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人にした事は いつかは 自分に返る ~ 前編 ~。

 毎日新聞で週1回掲載されている、西原理恵子さん(やはり先生とお呼びした方が良いのでしょうか?)のマンガ〝毎日かあさん〟。2002年から16年間毎日新聞で連載されていましたが、今年6月26日に終了することになったそうです。私は西原先生のマンガが好きで、何冊か単行本も持っているのですが…もちろん〝毎日かあさん〟の単行本を持っていますし、友人に紹介したこともあります。映画化されましたが、もちろん映画も観にきました。〝毎日かあさん〟は、2004年に第8回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、2005年に手塚治虫文化賞(短編マンガ部門)、2011年には第40回日本漫画家協会賞参議院議長賞を受賞した、華々しい経歴をもつマンガでもあります。もっとも…西原先生は、なかなか豪快な方なので『 賞をもらうことはありがたいことだけど…賞をいくつ取ろうが、私は私だし、作品は作品。何ら今までと変わることはない 』と思っているような気がします。あくまでも私の個人的見解ですが…。

 そんな西原先生のマンガですが…前述のように何冊か単行本を持っているのですが、その中で忘れられない言葉があります。それがブログタイトルの『 人にした事は いつかは 自分に返る 』という言葉。ネタばれになってしまうので詳細は避けますが、言葉通り、人の居ぬ間にあることをしたら、自分がいない時に同じことをされてしまったようだ…といった内容。漫画のセリフでは『 徳松じいちゃんの言っていた… 』と書いてありました。恐らく徳松じいちゃんは、西原先生のお祖父さんで、小さい頃からよくこのセリフを言われていたのでしょう。で、その言葉を身にしみて感じる場面に遭遇した…というのがマンガの場面です。

 人にした事は、いつかは自分に返る。小さい頃から、色々な人から何度も聞かされている言葉ですが、とても重たい言葉だと思います。因果応報とか悪因悪果とか四文字熟語でも、よく言われる内容ですが、徳松おじいさんの言葉の方が、すんなりと染み込むように入ってくるよう思えます。

 私は国家試験の予備校でン十年講師の仕事をしています。そのため、今までに数えきれないほどの人達を見てきましたし、接してきました。そんな中で、身にしみて感じているのが、まさに『 人にした事は いつかは 自分に返る 』という言葉なのです。ブログでも、何度か書かせて頂いたことがあるのですが…集まる学生さんの数が多くなればなるほど、必ずと言っていいほど人間関係の問題が生じてきます。その問題の中でも一番多いのが、他の学生さんへの嫌がらせ。早い話、自分が嫌いな人に対して嫌がらせをする人がいるといった内容。ターゲットになるのは大人しかったり、まじめな学生さんだったりする場合が多いのですが…蚊の鳴くような声で、相談を受けたことは数知れず。そして、どういう訳か嫌がらせをする方は…なかなか威勢のいい気の強い人で、取り巻きがいたりなんかもする。そういうタイプが多いような気がします。多勢に無勢&威勢のよさもあって、ターゲットにされた、まじめで大人しい学生さんは、あっという間に劣勢な状態に…。で、相談にやって来るというパターンが多いようです。

 そういった攻撃的な学生さんは、講師に対してもそのような態度を取ってくることが多いようです。まあ、私も経験はありますが…。他の講師の前では、これ見よがしに猫なで声で話しているのですが(ちなみに女の学生さんです)…私に対しては目線も合わせず、ぶっきらぼうに言葉を発するだけ。まあ攻撃しているつもりなのでしょうが…こちらもだてに講師業が長い訳ではありません。そんな学生さんは、ヤマのようにいましたので、別に動揺することもありません。ましてや講師の仕事は、学生さんに好かれることではありません。ですから、嫌われたところで、どうということはないのです(もちろん、わざわざ嫌われるような言動をする必要もありませんが…)。これも、ブログで何度も書かせて頂いていますが、私は『 人に好かれようと思うことから不幸は始まる 』というスタンスの人間です。ですから、人に好かれようと思った事はありませんし、好かれようとも思いません。その学生さんの好きにさせています。なので、私に嫌がらせ(と思ってやっている行為)をしたところで、別にどうということはないのです。ちなみに、この猫なで声の学生さん。自分の気に入らない学生さん達に関して、それ相応の言動をしていたことも、つけ加えておきます。早い話、誰それ構わず、気に入らないと思うや否や、それ相応の攻撃を加えるタイプの学生さんだったということ。

