イメージ画像

『 急がば回れ 』は、試験対策にとっても重要なことです。

2019/03/23

急がば回れ

 急いで物事をなしとげようとするときは、危険を含む近道を行くよりも、安全確実な遠回りを行くほうがかえって得策だということ。

 急がば回れ。昨今の学生さんの中には『 聞いたことはあるような気がしますが…意味はチョット… 』という方も少なくありません。ということで、上記のように意味も載せてみたのですが…思わず、『 なるほど 』と改めて納得してしまう次第です。

 『 まあ、本来はこうやるんだけども…チョット楽をしてこうやってみようか… 』なんて、つい考えてしまうことは誰しもあること。中には『 こんな小さなことチョコチョコやるよりも、一気に大きなことを… 』なんて場合もあったりします。どっちにせよ、時間も節約出来れば、手間も省ける。まさに一石二鳥。慣れていることだし、大丈夫だろうなんて具合に、高をくくって手間暇省いたつもりになってやってみると…実は、とんでもないロスをしてしまったり、こじれてしまったり…結局は、また前の方法に戻ってやる羽目に…。『 なんだ、やっぱり ちゃんとやっておけば良かった…結局、二度手間じゃないか… 』なんて反省することも、誰もが経験あること。こんな時に、ふと頭をよぎるのが『 急がば回れ 』という言葉。

 人というのは、何気に利口そうだと思って、利口そうに振る舞おうとするものですが…どうしてどうして。そうは問屋が卸さない…何ていう場合が多々あるもの。利口そうに思ったところで、世の中、何が起こるかは分かりません。利口そうに思ったところで、やはり『 本来の正当な行動 』に対するショートカットはよろしくないようで…。『 慣れているから大丈夫 』『 こんなもんだろう 』なんていう〝上辺の利口さ〟に捕らわれず、やはり、地に足つけて、基本に忠実にしっかりと行動することが大切なのです。

 私が武道を習っていたことは、当ブログでも何度も書かせていただいたこと。その私の師匠のことも、ブログでは何度も書かせていただいています。師匠から武道を習う時、初めにやるのが〝基本の型〟。武道経験のある方なら、誰しもお分かり頂ける事かと思いますが、どんな武道も稽古の初めには、まず〝基本の型〟をやります。稽古と言っても、1日ではありません。何日に何日も稽古を行います。つまり、それに比例して〝基本の型〟も何度も何度もやることになります。〝基本の型〟という位ですから、特別複雑なモノをやる訳ではありません。複雑な型もあるにはありますが、稽古初めの時に毎度やる様な型(基本の型)は、非常に短く単純なモノばかり。中には、足さばきだけのものもあります。それを何度も何度もやるのです。もう、身体にすっかり染みついているのですが、それでも毎度稽古の時には、何度も何度も繰り返しそれを行います。当然ながら、私の師匠などは何億回、下手すると何十億回とその〝基本の型〟をやっていると思います。

 ある程度上達してきて、チョット手数の多い〝技の型〟を教えてもらう時。師匠が〝技の型〟を見せてくれるのですが、『 さすが! 』の一言。動きもスムーズで、形もキレイ。おまけに寸分のスキも無いと来ていますから、まさに三拍子そろっていると言えます。で、自分がやってみると…今一つしっくり動けない。教えてもらった通りやっているのですが、どこかぎこちない。鏡で見ても、どう見ても師匠のようにスムーズな動きにならない。もちろん、形も汚いし、おまけにスキだらけ。『 どうしてだろう? 』と思いながらも、『 この型の稽古が足りないからだ 』と、その型ばかり練習してみるのですが…やはり、しっくり決まらない。ある日、師匠が休憩時間の時に、その型をやっているのを何気に見ていたのですが…〝技の型〟の中には、技から技のつなぎ目というか、『 技と技の間の動き 』というものがあります(この動きがあるから、単独の技ではなく一つの型になっているのですが…)。その『 技と技の間の動き 』こそ、毎回、稽古初めに行っている、〝足さばきなどの基本の型〟なのです。その単純な〝基本の型〟が、忠実にしっかりと行われている。スムーズに素早く行われている。だからこそ、〝技の型〟という長めの型もスムーズに動け、きれいに見える。そして、隙がなく動けるようになっているのです。

