手なら、参考書や過去問を勉強すればいい。指導でも何でもないと思いませんか?それ位は誰だってわかることです。さらに、参考書や過去問をどうやって勉強していけばいいのか、サッパリ分かりません。さらに…『 ◯本の薬理の□□を勉強しなさい 』ということですが、何故、□□を勉強すれば薬理が得意になるのでしょうか?今一つ不明です。

 よって、上記内容は学習指導ではありません。

【 指導と称して言われる内容5 】

 試験等の結果において『 皆が取れているところ(正答率80%以上等)は、落とさないように 』と話す

【 評価 】

 これも、わざわざ言われなくても、誰もが知っていること。そしてこれも、では、どうやって勉強を進めていけばいいのか、具体的にサッパリわかりません。

 よって、上記内容は学習指導ではありません。

【 指導と称して言われる内容6 】

 (例えば、薬理が苦手と相談、または薬理の成績が悪いと…)

 『 毎日、薬理を30分勉強しなさい 』などと言われる。

【 評価 】

 薬理が苦手と相談されて、では毎日薬理を30分やりなさいと言われる。何の解決にもなっていません。苦手、出来ない…だったら余計に勉強しなさい。こんなことは、わざわざ相談しなくても誰もが思いつくことではありませんか?それでも成績がおぼつかないから、相談に来ているのです。

 さらに、何故30分なのでしょうか?『 毎日少しずつ… 』と言いたいのでしょうが…。では毎日、薬理をどうやって勉強していけばいいのでしょうか?そこの所が分からなければ、何の解決にもなっていないのではないでしょうか?往々にして、○○が苦手という学生さんは、その○○を、どう勉強していいのか分からない学生さんです。つまり、『 毎日、薬理を30分勉強しなさい 』と言われても、何の解決にもなっていないということ。

 よって、上記内容は学習指導ではありません。

i

【 指導と称して言われる内容7 】

 学習内容を記憶に定着させるには、インプットよりもアウトプットが大事。

【 評価 】

 こんなことも、そこらへんの勉強本をチョット調べれば書いてあること。ありがたそうに言われたところで、『 では、どうやって勉強していけばいいのか? 』が、全く指導されていません。それらしい言葉を使うのは、お茶を濁しているいい証拠です。分かっていないから、お茶を濁すのです。中にはもっともらしく『 インプット3:アウトプット7の割合が最も効率的 』なんて言う方もいらっしゃるようですが…では、どうやって勉強すればいいかは全く分かりません。

 よって、上記内容も学習指導ではありません。

i

【 指導と称して言われる内容8 】

  復習は…

   1.覚えた直後に、復習する。

   2.1日後に、再度復習する。

   3、7日後に復習する。

   4.14日後に復習する。

   5.1ヵ月後に復習する。

とやるといい…などと話す。

【 評価 】

 1はいいとして…2、3、4、5に関して。例えば2では1日後、つまり翌日に再度復習と言いますが、では翌日の講義の復習はいつやるのでしょうか?仮に復習時間が4時間あるとして…。再度復習に2時間、翌日講義の復習に2時間かけるということになりますが…果たして、2時間でその日の講義の復習を終えることができるのでしょうか?

 仮に、10月15日の復習内容を考えてみましょう。

 ① まず、その日(10月15日)の講義の復習をする。

 ② さらに上記2に該当する前日、つまり14日の日の講義の復習をする。

 ③ さらに上記3に該当する7日前、つまり7日の日の講義の復習をする。

 ④ さらに上記4に該当する14日前、つまり1日の日の講義の復習をする。

 ⑤ さらに上記5に該当する一か月前、つまり9月15日の日の講義の復習をする。

となりますが…こんなにたくさん復習できるのでしょうか?誤った学習指導に多いのが、『 出来ないことを指導する 』というのがあります。まさにこれがそうですね。具体的でなく、単に思い付きで指導するから、こういうことになってしまうのです。具体的に考えるならば、『 これは学生さんにとっては無理だな 』と分かるはずです。どんなに素晴らしい内容でも、出来なければ意味はありません。できないことを学生さんに言うから、学生さんはアップアップになってしまい…最後には勉強しなくなってしまうのです。

 ちなみに、上記1~5は市販の勉強本等によく書いてある内容。つまり、本屋で調べれば誰もが得られる内容です。そんなことを、偉そうに学習指導なんて話しているのは、如何なモノでしょう?試験には、その試験に合わせた学習指導が必要になります。大学受験や他の資格試験の学習指導と、薬剤師国家試験の学習は別物です。『 学習指導だから、勉強本の内容を話せば… 』なんていうのは、あまりにも安易すぎる考えだとは思いませんか?

