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もう始まっていますからね、国家試験対策は…。

2019/04/28

 第105回 薬剤師国家試験を受験しようという方。もう、国家試験対策は始まっていますよ。『 えっ?もうですか? 』という人が多いかもしれませんが…始まっていることは確かです。

 私は、研修等で学習指導等を依頼された時(もちろん、塾内での学習指導でも)、次のようなことを話しています。『 国家試験を受けようと思った時から、試験対策は始まる 』。そう、試験を受けようと思った時から試験対策は始まるのです。105回の国家試験を受けようと決めた時から、第105回薬剤師国家試験対策は始まるのです。

 よく学習指導等で、『 試験対策はいつから始めればいいのですか? 』といった質問を受けます。その際にも、『 国家試験を受けようと思った時から… 』と、同じことを話しています。そして、これまた学習指導の時によく話すことなのですが…どうも巷では、国家試験対策に関する怪しげな情報が跋扈しているような…イヤ、確実に跋扈しています。〝怪しげな情報〟位ならまだしも、明らかに〝虚偽の情報〟や〝間違った情報〟も、ご一緒に跋扈しているから困ったモノ。さらに、それ本当と翻弄されてしまう人がいるから、もっと困ったことに…。さらにさらに厄介なのが、その情報源が先輩だったり、友達だったりと身近な人であるから、一点の曇りもない信じようで…。こうなってくると、こちらがどんなに指導しようと、どんなに助言しようと聞く耳持たないなんていう人も…。まあ、良くて『 暖簾に腕押し 』位の状況…。そういった〝国家試験怪しい情報信者〟を指導することは、中々大変なことなのです。

 そんな信者の皆さんが、何気に信じている誤った情報が、『 国家試験対策をいつから始めるか? 』ということに関する情報。まあ、昨今は大学の卒業試験が早めになってきているので、以前に比べ、現役6年生の方は、それ相応に早めに対策を始めてはいらっしゃるようですが…既卒生の方はというと、今一つフットワークが重いような…。本当のことを言えば、既卒生の方が早めに試験対策を始めなければならないし、早めに試験対策を始められる環境にある訳ですから、やはり早めに試験対策に取りかかって欲しいのが心情と言えば心情。しかし…前述した(国家試験怪しい情報)信者の方が多いのも、既卒生の特徴。怪しい情報に翻弄されている方は、実のところ少なくない…イヤ、どちらかというと、現役生よりも翻弄されている方が多いようで。その翻弄されている怪しい情報の一つが、『 あの人は秋からやって合格した 』だとか『 先輩は夏休み明けからやって、間に合うって言った 』等の〝試験対策を始める時期に関する流言飛語〟。どうも試験対策を先延ばしにしたがる傾向があるような…。友達か先輩か、誰の情報か分かりませんが、ハッキリ言ってそんな情報は間違いもいいところです。何故なら…そう、試験対策は1日も早く始めるに越したことはないからです。受けようと思った時が、試験対策を始める時なのですから。友達が何て言おうが、先輩が何て言おうが、そんなことは関係ないのです。

 人の情報を参考にすることは、悪いことではありませんが、自分自身の客観的判断を除いてまで、それに翻弄されてしまうことは、正直芳しいことではありません。ましてや、虚偽の情報となれば、尚更でしょう。どうも、昨今の学生さんはココの所がウィークポイントになっているようです。つまり、『 自分で考えて判断することが出来ない 』ということ。自分の耳で聞いて、自分の目で見て、自分で感じて、自分で判断する。これが出来ない学生さんが多いことは事実です。理由は様々なようですが…『 手間暇かけて、自分で判断するのが面倒くさい 』『 人の言ったことを聞いておけば安全 』などなど…。まあ、共通して言えるのは『 考えるのも面倒くさいし…まあ、誰かの言っておいた通りやっておけば、何とかなるだろう 』といった姿勢が根底にあるのは間違いないようです。ここら辺は、前回のブログである『 国家試験対策を簡単に捉えている人が多すぎる 』に通じる部分があると思います。『 考えるのも面倒くさいし…まあ、誰かの言っておいた通りやっておけば、何とかなるだろう 』といった姿勢こそが、国家試験を簡単にとらえている最たる姿勢ですから。やはり根底にあるのは『 楽をして受かりたい 』ということなのでしょう。

