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ザラメおかきの謎

私は煎餅が好きである。煎餅といっても甘い系の煎餅もあるし、しょっぱい系の煎餅もあるが、私はしょっぱい系の煎餅が好きである。いわゆる〝米菓〟と呼ばれている煎餅である(まあ、中には甘いものもあるが…)。しょっぱ系の米菓が好きなので、おかき(かき餅)、あられの類も好きである。まあ、煎餅、おかき、かき餅、あられの違いは、紙面の都合上省かせていただくことにして…更に、文字数の関係もあるので、このブログでは煎餅、おかき、かき餅、あられを、まとめて〝おかき〟と表現させていただくことにしたい。

おかきの中でもとりわけ好きなのが、袋の中に何種類かの小さなおかきが入っているヤツ(以降、袋おかきと記載させていただく)。色々な味が楽しめることはもちろん、『 何が出るかな? 』と袋から取り出すことも、これまた一興。プラスチックのトレイ(袋おかきには、薄いプラスチックトレイが入っている場合がほとんどである)ごと全部取り出しては、『 さあ、どれを食べようかな? 』と一つ一つを眺めつつ、吟味していくことも、これまた一興。『 よし、これから食べるか! 』とつまんで、口に入れるのが至福の時である

私は元来、好きなものは取っておいて、後で食べる方である。袋おかきも例外ではない。すると当然のことながら、あまり好みではないモノから食すことになるのだが…。まず、私が一番初めに食べるのが〝サラメおかき〟。そう、誰もが一度は目にしたことがある、おかきにザラメがまとわりついた、アレである。前述のように、しょっぱ系の煎餅が好きな私にとっては、このおかきは手痛い存在と言っていい。せっかく、しょっぱ系を堪能できる良い機会なのに、甘い系を食すことになるのだ。また厄介なことに、このザラメというヤツは、袋の中でおかきから離れてしまうのがお約束。すると…同じ袋の中に入っている、しょっぱ系のおかきにもザラメが付着してしまうことになる!しょっぱ系おかきが、一瞬にして〝甘じょっぱ系おかき〟に早変わり。歴戦のマジシャンも汗ばむほどの早変わりである。これを『 Oh my God! 』と叫ばずに、何が『 Oh my God! 』であろうか…。

ここで、二つほど断っておきたいことがある。まず一つは、私は別にザラメおかきが大嫌いという訳ではないという事。まあ、食べない訳ではないが、好んで自発的に食すことはないという存在である。もう一つは…これが大事なのであるが、私は自分が好みではないモノを否定するようなことは、しないということ。以前、書かせていただいた『 「自分は○○が好き」=「○○が嫌いな人はおかしい」なのか? 』というブログの中でも、そのことについて触れさせてもらっている。『 自分の嫌いなものを好む人間に対し、その人間を否定するような言動をとるということは、他人として如何なものなのだろうか? 』といった趣旨を書かせていただいたが、今もってその考えは変わっていない。だから、今回のブログにおいても、ザラメおかきを非難している訳ではないし、ザラメおかきが好きな人のことを非難しているつもりでもない。非難する気など毛頭もないということを、心に留めておいてもらいたい。

閑話休題。で、とりあえずザラメおかきから、ほお張ることになるのだが…。毎回、袋おかきを食べる時。ザラメおかきから食べようとすると…『 そう言えば、これが好きな人っているのかな… 』と思うのである。私が知る限り『 あまり、ザラメおかきは好きじゃない 』という声の方が、多いよう思えるからである。しかし『 声が多い 』のであって『 声が無い 』訳ではない。以前いた職場で、事務の女性とおかきの話になり、『 ザラメおかき、好きな人っているんですかね? 』と発言したところ…その女性曰く『 私、ザラメおかき好きですよ 』との声が返ってきた。驚愕である。何といっても、(現時点で)私が知る限り、生涯ただ一人の〝ザラメおかき好き人間〟だからである。今もって、この女性以外の〝ザラメおかき好き人間〟に出会ったことはない。

果たして、ザラメおかき好き人間は、他にもいるのだろうか?まあ、当然いるのであろうが、果たしてどれ位の割合なのだろうか?残念ながら、こればっかりは考えても結論は出ない。データである以上、考えてその数値を出せるものではないからである。データ…考えて出せるものではない…だったら、皆に聞いてみればいいではないか?