 もちろん、上記内容も学習指導とは呼べません。

i

【 指導と称して言われる内容9 】

 復習のやり方として『 まず今日勉強した範囲を読む。その後、章末問題をやる。その後、そこの部分の過去問題をやる。そして、その部分の模擬試験をやる 』といった内容を話す。

【 評価 】

 内容8と同じく…そこまでやれる時間があるのでしょうか?まあ、章末問題をやる、過去問題をやる、模擬試験をやるとは言っていますが…いいところ、『 これは○、これは×… 』と、ざっと目を通して終わりにする場合がほとんどだと思いますが…。私がン十年と学習指導をしてきた中で、『 勉強をしているが、成績が上がらない(学力がつかない) 』といった学生さんがやっているのが、まず間違いなく、この方法です。講座開始前の学習指導の時に話すのですが、このやり方は勉強ではありません。本人はやっている気になっていますが、この行為は『 勉強をしている 』とは呼べない行為です。勉強をしている訳ではありませんから、当然、成績も上がらなければ、学力もが付くはずがありません。

 勉強ではないことを話す…もちろん、これも学習指導ではありません。

i

【 指導と称して言われる内容10 】

 『 睡眠時間を削って勉強しろ 』と言われる。

【 評価 】

 私は『 絶対に睡眠時間は削るな 』と指導しています。上記内容を学生さんに言う人は、自分が何を言っているのか分かっているのでしょうか?第一…睡眠時間を削って、何をどう勉強すればいいのでしょう?肝心なところが抜けていませんか?『 気合入れて、睡眠時間を削って勉強しろ 』とでも言いたいのかもしれませんが…基本的に、精神論を持ち出す人は、学習指導ができない人と思っていいでしょう。

 よって、上記内容は学習指導ではありません

i

【 指導と称して言われる内容11 】

 『 ○年分の過去問題を3回やれ 』『 模擬試験の解説書を全部書き写せ 』『 ○本を3周やりなさい 』などと、量をこなす内容を言われる。

【 評価 】

 内容10と似ていますが…基本的に、精神論を持ち出す人は、学習指導ができない人です。大量にやれというのも、根底には精神論が流れている場合が多いので注意が必要です。

 大体…量をこなせばできるようになるだろうというのは、安易すぎる考え方だと思いませんか?『 とにかく、試験、試験で、試験問題を大量にやらせる 』というのも、同じです。量をこなすだけで、成績が上がったり、学力が付くのなら、誰でもそうやります。量をこなすというやり方は、あながち間違いとも言えないのですが…やり方というものがありますし、限度というものがあります。ただ量をこなせばいいというものではありません。

 上記内容のようなやり方では、学力もつかないし、成績も上がらないでしょう。すると何と言われるか?『 お前の気合が足りないからだ 』『 あと○周やれ 』という具合に、さらなる精神論を告げられることになります。まあ、悪徳宗教のようなものですね。『 祈れば治る 』で、祈っても効果が無いと、『 お前の真剣さが足りないからだ 』『 まだまだ祈りが足りない。もっと祈りなさい 』というヤツです。

 ちなみに…よく勉強のやり方等で『 (模試の解説書や過去問集の内容を)書き写せ 』等いう方がいらっしゃいますが、書き写しでは学力は付きません。『 何度も書き写せば覚えるだろ? 』という人もいるかもしれませんが…まあ、何度も書き写せばいくつかは覚えるかもしれませんが、非常に効率の悪いやり方であることは確かです。

 『 やたら量をこなすのではなく、いかに効率的に勉強していくか? 』を指導するのが、学習指導ではないでしょうか?