 私は、始め『 この型の稽古が足りないからだ 』と思いましたが…もちろん、それもありますが、やはり私に足りなかったのは、基本の基本である〝足さばきなどの基本の型〟の稽古が未熟だったということ。だからこそ、チョットした長めの型がスムーズにいかなかった。もし、これがもっと長めの大きな技の型ならば、目も当てられない状況になっていたでしょう。もちろん、そんな状態では実戦で使うことなど、出来るはずもありません。そんな状態なのに…もし私が師匠に『 〝足さばきなどの基本の型〟じゃなくて、もっとすごい技を教えてください 』といったら、師匠は何と言ったでしょう?答えはあえて書かなくとも、皆さんお分かり頂けることと思います。

 コレなんかも、急がば回れでしょうね。大きな技を身に付けたいからこそ、小さくて単純な技というか、初歩である〝基本の型〟を何回もこなしていく。一見、大きな技を教えてもらえば、すぐに技が身について強くなれるよう思いがちですが、そんなことはないということ。大きな技をすぐに身に付けようにも、そう簡単に身に付くモノではない。むしろ、小さくて単純な〝基本の型〟を何回も繰り返している方が、大きな技もすぐに身に付けることが出来るようになるということ。

 実は、昨今の学生さんを見ていると、妙に今まで書いてきたことを思い出すのです。師匠の型の凄さと、そのために〝基本の型〟を何度となくやるということを…。昨今の学生さんは、すぐに国家試験の問題に挑もうとします。そして、基本である部分を理解もしないで、蔑にする傾向があります。最近の学生さんの口癖ですかね『 そんなの国家試験に出ない 』というのは…。まあ、昨今の予備校講師の中にも、この言葉が口癖になっている人もいるみたいですが…。閑話休題。『 そんなの国家試験に出ない 』という言葉を口にしては、基礎を理解したり、基本を行おうとしない。そして、国家試験問題という大技で一獲千金を狙おうとする。『 そんな、国家試験に出るか出ないかという基礎の簡単なことをやるよりも、国家試験の問題をやったほうがいい 』なんていうのは、まさにブログ冒頭で書かせていただいた『 まあ、本来はこうやるんだけども…チョット楽をしてこうやってみようか… 』なんていうのと同じ…イヤ、もっと性質の悪いものであることは、言わずもがな。ホントに、基礎を理解したり、基本を行おうとしないことが、試験対策にとって有益なことだと思いますか?確かに、少々時間はかかりますよ。〝足さばきなどの基本の型〟ですから、何度も何度もやって身に染み込ませなければなりませんから。しかし、これが身に付かなければ、長めの大きな技の型は出来ないのです。昨今の学生さんが口にする『 そんな国家試験に出るか出ないかという、基礎の簡単なことをやるよりも、国家試験の問題をやったほうがいい 』というのは、『 そんな実戦に使えるかどうか分からない、基礎の簡単な型をやるよりも、実践で使えそうな大きな技を稽古したほうがいい 』と言っているのと同じこと。師匠に代わって言わせていただくならば『 基礎の型をしっかりと何度もやるからこそ、大きな技が出来るようになる。基礎的な型も満足に出来ない人間が、大きな技などできる訳がない 』といったところでしょう。

 当ホームページでも、お言葉を書かせていただいている、テレビでもお馴染みの 東京大学 大学院薬学系研究科 教授の池谷裕二先生のお言葉。

 欲張りな学習はむしろ非効率です。焦らず基礎から順に学んでいった方が、じつはずっと早く目標を達成できるのです。たしかに最初に基礎を習得するのに時間はかかりますが、基礎を覚えると、その理論を応用して次の段階を容易に覚えられるようになります。

私の師匠も同じことを言うでしょうね。というか、実際、同じような内容の話をしていたことを覚えています。やっている仕事や目的は違えども、やはり道を究めた人間の言う事は、そして極めたからこそ掴み得た事は、同じことのようですね。