という訳で、塾生さん&職員・講師にアンケートを取って、集計することにしてみた(公平を期するために、私自身はアンケートを行っていない)。内容としては…

海苔巻き、しょうゆ、胡麻、海老、黒豆、ザラメ、サラダ、昆布の8つの〝かきもち(おかき)〟があります。

1.『 好きなものを2つ選んでください 』と言われた場合、何を選びますか?

2.『 食べないもの(残すもの)を、一つだけ選んでください 』と言われた場合、何を

 選びますか?

といったもの。やはり、ポイントは設問の2。『 ザラメおかきが、圧倒的なのではないだろうか? 』と予想していたのだが…そうはならない所が、この世の妙と言うところ。

確かにアンケート結果では、設問の2でザラメおかきを選んだ人が多かったのだが…パーセンテージとしては42.9%(内部情報等の関係もあるので、母集団は伏せさせていただく)。なんと、過半数には届いていなかったのである。『 事実は小説よりも奇なり 』というのは、まさにこのこと。誰もが予想だにしていなかったことが、今、目の前で展開されているのである。歴史の生き証人といってもいいだろう。

さらに驚いたのが…設問の1でザラメおかきを選んだ人は、全体の9.5%。諸説あるが、競馬における馬連での万馬券の確率は約10%とされている。万馬券とほぼ同じ位の確率ではあるが、ザラメおかきを好む人は確かにいるのである。ちなみに設問1の第一位は、海苔巻きと海老で、どちらも47.6%という数字をはじき出している。

まあ、よく考えてみれば…ザラメおかきは、単品で売られていたりする。袋の中のおかきが全部、ザラメおかきというヤツである。単品で売られているという事は、単品で十分勝負できるという事である。買う人がいる。だから単品で勝負できるのである。実際、調べてみるとザラメおかきの単品は多い。前述の断りにあるように、このブログでは煎餅、おかき、かき餅、あられをまとめて、おかきと呼ばせてもらっている。そのため『 ザラメおかきの単品 』とは書かせていただいているが、詳しく書かせていただくならば〝ザラメ煎餅単品〟だったり、〝ザラメあられ単品〟だったりする。おおっ、何と偉大なるザラメ一族!単品もさることながら、その種類だって決して少なくはないのだ。かなりの手練れと見たぞ、ザラメおかき。イヤこういうヤツが、一番侮れなかったりするのは確かである。一見目立たず、一見それほど皆から好かれていないような…しかしながら、誰もがそれを知っており、一部からは絶大なる信頼を持っている…こういうヤツが侮れない…人間世界においても同じである。

そして、今日も私はザラメおかきを口にすることになる。今日は小袋に入ったタイプではなく、大きな袋にちょっと大きめのおかきが、何タイプかミックスされて入っているタイプのものである(1個1個、個別包装)。『 何が出るかな 』と喜んで手を入れて取り出すと…取り出したのはザラメおかき。『 ミックスだから、しょうがないわな 』と食べることに。そして再び『 何が出るかな 』と取り出すと、またザラメおかき…。『 …まあ、こういうこともあるわな 』と口にして、またまた手を入れて取り出すと…またザラメおかき…。さすがに、この頃になると『 なんか、この袋、ザラメおかき多くないか? 』と少々疑ってしまい、袋の中をしげしげと見つめながら、その数を数えてしまう自分であるが…まだまだ、修行が足りないと感じてしまう、今日この頃である。やはり侮れないな…ザラメおかき。

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2018年1月29日 | コメントは受け付けていません。 |

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降雪狂想曲

 1月22日 月曜日。前の週から『 寒気が入ってきて、関東平野部での積雪が… 』と、どの天気予報でも大騒ぎ。幸いにして、我が薬進塾は休講日である(要点復習講座は、基本的に月曜日が休校日である)。

