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ジャック・オー・ランタンと国家試験対策

 そろそろハロウィンの季節。街中、いたる所でハロウィン色(?)のオレンジ色が目に鮮やかな中、カボチャやらコウモリやら、蜘蛛の巣やらゴーストやらが、所狭しと暴れまくっているご様子。何度も書かせていただきましたが、我が浅草橋は店頭・店内ディスプレイの問屋街でもあります。当然ながら、お店は商品として売っているわけですから、これまた店頭・店内にディスプレイが所狭しと並べられている次第。もちろん、前述のようなカボチャやらコウモリやら、蜘蛛の巣やらゴーストやらも…一入、暴れ回っている状況。

 ちなみに…ハロウィンと言えば、例のカボチャですが…ご存じのお方も多いと思いますが、あのカボチャは〝ジャック・オー・ランタン〟という名前。日本語にすると、『 ランタンを持った男 』『 ランタンを持ったジャック 』という意味になります。カボチャのランタンの方が主役と思いきや、実は〝持っている人〟の方が主役…少なくとも名前に関しては…。まあ、ハロウィンにおいては確実にランタンの方が主役です。

 では、このジャックさん。何故にカボチャのランタンを持っているのかというと…諸説紛々あるのですが…私が子供のころ本で見た内容と色々な文献からの情報を基に、端的に説明させていただきますと…。昔、乱暴者で口の悪いジャックさんという人がいたそうです。品行方正とは程遠い生活をなされていたそうで、まあ、あまりお友達にはなりたくないタイプ。で、色々とあった結果、最終的に悪魔をたぶらかして、地獄に行かなくていいような約束を取り付けることに成功。本人も『 これで地獄に行かなくていいぞ 』と、かなり喜んだことでしょう。しかし…寿命が尽きて『 さあ、天国に… 』と行ってみたところ、生前の悪行がたたり、天国に入ることを拒否されてしまう。仕方なく、地獄に行こうとしたところ、件の悪魔が出てきて『 約束したから、お前を地獄には連れて行けない 』とのこと。行き場が無くなったジャックさんは、死者と生者の境目の世界を彷徨うはめに。このとき、悪魔が地獄の炎の小さな塊を分けてくれたそうで、この灯りが消えてはいけないと思い、道端に落ちていたカブをくりぬいて、炎の塊を入れ、ランタンの代わりにしたそうです。で、ジャック・オー・ランタン…となった訳です。

 もちろん諸説ありますが…天国にも行けず、地獄にも行けず、かといって現世に戻ることもできない(一説には、現世で悪いことをしたので、戻れない…となっている場合も)。何とも哀れな話というか…地獄にいきたくはない、天国には行きたい…まあ、普通に考えれば、『 だったら、品行方正に生きてみては如何でしょうか? 』となるのですが…それも嫌だったのでしょう。『 品行方正に生きるのはイヤ。地獄に行くのもイヤ。天国に行きたい 』何とも勝手なご意見ですが…『 地獄に行かないようにするには? 』『 品行方正にしなくてもいいには? 』『 天国に行けるようにするには? 』と、アレも取ろう、コレも取ろうと色々と画策した結果…どっちつかずの中途半端な状態…天国にも行けない、地獄にも行けないという厄介な状態になってしまったということ。

 私は国家試験対策に長く関わっていますが、何気に似たような学生さんをよく見かけます。まあ、悪魔をたぶらかし、地獄に行きたくないという、とんでもない内容ではないことは、お分かり頂けると思いますが…。私が言っている『 似たような 』というのは『 ちゃんと勉強するのはイヤ。でも国家試験には合格したい 』というところ。ビックリする方もいらっしゃるかもしれませんが、結構こういうタイプの学生さんが多いのも事実。ちなみに…『 勉強しますよ! 』と言ってはているものの、学校には来ない、勉強も大してしていないとい人も、私はこのタイプと捉えています。勉強しなければ、当然、試験に合格するだけの学力は身につかないのですが…どういう訳か、勉強しない。若しくは、本人は勉強しているつもりのようですが、とてもじゃないけれど、勉強とは呼べる代物でなかったりする。まあ、本人もどこか『 ちゃんと勉強をしていない 』ということは、薄々勘付いているようなのですが…。ここで疑問なのが、ジャックさんに『 品行方正に生きてみては如何でしょうか? 』と言ったのと同じように、『 だったら、しっかり勉強に取り組んでみては如何でしょうか? 』となるのですが…やはり、ジャックさんと同じように、本人はそう考えないようです。『 受かるのに最低限の勉強しかしたくないんですよ 』『 コレだけやったら絶対受かるっていうのをやって下さい 』なんていう、大それた発言をなさる方もよくいらっしゃいますが…こちらの方達もジャックさんとはそう変わらないような気がします。