 急がば回れ。英語では『 Slow and steady wins the race.(遅くとも着実な者が競走に勝つ) 』というそうです。時間はかかれど、しっかりと事を成していった者こそが、勝利を手にすることが出来ると言った内容。これなんかも、基本からしっかりと進めていくことを遠回しに、表現している言葉だと思います。国は違えども、やはり言っていることは同じようです。これから、薬剤師国家試験対策を始めようとする人は多いと思われますが…急がば回れという言葉、そしてその言葉が持つ意味を真摯に受け止め、試験対策に切磋琢磨していってほしいと思います。

 

基本があれば、1を100にすることだってできる。

中田英寿(元サッカー日本代表。国際サッカー評議会諮問委員

 

 

タグ

2019年3月23日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

『 できる 』 『 できない 』 ハッキリさせる。

2019/3/16

 『 できる 』『 できない 』をハッキリさせる。これは試験対策の基本中の基本です。基本中の基本と言うよりは…『 コレがなければ、試験対策は成り立たない 』といってもいいでしょう。自分は何ができるのか?何ができないのか?まずは、これをしっかりと把握するところから試験対策は始まるのです。

 〝できる・できない〟と書かせていただきましたが…一概に〝できる・できない〟といっても色々な〝できる・できない〟があります。私も学習指導で講演する時によく話すのですが、『 ここでいう「 勉強ができない 」というのは「 勉強するという行為ができない 」という意味です。「 成績が悪い 」という意味での「 勉強ができない 」ではありません 』と、断わりを入れるようにしています。

 往々にして、学生さんが用いる〝できる・できない〟は、『 点数が取れる・取れない 』 『 成績がいい・悪い 』、すなわち〝勉強の成果としての出来・不出来〟を表している場合が多いようです。ということで、しばらくは、この〝勉強の成果としての出来・不出来〟を表す〝できる・できない〟の話を、させていただきたいと思います。

 昨今の学生さんは、自分がどの部分が出来ない(すなわち、どの部分の学力が足りない)のかを、把握していない場合が多いようです。把握していないというよりは、『 自分がどの部分が出来ないかを、知ろうとしない 』と言った方が適切かもしれません。自分が出来ない部分を見ない、知ろうとしない…。確かに、自分の至らない所を見ることは、誰にとってもあまり心地いいことではありません。むしろ、不快になる場合の方が圧倒的に多いのが事実。しかし、こと試験対策となれば、そんなことは言っていられません。なんといっても、その〝出来ない部分〟を何とかしなければ、成績は上がらないのですから。しかし、何とかしなければならない〝出来ない部分〟を、見ないようにしている学生さんは、決して少なくないのです。すると…出来ない部分を見ない事には、その部分を修正することなど出来るはずありません。出来ない部分が修正されなければ、成績はそのまま…つまり、芳しくないままということになってしまいます。

 前述のように〝出来ない部分〟を見つめることは、面白くないことかもしれません。しかし、〝出来ない部分〟を認識するからこそ、〝出来ない部分〟に対処することが出来るようになるのです。さらに、そこに対処するからこそ学力が付き、成績は伸びるのです。表現はあまりよくないかもしれませんが、『 臭いものにはフタをする 』では、いつまで経っても問題は解決しません。試験対策というものは、試験をクリアするために学力を身に付けるためのもの。『 臭いものにはフタをする 』といった姿勢は、試験対策にとっては禁忌と言ってもいいでしょう。そう、試験対策とは『 見たくないモノを直視する 』『 臭い物を探し出し、その臭いを何とかする 』ことが大切なのです。

 〝出来ない部分〟を見ない学生さんも多いのですが、〝出来ると称する部分〟しか見ない学生さんが多いのも事実です。『 私は○○は出来るから… 』『 □□は大丈夫なんで… 』と口にする学生さんも、少なくないのですが…コレも試験対策にとっては非常に危険なことなのです。