 確かに、こと試験対策においては、無駄な苦労はする必要はありませんし、むしろそれを省いていかなければなりません。しかし、それ相応の努力が必要となることは言わずもがな。その最たるモノこそが〝時間をかけた試験対策〟。そう、それ相応に時間がかかるのです。それを、上手いことやって省こうとするから、どこかに無理が出る。

 これも何回かブログでも書かせていただいたのですが…『 あの人はこれで合格したから… 』と、その真似をしようとする人もいらっしゃいますが…これにも気を付けなければなりません。何故なら〝あの人〟と〝あなた〟は違うからです。基礎力、学力はもちろんのこと、勉強に関する姿勢、自己学習のやり方の習得、自己管理等、これらは人によって千差万別と言っていいでしょう。私も学習指導の時によく言うのが『 100人いたら100通りの勉強のやり方がある 』といった言葉。なのに、その人が上手くいったという上っ面だけを見て、『 ああやれば… 』なんて考えることは、とても危険な事なのです。

 私が以前から気になっていることは…『 私は4月から試験対策に取り組んでいましたよ 』という合格者の声を聞いても、あまり相手にしないところ。なのに『 秋から勉強初めて受かったよ 』という意見には飛びつく。さらに『 冬から始めても間に合うって 』という声があがると、今度はこちらに飛びつく…。そう、結局は、勉強する期間が短いモノを選択しているに過ぎないのです。早い話、前述の『 楽をして受かりたい 』ということにつながるのです。なるべく楽に受かりたい…という気持ちは分からなくもありませんが、それ相応の努力をしていくのが試験対策というモノ。やはり、それ相応に手間暇をかけて…つまり時間をかけて取り組んでいかなければならないのです。

 試験対策には時間がかかる。だからこそ、1日でも早く試験対策を始めなければならないのです。これも私がよく話すことですが…『 10日間勉強した人と、15日間勉強した人では、どちらが(試験に)有利だと思う? 』といった内容。これを聞くと、まず間違いなく全員が『 15日間勉強した人 』と答えます。『 何故ですか? 』と改めて聞き返すと…『 長く勉強しているから 』という返事。まあ、当たり前の返事でしょうね。長く勉強している人の方が、試験に対して有利なのは言うまでもありませんから…。『 1日でも早く始める試験対策。これが合格の秘訣ですよ 』これも、私が学習指導でよく話す内容です。友達が、先輩がという前に、まずこれをしっかりと認識しておく必要があるのではないでしょうか?人は人、自分は自分。自分の耳で聞いて、自分の目で見て、自分で感じて、自分で判断する。そして…1日でも早く試験対策に取り組むこと。夏だ、秋だ、年明けだなどと、悠長なことを言っている場合ではありません。『 試験を受けよう 』と思った時から、試験対策は始めなければならないのです。何故なら、1日でも早く試験対策に取り組むことが、あなた自身の試験対策を有利にする条件でもあるからです。だからこそ『 国家試験を受けようと思った時から、試験対策は始まる 』ということを、しっかりと認識して、試験対策に取り組んでほしい。そう思っている所存なのです。

 

 

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2019年4月28日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

