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良い先生って何だろう?

2021/10/26

 もちろん、ここで言っている『 先生 』は、『 薬剤師国家試験対策の講師 』のこと。巷では『 アンケート結果がいい講師が、良い講師 』となっているようだが…。アンケートを書くのは学生さんである。つまり、学生さんが喜ぶことをすれば、アンケートの結果はよくなる。

 講義のアンケートの場合。学生さんは往々にして、語呂合わせが好きである。だから講師は、語呂合わせを連発する。受けがいいからである。受けが良ければ、当然、アンケートの評価も良くなるが…語呂合わせで、果たしてどれほど国家試験に対応できるかは、不明である。まあ、学生さんがお持っているほど、有益でないことは確かであるが…。

 学生さんが好まない、難しい部分を講義することを省略する講師もいると聞く。難しい部分をやると、『 難しくて分からない 』ということで、結局はアンケートの評価が下がってしまうからだそうだ。難しい所は避け、分かり易い簡単な部分だけを講義していく。学生さんは、全てを分かった気になって大喜びである。しかし、難しい部分だとて、国家試験には出題される。やっていなければ…そこが出題された場合、当然ながら点数は取れないことになる。第一、年々国家試験の難易度は上がってきている。難しいと思える部分もしっかりとやっておかなければ、点数を取ることができない。難しい部分に関して『 コレとコレを覚えておいて 』で済ませて、暗記好きな昨今の学生さん達を喜ばせる講師もいるそうだが…残念ながらこのやり方も、まず国家試験に対応できないことは確かである。

 日常、つまり試験対策の日々の講師対応も、アンケートを取ったりしているそうだ。講義だけではなく、学生さんに対する総合的な評価を…と言ったところだろう。アンケート結果による良否判定は数である。学生数が多くなると、往々にして学生さん同士でいくつかのグループを作ったりする。そのグループと懇意にしていれば、そのグループの学生さん達からの評価はよくなる。一人の学生ではなく、グループの学生さん達と懇意にすれば、アンケート評価はよくなる。その評価で、講師が評価されるというのは如何なものだろうか?

 大事なことは何だろう?国家試験に合格することではないだろうか?語呂合わせをたくさん教えてくれた、『 コレとコレ覚えておいて 』と、ただ覚えればいいと伝えてくれた。自分と仲良くしてくれた。これが、大事な事なのだろうか?語呂合わせは教えない、難しくても暗記するのではなく理解させていく、それ相応に厳しい指導(厳しいと称し、理不尽にただ怒る訳ではないことは言わずもがな)もする。でも、このおかげで合格できた。これが、大事な事なのではないだろうか?

 薬進塾では、講師のアンケートはとっていない。理由は二つ。私や職員の目の前に、講師の席があるのだが…そこに塾生さんがやって来て、アレコレと質問をする。その対応を見ていれば、良い講師かどうかの判断は十分につくからである。薬進塾では、講師室の隣が教室である。講義の声も聞こえてきたりするので、どういう講義をしているかも分かる。さらに、塾生さんに『 どう、あの先生の講義? 』と声を掛けたりもしている。まあ声掛けをしなくても、何かあれば塾生さんが直接伝えに来てくれるので、その講師がどういう講義をしているか、塾生さんからの評価はどうなのかは、手に取るように分かる。各講師の教材や試験問題等にも、しっかりと目を通している。そこからも、良い講師かどうかの判断は十分につく。アンケートなど取る必要はない。

 そして、アンケートを取らない大きな理由は、『 講師の評価は国家試験後に決まる 』からである。語呂合わせは教えてくれませんでした。でも国家試験では、点数を取ることができました。難しいところは暗記に逃げるのではなく、大変だったけれど理解させてくれました。おかげで問題が解けました。仲良くしてくれるわけでもなく、指導も厳しいものもありました。おかげで、しっかりと国家試験に対応できました。そう、本当の講師の評価というのは、国家試験後に初めて分かるものなのである。国家試験前に、どんなにアンケートを取ったところで、その評価は〝魚質竜文(正しいように見えるが、実際には間違っていること)〟と言えよう。実際、『 講義を受けている時はどうかと思ったんですけれど…おかげで、あの先生の所は国家試験でバッチリできました! 』なんていう意見は、山のように聞く。