 果たして、本当にそこは出来るところなのでしょうか?私はン十年、講師という仕事に付いていますが、学生さんが口にする『 出来るから 』という言葉は信用していません。『 学生を信じないなんて、何ていうヒドイことを! 』と思った人も、いるやもしれません。しかし、正直な話、学生さんが出来ると思っていても、我々講師から見れば、まだまだという場合が圧倒的に多い…イヤほとんどなのです。実際に出来る学生さんは、どんなに出来ていても『 出来るから 』という言葉を口にすることは、まずありません。そして、さらなる成績向上に向けて、切磋琢磨していっているのです。『 出来るから 』という言葉を口にする人に限って、『 今一つだけどなぁ… 』とか『 出来てはいないけど… 』という、『 学力的には危うい状況 』である場合がほとんどなのです。

 我々、試験対策のプロからみて、とてもではないですが〝出来る〟とは言えない状況な訳ですから、やはり客観的そして現実的なものではなく、ただ本人がそう思い込んでいるだけの〝出来る〟にしか過ぎないと思います。先ほど〝出来ると称する部分〟と書かせていただいたのも、そういった理由からなのです。〝出来る〟のではなく〝出来ると称している〟だけ。あくまでも、本人がそう思っているだけなのです。しかし、これが恐い…。

 自分は健康と思っているけれど、実は疾患を抱えている。これが、どれほど危険なことかは、あえて説明する必要もないと思います。本人は健康と思っているから、このままでいいと思っている。疾患の進行を阻むための行動も起こさなければ、もちろん治療もしない。つまり、疾患をほっぽり出している状況。良くなるどころか、日に日に蝕まれて、事と次第によっては命を落としかねない状況に…。

 試験対策においても、自分は出来ると思っているけれど、実は出来ていないというのは、芳しくない状況。出来ていないけど、本人は出来ると思っているから、このままでいい、つまりそれ以上の勉強をしない。芳しくない状況なのに、その対応をしないから、日に日に学力は蝕まれていく状況。学力が蝕まれていく訳ですから、当然ながら成績は下がっていくのですが…それでも、当人としては『 ここは出来るところだから… 』という思いを捨てたくないのか、それを認めようとはしない場合が多いのです。どうです、危険でしょう?

 私は試験対策では『 取れない所を取れるように、取れる所はもっと取れるように 』と指導しています。そう、試験対策には『 これでよし 』といった到達点はないのです。『 出来るから… 』で留まっているということは、それ以上の成果を期待できるのに、わざわざ自分からブレーキをかけているようなもの。ましてや、本人が〝出来ると称している〟だけであって、実際は今一つの芳しくない状況ならば、なおさら、それ以上の成績を得ることが可能なのです。まだまだ、伸ばすことができるのに…もったいないの一言です。

 自分の『 できる 』『 できない 』が、ハッキリしない場合。往々にして被害をこうむるのは、自分自身ですが、場合によっては他人に対し、多大なる被害を与えてしまう場合があります。特に『 成果としての出来る・できない 』ではなく、『 その行為が出来る・出来ない 』が分かっていない場合は、第三者に対しただいなる被害を与えるのは100%といってもいいでしょう。少々、荒っぽく言わせていただくならば…出来もしないのに出来ると言っている訳ですから、それにかかわる人にとっては迷惑千万といったところ。

 現在、薬進塾には色様々な学生さんが、試験対策の相談に訪れています。そこで色々と話を聞くことになるのですが…。あまり大きな声では言いたくないのですが、試験対策の指導に関する話を聞いているうちに、思わず『 ! 』『 ? 』となってしまう場合が、多々あるのです。試験で芳しくない成績を取ったというある学生さん。『 どんな指導をされたの? 』と聞いてみると…『 皆が合っていて間違った所をやりなおして…その後、それに関する問題を何回も解けって言われました 』とのこと…。これが指導?ましてや〝学習指導〟と称しているそうですから、開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。こんなのは指導ではありませんからね。〝学習指導〟じゃないのに〝学習指導〟と称している。『 (指導)出来ていない 』のに『 (指導)出来ている 』と称している…。