国家試験対策を簡単に捉えている人が多すぎる。

2019/04/19

 昨今、よく思うのがブログタイトルの言葉。もちろん、シビアに捉えている方も大勢いるのだが、それと同じ位、簡単に捉えている人も多いような気がする。国家試験対策予備校での講師を勤めて、早ン十年。講師を始めた時の国家試験は200題であったが…。以前ブログでも書かせていただいたことがあるのだが、どうも、その頃の学生さんの方が、国家試験対策に真剣に取り組んでいたよう思える。単純に題数だけ比較しても、345題の今と比べれば、その問題数は58%弱。内容に関しても、決して複雑なモノでは無かった。今の国家試験と比べれば、なんとも〝シンプルな国家試験〟とも言えるが…その当時の受験生にとっては必死なモノで、これは今も昔も変わらない。やはり国家試験を受験する人間にとって、題数がどうであろうと、難易度がどうであろうと、必死であることには変わらないはず…なのだが、どうもそうではない人が昨今は多いような…。

 ぶっちゃけ、言わせていただくならば、昨今の学生さんと接していると『 イヤイヤ、国家試験対策はそんなに簡単なものではないのですよ 』と心の中で思ってしまうことが多い。ン十年前の〝シンプルな国家試験〟の対策に取り組んでいた学生さん達でさえシビアに、そして真摯に試験対策に取り組んでいたのだ。イヤ、昔の学生さんの方がよっぽど焦燥感を持ちながら、だからこそ真摯に試験対策に取り組んでいたような気がする。ところが…試験対策にもっともっとシビアに真摯に取り組まねばならない、昨今の学生さんはといえば…以前の学生さんよりも、考え方が少々甘いような気がするのは否めない。

 必死さが薄いような気がする、正直な話…。『 こんなもんでしょ 』『 これやっておけば受かるでしょ 』といった人が多いような…。もっとひどい人になると『 受かる方法ないんですか? 』『 どうやったら、絶対合格できますかね? 』なんていうことを平気で言ってくる。ハッキリ言わせていただくが、そんな方法があるのならこっちが知りたい…。イヤ、無い訳ではない。時間をかけて基礎から理解していき、自らの力として知識を身に付けていく。もちろん身に付けるということは、自分のモノになっている訳だから、自在に使いこなせるようでなければならない。そのための訓練も、当然、必要である。さらに、分からないことは質問等で解消していかなければならない。問題を解いては、自分の学力を客観的に見直していき、その学力の穴を埋めていくことは言わずもがな。これが、受かる方法である。『 そんなことですか? 』ええ、そんなことです。何故ならば、これが真っ当な試験対策であり、合格するための最善策なのだから。しかし…これを面倒くさがるというか、やりたくないのが昨今の学生さんのように思える。『 時間なんかかけたくない。すぐに合格できる方法を… 』『 基礎から理解するなんて面倒くさいから、もっと簡単な方法を… 』『 自分のモノになるための訓練なんて面倒くさい 』『 質問なんかしたくない 』『 自分の学力を見直すとか、そんなことやりたくない 』といった感じ…。ウ~ン…どうしたものだろうか?正直、困ってしまう。その意見を全部納得するような方法は…試験対策ではないからである。試験対策に〝試験対策でないモノ〟を求められても、困ってしまう以外、他ない。だって、そんな方法ないのだから…。

 『 最近の若い者は… 』という言葉は、吐きたくないのだが…こと試験対策においては、どうしてもその言葉が出てしまう。何故なら、試験対策である以上、それを指導しているこちらサイドも合格してもらわなければ困るし、そのためには真っ当な試験対策をしてもらわなければならないからである。そして、そのためには前述のように試験対策をシビアに、そして真摯にとらえる姿勢が必要であり、それ相応に必死になってもらわなければならないからである。悠長に構えている余裕など、正直ないと言ってもいい。脅かすわけではないが、それほどの国家試験になってきていることは事実である。前述のように、ン十年前の〝シンプル〟と言えるような国家試験の対策に取り組んでいた学生さん達でさえ、真摯にそして必死に試験対策に取り組んでいたのだ。その2倍近い題数と、そしてその数倍の難易度の試験対策に取り組むのである。それ相応の覚悟と取り組み方が必要になるのは言うまでもない。