 そういった〝ジャックさんタイプ〟の学生さんに限って、アレやコレや手を出すパターンが多いのも事実。チョット勉強してきたかな…と思うと、前と違うやり方をしている。で、違う方法を始めたのかな…と思っていると、またそれとは違うやり方をしている。やり方といっても千差万別で、『 コレ! 』とは一概には書けないのですが…まあ、例えばプリントを基に勉強していたかな…と思ったら、次は要点集を基に勉強していて…またしばらく経つと過去問集で勉強していたり…。もちろん『 プリントでやった内容を、要点集で調べて、そこの過去問を… 』といった関連性のある連続的な勉強ではありません(まあ、関連性があったとしてもあまりお勧めできない勉強方法ですが…)。その場、その場の思いつきで、無計画にやっている。一つのことが続けられずに、目移りしてアレコレ手をつけてしまう。そんな感じです。

 現代は情報社会。ネットや様々な情報源から、無数の情報が飛び交う時代です。そして、その無数に飛び交っている情報に警鐘を鳴らしている人が、多くいることも確かです。その警鐘に関しては、国家試験対策においても同じこと。無数の情報が飛び交ってはいますが…眉唾ものどころか、とんでもないいい加減な情報…イヤ、全くの嘘が流されているのも事実。『 何でこんなことを… 』と真剣に思ってしまうような嘘が、平気でまかり通っている事には絶句してしまいます。そういった〝困った情報〟のほとんどが、〝美味しそうな話〟であるから厄介。早い話『 こうやると合格しますよ 』だとか『 こうやれば成績が伸びますよ 』といった類。さらに『 簡単に 』『 すぐに 』なんていう修飾語が付いてしまうから、厄介なことこの上ありません。往々にして詐欺というモノは『 こうやると儲かりますよ 』だとか『 こうやれば資産が増えますよ 』といったもので、さらに『 簡単に 』『 すぐに 』なんていう修飾語が付いてしまうのも、お約束の話なのですが…。

 で、そんな修飾語が付いた〝美味しそうな話〟に飛びついてしまい…まあ、前述のようにそんな〝美味しそうな話〟は無数に飛び交っている訳ですから…見つける度に『 これがいい 』『 あれにしよう 』と飛びついてしまい、結局は何も身に付かなかった…という状況に陥ってしまう。何気に、そういう方は少なくないのです。

 確かに効率のいい勉強は必要ですが、ご存じのように試験対策というモノは、そう簡単にホイホイと進んでいくものではないのです。やはり、地に足をつけて勉強していくのが、一番の近道であることは間違いありません。天国に行きたいのなら、日々、品行方正に生きるというのと同じこと(宗教的観念からではなく、一般的な考え方として捉えて下さい)。それがイヤだからと、『 そんなことしなくても、国家試験に受かる方法を… 』と考えてしまうと…ある意味、やっていることはジャック・オー・ランタンに近いもの、となってしまいます。地に足をつけて勉強するのではなく、ネットの情報に振り回され、アレやコレやと手を出しているうちに…ジャック・オー・ランタンのように、どこにも行くことができず、中途半端な所を彷徨い続けてしまう…そんなことにも成りかねないのです。

 そんなジャック・オー・ランタンですが、一説には旅人の道案内をしたり、悪霊を払って善霊を呼び寄せてくれたりもするようです。ジャック・オー・ランタンが、まだ〝ジャックさん〟だったころは悪行三昧だったようですが、どうやらジャック・オー・ランタンになってからは、人のために働いてくれるよう心を入れ替えたみたいです。これから試験対策に臨む人で、もし〝ジャックさん〟の様な考えをお持ちでしたら、心を入れ変えて、彷徨うジャック・オー・ランタンではなく、人のために役に立ってくれるジャック・オー・ランタンの方になって欲しい。そう思っている次第です。

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2018年10月23日 | コメントは受け付けていません。 |

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禁忌肢は恐いのか?