 『 気合を入れさせるために、やらせているんだ 』と宣う人がいらっしゃいますが…学生さんは『 勉強のやり方を教えてください 』と来ているのであって『 気合を入れてください 』と来ているわけではありません。

 よって、上記内容は学習指導ではありません。

i

【 指導と称して言われる内容12 】

 『 隙間時間を作って… 』と言われる。

【 評価 】

 最近の勉強法本でよく見かけるのが、この〝隙間時間〟。以前、学習指導と称して隙間時間のことについて書いてあるものを読んだことがありますが…それにも書かれているのは『 隙間時間を作る 』的な内容でした。しかし、これは間違い。隙間時間は作るものではありません。よく考えてみてください。隙間とは『 物と物との間の、わずかにあいている所 』『 あいている時間 』という意味です(どちらもデジタル大辞泉より)。つまり、『 もともと存在しているもの 』であり『 あえて作るものではない 』ということ。この時点で、『 隙間時間を作って… 』という指導は、少々おかしいということになります。そしてこれも、時間を作った所で、ではどうやって勉強していいのかがサッパリ分かりません。

 こう書くと『 隙間時間を有効利用することは、いけないんですか? 』という人がいるかもしれませんが、全然、いけない事ではありません。むしろ試験対策にとっては有効な方法です、やり方さえ間違っていなければ…。このことに関しましては、薬進塾の学習指導の内容に触れることになってしまいます。社外秘の内容になってしまいますので、ここで書くことはできませんが…。

 大体…『 時間を有効利用して勉強しましょう 』なんていうことも、誰もが分かること。『 隙間時間を作って… 』というのも、『 時間を有効利用して… 』ということの言い回しを変えただけです。そして、こう言われたところで、ではどうやって勉強を進めていけばいいのか、具体的にサッパリわかりません。

 よって、上記内容は学習指導ではありません。

i

これ以外にも…

 上記内容は、学生さんから聞いたものがほとんどですが、中には、私自身が実際に見聞きした内容もあります。もちろん、上記内容だけにとどまらず、もっともっとたくさんの学習指導と称した似非学習指導があるのですが…。前述させていただきましたように、薬進塾の学習指導の内容に触れなければ説明できないものも少なくありません。これは、社外秘ということで表に出すことにできない内容なので、残念ながらブログ等で書くことができなく、申し訳ない限りです。ただし、これから先、上記以外の内容が耳に入ったり、『 そういえば… 』なんて言う具合に思い出した場合は、新たに書き足していきたいと思いますので、随時、ご閲覧のほど、よろしくお願いいたします。

i

薬進塾の学習指導は具体的です

 勉強を指導するには、『 具体的に、どうやって勉強をしていくのか? 』を指導しなければなりません。そして、誤っている勉強のやり方に対し『 何故、そのやり方は間違っているのか? 』『 どうやって正しいやり方にするのか? 』を指導し、間違ったやり方を補正していかなければなりません。傾向やデータを話すだけで、誤った勉強のやり方を補正できますか?実際にどうやって勉強していくかを指導できますか?

 前述したような似非学習指導は、その場限りのものです。試験の日まで指導していくことはできないでしょう。これでは、何のための指導かも分かりません。正当な勉強のやり方を、試験の日まで具体的に指導できる。これが、本当の意味での学習指導なのです!

 もちろん、薬進塾の学習指導は具体的です。具体的に『 何を? 』『 どのように? 』『 どうやって進めていけばいいのか? 』を指導していきます。復習ノートの作り方も、具体的に指導していきます。もちろん、常日頃から学習指導に関する相談には対応しています。マンツーマンで指導していることは言わずもがな。ここまでして、初めて『 勉強のやり方を指導する 』ということができるのです。

🌟 やり方を変えてみませんか? 🌟

あなたは〝少人数制〟なら、伸びる人かもしれません!

i

『 勉強のやり方が… 』次のような方、いつでもご相談ください!