 簡単に捉えているな…と感じるのは、受け身の学生さんが多いことも一因である。自ら動こうとしない。何か与えてくれるのを待っている。与えてくれなければ、何もしない。『 試験対策に取り組む 』というよりは『 受かるための何かを与えてくれるのを待っている 』という感が強い。『 えっ?受かるためのモノを与えてくれるのではないのですか? 』という方が、いらっしゃるかもしれないが…確かに〝合格するために必要な知識〟は与えるし、それをどう身に付けるか、どう駆使するかの方法も教える。しかし、その後はやはり自分で行動していかなければならない。ピアノの先生は、ピアノを教えてくれる。では、教えてもらった通りにやっていれば、ピアニストになれるのだろうか?そうでないことは、お分かり頂けることと思う。ピアノの先生は、ピアノに関する全てのことを教えてくれるだろう。もちろん、ピアニストになるために必要な事も全て教えてくれるだろう。『 じゃあ、その通りやっていればピアニストになれるんですね? 』と尋ねたら何と答えるだろうか?どう答えるかは、各自の判断にお任せするが…。前述の

 時間をかけて基礎から理解していき、自らの力として知識を身に付けていく。もちろん身に付けるということは、自分のモノになっている訳だから、自在に使いこなせるようでなければならない。そのための訓練も、当然、必要である。さらに、分からないことは質問等で解消していかなければならない。問題を解いては、自分の学力を客観的に見直していき、その学力の穴を埋めていくことは言わずもがな。

といった内容に近いことを答えることは、間違いないよう思えるが…。

 何か与えてくれるのを待っている。与えてくれるまでは何もしない。そして、与えられれば、それだけやっていれば合格へたどり着ける。そういった考え方が、ブログタイトルの『 国家試験対策を簡単に捉えている人が多すぎる 』といった発言にたどりつくことになる。もちろん、試験対策をシビアに捉え、真摯に試験対策に取り組んでいる方は大勢いる。そんな人でさえ、残念な結果になってしまう場合もあるのだ。だからこそ、より一層シビアに、そして真摯に試験対策に取り組まなければならないのである。

 私はよく、次のようなことを学習指導で話している。

国家試験は満点を取らなければならない試験ではない。

しかし、1点でも多く取らなければならない。

何故ならば、国家試験合格の秘訣は1点でも多く取ることだからである。

『 こんなもんでしょ 』『 これやっておけば受かるでしょ 』といった考え方では、その1点を取ることは難しいであろう。そう、合格への架け橋となる1点を…。

 『 そろそろ、国家試験対策に取り組もうかな… 』と考える人も多くなる時期である。中には、既に取り組んでいる人も少なくはないはずである。いずれにしても、国家試験対策に取り組む方は、試験対策をシビアに捉え、そして真摯にその対策に取り組んでもらいたいと思う。初めよければ終わりよし。初めの一歩の心構えが肝心なのだから…。

 

運は 我能(よ)く勤め応ずる所に在り、怠るべからず。

念流兵法 心得

 

 

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2019年4月19日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

付き合う人を変えることが、運を変えること。

2019/04/08 

類は友を呼ぶ。

 気の合う者や似通った者同士は、自然に寄り集まって仲間を作るものであるということ。

故事ことわざ辞典より

 

以前から知っていた諺(ことわざ)ではありますが、最近は痛切にこの言葉を実感している次第です。

 自分が付き合っている人間のタイプが変わると、どういう訳か自分の周りの環境も変わってくる。自分の生活スタイルも変われば、仕事のやり方や行動も変わってくる。そして、違う結果も手にすることができる。そんなことを目の当たりにすることが、何と多いことか!今までとは異なる結果、それも良好な結果を得る度に、『 付き合う人間を変えるだけで、こんなにも世界は変わるんだ 』と実感している次第なのです。