 薬剤師にすべきでない受験者を識別するため、間違って一定数以上、選択した場合に自動的に不合格となる『 禁忌肢 』の導入

 上記内容は、医道審議会薬剤師分科会の薬剤師国家試験制度改善検討部会が、公表したものである。禁忌肢については2019年の第104回薬剤師国家試験から適用されるのは、ご存じの通り。

 私が以前勤めていた予備校では、医師国家試験対策や歯科医師国家試験対策も行っていた。その関係で、禁忌肢というモノも知ることになったのだが…。当時、まだ禁忌肢というモノをあまり知らない身分だったので、医師や歯科医師国家試験対策の先生方に、どんなものなのかと色々と聞いたことがある。当時、禁忌肢に関する合格基準は、医師国家試験で全問題500問のうち、禁忌肢の選択数3問以下(つまり、禁忌肢に該当する選択肢を4つ選んだだけで不合格)。歯科医師国家試験で全問題365問のうち、禁忌肢の選択数2問以下(つまり、禁忌肢に該当する選択肢を3つ選んだだけで不合格)という具合であった。ちなみに、医師国家試験の禁忌肢に関しては、未だ前述の通りであるが、歯科医師国家試験においては、111回(平成30年実施)から禁忌肢問題は出題されなくなっている。

 禁忌肢に関して、よく相談されるのが『 1問でも間違ったら、何点取っていてもアウトなんですよね? 』といった内容。実は、私も禁忌肢というモノを知った時には、同じことを考えていた。しかし、前述のように1問でも間違ったらアウトではない。医師国家試験で、問題数500問の選択肢の中から、禁忌肢を合計4つ選んだらアウト。当時の歯科医師国家試験では、問題数365問の選択肢の中から、禁忌肢を合計3つ選んだらアウト…という具合である。まあ、あまり芳しくない言い方ではあるが、医師国家試験では3つまで、当時の歯科医師国家試験では2つまで踏める…ということになる。

 4つ選んだだけで、他が満点でも不合格。3つ選んだだけで、他が満点でも不合格。何とも、恐ろしいように聞こえるが…。様々な意見があるので、言及できないが…歯科医師国家試験で禁忌肢が無くなった理由の一つに、禁忌肢で不合格になった受験者が、近年ほぼいなかった…ということを耳にしたことがある(何度も書かせていただくが、真偽のほどは定かでない)。医師国家試験でも、禁忌肢で不合格になる受験者は、ほとんどいないとのこと。つまり、皆が恐れているほど、禁忌肢が原因で不合格になることは、あまりないようである。

 では、禁忌肢を恐れる必要はあるのだろうか?『 ものを恐がらな過ぎたり、恐がり過ぎたりするのは易しいが、正当に恐がることはなかなか難しい 』と言ったのは、物理学者、随筆家、俳人でもあった寺田虎彦氏。そう、何事も恐がらな過ぎたり、恐がり過ぎたりするのは易しいのである。難しいのは『 正当に恐がる 』こと…。

 正当なる試験対策をしていれば、禁忌肢は恐れるに値しない。正当なる試験対策…基礎からしっかり理解していく。覚えるべき事を覚え、『 何故、そうなるのか? 』といった理由をしっかりと把握する。そして、考えて解く。これさえできていれば、決して禁忌肢を踏むことはない。特に大事なのが、ただ暗記するのではなく、『 何故、そうなるのか? 』といった理由を、しっかりと把握するということ。そして、考えること。何のことはない。試験対策の正攻法の最たるものである。