 国家試験対策は、大変なものである。以前〝国家試験対策は大変である。〟というタイトルのブログ内でも書かせていただいたが、これを自覚することから、国家試験対策は始まる。逆に言うならば、これを自覚させるような講義や指導が必要ということ。その中には、学生さんにとってはあまり心地よくないモノもあるかもしれない。イヤ、実際そちらの方が多いだろう。しかし、『 何のために試験対策を行っているのか? 』をしっかりと認識していれば、それさえも納得できるはずである。そして、このことをしっかりと認識してさえいれば、『 本当の良い講師とは? 』と言ったことに対しても、アンケート評価などからではなく、自らが明瞭な見解を持てるはずではないだろうか?私はそう思っている。

 

 

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2021年10月26日 | コメントは受け付けていません。 |

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『 わからない 』は一回でいい。

2021/10/19

 学生さんに説明している時に、『 よく分からないです 』と言われることがある。学生さんは十人十色であるからして、一人ひとりが様々な視点と考え方を持っている。こちらが、『 これが分かり易いかな 』と思う方法で説明しても、学生さんにとっては、今一つ分かり難い説明であった…なんていうことは日常茶飯事。そこで『 では、違う方向から… 』と説明していくのが、講師の力量。同じことを教えるのでも、如何に色々な観点から、そして如何に色々な例えを使って説明できるかが、講師の腕の見せ所。判で押したように、一つの説明しかできないようでは、講師としてはまだまだ半人前どころか、見習いにも満たないといったところ。学生さんが『 分からないです 』といった時からが、講師としての本領発揮だと私は思っている。

 分からないことに対し『 分からない 』と口にすることは、決して悪いことではない。試験対策に来ているのだから、むしろ大いに口にしてほしいと思う。教えるこちらとしても、『 如何に説明すればいいのか? 』と、自分の〝教える能力〟を鍛える、いい機会だからである。悪いことではなく当たり前のことなので、分からなけれ『 分からない 』と正直に言葉にしてほしい。もちろん、怒りなどしないのだから…。

 昨今は、教えている最中に黙ってしまう学生さんが多いが、教える側にとっては、これが一番困ってしまう。『 分からない 』とか『 何故そうなるんですか? 』『 ココは何でそうなるんですか? 』等、何らかのレスポンスが無ければ、こちらも何をどう対処していいのやら困ってしまう。学生さんも黙ってしまって、こちらもどうしていいのか分からず、途方に暮れていれば…この状況がズーッと続くことになってしまう。だからこそ、何でもいいから口にしてもらいたいと思っている。以前より、『 全然分からないなら「 全然分かりません 」って言えばいい 』と指導しているが、今もって全くその通りだと思っている。もちろん、薬進塾には『 全然分かりません 』といったところで、怒る講師など一人もいないので、ご安心頂きたい。

 『 分からない 』と口にすることは、決して悪いことではないのだが…何回も言う必要はないと思う。というか、昨今の学生さん達は『 分からない 』という言葉が癖になっているような気がしなくもない。すぐに『 分からない 』という。それも、『 え~分かんない。分かんない。何?え~分かんない 』と一つの分からない事象について、何度も何度も連呼する。その度に、『 分からないは一回でいいよ 』と注意するのだが…。説明を聞いて、その都度分からない箇所で『 分からない 』というのが普通だが、説明を聞く間もなく連呼しているような状況。

 何故、『 分からない 』を何度も連呼することを注意するのかというと、何度も言うことによって、逆に暗示をかけてしまったり、パニックを引き起こす要因となってしまうからだ。口にするたびに、『 今、私は分からない 』と認識することになるのだが、何度も言えば、その認識も強く刻まれてしまうことになる。何度も何度も『 分からない 』が刻み込まれるのだから、精神的に不安になってしまうのも当然だろう。確かに、何度も『 分からない 』を連呼している学生さんは、少々パニくってしまっている場合が多いよう思える。

 もう一つ注意する理由、こちらの方がある意味大きな理由かもしれないが…。『 分からない 』という言葉を、何度も連呼する場合。何気に、考えることをせずに、すぐに口から『 分からない 』という言葉を発しているような気がする。少々失礼な言い方になってしまうが、『 脳を経由せずに、条件反射のように言葉を発している 』と言ったところだろうか?感覚的、見た目判断的に『 分からない 』となっている状況。考えもせずに、見聞きして瞬間、速攻で目的とするものが得られないから、『 分からない 』と言っている。そんな感じである。

 私は学習指導する際、必ず言っているのが『 分からなかったら、考える 』ということ。考える。それで分からないから質問に来る。これが正しい質問の仕方である。自分の持っている知識で、あれやこれや考える。いろいろな方向から、知識を駆使してみる。これが、正しい〝知識の身につけ方〟である。知識を身につけるには、まずは得た知識を使うこと。これが一番である。それをせずに、すぐに『 分からない 』と口にして考えることを放棄することは…知識を身につける機会を、わざわざ捨てているようなものである。もったいないと思うのだが…。