 カリキュラムを組んでいて、何が一番困るかというと、この時期の降雪&積雪。薬剤師国家試験まで、あと〇日なんていう時期だからして、普通に『 雪が降っているからお休みです 』などという訳にはいかない。もちろん、塾に来ることは可能であっても、この時期、講義が終わるのは18:0018:00といえば…降雪が予想される度に流される、天気予報の『 帰宅時間では本降りとなり、交通機関にも影響が… 』といった言葉通り、大抵の場合、交通機関は乱れに乱れる時間…ということになってしまう。当塾の塾生さんの中には、2時間以上かけて通学されている方も少なくはない…というより、毎年のように2時間以上の通学塾生はいる。当然、講義が終わって帰ろうにも、交通機関の乱れにより帰ることが出来ない…といった状況も十分考えられることになる。前述のように『 じゃあ休講に… 』という訳にもいかない。時期が時期なだけに、カリキュラムは相当タイトになっている。もちろん予備日が無いわけではないが、それで必ず講義がうまく調整されるかというと、それも難しい話(ちなみに、薬進塾では、過去、一度もうまく調整できなかったことはなく、うまい具合にいっている)。では、『 積雪が予想されてますけど、講義は行いますよ 』とした場合。判断を誤ると、これまた前述のように、帰宅困難塾生を出してしまう場合が生じないとも限らない。講義は次の日もある。ましてや、国家試験前の大切な身の上。何時間も電車を待たされたり、寒い中何時間もかけて歩いて帰るなぞして、下手に風邪をひかれたり、体調を崩されては困る。かと言って講義を途中で切り上げるのも…切り上げられなかった部分の内容はいつ講義するのか?やはり、予備日を使って…しかし予備日を使うとなると…と前述のように、これまた悩んでしまうことになる。だからこそ、『 この時期、何が一番困るかというと降雪&積雪 』となってしまうのである。

 私は、北海道出身であるが…何気に北海道に住んでいる人間にとっても、雪は困ったものである。もちろんスキー場があったりするので、降らなきゃ降らないで、それはまた困ったことになってしまう。高校の時の後輩で、札幌の駐屯地に勤務する自衛隊の人間がいたのだが…その後輩、以前『 今年は雪が少ないから、雪まつりの雪像を作る雪を、遠くまで取りに行かなきゃいけないんですよ 』などと愚痴っていたことがある。やはり、雪が必要な所では、必要とされるべき最低限の雪は必要なのである。

 しかし…たとえ北海道人であっても、雪に関わらない一般人となると、やはり雪は困ったものになってしまう。『 北海道では家を借りる・家を建てる時には、雪を棄てる場所があるかどうか確認しなければならない 』と言われるまで、雪は生活に密着しているのだ。雪を棄てる…そう、何といっても、家の周りの除雪。これが一苦労なのである。まあ、周りといっても最低限、家の前、出入りする所は除雪しておかないと厄介なことになる。北海道では家の前の除雪は、子供またはお祖父さんの仕事というのが、かなりお約束の話である。でも、除雪できる子供がいたり、お祖父さんも動けるうちならまだいい。お年寄りだけの家庭となると、除雪するのも一苦労である。まあ、ボランティアでやってくれる組織もあるが、どこもかしこも雪が降っている訳だから引く手あまた。除雪を頼んだとて、順番待ちというパターンが多い。もちろん、順番待ちをしている間も、雪は絶え間なく降っている訳だから、なおさらタチが悪い。業者に頼む場合もあるが、もちろんそれ相応の料金はかかる。中には、除雪代だけで一冬10万円ほどかかる…なんていう場合もある(まあ、屋根の雪下ろしも含めてではあるが…)。

