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自ら勉強する力。

◎ 今回のブログ内容は〝主任講師挨拶 2017〟の内容を、掲載させて頂きます。

 

自ら:他の人の力に頼らないで自分の力で行うさま(デジタル大辞泉より)。

 

 第102回薬剤師国家試験合格発表も終わり、次なる第103回薬剤師国家試験を目指す人たちにとっては、新たなるスタートが始まることになりました。今回の発表で、様々な人生の岐路が生まれたことと思います。毎年のように書かせて頂いていますが、どのような結果であろうと〝スタートをする〟ということは、〝スタートをする前とは決別する〟ということ。今まで国家試験へ向けて必死に勉強をしてきた人も、これから国家試験合格に向けて勉強を始める人も、鉢巻きを締め直して、新たなる第一歩を踏み出してもらいたいと思っています。

 ちなみにスタートの反対語は〝ゴール〟。そう、〝スタートする〟ということは〝ゴールを目指す〟ということです。ゴールを目指す…言うまでもなく、第103回薬剤師国家試験に向けてスタートを切った人は、その合格をつかみ取ることがゴールとなります。次の国家試験に臨む人は、合格というゴール目指して、しっかりとスタートを切ってほしいと思っています。

 スタートと書かせて頂きましたが…〝スタート〟とは、どういう意味でしょう?デジタル大辞泉によりますと『 新しく始まること。また、始めること 』とあります。〝第103回薬剤師国家試験に向けてのスタート〟とは、『 その試験対策を始めること 』に他なりません。そう〝始める〟ことこそがスタートなのです。

 〝始める〟という言葉は、能動的なものです。能動的とは、『 自分から他に積極的に働きかけるさま。自分の方から他に作用を及ぼすさま 』とあります(デジタル大辞泉より)。自分から動くこと、自ら行うこと…これが〝能動的〟といわれている行動です。ということは『 国家試験に向けてのスタート 』ということは、『 国家試験に向けて自分から動くこと、自ら試験対策を行っていくこと 』ということになります。そう、自分から動く、自ら試験対策を行っていくこと。それが『 国家試験に向けてのスタート 』ということになるのです。

 すなわち、試験対策の根幹には〝能動的〟という言葉が存在するということになります。しかし、その能動的でなければならない試験対策において、受動的な学生さん、すなわち受け身の学生さんが増えてきているのが現状のようです。何事に対しても自分では行動しないで、何か与えてくれることを待っている。自分から積極的に試験対策に、そして勉強というモノに働きかける学生さんが年々減って来ている。そう、思えるのです。

 私は薬剤師国家試験予備校で、ン十年にわたり講師をしていますが、毎度のことのように、学生さん達にこう言っています。『 予備校に来たからって合格するわけじゃないよ。予備校は神社仏閣じゃないんだから。合格したいんですと願掛けだけして合格できるものじゃないよ 』と…。どうも、予備校に来れば何もしなくても学力がひょいひょい上がる、イヤ上げてもらえると思っている学生さんがいるようです。予備校に行けば、合格させてもらえる…悲しいかなそういった学生さんが増えてきていることも現状です。お気づきになった方もいらっしゃるかと思いますが…『 学力を上げてもらえる 』『 合格させてもらえる 』という言葉は、能動的な言葉ではなく、受動的な言葉です。もし『 予備校に行けば、合格させてもらえる 』と思っている人がいるならば、その人は、まだ、第103回薬剤師国家試験に向けてのスタートを切っていないということになります。何故ならば、前述のように〝スタート〟という言葉は能動的なものであって、受動的なものではないからです。