 よく『 朱に交われば赤くなる 』と言いますが…。まあ、あまりいい諺で用いられることは、少ないよう思えます。しかし、実際は『 人は関わる相手や環境によって、良くも悪くもなるというたとえ(故事ことわざ辞典より) 』な訳ですから、『 人は関わる相手や環境によって、良くなるというたとえ 』でもあるという事。この諺からも、(付き合う)相手が変われば、良い結果が得られるということが、お分かりいただけることと思います。私は以前から『 朱に交われば赤くなる 」と言うけれど、周りが悪いからといって、それに染まってしまうようなヤツは、所詮、大したことはない 』と言っていましたが、なかなかどうして。この諺は、いい方に染まることも意味しているのです。そう、『 朱に交われば赤くなる 』という諺は、決して『 悪いほうに染まってしまう 』という事だけを、言っている訳ではないのです。そして…赤くなりたくなければ、朱に交わらないという事も大切である、という事にもなるのです。

 『 今まで付き合っていた人と決別する 』ということは、ある意味、『 今まで付き合っていた人とは異なる人と付き合う 』ということでもあります。今まで付き合っていた人と異なる人と付き合う。周りの状況や個人的な理由により、あえて『 今まで付き合っていた人と決別しよう 』『 今まで付き合っていた人は異なる人と付き合おう 』と意識せずとも、そのような状況になることは多々あります。と、いうよりかは…実際は、意識しないで、そのような状況になる場合の方が、ほとんどではないでしょうか?転勤、転職、引っ越し、入学、入社等で、今までの環境とは異なる環境に身を置くことになった。そういった関係で、今まで付き合っていた人とは少々疎遠になり、そして新たなる場所で、今までとは異なる人との付き合いが始まる…。これが、ほとんどの人の『 今まで付き合っていた人と決別する 』『 今まで付き合っていた人とは異なる人と付き合う 』といった状況でしょう。どちらかというと受動的要素が強い感がありますが…受動的であれ、能動的であれ、付き合う人が変わる以上、自分の生活スタイルも変われば、仕事のやり方や行動も変わってくる。そして、違う結果も手にすることができる…そんな状態になるのは確かだと思います。

 合格者体験記や合格インタビューでも、何度か書かせていただいたのですが…『 何故、ウチ(薬進塾)に来たの? 』と聞くと『 他の予備校には友達が沢山いて…友達が多いと、自分は流されると思ったから… 』といった返事が返ってくる場合が多々あります。これなんかは、ものの見事に『 付き合う人間を変えることによって、良き結果を手に入れた 』という、代表例でしょう。合格者体験記を書いたり、合格インタビューで話してくれているという事は…そう、書いたり話したりしている本人は、合格しているという事。薬剤師国家試験に臨む人間が、合格を手にしている訳ですから、これなんかは間違いなく『 いい結果を手にしている 』といった状況だと思います。

 やはり、付き合う人は選ぶべきです。少々手厳しい言葉ですが、英語の諺には『 The rotten apple injures its neighbor腐ったリンゴは周りも腐らせる 』というのがあります。『 付き合う人は選ぶように 』といった趣旨の諺ですが…付き合う人を選ぶことの大切さを、単刀直入に表している言葉だと思います。

 そして、これも少々手厳しい意見ではありますが…長い講師生活の中、よからぬ人と付き合ったばかりに、残念な結果になった学生さんを、どれほど見てきたことか!試験対策に長く関わっていると、『 その言動は、どう考えても試験対策の足を引っ張るだけの害悪だろ 』といった言動をされる人(まあ学生さんですが…)と出くわすことも、よくあることなのです。こちらも色々と指導を試みるのですが、なかなか難しいこのが事実。そういった人は、硬いというか、誤った偏権に捕らわれている場合がほとんど。正攻法がなかなか通じないのも、これ然り。まあ、ほとんどの学生さんは、そういった人を相手にしないので、安心と言えば安心なのですが…しかし、これまた悲しいかな、中には感化されてしまう学生さんがいることも事実。どんどん、どんどん悪しき言動によって、朱に交われば赤かくなる…。で、結局は残念な結果に…。これなんかは、まさに付き合う人間によって左右されてしまった代表的例。またこういう学生さんに限って、入ってきたときは非常にまじめで熱心だったのに…なんて学生さんだったりするものですから、指導してきたこちらとしても残念至極な話。