 薬進塾では、塾生さんが『 分かりません 』と、すぐに質問に来てくれる。これは、とてもいいことだと思っている。『 分かりません 』と素直に言えること。それを講師に直接口にできること。これは、とても大切にしなければならないことだと思うし、そういった事が日常為されている環境こそ、試験対策には必要な環境だと思っている。だからこそ、塾生さんが『 分かりません 』と質問に来てくれる姿を見る度に、感慨深いものがあるのである。その感慨深さも、『 分かりません 』を連呼されると…どこか冷めてしまうものがあるのは否めない。私の感慨深さを冷めさせないためにも、そして本人に暗示をかけないためにも、『 分かりません 』は1回でお願いしたい。そう思っている次第である。

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2021年10月19日 | コメントは受け付けていません。 |

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トイレと試験対策

2021/10/11

 今回は、『 下(しも)』の話になってしまうのだが…大事な話である。以前、肛門科のお医者さんと話した時のこと。『 人間というのは食べることも大事だが、出すことはもっと大事 』と話されていた。このことを、泌尿器科のお医者さんに話したところ…『 全くもって、その通り!そういった、人間にとって〝大事なこと〟の診察や治療に携わる仕事に就いたことを誇りに思っている 』と話されていた。両人とも、さすがである。さぞかし、いいお医者さんなのだろう。

 〝排泄云々〟と表現すると、何やら生々しい感じがするので、当ブログでは『 トイレに行く 』という表現をさせていただくことにする。トイレに行くことは大事なことである。健常な人であれば、『 1日に1回もトイレには行かない 』ということは、まず、ないはずである。我々が生きていく上で、トイレに行くという行為は、間違いなく必要なことである。

 TPO(時と所と場合)に関わらず、トイレに行きたくなるのは致し方ない話。なんと言っても生理現象であるからにして、生きていく上で必要不可欠な行為だからだ。トイレに行くという行為には、自律神経系が大きく関わっている。ご存知のように、自律神経系であるが故に、こちらの意思ではどうにもならない。どんな人間であろうと、ある場所に連れてこられた時に『 ココ、トイレありませんから 』と言われたら、間違いなく緊張、または困惑するだろう。TPO(時と所と場合)にはお構いなく、さらに自分の意思ではコントロールできないのが、トイレである。それが制限されるとなると、緊張したり困惑するのは当たり前の話であろう。

 トイレが無いと言われると緊張したり、困惑したりする。例えトイレがあっても『 (トイレは)使えない 』という状況に陥れば、やはり同じように緊張したり、困惑したりすることになるだろう。〝(トイレが)無く〟ても、〝(トイレが)使えなく〟ても、結局『 トイレに行く 』という行為を達成できないのだから、どちらも同じ。緊張したり、困惑したりすることになるのは必然である。

 トイレに行くという行為は生理現象であり、コントロールできない。もちろん、講義中であろうが、全く関係ない。講義が始まる前にトイレに行き、それ相応に調整することは可能である。しかし、あくまでも〝調整することが可能〟であり、絶対的なものではない。つまり講義中にトイレに行くという行為は、誰しもが経験する可能性がある行為…ということになる。

 薬進塾でも、講義中にトイレに行く塾生さんはいる。別に誰も何も言わない。講師も注意することはない。何度も書かせていただくが生理現象、または体調的なものだからだ。しかし…講義中にトイレに行けないとなると、どうだろう?または、講義中にトイレに行くと、注意されるというのは、やはりどうだろう?周りから鬱陶しい目で見られたら、どうだろう?おかしい話のようだが、薬剤師国家試験対策の場で、こういった環境の所があるとのこと。そうなると…前述させていただいたように緊張したり、困惑したりすることになるのは、必然である。このような状況では、講義どころの話ではない。いつ来るか分からないのだ。落ち着いて受講などできるはずもない。前述させていただいたように、薬進塾は講義中のトイレは自由である。講師も、周りの人も何も言わない…というか、それが当たり前ではないだろうか?