 ある大学の先生は、私と試験対策や勉強のことを話している時、『 勉強は、アフター5が重要なんだよ 』ということをよく言われます。お分かり頂けると思いますが、これは何も『 5時以降が… 』と時間を限定して言っている訳ではありません。ここで言われている〝アフター5〟とは、『 講義後 』のことを指しています。つまり『 講義後の復習が重要 』ということ。もちろん、私もこの言葉通りだと思っていますし、『 講義も大事だけど、その後の復習はもっと大事 』と、常々塾生さんには話しています。講義は、復習をしなければ活きてきません。ただ〝講義を聞いているだけ〟では、モノにならないということです。先ほど書かせて頂いた〝予備校に来れば何もしなくても学力が上がると思っている学生さん〟は、『 ただ講義を聞いているだけ 』といった受講態度である場合が、ほとんどのようです。当然、こういった学生さんは学力の向上が芳しくありません。その理由は、『 復習をしていないこと 』の一言に尽きます。まあ、予備校に来ていれば学力が向上すると思っているのですから、復習などする訳もないのが当たり前といえば当たり前の話なのですが…。もちろん受動的な態度なわけですから、〝復習をする〟といった能動的行動をとるはずもありません。

 私は学習指導で再三、『 如何に復習が大切なのか? 』を説明し続けています。もちろん〝復習のやり方〟も、必ず学習指導で説明しています。そして、『 現在の復習の状況は如何なものか? 』と、マンツーマンで復習に関する学習指導もしています。そう、〝復習すること〟が何よりも大事…。

 ここでいう〝復習する〟も能動的な言葉です。自ら行っていかなくてはなりません。〝自ら〟という言葉の中には〝自分一人で〟といった内容が含まれています。これも何度も言わせて頂いていることなのですが、基本、勉強は一人で行うものです。当然、復習も一人で行うモノです。自分が講義で重要と捉えた所、講師が大事と示唆してくれた所、自分が間違えて覚えていた所、講義を聞くことにより初めて理解できた所…。そういった箇所を、自分なりに改めて見直し、調べ、理解し、まとめて、覚えてモノにしていく。もちろん、自分一人で…。誰に強制されるわけでなく、自分一人で自ら行っていく。これが復習というモノです。『 見直す 』『 調べる 』『 理解する 』『 まとめる 』『 覚える 』 といった言葉が、いずれも能動的な言葉であることからしても、復習というモノが『 自分一人で行っていかなければならないモノである 』ということが、お分かりいただけることと思います。

 〝勉強ができる〟という言葉には、2つの意味があります。『 成績がいい 』という意味の〝勉強ができる〟と、『 勉強するという行為ができる 』という意味の〝勉強ができる〟の2つです。私が学習指導で言っているのは後者の方、すなわち『 勉強するという行為ができる 』という意味での〝勉強ができる〟です(ですから、本文中でも、こちらの意味で使わせて頂きます)。〝勉強ができる〟とは、『 勉強をするという行為を、自ら行うことが出来る 』ということ。つまり、〝能動的である〟ということが絶対条件となっています。実は、試験対策において一番重要なことは〝自ら勉強する力〟以外の何物でもありません。勉強は一人で行うもの。だから『 〝自ら勉強する力〟が無ければ、勉強は出来ない 』ということになります。そして…前述のように受動的な学生さんが増えてきているのが現状…。これは偏に〝自ら勉強する力〟が無い、すなわち勉強出来ない学生さんが増えて来ているということを意味しています。

 試験対策において重要なことは『 〝自ら勉強する力〟を、如何に身につけるか 』ということに他なりません。この力さえ身につけてしまえば、あとは一人で勝手に勉強していくことが出来るからです。もちろん〝勉強する〟という事には〝受講して内容をモノにする〟ということも含まれています(受講して内容をモノにすることも、勉強であることは言うまでもありません)。つまり、〝自ら勉強する力〟が身についてさえいれば、受講に際しても周りに左右されず、自分一人で講義内容を掴み取っていくことができるようになるのです。もちろん、復習に関しても、それが言えることは言うまでもありません。

 当薬進塾のカリキュラムは〝自ら勉強する力〟を育むカリキュラムとなっています。普段の指導も〝自ら勉強する力〟にウエイトを置いたものとなっています。ここで勘違いされては困るのですが、『 手は貸しません、全部一人でやりなさい 』と言っている訳ではありません。〝自ら勉強する力〟が身につくように、サポートしていくということです。最後は一人です。勉強する時、いつどこでも四六時中講師が横に付いている訳ではありません。国家試験を受ける時も、講師が横に付いていることなど出来ません。自分一人の力で、歩んで進めていくしかないのです。だからこそ、その力がしっかりと身に付くようサポートしてあげなければなりません。そして、それが薬進塾のやり方なのです。