 雪が必要な所では、必要とされるべき最低限の雪は必要であるが…関東平野部は、これといって雪が必要な所ではない。そうなってくると、当然ながら雪は厄介なモノに。交通網のマヒはその代表的なもので、こちらに居住を移してから数十年の私でさえも、『 それにしても厄介だな…と言うか、もうチョット雪への対応、何とかならないの? 』と毎度ながら思ってしまう。そりゃあ10年に一度降るか降らないか…というのなら分からなくもない。しかし、毎年のように雪は降るのだ。その度に止まったり、マヒしたりでは、何ら進歩がないと思われても仕方が無いよう思えるのだ。少々辛辣な意見ではあるかもしれないが、雪は毎年降るのだから『 雪が降ったから止まりました・遅れました 』は言い訳にならないのではないか…そう思うのだが…。

 よく『 東京は雪に弱い 』と言われる。雪国育ちの私からすれば、確かにそう思わなくもない。前述のように、雪は毎年降るのだ、それ相応の対策は講じるべきであると思う。毎日のように雪が降る雪国でさえ、それ相応の策は講じているのだ。まあ、雪国の方は策を講じなければ、大変ことになってしまうのが必須だから、何としても策は講じなければならないのではあるが…。よく私がネタとして話すことのなのだが…私の出身地の街には、ちょっと大きめのゲームセンターがあった。が、潰れてしまった…という話をすると、こちら(関東)の人たちは間違いなく『 やっぱり田舎だから、ゲームセンターに来る人は少ないんだろうなぁ… 』的な話をする。しかし、その答えは誤答。『 そのゲームセンターは雪で潰れた 』が正答である。そう、昼は普通にゲームセンターとして稼働していた施設が、夜中に雪で潰れたのである。雪の重みで家屋が潰れる…そんな雪国育ちの人間にとっては普通のことが、こちら(関東)に来ては極めて異常なことであることに驚かされたものである(まあ極端な例ではあるが…)。実際、空き家になると一冬持つのは難しいとよく言われていた。こちら(関東)の人間は知る由もなかろう。雪の本当の恐さでもある。

 そんな雪の恐さを知っている北海道育ちの私っであるが、私にとって今一番恐ろしい雪の恐さは『 降雪によって休講になること 』に他ならない。前述のように、雪が降るとカリキュラムが大変なことになってしまう。こんな恐ろしいことはない。だからこそ、今回のような降雪はできる限り控えてほしいというか、まあ来てほしくないというのが正直な意見。雪が降ることによって困る人は色々であるし、困る理由も色々であるが、とにかく私としてはカリキュラムに影響のあるような雪は降って欲しくはない。それが正直な意見でなのである。雪の降ってほしくない人間は、こちら(関東)には多いと思うが、出会ったこともないその人たちと心を一つにして『 雪よ降らないでくれ 』そう願っている次第なのである。

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2018年1月22日 | コメントは受け付けていません。 |

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自分で考えて決めんかい!

 私が中学生のころ。その年代になると、誰しも感銘を受ける有名なバンドの曲が、お約束通り流行り出したことがある。皆がこぞって、その曲の良さを、したり顔で語る…。まあ、人それぞれであるから、その人が良いと思ったいモノを、良いと語ることには何ら問題はない。で…実は私は、そのバンドの曲にあまり感銘を受けていなかった(まあ、今も感銘を受ける曲とそうでないモノの差が激しいのだが…)。というよりも、当時、別のバンドの曲に、熱狂的に入れ込んでいた。そんな私を揶揄するものも多かったが、そんなことは全く気にしなかった。私は、そのバンドの曲が好きなのだ。誰に迷惑かけている訳でもない。私だけがその良さを堪能出来ればいい。しかし、世の中にうるさい輩がいるのは常。揶揄されるのも、何度ともとなれば面倒くさいものになる。しまいには、私の入れ込んでいるバンドの曲を貶す(けなす)までに…。そこで私は正直な意見を言う。『 (誰しも感銘を受ける有名なバンドの曲を)私はいいとは思わない。そんなにいいのか? 』と…。すると、何人かの人間が口を揃えてこう言った。『 皆が良いと言っているのだから、良いに決まっている 』。

 これも、中学生のころ。ある数学の問題が出た時、私ともう一人(仮にA君としよう)の答で食い違いが出た。その時、ある人間が言った言葉。『 A君の方が頭がいいから、A君の方が答だろ 』残念ながら、正解は私の方の答。