 禁忌肢の内容は以下の様なものである。

  ① 公衆衛生に甚大な被害を及ぼす。

  ② 患者に対して重大な障害を与える危険性がある。

  ③ 倫理的に誤っている。

  ④ 法律に抵触する。

『 何故、その行為を行うと、公衆衛生に甚大な被害を及ぼすのか? 』『 何故、その行為を行うと患者に対して重大な障害を与える危険性があるのか? 』『何故、その行為が倫理的に誤っているのか? 』といったことは、暗記などしなくとも、しっかりと内容を理解していれば、自ずと分かることである。『 この場合、こういうことをすると、こうなってしまうから、これは違う 』と考えて解けば、禁忌肢を踏むことなど、まず有り得ない。そう、誰も気付いていないようだが…禁忌肢とは、誤った選択肢であり、誤った内容なのである。早い話×の内容。×をつけることができれば、自ずと排除される訳であるから、踏むことは無い。だから、あえて『 ○○はやってはいけない。これは禁忌肢になる 』と覚える必要など、全くと言っていいほどない訳である。

 ④の法律に抵触するといった内容に関しては…確かに法律を覚えていなければならない部分はある。しかし、それとて『 何故、そのような法律が必要なのか? 』といった観点から覚えていれば、さして難しくはないはずである。これも、試験対策の本質。覚えることも、ただ覚えるのではなく、『 何故、そうなのか 』といった観点から覚えていく。そう、正当なる試験対策において、100%の丸暗記など、そう出てくるものではないのだ。もちろん、100%の丸暗記など、そう使えるものでもないし、思いのほか役に立つものでもない。

 つまり、試験対策として、きちんとしたスタンスを取っていれば、禁忌肢を踏むことは、まずないと言っていいだろう。しかし…昨今の多くの学生さんがやっているような『 意味も分からず覚える 』では、踏む可能性が高くなることは間違いない。さらに…いつものように、意味も分からず『 ○○はやってはいけない。これは禁忌肢になる 』と覚えていったとして…一体どれだけのことを、覚えなければならないのだろうか?確かに試験対策では、覚えなければならないことはある。しかし『 覚えなければならないこともある 』であって『 全て覚えることばかり 』ではない。覚えるべき事は覚える。理解するべき事は理解する。これが正当なる国家試験対策である。何でもかんでも、ただ覚えればいいというモノではないし、そういう考えだからこそ、とにかく丸暗記…といった方向に、流れてしまうことになる。7×7は九九で覚えなければならない。しかし、その後の12×7は、覚えた九九から、自ら考えて導き出さなければならない。12×7まで九九のように覚えていったのでは、たまったものではない。これが『 ボールペンが、7ダースあります。全部でボールペンは何本ありますか? 』なんていう文章題になった場合。暗記だけでは、目も当てられない状況になってしまうのは、言わずもがな。

 暗記の恐い所の一つに『 意味が分かっていないのに、知った気になってしまう 』ことがある。そう、使える知識にはならないということ。知ってはいるけど、分かっていない…試験対策にとって、これほど危険ことはない。そして、これが禁忌肢を踏んでしまう、一番の要因となるのである。『  ガソリンとは、どういうものか? 』『 どうやってエンジンを動かしているのか? 』を、大体でもいいから理解していれば、ガソリンを火のそばに置いてはいけないことは、教わらずとも考えれば分かるはずである。『  ガソリンとは、どういうものか? 』『 どうやってエンジンを動かしているのか? 』を、全くといっていいほど分からずに、ただ『 ガソリン=エンジンを動かすもの 』と暗記している人間にとっては…ガソリンを火のそばに置くという行為に対し、何の疑問も抱くことはないだろう。

 ものを恐がらな過ぎたり、恐がり過ぎたりするのは易しいが、正当に恐がることはなかなか難しい。『 禁忌肢なんて全く問題ない 』とするのも、『 禁忌肢が気になって、とにかく試験対策が不安である 』とするのも、正当に恐がっていない。試験対策の本筋に沿って、正当なる試験対策を行っていけば、恐れる必要もなければ、恐れすぎる必要もない。もちろん、『 とりあえず、暗記して乗り切ろう 』というのは、侮りすぎ…すなわち、『 恐がらな過ぎ 』の最たるものであろう。そう、結局は『 不安すぎず、侮らず 』といった、正当なる試験対策を行ってさえいれば、それほど禁忌肢を恐れる必要はないのである。実際、昔、医師国家試験対策や歯科医師国家試験対策の先生方に、禁忌肢のことを聞いた時も、『 必要以上に恐れる必要はない 』というようなことを話していた。正しい試験対策を行っていれば、侮ることは無い。正しい試験対策を行っていれば、必要以上に不安になることも無い。正しい試験対策さえ行っていれば、禁忌肢が導入されようとも、試験のシステムが変わろうとも十分に対応できる。これが、禁忌肢に対する私の考えである。