 閑話休題。私は学習指導の時に、『 他の塾生さん(及び講師)に嫌がらせをしないこと 』ということを伝えています(もちろん、それ以外の時にも伝えていますが…)。何故、学習指導の時に伝えるのでしょうか?それは『 他の塾生さん(及び講師)に嫌がらせをする学生さんは、試験結果でいい結果を出していない場合がほとんど 』だからです。前述の猫なで声の学生さんは言うに及ばず、私が〝他の学生さんに嫌がらせをしていた〟と覚えている学生さんは、ほぼ間違いなく国家試験においていい結果を出せていません。『 そんなこと… 』と思う人がいるやもしれません。しかし、よく考えてみて下さい。他人に嫌がらせをするということも、それ相応のエネルギーを使うのです。『 こんなことをしてやろう 』と考えて行動したり、目に入った瞬間『 無視してやろう 』と今行っている行動を変えたり等、それ相応のエネルギーは使うことになるのです。ましてや、視界に入る度に『 気に入らない 』という思いが頭をよぎり、その都度不快な思いをしていれば、それ相応の精神的疲労も多くなることは言わずもがな。ましてや、相手は同じ教室にいる人間。目に入ることは日常茶飯事ですから、その度にイライラが募り、精神的にも疲労困憊になることも、これ然り。そんな無駄なエネルギーを使い、精神的に疲労困憊の状態で、試験対策に臨んだどころで、身が入った勉強など出来る訳がありません。残念な結果になるのも至極当然のこと…。まさに、徳松おじいさんの言った『 人にした事は いつかは 自分に返る 』そのもの…。他の学生さんの試験対策の足を引っ張る学生さんは、自分自身の試験対策の足も引っ張ることになる…といったところでしょうか?だから私は学習指導の時に言うのです。『 他の塾生さんに嫌がらせをしてはいけませんよ 』と…。他の塾生さんに嫌がらせをするということは、人道的に問題があるということも当然ながら、自分自身の国家試験結果に悪影響を及ぼす行為でもあるということ。薬剤師国家試験の予備校ですから、やはり〝国家試験結果に悪影響を及ぼす行為〟は控えてもらうのは、当たり前の話なのです。

 もちろん、『 人に対する嫌がらせ 』は学生さんだけに起ることではありません。私が勤めてきた職場でも、沢山の〝嫌がらせ〟を見てきました。では、その人達はどうなったのか?むしろ、こちらの方が『 人にした事は いつかは 自分に返る 』を、より表しているような…。それは、次回の講釈にて(笑)!

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2017年6月29日 | コメントは受け付けていません。 |

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基本は大切だからこそ…。

 以前、とある漫画を読んだ時の事。そこに書いてあったのが、営業マンの基本といった内容。営業マンにとって『 話をする 』ことは、仕事の基本であるが、その営業マンの基本中の基本が〝天気の話〟とのこと。つまり、天気の話をふって、話の糸口を掴み取り、もちろん相手の気持ちも掴み取りながら、自分の営業の話に持っていくという筋書きである。なるほど、いきなり営業の話をしたところで、さして親しくない人はもちろんのこと、取引相手と言えども、すんなり仕事の話に馴染んでくれるかというと、そう甘いモノではない。前フリがあって、ある程度のコミュニケーションが取れてから、いざ本題に…というのが仕事の話の進め方である。その前フリの基本中の基本が〝天気の話〟ということである。

 確かに、天気の話だと老若男女問わず、誰にも共通の話題として話を持っていくことが出来る。これが、例えば食べものの話なら…人にはそれぞれ好き嫌いというモノがある。当然、場合によっては話が弾まないことがあるのも然り。趣味の話ならなおさらの事。〝好き・嫌い〟〝興味ある・無い〟〝知っている・知らない〟があるわけだから、話の糸口として使うには少々頼りない。しかし…天気の話なら問題はない。とりあえず、現状として誰もが同じ環境にあるのだ。『 いやぁ今日は暑いですね… 』といえば、それ相応の予測ができる返答が返ってくる。よしんば地域が離れていて、違う天候であったにせよ、それはそれで話題になってしまう。『 こっちは○○より暑いですね… 』と言ってしまえば、やはり、それ相応の予測できる返答が返ってくる。前述のような〝好き・嫌い〟〝興味ある・無い〟〝知っている・知らない〟で、返答が滞ることもない。仮に〝嫌い〟〝興味無い〟〝知らない〟という、相手の機嫌を損ねてしまうような返答であっても、天気の話なら、それはそれで応対することも可能である。〝激怒して話が止まる〟〝興味が無いから話が止まる〟ということはなく、とりあえず話の糸口はつかむことが出来る。それが天気の話である。まさに、営業にはうってつけの話題。なるほど『 天気の話は営業の基本中の基本 』であるというのも、これ然りである。