 『 学習指導が出来ないのに、出来ると称している 』は、本人ではなく指導している人にただいなる被害を与えてしまうことになります。指導できないなら、指導できないと言えばいいと思うのですが…まあ、色々と事情があるのでしょう。だったら、指導できるよう勉強するなり、努力すればいいのではないでしょうか?そう、出来ないならできないと認めて、勉強するなり、出来るようになるために切磋琢磨すればいいだけの話なのです。そっちの方が、『 出来ると称する 』よりも、よっぽど安心感も含めたくさんのモノを手にすることが出来るのです。そして、それ相応の成果も手にすることが出来るのです。

 次の国家試験対策に向けて、第一歩を踏み出している方も少なくないと思いますが…まずは『 できる 』『 できない 』をハッキリさせる。このことから、始めていってほしいと思います。これが試験対策の要なのですから…。そんなに難しい話ではありませんよ。出来ないんなら、それを認めて『 じゃあ、出来るようにするには、どうしたらいいかな? 』とやっていけばいいだけですから。そう、これを〝試験対策〟と呼ぶのです。ブログ冒頭に書いてありましたよね?『 これをしっかりと把握するところから試験対策は始まるのです 』と…そういうことです。

 

 

タグ

2019年3月16日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

『 勉強しているけれど成績が上がらない 』こっちの方が、よっぽど重大なことなんですけどね。

 現在、我が薬進塾には、個別相談や学校見学の方が、毎日のように来塾されています。もちろん、無料体験講座に参加されている方もいらっしゃいます。そんな状況ですから、学生さんの声を聞くことも毎日の話。皆さん、色々なご相談をされていきます。

 そんな中、何気に耳にする機会が多いのが『 勉強はしていたんですけど…成績が上がらなくて 』といった内容。そんな話を聞いていると、よく出てくるのが…

 

 でも、相談したら…『 成績悪いんだから、勉強していないんだろう 』って言われるんですよ。ちゃんとやっているのに…。『 勉強していますよ 』っていうと、『 じゃあ、何で成績悪いんだ 』って言われて…

 

といった内容。

 当人が、成績が悪くともどこ吹く風…といった状況ならいざ知らず、成績が悪くて困っている訳ですから、それ相応のしっかりとした対応をすべきだと思うのですが…。確かに、勉強をしていないから、成績が悪い人はいます。じゃあ、成績が悪いから、勉強をしていないかというと…それは、いささか尚早な話。逆は必ずしも真ならず。ましてや、成績が悪いと困っている人間に対し、そういった対応はいかがなものでしょう?少なくとも、人を指導する立場にある人間が〝成績が悪い → 勉強していない〟と決めつける行為は、無責任な対応のよう思えるのですが…。中には『 成績が悪いのは、あなたが悪いんでしょ 』で済ませられる場合もあるとのこと。こうなってくると、さすがに聞いている話とはいえ、講師という職に付いている私としては、憤りを禁じ得ない状況になってしまいます。

 学習指導の時によく話すのですが、勉強には〝やり方〟というものがあります。ただ闇雲にやればいいというモノではないのです。それを指導するのが、我々講師陣のお仕事…ということになるのですが…。そういった観点からしても『 成績が上がらないのは、勉強していないから 』『 点数が悪いのは勉強していないから 』で済ませてしまうのは、チョット乱暴と言うか…。まあ、手厳しく言わせていただくならば、とてもではないけれど、指導しているとは言えない状況…と言っても、決して過言ではないと思います。〝指導しているとは言えない状況〟な訳ですから、相談をしにいった当人も困ってしまう他ないでしょう。何と言っても、〝成績が上がらないから〟〝点数が悪いから〟指導してもらうために相談しているのに、〝指導しているとは言えない状況〟に導かれてしまうのですから、困ってしまうのも当然の話。もちろん、〝相談さえもできないような状況・環境〟だったりするならば、困ってしまうことも、これ一入。試験に合格したい。だから試験対策を行っている。なのに成績が上がらない。相談したところで『 勉強していないんでしょ? 』『 あなたが悪い 』で済ませられてしまう。ひどい場合は、相談もできない状況・環境の場合もあったりする…。成績を上げたいのに、上げられない。そして、それに対して何のフォローもないどころか、挙句の果てには『 あなたが悪いんでしょ 』と言われてしまう…。まさに、〝負のがんじがらめ〟といったところではないでしょうか?