 良き人生を歩みたいのなら、付き合う人間を選ぶということは、とても重要なことです。試験対策であろうとなかろうと、今よりもいい結果を得たい、成功を手にしたいと思ったのなら、やはり付き合う人間を改めて見直し、付き合いをどうするかを真剣に考えてみる必要があると思います。以前、私の事を『 あの人は、すぐに人との縁を切る 』と吹聴していた人間がいましたが…否定する気は毛頭ありません。私は『 この人と付き合っていても、なんらプラスにならない。それどころか、マイナスにしかならないな… 』と思った人との付き合いは、避けるようにしています。もっと、ざっくばらんに言わせていただくならば、そういった人とは付き合わない、接触しないということ。まあ、こちらも社会の中で生きている訳ですから、社会的な最低限の付き合いというか、社交辞令的なお付き合いはさせて頂きますが…。第一、詰まらない人と我慢して付き合ったところで…詰まらないだけだとは思いませんか?

 私の座右の銘は『 君子危うきに近寄らず 』。身を危険にさらすような可能性があるモノには関わらないようにする…これが私の信条です。不平・不満の多い人間、人を見下す人間、人を小ばかにしている人間、自分の利益だけ考えている人間、人をはめようとする人間、人を利用しようとする人間、裏表の激しい人間、人を誑かす人間…。そういった人間とは、接触を避ける。これが私の信条です。

 『 そんなことをしていたら、付き合う人間がいなくなるのでは? 』と思った方。大丈夫です。そういう人間と付き合いを止めても、不思議なことに別の付き合う人間が現れるからです。『 そんな都合よく… 』イヤイヤ、そんな都合よくいくから、人生というものは不思議なものなのです。現に私は、今ままでそうやって生きてきましたから。でも、付き合う人間は減るどころか、むしろ増えてきているような…それも付き合いを止めた人間よりも、さらにグレードアップした人間との付き合いが増えてきているような…そんな感じがするのです。

 『 人と人の付き合いは大切にするべきだ。そんな簡単に人との付き合いを切るなんて… 』という具合に、前述の『 あの人は、すぐに人との縁を切る 』と吹聴していた人間のようなことを、口にする方がいらっしゃいますが…私が見る限り、そういうことを口にする人間というのは、今一つ友達が少ないような…そして、私から見る限り『 今一つパッとしない人生だな… 』と思ってしまうような人間だったりするのは、気のせいでしょうか?まあ、人の人生ですから、こちらが判断することではないのでしょうが…。ただ、そういったことを口にするに人間と付き合っていて感じるのは『 損得勘定で付き合っているな…とりあえず付き合いを保っていて、何か自分の利益になることが生じたら、利用する気だな… 』といった匂いがプンプンするのも、決して気のせいではないような…そんな感じがするのです。

 世の中にはいろいろな人がいます。付き合う中で、自分にとってマイナスになる人がいるのも、悲しいかな本当の話です。別に、そういった人が悪い人であるとは言いません。本人は、悪さをしようと思ってやっている訳ではない場合がほとんどですから…。でも、今の自分にとって、この人の言動はマイナスになる。この人の存在は、今の自分の環境にはふさわしくない。そういった人がいることは事実なのです。やはり、そういった人との付き合いは考えるべきではないのでしょうか?数々の成功哲学の本には、まず間違いなく『 成功している人と付き合え 』といったことが書かれていることも事実なのです。