 『 勉強のやり方が分からない 』

 『 勉強はしているのに、点数が上がらない 』

 『 指導されたけれども、ちっともやり方が分からない 』

 『 勉強のやり方を聞きに行ったら怒られた 』

 『 ただ、◯本をやれと言われても、どうしていいのか…   』

 『 毎日○○を30分やれと言われても、どうやればいいのか… 』

 『 やれと言われたことが多すぎて、溜まっていく一方 』 

 『 復習って、どうやればいいのか分からない 』

 『 勉強のやり方を聞いたけれど、納得するような返答がなくて… 』

 といった方。遠慮なくご相談ください。学校見学、個別相談では、色々な声にお答えします。もちろん、国家試験や卒業試験対策だけではなく『 これからやっていけるかどうか不安で… 』『 人間関係が心配 』といった声にも、しっかりと対応しますので、お気軽にご相談ください。友達と一緒、ご家族の方と一緒といった複数での参加はもちろんのこと、個別相談も受付けています。

最近は『 ちょっとご相談が… 』といった、ご家族の方からのお問い合わせも増えています。もちろん、ご家族の方のみでも対応させて頂きますので、こちらも気軽にご相談ください。

i


お問い合わせ、ご相談、お申し込みは…

フリーダイヤル 0120970894

急(9)な(7)お(0)願い、薬進塾(894)

  〔 受付時間 〕 月 金曜日(祝祭日除く)  10:00 ~ 17:00

 

    ページ右上の お問い合わせ から、メールでの受け付けも行っております。

◎ Faxでのお申し込みも受け付けています。

トピックスの新着記事

タグ

2022年6月26日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:試験対策サポート

環境は大事

2022/6/18

 私が教えている範囲であるが…ご存知、フグ毒のテドロドトキシン。フグが産生している毒ではないということは、国家試験でお約束の問題であるどころか、一般の方にまで広く浸透している話。テトロドトキシンは、海洋細菌のビブリオ属やシュードモナス属の複数の細菌が産生しており、食物連鎖によりフグの体内に蓄積されている。つまり、フグを毒化しているのは、細菌であり本来フグは無毒ということ。ということは…これらの細菌がない環境(極めて少ない環境)や、そういった細菌による影響の無いエサでフグを育てれば、そのフグは毒をもたないということになる。実際、テトロドトキシンに汚染されていないエサを与え、件の細菌のいない環境で育てることにより、無毒化したフグの養殖に成功している。フグは環境により毒化しているのである。

 人にとっても環境は重要である。『 環境が人をつくる 』という言葉があるが…私は、この言葉には少々懐疑的である。傍から見て『 こりゃあ大変だろうな 』という環境で育っても、立派な人間となった人、成功した人は星の数ほどいる。逆も然り。羨ましいような環境で育ったのに、その環境とは正反対の方向に育ってしまう人間もいる。だから、環境が全てではないと思っている。しかし、環境が色々な事に影響を及ぼすことは確かである。悪い環境にいるよりも良き環境にいる方が、障害が少ないことは確かであろうし、自分の行動をサポートしてもらえるような要因が多いことも確かである。

 環境に左右されるのは、ある意味自分自身の弱さも原因であり、本来、環境には何の力もない。だから、うまくいかない事を環境のせいばかりにするのは、芳しくないことだと思っている。そこから何を得るかは、その人次第だ。しかし、自分自身を向上させてくれるような環境というモノがあるのも確かである。どうせ身を置くのならば、やはりそういった環境に身を置いた方がいいことは確かである。

 『 悪い環境だから、悪い結果が出た 』ではなく、『 良い環境に身を置いたからこそ、良き結果が出た 』。こちらの方を選択したいものである。実際、そういった例はたくさんある。以前、ある本で読んだのだが…成績が良い高校の学生さんは、優秀な人が多い。これは入試等で、成績上位者が選ばれ、そういった人たちが在籍しているからということも、理由の一つとしてある。しかし、それ以外にも〝優秀な人たちがいる環境〟ということも大きいとのこと。実際、心理学的にはそちらの要因がかなり大きいと言われているそうである。優秀な人たちがいる環境に感化されて、自分自身も優秀な振る舞いとなる。その結果、優秀な言動となり、優秀な方へと導かれてくという仕組みである。良い環境に身を置くことによって、良きことに感化され、良き方へと導かれていく。なるほど、良いことではないか。