 先ほどの話に戻りますが、勉強にはやり方と言うモノがあります。ブログはもちろんのこと、当ホームページの色々な所でも書かせていただきましたが、間違ったやり方、すなわち間違った勉強法で勉強しても、それ相応の成果を上げることは出来ません。ですから、『 勉強はしているけれども、成績が上がらない 』といった相談を受けた場合、『 どうやって勉強しているのか? 』の詳細を聞き、そこから判断して正しい勉強ができるよう指導していかなければなりません。もちろん、そのためには指導している人間が『 正しい勉強とは何か? 』『 間違った勉強とは何か? 』を、分かっていることが必須条件となります。それは当然でしょう。〝正しいやり方〟を指導する訳ですから、正しいやり方を知っていなければなりませんし、当然、〝間違ったやり方〟というモノが、どういうものなのかも理解していなければなりません。そして、それをどうすれば正しい勉強へと導くことが出来るかという〝治療法〟も、知っていなければなりません。そういったことができなければ、指導など出来るはずもないということは、言わずもがな。そう、正しい勉強を指導するということは、口で言うほど簡単なことではないのです。

 〝勉強をしていないから、成績が悪い人〟への指導は、ある意味簡単です。勉強させればいいだけの話ですから。もちろん、ある程度の指導は必要ですが、初めは『 自分で勉強させること 』から指導していけばいいのです。そして、成績の推移を見て、また指導…と進めていけばいい話。しかし…『 勉強はしているけれど、成績が悪い 』という人の指導は、なかなか大変なモノがあります。詳細は避けますが(企業秘密です:笑)、まずは『 どうやって勉強しているのか 』を、こと細かに聞いていくことから始まります。もちろん『 聞く 』と一言に言っても、聞く内容は種々雑多。一見すると、勉強には全く関係ないようなことも聞いていきます(実は、それが勉強するということにとって、とても重要な要因となるからです)。もちろん、そういったことを聞けば、すぐに解決策が見つかるというと、そんな簡単なものでもありません。指導する学生さんは十人十色ですから、聞いた内容を分析し、更にそこから色々な指導や方法を考慮しては、指導していかなければならないのです。

 今まで書いてきたことを読んでみると…『 勉強しているのに、成績が上がらないって、なんかとてつもなく大変で厄介な困ったことなんだ 』と、ある意味恐ろしく思われてしまいがちですが…そんなことはありません。実際、先ほどから『勉強しているのに、成績が上がらないのは大変で厄介な恐ろしいこと 』とは書いていませんよね?『 勉強しているけれど成績が上がらないことは、重大なこと 』と書いているのです。重大ではあるのですが…いたずらに恐れる必要もないのです。もちろん、侮るなんてことは言語道断ですが…。

 国家試験に合格するために、日夜勉強しているのに、成績が上がらない…これを重大なことと言わずして何が重大なことでしょう?勉強しているのに成績が上がらないことは、当人にとっても指導する方にとっても、重大な問題なのです。しかし…問題である以上、解決策はあります。その解決策を探しだせばいいだけの話なのです。さらに言わせていただくなら…実は、勉強しているけれど成績が上がらないという人は、ちゃんとした指導をすると、勉強していない人に比べ成績が上がり安いことも事実なのです。勉強していない人に比べ、正しい勉強方法も、案外簡単に身に付けることができるのも事実。やり方が悪いとはいっても、常日頃から勉強はしている訳ですから、勉強していない人に比べれば、成績も上がり安いし、正しい勉強方法が身に付き易いのも、当たり前の話。ですから、本ブログは『 勉強しているけれど成績が上がらないこと 』は、『 にっちもさっちもいかない、大変困ったこと 』というよりも『 成績を上げるためには重大なこと 』といった意味合いで、書かせていただいているのです。まあ、当人にとっては困ったことと言えば困ったことかもしれませんが、だからこそその問題を解決して、より良い勉強法を見つけていくことが大事なのです。