 

『 分からない 』ことを むやみに恐れたり、ごまかして安心しようとすることこそ、一番危険なことだと知るべきだろう。

まことに『 正しく恐れる 』ということは難しいことだ。

ではどうすればよいかというと、学習するしかないのだ。

 

by さだ まさし (シンガーソングライター、タレント、小説家)

 

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2018年10月15日 | コメントは受け付けていません。 |

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5秒先の未来の笑顔

 ブログで何度も書かせていただいている、みやぞん氏。天真爛漫な彼の人柄には、誰もが魅了されてしまいます。その卓越した運動能力や音楽に関する才能もさることながら、いつもニコニコ、前向きな姿勢には、ただただ感服してしまう次第。口だけでポジティブな言葉を発しているのではなく、発しているご本人も、どう見てもポジティブというか、嬉しそうで、本当に見ている人にポジティブを分けてあげている。そういう感じがするのです。彼を見ているだけで、本当に幸せな気分になってしまいます。やはり、そこが人気の理由なのだと思います。

 そんな、みやぞん氏は、やはりポジティブで元気になってしまう名言を、いくつも発しています。ブログでも、何度も取り上げさせていただいていることは、言わずもがな。『 よく、こんなに珠玉の名言を発することができるものだな 』と、心から感心する次第。やはり、常に明るくニコニコしていれば、良いものを見つけたり、良きことを考えたりすることができるのでしょう。ポジティブだからこそ、ポジティブの目を持ち、ポジティブなものを見つけることができる。ポジティブだからこそ、ポジティブな頭を持ち、ポジティブな思考ができる。そういったところでしょう。

 そんな、みやぞん氏。次のようなことを話していました。

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今日より幸せ、明日も もっと幸せ。

遠い未来と同じように、5秒先だって未来。

今楽しくしていれば、すぐに5秒経つ。

だから未来は明るい(笑)。

いま楽しく、いま楽しく 』をいかにずっとできるか(が幸せにつながる)。

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目からウロコというか…何という珠玉の名言たることか!現存している、あらゆる成功哲学の発している内容の全てが、ここに集約されていると言っても決して過言ではないでしょう。イヤ、既存の成功哲学、人生論など足元にも寄せ付けない位の凄いものが、この言葉の中にはあります。もの凄くシンプルに、分かり易く…。イヤ、シンプルで分かり易いからこそ本物なのです。それでいて、的確に本質を捉えている。

 今日よりも、明日はもっと幸せ…。とても大事な言葉ではないでしょうか?今は幸せ、そして次はもっと幸せ…。そう捉えれば、人は次から次へと幸せになれますし、ずーっと幸せでいられるのです。『 でも…今、幸せであっても、先が幸せかどうかは分からない 』という人がいるやもしれませんが…だからこその、みやぞん氏の言葉なのです。

 遠い未来と同じように、5秒先だって未来。今楽しくしていれば、すぐに5秒経つ。だから未来は明るい。未来は分かりません。でも、未来は変えることが出来ます。みやぞん氏のお言葉の凄いところは、未来を〝5秒先〟に設定しているところ。確かに5秒とはいえ、先にあるのだから未来です。今楽しくしていれば、5秒などすぐに経ってしまう。すると…今楽しいが持続している5秒後も楽しい。だから、未来も楽しい。未来は明るい。確かにその通りではないでしょうか?今、楽しくしていれば…楽しいが続いて、未来も楽しくなる。

 私たちは未来というと、5秒後ではなくもっともっと先のことを考えてしまいます。1カ月後のこと、2カ月後のこと…半年後のこと、1年後のこと。そして不安になってしまいます。私が以前出席した講演会で、講演者の方が次のようなことをお話しされていました。

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人間、過去にあるのは後悔。未来にあるのは不安。その2つに捕らわれるから、
現在(いま)が見えない。

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まさにその通りだと思います。過去のことを思い出す時。何故か、後悔するようなことばかり思い出しては憂鬱になってしまう。そして、未来のことを思っては不安になってしまう。過去の後悔と未来の不安ばかりに捕らわれて、現在(いま)が見えない…現在(いま)という時を見過ごし、蔑(ないがしろ)にしてしまっている。