 世の中には、自分で判断できない人間がいる。良い曲とはどういう曲だろう?そんなもの人によって異なるに決まっている。自分が良い曲と感じれば良い曲だし、そうでないと思えばそうでない曲である。自分が美味しいと思えば美味しい料理だし、『 私にはチョット… 』となれば、そういう料理なのだろう、その人にとっては…。そう『 その人にとっては 』である。人は皆それぞれ。それぞれ感性など違っていて当たり前。だからこそ芸術作品も料理もスポーツも趣味も無数にあるのだし、だからこそ、そこから好きなものを選べばいい。そう、そこから自分で好きなものを選べばいいのである。

 自分で選ぶ。そこには〝自分の判断〟というものがある。自分で感じて、考えて、自分なりの決断を下す。これが〝自分の判断〟である。自分で感じる、自分で考える、自分で判断する。人は皆それぞれ。当然、それは人とは異なるものとなる。もちろん、同じになる場合もあるだろう。しかし、その〝同じ〟とて、厳密に言えば〝異なる同じ〟のはずである。結果としての方向性が〝同じ〟だけでしかない。しかし、それが普通である。

 自ら判断しない場合、自ら判断できない場合。人は、外部にその判断を強いられることになる。仕方があるまい。自ら判断するという、己の存在の根幹であるものを放棄しているのだ。早い話、『 自分自身がない 』ということ。自分自身がない以上、判断など出来るはずがない。すると…外部からの意見や考えに押し流されてしまうことになる。そこで、前述のような『 皆が良いと言っているから良い 』『 あの人は○○だから、あの人の言っていることは正しい 』といった、なんとも情けない判断…イヤ判断とも呼べぬ、己を見失った愚行をさらけ出してしまうことになる。中には『 本に美味しいって書いてあるから、美味しいんだよ 』なんて、味覚さえも、外部に安売りしてしまうような人もいるようだが…美味い・まずい位、自分で判断したら如何なものだろうか?

 『 皆が言っているから… 』『 あの人が言っているから… 』で、自分の好きなモノに出会えなかった、美味しいものを食べられなかった…この程度の損害ならまだいいだろう。判断を誤り、怪しい集団に入ってしまった人や、怪しいビジネスに手を出した人が、ひどい目にあい『 こんなことになるとは思わなかった 』と悔やんでも悔やみきれない様子で話している場面は、何度もマスコミで報道されているではないか?気をつけていたとしても、陥ってしまう危険性があるのに、自分自身を持たずに判断できない人間など、この上ないカモであることは間違いない。

 現在、薬進塾の第104回薬剤師国家試験対策・一年コース(早い話、来年度のコース)に申し込んでいる塾生さんが数名いる。その塾生さん達に話を聞くと…皆、口をそろえて『 自分は少人数制の所でないとダメだと思う 』『 自分は少しでも早くから勉強を始めないと、ついていけないと思う 』といった内容を口にする。そう、皆、自分なりに考えて、自分の望ましい所として、当塾を選んでくれたのである。当塾を選んでくれたことは嬉しい限りであるが…やはり、その前に『 自分なりに考える 』という行為があることが重要である。他人やその他の外部要因に左右されるのではなく、自分自身を見つめ、自分で考えて選んでいく。これは、試験対策にとっても重要な事なのである。

 現在、103回国家試験に向けて、当塾で試験対策に切磋琢磨している塾生さんの中にも、そういう塾生さんは何気に多い。入塾した時から成績も良好でまじめな塾生さんがいるが…以前、その塾生さんに『 何故、薬進塾に来たのか? 』と尋ねたことがある。その塾生さん曰く『 少人数制だったので…私は人数が少ない所でないとダメだと思ったから… 』と答えていた。やはり、本人なりに自分というモノを見据えて、自分なりに考えてきたのだろう。そして、そういう人間だからこそ、成績が良好なのだと思う。実際、入塾した時も成績は良かったが、さらにその成績は上がり続けている。