 前述させていただきましたように『 成績が上がらないんですけど… 』という相談に対し『 勉強していないからだろ 』という人がいるようですが…今まで書いてきたように、『 勉強していないから、成績が上がらない 』ことよりも、『 勉強はしているけれど成績が上がらない 』ことの方が、よっぽど試験対策にとっては重大な事なのです。『 成績が上がらないんですけど… 』という相談に対し『 勉強していないからだろ 』と答えられれば、どこか『 そうか、勉強していない私が悪いんだ 』なんて、変な一件落着に導かれそうですが…それはとっても危険なこと。『 あなたが幸せになれないのは、信心が足りないからだ 』なんていう、怪しい新興宗教とさほど変わりないと思ってしまうのは、気のせいでしょうか?

 勉強しているけれど成績が上がらないという状況は、しっかりとした指導により、いくらでも正しい方法に導く、すなわち成績UPに繋げることが出来る、『 あと一歩 』の状況でもあるのです(もちろん、指導により今までの〝誤った勉強法〟を、〝正しい勉強〟に変えることは必至の事ですが…)。だからこそ、試験対策において『 勉強はしているけれど成績が上がらない 』という状況は、今後の成績UPや学力向上においては、非常に重要な状況といえるのです。これから試験対策を行う人は、そこの所をしっかりと認識して、一意専心の思いで試験対策にあたってもらいたいのです。『 勉強しているけれど成績が上がらない 』で止まってしまうのではなく、そこから何かを変えて、成績UPへつなげてもらいたい。何故ならば、『 勉強しているけれど成績が上がらない 』というのは、チョットした方向転換で成績を伸ばすことが出来る状況なのですから。それを真摯に、そして謙虚にとらえて試験対策に励んでもらいたい。そう思っている次第なのです。

タグ

2019年3月7日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

卒業生 薬進塾を振り返る。

 今回のブログは、トピックスにも掲載されている〝卒業生 薬進塾を振り返る〟を掲載させていただきます。

 薬進塾では、毎年、合格した塾生さんに薬進塾や勉強方法等についてインタビューを行っています。そして、それを〝合格者(ロング)インタビュー〟として、ホームページに掲載しています。早いもので、105回の合格者インタビューが掲載された暁には、5つ目の合格者インタビューということになります。

 そんな合格者インタビューの最初は、97回薬剤師国家試験、つまり6年制初の国家試験での〝旧4年制課程 既卒者 合格ロングインタビュー〟。旧4年制課程卒業で6回目の受験で合格したU君が、最初のインタビューをした塾生さんということになります。240題の国家試験を5回受験したものの、中々結果を出せなかったU君。そして、6回目の国家試験受験。前述のように、97回薬剤師国家試験は6年制初の国家試験。4年制卒業のU君にとっては、そのハードルは決して低いモノでは無かったはずです。そんなハードルの高さに屈することもなく、一年間しっかり勉強してきて掴んだ国家試験合格。初のインタビュー掲載にふさわしい塾生さんであると、今更ながら痛感しています。

※ U君は一年コースで勉強していました。

 そんなU君も、今や薬剤師国家試験免許を活かし、八面六臂の活躍ぶり。教え子の、素晴らしい活躍に、私としても嬉しい限りです。そんなU君から、先日久しぶりに、そして突然電話が来たのですが…U君曰く『 薬進塾で習ったことや、先生から指導されたことが、今働いていて色々役に立っています 』とのこと。そんな言葉を聞いて、私の嬉しさも一入。そうやって話がはずむ中、『 じゃあ薬進塾のことが、どういうふう仕事に活かされているか、チョット書いてみてよ。また掲載するから 』と調子に乗りついでに話してみたところ…『 いいですよ 』と快く引き受けてくれました。本当にありがたい限りです。  そんな、八面六臂の活躍のU君からの、メッセージです。