 薬進塾の塾生さん達から『 生まれてから、こんなに勉強したのは初めてです 』という言葉を、よく聞かされます。講義が終わってから残って勉強する、ウチに帰ってからも勉強する、休みの日も勉強する…今まで、こんに勉強したことが無いと…。何も、横に講師がいて、鞭打って勉強させている訳ではありません。皆、自ら進んで勉強しているのです。自分一人で『 勉強しよう 』と思って勉強しているのです。休日であっても、時間があるから勉強しよう。時間を見つけては勉強していく。そうやって、進んで自ら勉強していくのです。先日の国家試験で合格した塾生さん(卒業4年目で合格した塾生さん:男)が、こんなことを言っていました。『 (国家試験が終わった後)ボーッとくつろいでいると、「 さあ、勉強しなきゃな… 」って思っちゃうんですよ。国家試験、終わったはずなんですけどね(笑) 』これこそ、〝自ら勉強する力〟が身に付いた証と言えるのではないでしょうか?

 試験対策で一番重要なのは〝自ら勉強する力〟を身に付けること。この一言に尽きます。しかし、前述のように受け身の学生さんが増えている中、この力が身に付いていない人が増えているのが現状です。まずは、〝自ら勉強する力〟を身に付けること。そこにウエイトを置いてサポートしていく。これが、国家試験対策の一番のポイントになってきます。何故ならば、この力さえ身につけば、受講した内容を効率良く自分のものとして、身に付けていくことが出来るようにからです。『 見直す 』 『 調べる 』『 理解する 』 『 まとめる 』 『 覚える 』といった力が身に付くのですから、それも当たり前と言えば当たり前の話ですが…。

 そして、〝自ら勉強する力〟を身につけることにより、自分の勉強を自分で管理することが出来るようになります。『 ○時から勉強を始めよう 』 『 分からないから質問に行こう 』 『 分からないから調べよう 』 『 どうやったら覚えられるか考えよう 』等、勉強に関して、全て自分自身で動くようになります。もちろん、これらの行動も〝勉強する〟という行動であることは言うまでもありません。

 国家試験に合格するためには、身になる講義を受講することも大切ですし、身になる講義を組み立てられる講師も重要です。そのための環境も必要ですし、もちろん一人ひとりに行き届いた指導も大切です。しかし、何よりも重要なのは〝自ら勉強する力〟を身につけることに他なりません。そして、一人ひとりに行き届いた指導こそが、〝自ら勉強する力〟を身につけるために欠かせない要因となることも言うまでもありません。

 前述のように〝自ら勉強する力〟が身につけば、受講した内容はしっかりと身に付いていくことになります。それが、良き講師の行う良き講義であればなおさらのことです。昨今は〝とにかく量をこなさせる試験対策〟が横行しているように思えます。本来、こういったやり方は、とてもじゃありませんが、試験対策と呼べるほど効率のいい代物ではないのですが …。確かに、ムチ打ってやらせる方法や、ただ量をこなすやり方も無くはありません。しかし、そういったやり方は長続きしなかったり、多くの脱落者を出してしまう方法でもあるのです。少なくとも〝効率良く、多くの人を導くための方法〟でないことは確かでしょう。では、何故、長続きしなかったり、多くの脱落者が出てしまうのでしょうか?理由は沢山ありますが…大きな理由の一つに『 やらされていること 』、つまり能動的でないことがあげられます。〝自ら勉強する力〟も身に付いていないのに、やたら量だけこなしたところで、それは与えられたシステム通り、ただ意味も分からず右から左に流す如き作業をしているだけであり、自らの意思・思考といった自発的なものが乏しい、すなわち受動的行動となっているのが現実です。そのようなやり方では、当然、理解力を養うことができず、学力を身につけるという意味では、非常に効率の悪いやり方になってしまいます。もちろん、成績の伸びも、芳しくないのは言わずもがな。そんな状況を続けたとしても…ただやらされているだけで、内容も理解出来ない、成績も伸びない…これでは脱落してしまう人が出るのも、当然と言えば当然の話です(自ら『 見直す 』 『 調べる 』『 理解する 』 『 まとめる 』 『 覚える 』といった力が身に付いていないのですから、内容も理解出来ない、成績も伸びないというのも、至極当然の話です)。