 『 講義が始まる前にトイレに行き、それ相応に調整することは… 』とも書かせていただいたが…講義合間の休み時間中に、トイレに行けない所があると聞き、改めて驚愕したことも忘れられない。正確にいうのならば『 トイレに行けない 』というより、人数が多すぎてトイレの数が足りず、『 休み時間中にトイレに行くという行為を達成できない 』とのこと。休み時間を取る理由は様々であるが、『 トイレに行くため 』というのが、一番大きな理由ではないだろうか?それができないとなると…休み時間自体の存在意義も軽くなってしまうだろうし、緊張したり、困惑したりするといったことが、生じるのではないだろうか?やはり、落ち着いて受講などできる状況ではないと思う。

 トイレは大切である。試験対策の場においては、特に重要である。落ち着いて講義に臨むことができないなど、試験対策にとって、こんなに足を引っ張る事象もそうあったものではない。生理現象であるからこそ、出来る限り、TPO(時と所と場合)に関わらずトイレに行ける環境、そして落ち着いてトイレに行ける環境が必要なのではないだろうか?まあ、何やら力説してしまっているが…全く持って当たり前のことのように思うのだが…当たり前ではない環境が存在するということに、しかもそれが試験対策の現場であるということに、やはり改めて驚愕する次第なのである。

 

 

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2021年10月11日 | コメントは受け付けていません。 |

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薬剤師国家試験は、そういう試験ではないんですけどね。

2021/10/05

 世の中には、資格と呼ばれるものがたくさんあります。資格とは何でしょう?デジタル大辞泉によると、『 あることを行うために必要とされる条件 』とあります。結構、おおざっぱなものですね。そこを、さらに細かく分類していくのなら…資格の中には資格試験が伴うものと、そうでないもの(講習や講習後の修了試験でとれる)があります。他にも、免許アリの資格と免許ナシの資格があります。

 細かい分類でいう場合、免許と資格は少々異なります。ですので、普段は〝免許〟と〝資格〟は切り離されて考えられている場合が多いようです。まあ、その分類も調べてみると、結構あいまいなようですが…。そこを、あえて分類するのなら〝免許〟と〝資格〟の違いはというと…。ざっくばらんに言うと、『 ある行為を行う場合、持っていないで行うと法的に処罰される対象となる 』のが〝免許〟といえるようです。例えば、医師免許がない者が手術をすると、それは違法な訳ですから、処罰される対象となります。運転免許を持っていない人間が、車を運転するのが違法行為となるのも同じです。

 一方、極端に言うと『 その行為を誰が行っても法的に処罰されない 』のが、〝資格〟といえるようです。例えば…トランプが上手くなる指導をする〝トランプアドバイザー〟という資格があったとします。このトランプアドバイザーの資格を持っていなくても、トランプが上手くなるためのノウハウを指導したところで、違法にはなりません。資格を分かり易く言うのなら、〝(資格とは)一定以上の技能や知識を持っていることを証明するもの〟といったところでしょうか。つまり資格は、免許の場合のように、行うと違法とかそういったことはなく、〝能力的なもの〟と考えることができると思います。しかし、前述させていただきましたように、法的云々での分類は結構あいまいな部分が多いようです。ですから、一概に上記のような〝罰せられる・罰せられない〟の判断による分類が成り立つかといえば、そうではない場合もあるようですので、あくまでも目安として捉えておいてください。

 私は、資格・免許に優劣はないと思っています。資格・免許は、有用とされているからこそ存在しているからです。しかし、上下はありませんが、取得の難易度はあります。取得に試験がある場合は、(試験に)合格しやすい試験、合格し難い試験という難易度も出てきます。さらに注意しなければならないのは…試験の難易度だけではなく、『 では、その試験を受けるために、勉強も含め、どれほど手間暇をかけなければならないのか? 』という、〝試験を受けるための労力とそれに費やす時間〟にも目を向けなければなりません。(試験の)難易度と労力と時間。この3つを見ることで、その資格・免許を取るのが易しいのか、難しいのかが決定されると私は思っています。

 取得の難易度がある訳ですから、当然、取得しやすい資格・免許もあるということになります。そのほとんどが、細かい分類でいう所の〝資格〟であり、〝免許〟ではないもののようです。中には、3年分くらいの過去問題を2、3周する位で、十分合格にたどり着くような資格もあります。その試験のテキストを3周くらい勉強すれば、合格できるような資格もあります。試験勉強にかける時間とて、週末に数時間過去問集を読むだけ…なんていう具合のようです。そんな感じの対策でも、合格率は80%を超える。年4回試験が実施され、内容もほとんどが過去問の焼き直し…なんていう資格もあるようです。中には、2週間程度勉強すれば、取得できる資格もあるとのこと。