 私は色々な本を読んできましたが、どの本にも書いてあるのが〝幸せは選ぶもの〟ということ。様々な分野で業績を成してきた偉人達も、皆、同じことを口にしています。幸せは選ぶもの…。幸せは選べるものだから、幸せを選べばいいのです。みやぞん氏は『 今楽しくしていれば 』と言っています。これこそまさに、幸せを選ぶということではないでしょうか?今楽しくしていれば…これすなわち『 今楽しい方を選べば 』ということになると思います。今楽しい方を選べば、5秒先も楽しくなる。今楽しい方を選べば、未来も楽しくなる。そうやって、『 いま楽しく、いま楽しく 』を選んでいく。5秒くらいなら、『 楽しい 』とか『 幸せ 』って、感じ続けることは出来るのではないでしょうか?少なくとも、これで5秒先の未来は安泰。これが、ずっと出来れば…ずっと幸せでいられる。未来もずっと…。みやぞん氏の発言には、どこかほっとした暖かさがあるのですが、なかなかどうして。先の言葉は、非常に理論的な、そして鋭い発現内容ではないでしょうか?

 何の本かは忘れましたが(というか、調べても出てこないのです)、『 明日は神様の領域。明日のことを思い煩うのではなく、今日を精いっぱい生きるのが人の役目 』といった内容を目にしたことがあります(ちなみに、聖書にも似たような文章があるようです)。確かに、その通りだと思います。人は、1秒先の未来さえも知ることができないのです。そこは、神様の領域だから。だからこそ、人に与えられた〝現在(いま)〟という時を、楽しく精一杯生きなければならない。しかし、悲しいかな人は、過去の後悔と未来の不安ばかりに捕らわれて、現在(いま)が見えない。現在(いま)という時を見過ごし、蔑(ないがしろ)にしてしまっている。明日のことを、どんなに思い悩んだところで、そこは神様の領域。人が関与する領域ではないのです。しかし…〝現在(いま)〟は、人の領域。ここを楽しく、精一杯生きれば、5秒先の未来は楽しくなる。そう、現在(いま)を楽しくすれば、未来も楽しくなる。人の領域で楽しく生きるという役目を果たしていれば、神の領域である未来を楽しくすることができる。みやぞん氏のお言葉、本当にすごいものだと思います。

 そんな、みやぞん氏のお母さんの口癖は『 大丈夫!プラッチコウ! 』。『 プラッチコウ 』というのは『プラス思考 』のことだそうです。さすが、みやぞん氏のお母さん!〝超ポジティブ人間〟であるみやぞん氏のお母さんですから、やはり言うことが違いますね。ポジティブなお母さんに育てられたからこそ、ポジティブなみやぞん氏が育ったのは間違いないと思います。そう、ポジティブはポジティブを作り、ポジティブはポジティブを呼ぶのです。そういえば、みやぞん氏の合い方であるあらぽん氏も、いつもニコニコしていますね。ポジティブが伝染したのか?はたまた、みやぞん氏がポジティブだから、幼馴染のあらぽん氏もポジティブに育ったのか?どちらもポジティブだから、ポジティブ同士引き寄せあったのか?どれにせよ、ポジティブはポジティブを呼ぶことは確かなようです。そして…ポジティブは、時空を超えてポジティブを呼ぶのではないでしょうか?前述のように、今を楽しくポジティブに生きていれば、未来も楽しくポジティブなものになる。未来の楽しさをも、引き寄せてしまうことになるのです。どうせ引きよせるなら、今を楽しく生きて、楽しいものを引き寄せた方がいいではありませんか?今を楽しく生きれば、未来を楽しくすることができる。たった5秒でいいのです。今楽しくしていれば、未来は明るいのです。『 いま楽しく、いま楽しく 』を、いかにずっとできるかが、幸せにつながるのです。そして、それが続けば…誰でも楽しい人生を送ることができる。そう、みやぞん氏は言っているのだと思います。

楽しく生きているだけで、人生成功。

by みやぞん氏のお母さん

 

 

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2018年10月10日 | コメントは受け付けていません。 |

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