 国家試験問題解法において、何よりも大切なのは〝考えて解く力〟。それを身につけるためには、能動的な行動、特に〝自ら勉強する力〟が必須条件となってきます。もちろん〝考える〟も〝解く〟も能動的なものです。そして〝自ら考える〟ことも、〝自ら解く〟ことも、勉強の一部であることは言うまでもありません。〝自ら勉強する力〟を如何に身につけるか?それが国家試験合格のキーワードであることは、見まごう事なき事実です。だからこそ、薬進塾のカリキュラムは〝自ら勉強する力〟を身につけるためのカリキュラムとなっています。いたずらに量をこなしたり、ただ暗記させるようなやり方とは、その本質から一線を画す内容となっています。量をこなす、問題をバンバン解いていく…確かにそれで、ほんの一瞬、安心感のようなモノ(虚偽の安心感であり、本物の安心感ではありません)は得られるかもしれません。しかし、よく考えてみてください。これも、私が口を酸っぱくして指導していることなのですが…試験対策とは安心感を得るために行うモノではありません。試験をクリアするために必要な学力を身につけるために行うモノです。そのためには〝自ら勉強する力〟を身に付けなければなりません。そして…そのためには、それ相応の苦労も当然付きまといます。〝自ら勉強する力〟は、楽をして簡単に身につくモノではないからです。しかし、この力さえ手に入れてしまえば、試験対策は非常にやり易いものとなることも事実なのです。だからこそ、時間をかけてじっくり、しっかりと身につけていかなければなりません。合格に必要なのは〝自ら勉強する力〟。これに尽きるといっても決して過言ではないと思っています。

 102回国家試験対策の塾生さんが、講座最後の日に、こんなメールを私にくれました。

 

一年間ありがとうございました。

毎日勉強のことを考え、時間が足りないなんて思ったのは初めてでした。

今まで生きてきた中で、一番充実した一年間だった気がします!!

 

これが、自ら勉強する力を身に付けた人間の言葉だと、私は思っています。そして、こういう言葉を口にする塾生さんがいることを、私は誇りに思っています。

 

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2017年3月30日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

☆ 第102回 薬剤師国家試験 合格者 体験記!

薬進塾に入って良かったことは、正しい勉強方法を身につけることが出来たことです。

 薬進塾に入って良かったことは、正しい勉強方法を身につけることが出来たことです。授業に出席し、復習をし、規則正しい生活をする。日々の積み重ねが大事だということを実感できた1年になりました。

 入塾前は国試の半分も点数が取れませんでした。根本的に理解していない分野が数多くありましたが、薬進塾ではオリジナルのプリントを使用し、要点を繰り返し確認することが出来たので、考えて解く力が非常に強くなりました。特に針ヶ谷先生の授業は、分かりやすく、非常に印象に残ることが多いので、私は、先生の話す内容で、何が重要であるか分かるようになっていったと思います。

 復習ノートを作成するよう指導された時は、効果があるのか分かりませんでしたが、授業で聞いたことを忘れないように、毎日簡潔に数ページまとめることで、1週間、1ヶ月分の復習が徐々に出来るようになり、時間が経った後でも、すぐに確認できるようになりました。模試前には、自分だけの要点を全体的に確認できるようになったので、点数が下がることはなくなりました。

 ただ、模試である程度点数が取れるようになると、段々点数が取りづらくなるのが苦しかったです。特に、勉強していても点数が取れない分野は、必ず次回の模試までに平均点は取れるように対策しました。苦手な分野を集中的に勉強すると、不安なことも多かったのですが、分からない所はすぐに質問できる環境でしたので、良かったです。学習指導を受けて、何が足りていないのか把握することが出来きたので、対策も立てやすかったです。学習指導の時に言われたように、得意な分野で点数を稼ぐことも大事ですが、満遍なく点数を取ることも大事だなと気付くことが出来たと思います。