 これを読んで『 いいよなあ…薬剤師国家試験なんて大変なのに…』『 薬剤師国家試験はそういったレベルの試験じゃないから…』と思われた方は多いのではないでしょうか?そう、薬剤師国家試験は難易度と労力と時間の3つを考えた場合、決して楽な試験でないことは、受験する方・した方なら身をもって分かることと思います。〝薬剤師国家試験対策の経験がない方〟〝薬剤師国家試験を受験したことがない方〟が、薬剤師国家試験に対して、お気楽な考え方をしていたり、軽はずみな言動をすることに対する苦言は、以前〝薬剤師国家試験が、どれほど大変なものなのか、知っているんですかね?〟というタイトルのブログで書かせていただいたことがありますが…。如何に、薬剤師国家試験対策が大変なものなのかは、当の薬学生および国家試験受験生、または受験経験者にしか分からないだろうということ。しかし…薬学生、国家試験受験生、受験経験者の中にも、お気楽な試験対策を行っている方がいるのが、不思議な話…。

 先ほど『 3年分くらいの過去問題を2、3周する位で、十分合格にたどり着くような資格もあります 』と書かせていただきましたが…これを見て『 簡単な資格はいいよな… 』とは口にするものの、では、実際自分がやっている試験対策はというと…これとほとんど変わらないという人がいることも事実です。『 過去問を○年分やれば合格できる 』と、過去問ばかりやっている人をよく見かけますが…それと〝3年分くらいの過去問題を2、3周する位で、十分合格にたどり着くような資格〟の試験対策と何が違うのでしょうか?『 〇本を□周やれば合格できる 』といった試験対策と、〝その試験のテキストを3周くらい勉強すれば、合格できるような資格〟の試験対策と何が違うのでしょうか?『 薬剤師国家試験はそういったレベルの試験じゃないから…』と口にしている割には、やっている試験対策の内容は一緒…。これはどういう事でしょう?

 薬剤師国家試験は難易度と労力と時間の3つを考えた場合、決して楽な試験でないことは分かっているはずです。なのに、実際にやっている試験対策ときたら、〝取得しやすい資格〟の試験対策と同じような内容…矛盾しているというか…正直、私は呆れています。『 薬剤師国家試験は、そういった試験ではないんだよ 』と、直接指導することもあるのですが…言われた本人は、相も変わらず〝取得しやすい資格〟の試験対策を繰り返している…なんていう事も、今まで何度もありました。何度も言いますが、薬剤師国家試験は、そういった試験ではないんですけどね…。

 もしかすると…『 薬剤師国家試験は難易度と労力と時間の3つを考えた場合、決して楽な試験ではない 』と捉えていない人が多いのでしょうか?いや、そちらの可能性の方が高いのかもしれません。なぜなら…学生さんと接していると、国家試験対策に関してお気楽極楽な考え方をしている人は決して少なくはないのです。それどころか、年々増えてきている…イヤ、ほとんどの人が『 過去問を○周やれば合格できるんだよね 』『 ○本を□回やれば受かるって 』と軽々しく口にして、毎年毎年、同じことを繰り返しているからです。『 これが出題される 』なんて怪しい情報収集に労を費やし、肝心の試験対策がお留守になっているなんていう人も、珍しくありません。『 正の選択肢を見つけるのではなく、誤の選択肢を見つける方が得点しやすい 』などと、変なテクニック的な事ばかり、熱心にやっていた学生さんもいましたが…私がその学生さんに言いたかったのは、『 勉強しろよ 』のただ一言でしたね。日々の勉強もしないで、そんなことばっかりに必死になって、何をしているんだか…。そういった『 小手先だけのテクニック 』で、合格できる試験だと思っていたんでしょうか?ちなみに、その学生さんは未だ合格にはたどり着いていないようですが…。おそらく、未だ『 小手先だけのテクニック 』の研究に勤しんでいることと思われます。

 これを読んでいる薬剤師国家試験を受験しようと思っている方は、どうでしょうか?自分にとって薬剤師国家試験とは、どういったレベルの試験でしょうか?そして、どういった対策が求められる試験だと思っているのでしょうか?実は、本来はここの所をしっかりと認識してから、試験対策というものは始めるべきなのですが…。しかし、まだ間に合います。薬剤師国家試験とは、〝その試験のテキストを3周くらい勉強すれば、合格できるような試験〟なのでしょうか?〝何年か分の過去問題を2、3周する位で、十分合格にたどり着くような試験〟なのでしょうか?それとも〝難易度と労力と時間の3つを考えた場合、決して楽ではない試験〟なのでしょうか?そこの所をしっかりと認識することが、今後の試験対策、ひいては国家試験の合否をも左右することになると、私は思っています。

 

 

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2021年10月5日 | コメントは受け付けていません。 |

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