 やはり、外部の意見や情報に流されるのではなく、自分というものをしっかり持ち、そこから判断することは重要である。人がどうであれ、人が何と言おうが、自分は自分。自分で考え、自分で決める。これが重要なのである。偉そうに書いているが…本来、これは人として当たり前の行動である。しかし昨今は自分で考え、自分で決めることが出来ない学生さんが多い。外部の意見や情報に流される学生さんは、決して少なくないのだ。その結果、『 いい曲に出会うことが出来ない 』『 美味しいものを食べることが出来ない 』位ならまだしも、前述のようにとんでもないことになってしまう場合も多々ある。もちろん、試験対策においても、とんでもないことになってしまう場合はある。とんでもないことにならないためにも、外野に流されず、自分自身で考えて判断することが必要なのである。自分の人生くらい、自分で決めたら如何だろうか?書かせて頂いたように、昨今の薬学生にはそれが出来ない人が多い。だからこそ『 自分で考えて決めんかい! 』と声を大にして叫びたい。そういう所存なのである。

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2018年1月18日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

楽をするため苦労する。

 先日、ある講師と話をしていのですが…こちらの講師も、当薬進塾が誇るベテラン講師。私とは付き合いも長いのですが、もちろん人生においては大先輩の講師(笑)。色々な現場で活躍されているで、薬学生と接する機会も多い講師なのですが、そんな講師と話ていたのが、昨今の学生さんの気質について。まあ、二人とも真っ当な講師なので、口にすることは当然ながら同じ内容になるのですが…。そんな二人の意見として出たのが『 昨今はしっかり基礎から勉強しようとしないで、テクニックにばかり走る学生さんが多い 』ということ。

 実は、私も昨今気になってはいたのですが…。当ブログご愛読の方ならご存知のことと思いますが、私は以前より学習指導、つまり『 勉強のやり方 』を指導しています。『 どうやって勉強すればいいのか? 』『 勉強は、どうやるものなのか? 』等、具体的に勉強をどのように進めていくのか等を指導するのが学習指導。私が講師となった数年経ったころから始めた学習指導も、早ン十年。現在では、その内容もさることながら、『 勉強のやり方 』に関する多彩な指導方法が編み出されている次第です。学生さんの勉強の悩みは尽きることはありません。その〝尽きることのない悩み〟に対し、如何に〝尽くすこと〟が出来るか?そんな想いで日々学習指導をしています。

 そんな日々の中。昨今の学生さん(薬進塾の塾生さんだけではなく、大学や企業から学習指導の依頼を受け、接する学生さんも含めて)と、学習指導の話をしている時に、何気に感じるのが『 試験のテクニック的なことを求める学生さんが多い 』ということ。手っ取り早く言うなら『 どうやったら試験の点数を上げることが出来ますか? 』ということ。あまりよろしくない言い方をさせていただくならば『 勉強はさておき、さして苦労もせず、点数を上げるにはどうしたらいいのか? 』といった内容が多くなってきている、ということ。

 どうやったら試験の点数を上げることが出来るのか?答は簡単です。勉強すればいいだけの話です。それでも(点数が)上がらなかったら?そこからが、学習指導の出番ということになるのですが…とにもかくにも成績を上げるためには、まず第一に『 勉強をしなければならない 』ということ。ここからすべてが始まる訳ですから…。ところが、さして勉強もしていないのに、『 成績が上がらない 』と言う人は、何気に多いのです。真っ当な勉強をしていないのに、同じ言葉を発する人もいます。どちらの場合も、本人は〝勉強やっている気満々〟なのが、これまた厄介。そのせいもあるのでしょうか、こちらが『 ちゃんと勉強しないと… 』と指導をしても、そういったタイプの人は聞く耳持たない…とまではいきませんが、しっかりと受け止めてくれる人は少ないのが現状。そして、そういう学生さんに限って、往々にしてテクニック的な部分に走る傾向があるのです。