 しかし…その漫画には『 確かに天気の話は営業の基本中の基本であるが、ただ天気の話をすればいいという訳ではない 』と書いてあった。漫画中には例として…ある営業マンが、クライアントに『 今日は暑いですね。いやぁ暑い。ホント熱いですよね 』と言っている場面が描かれていたのだが…クライアント、怒り気味で『 暑い、暑い言われなくても分かっている。そんな中、暑い、暑い言われると、余計暑くなる! 』と答えている。これは悪い例。一方、いい例として描かれていたのが…営業マンがクライアントに『 何でもラニャーニャ現象というのが起こっているそうです。ラニーニャ現象が起きると、日本は乾燥した空気が流れこむんで、梅雨が短くなるんで夏が長くなって、猛暑になるそうなんですよ 』と話をしている(漫画での詳細は忘れてしまったが、こういった感じの話であった)。それを聞いたクライアント『 なるほど…それじゃあ暑くなるわけだ 』と、暑きことに、それ然りと頷いている描写がされていた。

 その漫画『 基本中の基本だからと言って、ただ天気の話をすればいいというモノではない。それ相応の〝話の仕方〟というものがある。当然、そこには勉強やら調べるという行動が伴わなければならない 』と締めくくっている。そして、その漫画の中には並行して『 素振りの基本はバッティングである 』ということも書いてあった。バッティングの基本は素振りである。だからと言って、ただバットを振っていればいいというわけではないということ。私もよく例に出させていただくのだが…大リーグで活躍していた松井秀喜選手が、重視していた練習は素振りだそうである。そんな松井選手は、素振りに関して次のように述べている。『 大事なのは〝ただ振る〟のではなく〝本番をイメージして振る〟こと 』と。ここでも、ただバットを振っているのではなく、それ相応の〝素振りの仕方〟というものがあり、もちろんそこには、勉強とかイメージとか、そういった行動が伴わなければならないということが示されている。やはり、基本は大事なのである。基本中の基本ならば、なおさらのことである。しかし…実際、その基本を行うにあたり、どれほどの人が基本を行うにあたっての勉強や下調べ、イメージ等を行っているのだろうか?

 基本と言われるくらいだから、その内容は易しいモノが多いのが事実である。易しいから誰でもできる…と思いがちだが、果たしてそうであろうか?易しいからと言って、それに対する勉強や下調べ、イメージ等を行っている人は少ないのではないだろうか?手を抜こうと思って手を抜いている訳ではない。しかし、基本の易しさに、ついそういったこと(勉強や下調べ、イメージ等)を忘れさせてしまう、蔑ろにしてしまう落とし穴があるのだ。それなくして行う基本など、『 ただ暑いですねと言っているだけの営業トーク 』や『 ただバットを振っているだけの素振り 』にしか過ぎない。

 私が武道を習っていたことは何回か書かせて頂いたが…稽古の初めの時は、師匠がこちら向きに前に立ち、兄弟子たちが自分の前に並び、基本の型を毎回何度も行っていた。師匠程の人なら、今更行う必要もないであろう基本の型を、何度も何度も行っていた。確かに、その時の師匠も兄弟子たちも、型の一動作一動作を確認するように、まるで噛み締めて行うように動いていたことを思い出す。師匠も兄弟子たちも『 ただ、型の動作をしていた 』のではないのである。

 基礎とは『 物事が成立する際に基本となるもの 』だそうである(デジタル大辞泉より)。今、薬進塾の基礎講座では〝国家試験内容の基礎の基礎〟を勉強している。基礎の基礎というくらいだから、その内容は易しいモノが多い。しかし…今まで書いてきたように、『 如何に基礎を有意義なものにするか 』という課題を忘れてほしくないと思っている。易しくても、考えて、イメージして、調べて、それを有意義なものとして、自分に身に付けていってほしいと思っている。点数が取れるようになっても、学力が上がっても、師匠や兄弟子たちのように、一つ一つを確認しながら、噛み締めながらその基礎を使って、合格への糧にしていってほしいと思っている。どんな世界においても、やはり基本は大切なのである。奢らず、侮らず、手を抜かず、基本の大切さをしっかりと理解して、試験対策に当たってほしい。そう強く思っている次第である。