 確かに人間関係のしがらみというモノがありますから、そう簡単に付き合いを断つことは無理かしいかもしれません。しかし…今ある現状、さらにそれが打破したい現状であるならば、やはり人との付き合いを変えるという事は、重要なことだと思います。なにせ『 類は友を呼ぶ 』『 朱に交われば赤くなる 』のですから…。付き合う人を変えることが、運を変えること。新しい環境に身を置いた人、そして望ましい結果を手に入れたい人は、この言葉を今一つ考えてみてほしい。そう思っている所存なのです。

 

 

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2019年4月8日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

おかげさまで10年目!

 新元号も『 令和 』と決まり、平成の世も後1ヵ月となりました。新たな世を迎える訳ですから、『 時代に1区切りついた 』といったところでしょう。

 1つの区切りと書かせていただきましたが…我が薬進塾も、今年で10年目を迎えることになりました。10年と言えば一昔。そう言われている〝10年〟という単位ですから、薬進塾も一区切りついたということができると思います。月並みな意見ではありますが、あっという間の10年でした。薬進塾を始めた当初のことが、今でも昨日のことのように思い出されます。正直なところ『 えっ?もう10年経ったの? 』といった、驚きの方が大きいのが事実です。そして、よくぞここまでやってきたものだと、感涙の思いがあるのも事実です。

 ここまでの道のりは、決して順風満帆、平坦なものではありませんでした。むしろ、向かい風の方が多かった…そんな気がします。薬進塾が始まった平成22年は、薬学4年制が6年制になったことによる〝空白の2年間〟と呼ばれた最初の年。つまり、新卒の方が出ない年。新卒の方が出ない以上、国家試験受験者数も激減した年であります。当然ながら、予備校を利用する人も激減…といった年でした。実際、薬進塾の立ち上げとなった平成22年の塾生さんは、一年コース6名、半年コース4名、短期コース2名の総数12名。1年目とはいえ、あまりにも心細い塾生数でした。もちろん、立ち上げ当初から満杯になるとは思っていませんでしたので、それ相応の心構えはあったのですが、やはり心打ちひしがれる思いであったことは確かです。当然、その後もすぐに塾生さんが増えるということはなく、塾生さんを集めるために、苦心惨憺の状況でした。誹謗中傷を受けたり、嫌がらせをされたことも何度もありました。

 何度、心が折れそうになったことか。しかし、そんな私を支えてくれたのは、何を隠そう塾生さん達でした。少ない人数ながらも、皆、真摯に試験対策に取り組んでいる姿には、本当に勇気づけられたものです。『 ここに来て、初めて理解できました 』『 講義、分かりやすいです 』『 勉強のやり方が分かりました 』そんなことを笑顔で語ってくれる塾生さんを見る度に、『 やはり薬進塾をやってよかった。私の考えは間違っていなかったんだ 』と、何度思ったことか。そして『 薬進塾に来て合格できました 』『 私は薬進塾でなければ合格できなかったと思います 』、そう語ってくれる塾生さん笑顔を見る度、こちらも涙を禁じえないほどの喜びに包まれていました。その笑顔があったからこそ、10年続けてくることができた。そう、強く感じている次第です。

 塾生さんだけではありません。優秀な講師の皆さんも、薬進塾の10年を支えてくれたことは間違いありません。既に講師を辞められた方を含めると、総勢30名近い講師の方々に、薬進塾で教鞭をふるって頂きました。どの先生も、塾生さん思いの素晴らしい講師であったことが、薬進塾の自慢でもあります。その講義を聞いたりプリントを見た時、『 いい講義だなぁ 』『 よくできたプリントだ 』と、講師をしている私自身が見とれてしまう程の、素晴らしい講義・教材。当然のことながら『 どんなに私が勉強したところで、この科目では、この先生には敵わない(かなわない) 』と、思ってしまうほどの腕前であることも確かです。そんな講師陣があったからこそ、10年の道のりを歩むことができた。これも間違いない事実であり、私自身も強くそれを感じています。そして、そんな素晴らしい講師に教えに来てもらっている。塾長である私は、何て幸せ者なのだろうと、心の底から思っています。