 逆もまた然りである。悪い環境に身を置くと…気が付くと悪い振る舞いとなり、悪い言動となり…その結果、悪い方へと進んでしまう。これもよく聞く話であるが…前述させていただいたように、環境に左右されるのは、ある意味自分自身の弱さも原因であって、本来、環境のせいではない。自分の悪さを環境のせいばかりにするのは、芳しくないことである。悪い環境であっても、自分自身が流されなければいいだけの話である。悪い環境であっても、良き人はいる。そういった人達と、交流していけばいいことも確かである。もし、良き人がいないのなら、環境を変えればいいだけの話である。環境を変えることができないのなら、自分一人でいればいい。悪い影響を受けるより、自分を貫き通すことの方がよっぽどいいに決まっている。そういった対策も講じず『 私が悪いのは、周りが悪いから… 』では、単に責任転嫁しているだけではないだろうか?

 しかし前述のように、やはり身を置くならば良き環境の方が、色々と講じることが少ない分、楽であることは確かである。自分で環境を選べるならば、良き環境に身を置いた方がいいに決まっている。そして、例え悪い環境であっても、その中での〝良き環境〟を見つけ、そこに身を投じることが重要である。つまり、少しでも良き環境に身を投じるということが、大切ということ。

 もちろん、試験対策の場に置いても環境は重要である。必死に試験対策を行っている人が、多数存在している環境なのか?やる気があるんだか、無いんだか分からないような人ばかりの環境なのか?それだけでも、本人のモチベーションはかなり変わってくるはずである。勉強に前向きで、毎日しっかりと復習している人と付き合っているのか?語呂合わせや暗記ばかりに頼っていたり、過去問を何度も解いては答えを覚えてしまっているような人と付き合うのか?これも、本人の言動というか、姿勢に大きな影響を与えることは、間違いないはずである。私は、長い講師人生の中で、〝しっかりと試験対策に取り組んでいる人〟と〝いい加減に試験対策に取り組んでいる人〟の組み合わせというか、グループなど終ぞ見たことがない。やはり、〝しっかりと試験対策に取り組んでいる人〟は〝しっかりと試験対策に取り組んでいる人〟と集い、〝いい加減に試験対策に取り組んでいる人〟は〝いい加減に試験対策に取り組んでいる人〟と集っている。そして…〝しっかりと試験対策に取り組んでいるグループ〟の人間は、成績がどんどん向上していっているのも、目の当たりにしている。ちなみに…『 講師・職員がどういった人間なのか? 』も、試験対策の環境に大きく影響を与えていることは、言うまでもない。

 良き環境に良き人が集まる。やはり身を投じるなら、良き環境であろう。試験対策では、必死に試験対策を行っている人、勉強に前向きで、毎日しっかりと復習している人、そういった人が多い環境に身を置くべきである。そして、そういった人達と近くなるべきである。環境は自分で選べるのだ。どうせ選ぶなら、将来を見据えて、自分にとって有益となる環境に身を置くべきではないだろうか?仮に、そういった環境がなくとも、前述したように芳しくない環境から抜け出すことは可能であろう。だったら…やはり、将来を見据えて、自分にとって有益とならない環境から、身を離すことが重要なのではないだろうか?そして…そういった事も試験対策の一環ではないだろうか?私はそう思っている。

 

 

タグ

2022年6月18日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

そこで止まらないでほしいなあ。

2022/06/10

 ご存じのように、我が薬進塾は浅草橋にある。JR浅草橋、東口改札を利用するのが、薬進塾に来るメインの道順。浅草橋に来たことがある方なら、お分かりいただけるかと思うのだが、浅草橋東口改札口を出ると、右側に少々大きな階段があり、そこを降りて道路に出るといった感じ。階段を降りてすぐの所…というよりも、階段を降りてすぐ隣には、都営浅草線・浅草橋駅を利用するための階段が地下へと続いている。つまり、JR浅草橋駅の東口改札横の階段は、多くの人が移動する環境にあるということ。