 薬進塾では様々なことを学ぶことが出来ました。先生方には本当に感謝しています。塾で勉強したことを仕事でも活かせるように、今後も頑張りたいと思います。有難う御座いました。

S大学卒 K・さん(男性)

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102回 薬剤師国家試験合格インタビューより抜粋

・ もともと薬理がものすごく苦手だったので。先生方の授業聞いて、ノートまとめて…どんどん成績があがっていくっていうか、問題解けるようになっていったんで…。

・ 前の予備校も、もう、皆授業が一緒な感じだったので、それもイヤだなと思って。何か『 こうなったらこう 』みたいな感じの授業だったので。薬進塾だと、病態とか薬理だとかは、色んな所に飛んで、繋がっていくので…。あっ、そんな所まで行っちゃうんだ、みたいな所まで飛んで繋がっていくので、どんどん知識が付いていくっていうのもあって。やっぱり国家試験って、そこだけの問題が出る訳じゃないんで…。色んなところから出てくるんで、そういう所もすごく役立ったなというのもありますね。

・ こう思っているのは私だけかもしれないんですけど、針ヶ谷先生の相図とかも、色々理解しないと解けないじゃないですか?で、今回の国試で相図が出ていたかというと、出ていなかったんですけど…考え方っていうののかな。分かんなかった問題を文章を読んでいって、相図で考えて、その考え方で上手くやると『 ああ、これってこういうふうになっていくんじゃないかな 』って応用がきくというか…。全く違う問題なんですけど、結果的にそういったやり方で解けた問題も結構あったので。やっぱり、一つ一つ理解して解いていく。覚えるんじゃなくて理解して解いていくっていうのは、他の問題にも通用する。たぶん、これからの国家試験はそういう問題多いと思うんですよ。見たらパッツと分かるじゃなくて、文章を読んで、そこから理解して解いていかなきゃいけないっていう。だから、そういう解き方が出来るようになったんで、すごく良かったのかなぁと思います。

・ (先生方は)皆、個性的で。まあ、飽きなかったです。ただ、授業はすごく良かったかなって思います、やっぱり。そこから出ているっていう問題も…。ホントにビックリしましたね、全く同じ問題とか出ていたので。授業でやった問題が…。あっ、凄いなと思ったりして。

・ 病態っていつも点数悪くて、模試でも点数悪くて。でも、最後は平均点より明らかに病態良かったので。良かったと思いました。辛かった分、その分食いついていったので。

Y大学卒 M・さん(男性)

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マイナス思考の私にとって、親身になって相談に乗ってもらえることが大きかったです。

 薬進塾は、少人数制で個人別に細かく指導してくれるので、悩みがあるときはとても助かりました。

 薬進塾に来るまでは、ただ過去問の正解や解説をまる覚えするという方法でやっていたので、応用問題に対応出来ないことがよくありました。

 9月から薬進塾に来たのですが、まず、勉強の仕方、考え方について指導してもらいました。始めの1~2ヶ月位は、成績の伸びがイマイチでした。しかし、日常の勉強時間ややり方が固まってきた3ヵ月後以降は、徐々に成績が伸びていき、模擬試験でも常に平均より高い点を取ることができました。翌日の復習テストも12月に入ってからは、平均して70%位取れるようになりました。成績が伸びた理由は、毎日の授業の復習、復習テストの再確認、重要な部分はしつこい位にやったこと、この3つが大きいと思います。

 また、成績が良くない時や悩みがある時、支えてくれたことがとても良かったです。マイナス思考の私にとって、親身になって相談に乗ってもらえることは大きかったです。日々の成績を管理して指導してくれることも良かったです。

 学習指導で教わった、授業や勉強をする時は常に考えて解く、そして覚えることは自分で上手くまとめて覚えやすいように加工する、そのことが重要だと実感しました。試験日は、考えて解くこと、そして授業での印象が強く耳に残っていたこと、この二つがとても大きい力になりました。

 薬進塾へ来て本当に良かったと感謝しています。ベテランの先生方に教えていただき、本当にありがとうございました。

N大学卒 K・さん(男性)

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☆ これからも、体験記が寄せられ次第、順次UPしていきます。

 乞うご期待!