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2017年6月23日 | コメントは受け付けていません。 |

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語呂合わせは調味料のごとし。少し使えば美味しいが、使い過ぎると害になる。

 語呂合わせについては、何度かブログ内でも書かせて頂いている。そこでも書かせて頂いたのだが…とにかく昨今の学生さんは語呂合わせが好きである。語呂語呂語呂語呂ゴロゴロゴロゴロと、勉強に対して口を開けば、語呂という言葉が出てくる。受験生なので、致し方ない部分もあるとは思うのだが…。

 ご存知の方もいらっしゃると思うが、私は薬剤師も含め5つの資格試験対策に関わってきた経緯がある。うち3つに関しては実際に教鞭を振るってもいる。つまり、それだけ幅広い〝資格試験の受験生〟と接してきている訳だが…皆、語呂語呂と言っていただろうか?確かに語呂合わせは、薬剤師以外の試験対策でも受講生たちからのウケはいい。しかし、講義中にチョット口にした場合の反応が良いだけであって、ならば普段の勉強時から口を開けば語呂合わせと出てくるほど、夢中になっているのかというと…決してそうではない。あくまでも『 語呂合わせがあるのか。ならばラッキー、使わせてもらおう 』といった程度である。ところが、薬剤師国家試験の受験生となると…前述のように口を開ければ語呂合わせである。これは、いったいどういうことであろうか?

 確かに、書店にあるどんな資格試験のコーナーでも〝語呂合わせ〟の文字が付された書籍は目にする。しかし、決してその数は多いものではない。それは『 試験というモノに対し、確かに語呂合わせを使うことはあるけれど、それはあくまでも本筋ではない』ということを意味していることに他ならない。私が知る限り、ここまで語呂語呂言うのは薬剤師国家試験の受験生位なものである。私が関わってきた、他の4つの資格試験の受験生たちは、そんなにも語呂語呂は言わないのである。語呂語呂言うのは、ある種、薬剤師国家試験の受験生だけの気質と言えるかもしれない。

 ブログ内ではもちろんのこと、他のページにおいても語呂合わせの事は結構書かせて頂いている。それも、どちらかというとあまり芳しくない…ハッキリ言うのならば、少し否定的な見解で書かせてもらっている。勘違いされては困るのだが、私は語呂合わせを真っ向から否定している訳ではない。実際、私も語呂合わせで覚えた&覚えていることは、いくつもある。もちろん、講義の最中に塾生さん達に伝える語呂合わせもいくつかある。もちろん100%自分が考えた語呂合わせである(実はここが大事なのだが…)。確かに便利なものであるし、塾生さんの知識量にも幾何(いくばく)ながら貢献しているようでもある。しかし…口を開けば語呂合わせという具合に、多用している訳でもなければ、もちろん、何もかも語呂合わせという訳でもない。私は現在、10教科を担当しているが、その中で使う語呂合わせなど15にも満たない数である。これでも、薬進塾の講師の中では断トツの多さである。ウチで教鞭を振るっている、実績あるベテラン講師なぞ『 語呂合わせなんか、とんでもない!あんなもの使っているから間違うんだ! 』と断言している。私は、この意見には賛成である。『 あなただって語呂合わせを使っているではないですか? 』と思った方もいらっしゃるかもしれないが…私は、この先生が言わんとしていることが、手に取るように分かるのである。そして、そこの所に賛同しているのである。

 語呂合わせは、あくまでも〝綻びを取りあえず繕うためのもの〟または補強金具的なものでしかない。一見、便利なもののように思える(もちろん多少は便利ではある)が、ある意味〝補強的〟なものでしかないのだ。それだけで全てを賄えるかと言ったら、見当違いも甚だしい限りである。柱が無いのに補強金具を使ったところで意味はない。たとえ柱があったとしても、その柱がしっかりと土台に固定されていなければ、どんなに補強金具を取り付けたところで、意味はなさない。

 〝インスタント的〟〝応急措置的〟に使用した結果、語呂合わせの内容が、いつの間にか自分の知識として定着されている場合も確かにある。これが、語呂合わせの持つ本来の効果なのだが…だからと言って、何もかもが語呂合わせで対応できるかと言えば、そうではない。もしそれが可能ならば、書店にある資格試験のコーナーは、〝語呂合わせ〟の文字が付された書籍だらけということになっているはずだが、そうなっていないのは言わずもがな。『 試験というモノに対し、確かに語呂合わせを使うことはあるけれど、それはあくまでも本筋ではない』これこそがすべてを物語っていると言えるだろう。