 そんな階段を降りた所、すなわち歩道であり、都営浅草線・浅草橋駅を利用するための階段の手前の所には、何気に多くの人がたむろしている。まあ、一番多いのは待ち合わせをしている人たち。待ち合わせの場所としては、分かりやすいだろうなぁ…『 階段、降りた所で… 』なのだから…。教えやすいし、間違いにくいし、見つけやすい。しかしなぁ…歩道なんですよね…。しかも多くの人が行き交う所。これから、JR浅草橋駅に向か会う人にとっては、階段を上ろうとする場所。JR浅草橋駅から降りてきた人は、階段を下りてくる場所。浅草線、JR乗り換えの人は、乗り換えるために経由しなければならない所。ハッキリ言って、そんな所で待ち合せられたら、たまったものではないですよ。まあ、まだ謙虚に端の方でおとなしく待っているというのならともかく、思いっきりストライクゾーンのど真ん中で待たれているわけですから、数名の方が。そりゃあ、たまりませんわな。

 待たれているのもたまりませんが、〝たむろっている〟のもたまりません。食事帰りなのか、飲み会帰りなのかは知りませんが、階段下で別れを惜しんでいるのか、はたまた飲み会の余韻を楽しんでいるか、アレやコレやと話に花を咲かせている。イヤイヤ、あなた方のお楽しみの余韻は、他所でやってくださいな。こっちは帰りたいのに、あなた方がガッチリ階段を封鎖しているもんだから、階段を上ることができないのですよ。もちろん、私一人ではなく、行き交う多くの人が…。

 分からないかなあ、そこで止まると邪魔になるって…。イヤイヤ、分かるだろう階段下なんだから。ましてや、多くの人が行き交っているんだから…。でも、分かっていないんだろうなぁ…。そして、そこをよけて通る人たちのヒンシュクの眼差しなんかも、感じないんだろうなぁ。分かっていたり、感じていれば、速攻、場所を変えるはずだし、第一、そんな所に陣取ったりするわけないもんなぁ…。でも、最近は多いような気がする。『 なんで、そこに止まるのかなあ… 』っていう輩が…。

 電車の乗ろうとホームまでの階段を上がっていると、電車の発車を告げるメロディーが流れてくる。『 こりゃあ急がねば… 』と階段を急いで登り、いざ電車のドアへと向かうことに。すると、私と同じように階段を急いで登り、電車のドアに向かう方が。もともと、私より先を歩いていたので、行動的には〝先輩〟と呼べる方なのだが…この先輩、先に電車のドアをくぐり抜けて車内へと到着。まあ、先を歩いていた先輩であるからして、当たり前と言えば当たり前なのだが…しかし、この先輩。自分が間に合ったことにホッとしたのか、車内のドアを通り抜けたその場でSTOPしてしまった。先輩、先輩。ドアの所で立ち止まられると、後輩の私が電車に入ることができないんですけど。先輩はいいっすよ、間に合ったんだから。でも、俺はまだ電車に乗れていないんすよ!イヤイヤ、正確には先輩がドアを封鎖しているから、私が電車に乗れないんですよ。発車メロディーなっているんですけれど、どうしてくれるんですか先輩!乗らないわけにもいかないので、先輩を押しのけながら、しぶしぶ電車に乗ることになるのだが…『 どうして、そこで止まるんだろうなぁ。自分は乗れたからいいかもしれないけれど、後ろの人が乗れんだろうが… 』という想いは尽きないのである。

 最近は、電車から降りるのも一苦労だ。ドア前で、『 スマホ大事で他お構いなし 』といった輩が多いからである。電車から人が下りる時はドア前の人は、何らかの形で移動するものである。除けるのは当然、場合によっては電車から一旦降りることも余儀なくされる。〝電車から降りる人〟を降ろすためであり、〝電車に乗る人〟を乗せるためである。しかし…ドア前にいるのに、自らが動かない人がいる。スマホ大事にがっちりと陣取っている。車内ドア前は、降りるため、乗るための出口・入口である。そこで止まるとなると…降りることも、乗ることもできなくなってしまう。これが、昨今はよく見かける風景となってしまったことが、心痛い。

 電車がらみの話が多くなってしまうが…改札を通り抜けた所で、定期券をカバンに入れたりする等で立ち止まる人がいるが、アレも困ったものである。前の人が改札を通ったので、こちらも改札に入ると…立ち止まって何かやっている。イヤイヤ、あんたは改札通り抜けたからいいけど、こっちは改札通り抜け中だってえの!どーすんだよ!改札機に挟まれている状況だから、横に逃げることもできずに一方通行だってえの!一方通行の出口塞ぐんじゃあねってえの!つうか、ホラ、後ろの人が来たじゃないか!俺、挟まれただろ!どーすんだよ、この状況!絶体絶命だぞ!どう切り抜けるんだよ、オイ!仕方がないので改札機を出るや否や、立ち止まっている方の横を、身を半身にしながら滑り込むようにして何とかすり抜け、脱出に成功。いや、引田天功ばりの大イリュージョンだったぞ、これは!