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2017年3月30日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:合格者の声

第102回薬剤師国家試験 採点除外等問題

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2017年3月28日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:薬剤師国家試験

第102回薬剤師国家試験 正答

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2017年3月27日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:薬剤師国家試験

人は弱いから群れるのではない。群れるから弱くなるのだ。

 タイトルは、寺山修司さんの言葉。寺山修司さんは…前々回のブログ〝ふりむくな ふりむくな 後ろには夢がない〟で、ご紹介させて頂きましたので、もう御説明の必要はないと思いますが…。とにかく多才なお方。前々回のブログでは、歌人、劇作家であり小説家、脚本家、演出家、映画監督、俳優、作詞家、随筆家、俳人、詩人、評論家、写真家などとして活躍されていると紹介させて頂きました。〝昭和の寵児〟とも呼ばれ、昭和という時代の中、八面六臂の活躍をなされたお方なのです。従来には無き新しき思想、新しきもの、新しき視点、新しき考え方を武器に、縦横無尽な活躍ぶりをなされていましたが、その背景には熱い反骨精神があったのでは…感じられます。反骨精神とは『 世の中の不正や、因習などに、果敢に立ち向かって行こうとする気概や心持のこと(日本語表現辞典より) 』。確かに、昭和の時代は平成の一つ前。近代的なイメージがありますが…昭和という時代は、何とも玉石混合の条理・不条理繚乱時代。当然、不正や因習なども跋扈していた時代です。そんな不正や因習に対する〝果敢に立ち向かって行こうとする気概や心持〟が、寺山修司さんの様々な作品からも感じることが出来ます。

 反骨精神の類語に〝反骨心〟という言葉があります。実用日本語表現辞典によると、反骨心とは『 世間的な権力や慣わしに対して抗う気骨(気骨:自分の信念を守って、どんな障害にも屈服しない強い意気-こちらはデジタル大辞泉より)』という意味。『 世間的な権力や慣わしに対して、自分の信念を守って、どんな障害にも屈服しないで抗う強い意気 』といったところでしょうか。まさに、寺山修司さんそのものといった感じがしないでもありません。新たなるものを創作する、そして新たなるものを手に入れる。そのためには、自分の信念を守って、どんな障害にも屈服しないで抗う強い意気を持たねばなりませんから…。

 『 自分の信念を守って 』とありましたが…反骨心には〝自分〟というものが、非常に重要になってくることが、お分かり頂けることと思います。もちろん、反骨心に限らず、物事を成すためには〝自分〟というものが非常に重要になってくることは、明らかなこと。ところが…以前〝個の強さ〟というブログの中で、次の様な事を書かせて頂きました。

 

 どうも最近の学生さんを見ていると、〝個の強さ〟を持っている人が、非常に少ないような気がするのです。早い話『 一人で何かすることが出来ない人が多い 』ということ。何をするにも群れる。何を決めるにも誰かと一緒。自分の考えや判断を発することなく、いつも誰かの行動や判断に委ねてしまう。そんな学生さんが、何気に多いのです。

 

 ここで言っている〝個〟とは、まさに〝自分自身〟のこと。自分で考え、自分で動く…それが出来ない人が多くなってきているような気がすると、書かせて頂いたのですが…最近は、特に強くそう思ったりします。自分で考え、自分で動くということは、基本的に自分一人での行動となります。もちろん、皆で考えたり、他人との同意により行動することはあるでしょう。しかし、自分で考え、自分で動く以上、基本的にその行動は自分一人のモノになります。しかし、それが出来ない人が多い。自分で考えられない。自分で行動出来ない。誰かに考えてもらったり、誰かと一緒に行動する。あるいは、考えることをしないし、行動することもしない。いずれも、『 一人で何かすることが出来ない人が多い 』ということなのです。