 先に言ってしまえば…確かに試験対策においては、テクニック的なモノがあることはあります。しかしそれは、それ相応の学力が付いたときに初めて効力を発揮する方法です。それとて、一気に20点も30点も点数がアップする方法ではありません。そんなテクニックを使わずとも、真っ当に勉強していた方が、よっぽど20点も30点も点数をアップさせることが出来るのですが…。ところが前述のように、どうしたことか〝真っ当に勉強していない人〟に限って、テクニック的なことにウエイトを置こうとする傾向があるのです。

 〝試験のテクニック〟と称してはいるものの、どうも眉唾もの…といったものも、よく見かけますが…。前述のように、(眉唾ものではない)きちんとしたテクニックを使い、それ相応の成果を出すためには、ある程度の学力が蓄積されていなければなりません。そういったテクニックでは、今ある学力を少しUPさせることは出来ますが、無い学力をUPさせることは到底出来ません。本来起こるべき反応を効率良く起こすことは出来ますが、本来起こるべきはずがない反応を起こすことは出来ないのです。テクニックを使うためには、それ相応の学力が必要。このことを、しっかりと肝に銘じておいて欲しいと思います。そして、そのテクニックとて、試験対策の本筋になるものではない事も、しっかりと認識しておいて欲しいと思っています。

 薬進塾の一年コースは5月から始まります。そこで、これからの勉強方法についての学習指導をします。ある程度勉強していた塾生さんにとってはそうでもないのですが…やはり、ほとんどの塾生さんにとっては、毎日復習をするということは、なかなか大変なこと。9月の国家試験対策講座が開始されると、講義数も増え、講義終了時間も遅くなることから、復習に使える時間も5~7月に比べると少なくなってきます。もちろんこでの勉強も、なかなか大変なこと。そんなこんなで四苦八苦している塾生さんに対し、私はいつも『 今大変なのと、国家試験の時大変なの。どっちがいい? 』と言います。もちろん皆さん『 今、大変な方がいい 』と言います。そう、如何に国家試験を楽に乗り切るか?如何に国家試験直前での負担を軽くするか?そのために、少し少し事を運ぶ。時間をかけて、学力を構築していく。これが大切なことなのです。確かに〝自分で勉強する力〟が身についていない時は、勉強することに対し、それ相応の負担があると思います。しかし、一度〝自分で勉強する力〟〝勉強の要領〟を身に付けてさえしまえば、あとはそんなに大変なものではないのです。私が学習指導で常々言っている復習ノートも、作っている最中は大変かもしれませんが、作ってさえしまえば、世界に一つだけの自分だけの参考書になるのです。そこに行きつくまでは大変かもしれませんが、行きついてさえしまえば、あとは比較的楽なのです。そう、楽をするためには、苦労しなければならないのです。

 試験のテクニックに対しても同じことが言えます。そのテクニックを使うためには、それ相応の学力を身につけなければならないということ。もちろん、〝それ相応の学力〟を身につけるためには〝それ相応の苦労〟をしなければなりません。『 苦労したくないから、楽にテクニックで… 』 『 そんなに苦労したくないから、試験近くなって本腰入れれば… 』なんていうことは、ありえないと言ってもいいでしょう。まあ、そういうやり方は試験対策と言うよりも、博打といった方がいいような気がしないでもありませんが…。何事においても、特に試験対策においては『 苦労したくないから楽をする 』は成り立ちません。『 楽をしたいから苦労する 』のです。国家試験の時に苦労するか?国家試験を楽に乗り切るために、試験対策の日々苦労するのか?それを選ぶのは本人次第なのです。

基本である1、2、3をきちんと練習しないで、いきなり4とか5をやるな。

ジャイアント馬場(日本のプロレスラー、タレント)

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2018年1月10日 | コメントは受け付けていません。 |

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明けまして おめでとうございます。

恭賀新年
旧年中は格別のご高配を賜り、心よりお礼申し上げます。
年も改まり、講師・職員一同、これまで以上の努力をもってご要望にお応えしてまいります。
本年も変わらぬご愛顧のほど、何卒お願い申し上げます。

平成三十年 元旦

薬剤師国家試験対策予備校 少数育成 薬進塾

 

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2018年1月1日 | コメントは受け付けていません。 |

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