 他にも、もっともっとたくさんの『 そこで止まらないでほしいなあ 』があるのだが…。全部書いていくとキリがない。それほど、日常には『 そこで止まらないでほしいなあ 』があるということ。やはり、自分しか見えなくなっているんだろうなぁ。自分さえよければいい。そこまではいかないにしても、その一歩手前位の状況ではないだろうか?『 とりあえず、自分は大丈夫だった 』とか『 とりあえず、自分は楽しい 』とか…自分、自分で自分しか見えなくなっているのだろう。自分以外のことも考える。そういった余裕がないのだと思う。『 世の中が悪い 』『 社会が悪い 』といった所に逃げ込むのは、中二病の連中がやることなので、そこにはたどり着きたくないのだが…。しかし、社会人として…イヤ一人の人間として、もう少し周りに目を向ける余裕を持ってもいいのではないだろうか?何やら大げさな表現になってしまっているが、何のことは無い。ただ『 ここにいたら邪魔になるかな? 』と考えればいいだけの話なのである。簡単な事だと思うのだが…。もっとも、そこに止まることによって、迷惑がかかる人がいるということに、気が付かなければ、そういった事を考えることもないのだろうが…どうも今の世の中は、こちらのタイプ、つまり気が付かない人の方が多い様な、そんな気がしなくもないのである。

 

 

タグ

2022年6月10日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

『薬進塾の講義、ど~ですか?』 『面白いです』

2020/06/03

 先日、108回対策の一年コースの塾生さんと、個人面談を行った。今年は人数もそれ相応に多く、時間もそれなりにかかったのだが、中々有意義な時間を過ごせたと思っている。やはり、自分が教える塾生さんがどういう人間なのか知ることは重要である。まあ、これから数か月間、生活のほとんどを共にするわけであるから、やはり塾生さん一人ひとりを知っておかなければならないことは言わずもがな。いつまで経っても、〝よく知らない人〟で、よそよそしい態度で接しているという状況は、やはりよろしくない状況…というよりも、塾内にいても、どちらも今一つ落ち着かない状況…となってしまうことも言わずもがな。いつも、朝、顔を合わせると『 おはよう 』と声を掛けているのだが…やはり『 顔を知っている 』と『 顔も知っているが、中身、すなわち人物も知っている 』では、距離感が全然違うものである。親しい間柄というモノは、こういうモノであろう。

 いつもの面接のように、今回の面接でも塾生さん一人ひとりが、『 どういう人物であるか 』を十分理解することができた。毎年のことではあるが、それは大きな収穫の一つである。前述したように、塾生さん一人ひとりを熟知するということは、塾生さんとの距離感が縮まることであるからして、予備校講師にとっては大事なことである。やはり自分の講義を受け日々接している塾生さんであるのだから、より一層身近になることができれば、やはり講義にもより一層熱が入ることになる。指導だって同じだ。そう、面接で人物を知ってからこそ、初めて『 塾生さんになった 』ということができるのである。

 そんな面接の中で、今回はちょっと気になることがあった。塾生さんに『 薬進塾の講義、ど~ですか? 』と尋ねたところ…何人かの塾生さんが『 面白いです 』と答えたのである。毎年、初回の面接の時に塾生さん全員に『 薬進塾の講義、ど~ですか? 』という質問はしているのだが、『 面白いです 』という答えが返ってきたことは、今まで無かったと思う。『 講義ど~ですか? 』で…『 面白いです 』…。どうなんだろう、この問答は…。良いのか?悪いのか?イヤ、悪くはないだろう。少なくとも『 不愉快です 』だの『 つまらないです 』と答えられるよりかは、よっぽどいいに決まっている。しかし…聞いているのは講義のこと。少なくとも薬剤師国家試験に関連した内容の講義である。『 分かりやすいです 』『 初めて理解できました 』という声が返ってくるのは分かる。というか、ほとんどの塾生さんの『 薬進塾の講義、ど~ですか? 』という質問の返答が、こういった声である。この返答が、薬進塾ではノーマルと言ってもいい。そして、こういった声がノーマルな返答として得られていることは、こちらとしてもうれしい限りである。