 柱があってこそ、補強金具は意味を成すのである。あくまでも、柱を補強するための補強金具である。もちろん、柱がしっかりさえしていれば、補強金具など必要はない。前出の薬進塾ベテラン講師は、ここを言いたいのであろう。試験対策とは、各科目の本筋をしっかりと理解して身に付けていくものであると…。それさえしっかりさせておけば、語呂合わせなど不必要である。本筋である柱がしっかりしていれば、補強金具は必要ない。そう言いたいのだろう。前述のように、私もその通りであると思っている。

 私は、語呂合わせは調味料のようなものだと思っている。素材の味がしっかりとしていれば、調味料なぞ必要はない。そのままで、十分美味しくいただくことが出来る。しかし…そこに、チョット調味料をつけることにより、味が一層引き立つことになることも事実である。あくまでも素材の味を引き立てるもの。それが調味料である。しかし、使いすぎれば…素材の味を壊してしまうことになるどころか、その身を害してしまうことにもなりかねない。日本が世界に誇る素晴らしき調味料である醤油。醤油も使いすぎれば、塩分のとりすぎで健康を損ねることになる。もちろん、醤油を一気飲みなぞすれば、命にかかわることは言うまでもない(ヒト推定致死2.8~25mL/kg:日本中毒センターより)。『 醤油だけを一気飲みするなんていうことは… 』と思った人がいるかもしれないが…では、語呂合わせだけで試験対策を乗り切ろうというのは、どうであろうか?食品に適量使用してこそ、素材を美味しくできる醤油をそのまま大量に飲むというのと、柱をしっかりと補強してこそ意味がある語呂合わせを、柱もなしに大量に使用するというのと、どこが違うのだろうか?

 語呂合わせは調味料のごとし。少し使えば美味しいが、使い過ぎると害になる。このことを、しっかりと認識して、試験対策に励んでもらいたいと思っている。もちろん、柱さえしっかりしていれば、補強金具など必要はない。そして、しっかりとした柱を立てることこそ、試験対策の本来の姿勢であることも肝に銘じておいてもらいたい。そう思っている次第である。

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2017年6月17日 | コメントは受け付けていません。 |

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ウチは薬剤師国家試験の予備校です。

 ブログタイトルを見て『 何をいまさら… 』と思っている読者の方は多いだろう。このブログの読者のほとんどの方が、薬剤師国家試験を目指している方、もしくは目指し終わった方であろう。そういった境遇の方であるならば、当塾が薬剤師国家試験の予備校であることは重々承知のことと思う。仮にそういった境遇ではない読者の方がおられたとしても、当塾のブログを読むにあたり、何気に目に入ってくる他のページの情報から、当塾が薬剤師国家試験の予備校であることは、お察し頂けることと思う。

 では、何故、あえてブログタイトルの言葉を発したのかというと…。ご多分に漏れず、当薬進塾にも毎日のようにダイレクトメールが送付されてくる。まあ、ダイレクトメールの種類は種々雑多あるのだが、何気に多いのが〝学習塾〟関連のダイレクトメールである。『 塾生さんの安全を!塾に来たことを、ご両親にメールするシステムです 』やら『 学生集めに差が出る募集! 』『 試験問題作成および採点システム 』さらには『 塾講師の手配はお任せください 』などといったダイレクトメールが、毎日のように届くのである。中には、私立の学習塾協会みたいなところから『 夏季講座を如何にして制覇するか! 』みたいな、『 学習塾の皆で、色々と考えて向上していこう! 』的な内容の機関紙が届いたりもする。もちろん、そういったダイレクトメールが来たところで、ほとんどと言っていいほど薬進塾には関係ない内容のものである。

 『 塾生さんの安全を! 』と言われても…確かに塾生さんの安全は大事だ。しかし、少なくとも24歳を超えたいい大人が、塾に来たということを、わざわざ毎度ご両親にメールするというのは、いかがなものだろうか?まあ、中には『 塾に来ないことを、ご両親に連絡した方がいいのだろうか… 』と逆のことを思ってしまう場合も、あったりするのだが…。閑話休題。〝薬進塾〟と〝塾〟という文字がついているからだろうが、どうも小中高生を相手にしている学習塾と思われているふしがある。そこで、やれ夏期講座やら、やれ学生集めだとか、採点システムだ、講師手配だとなるのだろうが…。