 薬進塾を支えてくれたのは、塾生さんや講師陣といった〝薬進塾の中の人たち〟だけではありません。薬局さんも含め、様々な企業の方たちも、薬進塾を支えてくれた恩ある人たちであることは、間違いありません。こんな小さな予備校に、真摯に対応してくれ、さらに外部講義や講演会等も依頼して頂き、それがどんなに心強かったことか。企業の中には、ホームページ作成の手助けをしてくれている方もいらっしゃり、本当に感謝の言葉しか見当たらない次第です。

 もちろん、薬進塾の業務・運営を支えてくれている、税理士事務所の方や社会保険労務士の方、顧問弁護士の方、印刷会社の方、不動産会社や管理会社の方、経営に関する助言をされてくれる方…そういった方々のお力添えがあったことも、10年続けてこられた理由の一つであることは、言うまでもありません。

 そうやって、色々な人たちのお世話になり、色々な人たちに支えられながら歩んできた10年。そんな人たちの後押しがあったからこそ、向かい風の中、10年もやってくることができた。決して、決して薬進塾は単独で歩んできたのではない。そう、心から思っています。

 一つの節目を迎えた時、よく言われる言葉が『 初心忘るべからず 』。薬進塾が誕生した経緯には、学生さん達の声がありました。その声とは『 自分は少人数の所でなければできない 』『 大人数の所のやり方には付いていけない 』。そんな声から薬進塾は生まれました。そして、そういった学生さん達を全員合格させよう。これが、薬進塾立ち上げの礎になっているのです。『 大人数のやり方やシステムに付いていけない人は、薬剤師になれないのか?そんなこと、おかしいのではないか?大人数のやり方でなくとも、少人数のやり方でやれば、合格できる人も必ずいるはず。しっかりと一人ひとりを指導していけば、それで合格できる人もいるはず。そんな人達のための予備校を作ろう 』。これが、少人数制の薬進塾の誕生秘話なのです。

 よく、『 教室は大きくしないのですか? 』とか『 他の地域に○○教室を開講しないのですか? 』といった、ご意見をいただくのですが…。正直な話、薬進塾を今以上大きくする気は、毛頭ありません。他の地域に、教室を増設することも然りです。薬進塾の目的は、学校を大きくすることではありません。教室数を増やすことでもありません。来てくれた塾生さんを全員合格させること。これが薬進塾の目的であり、立ち上げの礎です。塾生の誰を思い出しても、皆、薬剤師になっている。こんな嬉しいことは、他にないのではないでしょうか?そして、それを目指すのが薬進塾の目標なのです。薬進塾講師・職員一同、皆、その想いがあることは確かです。

 初心忘るべからず。10年目を迎える今年。そして令和という新しい時代の幕開けとなる年。そんな節目を迎える年だからこそ、初心忘るべからずの意気込みを持って、更なる躍進を遂げたいと思っています。その初心こそ『 全員合格させる 』の一言に尽きます。10年目という、新たなる道を一歩踏み出した薬進塾。やはり、初心忘るべからずの想いを胸に、塾生さんを全員合格へと導くため、今まで以上に切磋琢磨していきたい。その気持ちを忘れず、令和という新たなる時代への第一歩を踏み出していきたい。そう思っている所存です。

 そして、今後とも講師、企業、関係各社、塾生及びご父兄の皆さまの、薬進塾に対する変わらぬご支援と叱咤激励を賜りますよう、心より宜しくお願い申し上げます。

 

※ 今回のブログは『 塾長あいさつ2019 』を掲載させていただきます。

 

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2019年4月1日 | コメントは受け付けていません。 |

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