 

 『 国家試験は紙の上の試験である 』当時、針ヶ谷先生が6年制最初の試験を控えて、不安になっている学生にかけてくださった言葉である。4年制の試験から6年制の試験になり、問題が大きく変わり自分たちの勉強では通用しないのでは?そんな毎日の不安の中、『 国家試験とは、薬剤師に必要な知識を試験しているのであって、薬剤師として重要な事が変わるわけではない。だから、今まで重要とされていた基本的な事を丸暗記ではなくしっかり理解し、その場で考える事が大事 』だと声をかけてもらった。その言葉を信じて先生の指導の元、理解を深めた結果、国家試験に無事合格出来た。

 国家試験は、幅広く柔軟で深い知識を必要とする。それを全て暗記することは難しい。だからこそ理解を深め、問題を読み解く力が必要である。理解するにあたり、どの部分が大事か?なぜ重要か?それは、現場経験の豊富な先生方がよく分かっている。つまり、手っ取り早く試験で点数を取りたいのなら、丸暗記ではなく、現場経験の豊富な先生方が教えてくれる〝本当に重要な事〟を把握して如何に理解するかが重要だ。確かに、どんなやり方でも国家試験に合格することはできるかもしれない。ただ多くの受験生にとって、国家試験合格はゴールではなく通過点である。先生の指導である基本が大事、意味をしっかり理解して勉強するという事は、国家試験だけではなく薬剤師になってからも大きな意味を持つ。

 私は今、薬剤師として投薬時の説明はもちろん、新人薬剤師、薬学生、登録販売者、患者様等に指導・講義・講演を行っている。その時、(相手の)理解に至るまで順序よく説明・指導することが出来る。相手がどこまで理解出来ているのかも、おおよそ見当がつく。教え方も、噛み砕いてみたり、何かに例えてみたりとか、丸暗記では出来ない事が、出来るようになっている。身に付いた知識は、理解しているので忘れにくいし、それを基に質問にも応えることができる。状況や、相手に合わせて使う言葉も、自分で思ったように変えることができる。つまり、基本から理解を深めるという事は、相手を理解させる力も身につくということだ。これは仕事を行う上で強力な武器になる。そのお陰か、患者様に信頼され様々な相談を受けることができ、私もその都度成長し、世の中へ貢献できていると思う。

 今、薬剤師に求められている業務は、対物業務から対人業務になってきている。国家試験合格の為には、膨大な知識を、身につけなければならない。使ってこその知識。その知識をどうやって身に付けるのか?AIでも出来る『 説明する 』『 話す 』だけではない、『 相手に理解させる力 』へ繋がる勉強法。これからの、長い薬剤師人生に繋がる大事な時間を、この予備校に預けて本当によかった。そう思っている。

 

 『 さすが、苦労して国家試験合格を掴み取っただけのことはある 』と思わず唸ってしまう内容。U君の書いてくれた、この文章には『 人にモノを教えるには何が大切なのか? 』『 教える・指導するとはどういうことなのか? 』そして『 国家試験合格に必要なこととはどういうことなのか? 』『 国家試験の存在とはどういったものなのか? 』それが、しっかりと書かれています。そして…手前味噌ではあるかもしれませんが、私が塾生さんに伝えたこ・伝えたかったことも、しっかりと書かれています。U君が、こんなに立派になって、指導した私としても嬉しい限りです。今後もU君は、自分の目でしっかりと物事をとらえながら、より一層の成長を遂げていくことでしょう。U君が書いてくれた『 世の中へ貢献できていると思う 』という言葉が、如何ほど重たいものなのなのか?そして、それを自分で感じ取ること、思うことが如何に人として大事なことなのか。特に、医療や教育に携わる人間にとっては、それが如何に自分たちの存在の根源として必要なものなのか。U君は、それをしっかりと掴み得ていると思います。そんな教え子を持てたことを、私は嬉しく、そして誇らしく思っている次第なのです。  

 

タグ

2019年3月1日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

このページの先頭へ