 試験対策としての『講義、ど~ですか? 』の返答が『 面白いです 』。もちろん、この〝面白い〟は、『 悪ふざけで講義をやっている 』〝面白い〟でもなければ、『 おちゃらけで講義をやっている 』〝面白い〟でもない。薬進塾では、真っ当な講義を行っている。笑いを取ることを狙うような講義など一つもない。どの講師も『 塾生さんを如何にして合格へと導くか? 』と必死である。その必死の講義を聞いていて、『 面白いです 』とのこと。一体、どういうことなのか?

 実は答は簡単である。私が学習指導の時によく言っているのが、『 分からないことが分かることは、快感である 』ということ。その際、例に出して言うのがクイズ番組。テレビ創成期から今に至るまで、まずクイズ番組あるいはクイズ形式の形をとった番組が無かったことはない。どの時代にもあるのだ。何故だろう?答えは簡単『 分からないことが分かることは、快感である 』からである。そりゃあ、視ていて不愉快になる番組と、快感を得ることができる番組があったら、誰もが間違いなく快感が得られる番組を視るであろう。まあ昨今は、どう考えても視ている方が不愉快になる番組が多いような気のがするのだが…。人を不安にさせたり不愉快にさせる番組の方が、視聴率が取れるそうであるが…そういった番組を作る方も作る方だが、視る方も視る方だと思う。

 閑話休題。分からないことが分かることは、快感である。だからこそ、クイズ番組あるいはクイズ形式の形をとった番組は『 面白い 』と人気があるのだ。そう、『 面白い 』のである。塾生さんの返答である『 面白いです 』も、そういうことなのであろう。ほとんどの塾生さんが『 分かりやすいです 』『 初めて理解できました 』と言っていることから、やはり講義が分かり易く理解し易いものなのだろう。そして、『 面白いです 』と返答した塾生さんは、それが快感であったのだと思う。長らく分からなかったこと、ずっと理解できなかったことが理解できたのだ。快感でないはずがない。以前いた塾生さんが『 目から鱗とは、こういう授業なのかと感心していました(第103回国家試対策A.Sさん) 』『 薬進塾の講義を受けて、目からうろこでした(第105回国家試対策W.Sさん) 』と話していたが、こういうことだろう。目からうろこ…長らく理解できなかったモノや、分からなかったことが分かったのだ。『 目からうろこ 』という表現も当然であろう。そして…前述したように、これが快感でないはずがない。そこから、出た言葉なのだろう『 面白いです 』という言葉は…。今までの塾生さんも、おそらく講義を聞いていて面白いと思ったのだろう。それをあえて『 面白いです 』と口にはしなかっただけなのだと思う。今年の塾生さんは、素直というか、飾らない塾生さんが多いから、素直にダイレクトに口にしてくれたのだろう。『 面白いです 』と…。そう、喜ばしいことなのである、『講義、ど~ですか? 』の返答が『 面白いです 』ということは。意味も分からず『 覚えてください 』と言われたり、理解できない内容を『 大事です 』『 線を引いておいてください 』と言われる講義では、『 面白いです 』なんていう返答は、ありえないのだから…。

 分からないことが、分かってもらえたなど、講師として嬉しい限りである。理解できなかったことが、理解してもらえたということも同じである。講師として、そして予備校としてこんなに嬉しいことはない。こちらの方こそ快感である。そして、そういった言葉を笑顔で返してくれる塾生さんがいるということ。これも、講師冥利に尽きるというか、やはり、うれしい限りの快感であることは確かである。そんな素直な塾生さん達。『 どうか、108回対策の塾生さんも、皆、合格してくれますように! 』そう心から祈っている次第なのである。

 

 

タグ

2022年6月3日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

このページの先頭へ