 まあ、夏期講座云々や学生集めが絡まなくもないのだが…募集対象が全く異なっている。小中高生で、薬剤師国家試験受験資格を持っている方ならまだしも、そのような人物は皆無であるから、小中高生は薬進塾とは、ほとんどと言っていいほど関わりはないことになる。募集対象が異なっている以上、募集方法も異なるのは至極当然の話である。試験問題作成および採点システムに関しては、一件絡みそうではあるが…試験といっても、やはり小中高生に関する試験に関してのシステムである。とてもじゃないが、7科目345題に太刀打ちできる代物ではないようである。既存の試験システムでは、薬剤師国家試験に太刀打ちできないとは…やはり薬剤師国家試験、恐るべしである。

 塾講師の手配についても同じことが言える。実は、偶然なのかシンクロニシティなのか…このブログを書いている最中にも、某大手求人会社から求人に関する電話がかかってきた。『 ウチは、求人頼まないと思いますよ 』と伝えたところ、ちょっと不機嫌そうに『 講師の求人とかはないんですか? 』と答えられた。『 講師と言っても…ウチは薬剤師国家試験の予備校ですからね…薬剤師国家試験の内容を教えることが出来る講師ということになりますよ 』と答えたところ『 …申し訳ございませんでした 』とアッサリ退散された。恐らく〝大学の薬学に進む人の予備校〟つまり〝大学受験予備校〟と思われていたのだろう。

 何気に電話での営業も多いのだが…。やはり、薬進塾とは無縁の場合が多い。良くあるのが『 広告出しませんか? 』といった内容の営業電話。薬学に関する人達に接することが出来る広報活動ならまだしもで、一般的な広告を出したところで、薬剤師国家試験に関係する人間が目にする機会は、ほとんどと言っていいほどないであろう。以前、駅構内とか市中に掲示するような広告の営業電話が、かかってきたことがある。『 ウチは薬剤師国家試験の予備校ですよ 』と言っても、お構いなしに営業トークを続けている。再度、伝えたところ…『 学生さん以外にも、ご両親とかも見る機会はありますよ 』と話し続けている。まあ、確かに見る機会はあるかもしれないが、いかんせん絶対数が少ない。その広告が、どれほどの宣伝効果になるかは眉唾ものである。なかなか引かないので、さらに話してみると…

 薬剤師国家試験予備校

 → 薬剤師国家試験を受けるための予備校

 → そのために(高校生を)薬学部に合格させるための予備校 

と考えていたらしい。どうも話が合わないはずである。それにしても…世間の人達は、こちらが思いもつかないような考え方をするものである。

 中には、薬剤師国家試験というものが、誰でも受験できると思っている方からの電話もある。ご存じのように、薬学を卒業していなければ、薬剤師国家試験の受験資格は得られない。『 薬学の勉強をしていない人が、薬剤師国家試験の勉強をして、合格させてくれる予備校 』と考えている人も、何気に多い。やはり、電話で話をしていて、今一つかみ合わないと思い、色々聞いてみると…受験資格を持っていない方であったりする。

 『 薬に進む塾 』と書いて〝薬進塾〟である。その『 薬に進む 』の捉え方が、千差万別なのだろう。もちろん、間違えることは悪いことではない。薬学部に進むための予備校と思おうが、薬学を出ていない人間が薬剤師国家試験を目指す予備校と思おうが、何ら悪いことではない。こちらも、それに対応するのも仕事の一つだと思っている。ただ、あの大量のダイレクトメール。どうもそのまま捨ててしまうのが、もったいないというか…一応は目を通すのだが、やはり薬剤師国家試験の予備校には、程遠い内容である。そのままゴミ箱直行となるのだが…どうにも、もったいない気がしてならない。そこで、この際だから声高らかに言わせてもらおうと思ったのである。ブログタイトルにして、声高らかに叫ばせて頂こうと思ったのである。『 ウチは薬剤師国家試験の予備校です 』と…。最も、伝えたい相手が、このブログを読んでくれるかどうかは…やはりこれも、前述のように『 まあ、確かに見る機会はあるかもしれないが、いかんせん絶対数が少ない 』となってしまうのだろうが…。

 

 

 

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2017年6月9日 | コメントは受け付けていません。 |

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