 とくに最近気になるのが…自分の意見を述べる際に『 皆、言っています 』という言葉を使う人が多いということ。水戸黄門の印籠の如く、この言葉を振りかざす方がいらっしゃるのですが…その度に思うのです『 だから? 』と…。皆が自分と同じ意見を言っていたから、何だというのでしょう?まあ、多数決的に物事を決めなければならない場合はともかくとして、たかが自分の意見一つ言うことに対し〝皆〟を持ちだす必要はないと思うのですが…。しかし、これも立派に〝一人で何かすることが出来ない〟事例の一つ。自分一人じゃ心許ないから〝皆〟という言葉を作って、言葉上、一人ではなく誰かと一緒に行動している安心感を得ているだけの話。そして『 私一人ではなく、皆の意見なんだから通してください 』という〝自分の思い通りにしよう〟という魂胆も見え隠れしています。大体…『 皆、言っています 』というのなら、自ら声をかけ、その皆さんを引き連れてきたらいかがでしょうか?皆を引き連れるという行動も自分一人で出来ないのならば、そんな言葉は慎んだ方がいいと思うのですが…。まあ『 皆を引き連れる 』といっても、その〝皆〟が本当に存在しているならばのお話ですが…。

 試験対策というものは、一人にならなければならない場合がほとんどです。何故ならば、基本、試験対策は自分と向かい合いながら一人で行うモノだからです。それが出来ないようなら、厳しい話ですが試験対策というもの自体を考え直した方がいいと思います。確かに、今まで〝自分で考え、自分で動く〟ということをしていなかった人にとって、それはとてつもなく不安な事であるかも知れませんし、そのためには大きな踏ん切りが必要となります。しかし、本来〝自分で考え、自分で動く〟というのは、人として当たり前の話なのです。

 一人になるのが恐いという人もいます。しかし、それは前述のように、人として行動する際には当たり前の話。十人十色の言葉のとおり、人は本来一人一人違うモノ。それが当たり前なのです。ですから一人一人、考え方も違えば、受け取り方も違うし、行動も違うモノなのです。確かに〝自分で考え、自分で動く〟ためには、責任というモノが付きまといますし、自分一人で何とかしなければならないという義務も果たさなければなりません。しかし、何度も書かせて頂いていますように、それが本来ある人の姿なのです。残念なことに、その責任と義務を恐れるがあまり、それを放棄する人が多いよう思えるのです。その結果が〝一人で何かすることが出来ない〟ということに、つながるのではないでしょうか?そして、本来、一人の人間として存在するための〝責任〟と〝義務〟を放棄するということは…〝一人の人間として存在する〟ということさえも放棄している、ということになるのではないでしょうか?

 人は弱いから群れるのではない。群れるから弱くなるのだ。この言葉には〝一人の人間として存在〟が色濃く表現されていると思います。一人の人間としての存在を放棄するから、人間としての強さを失う。そう言っているのではないかと私は思うのです。自分で考え、自分で動くことが出来ない。一人では何もできないから群れる。群れるからこそ、群れの中に自分を埋没させ、一人の人間としての存在を希薄なものにする。そして、人ひとりの強さを失っていく。最近の学生さんを見ていると、そんな人が多くなっているような気がするのです。

 前述のように、基本、試験対策は自分と向かい合いながら、一人で行うものです。だからこそ、一人で考え一人で行動する力が求められます。これから、次の試験に向かい試験対策を始める人も多いことと思いますが…何も『 皆と一緒にやるな 』といっている訳ではありません。そういうやり方も、やり方の一つではあるでしょう。しかし、試験対策は基本一人でやるものです。いつ、どんな時も〝皆と一緒〟なんていう状況にならないことは、言わずともお分かり頂けることと思います。そんな時こそ、〝自分で考え、自分で動く〟ことが必要になるのです。群れていなければ行動できない人間は、群れていなければ何もできない人間なのです。一人では何もできない…。そんな人間にならないためにも、個の強さ、〝自分で考え、自分で動く力〟、一人の人間としての強さを持ってもらいたい。そう、思っている次第です。

 それにしても…寺山修司さん…あなたは、やっぱりスゴイ人です。あなたの言葉は、薬剤師国家試験対策にとっても、要となる部分を的確についている言葉なのですから…。

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2017年3月24日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

☆ 第103回国家試験対策 塾生伝言板

ここは、薬進塾 第103回国試対策 塾生さんの伝言板です。

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103回薬剤師国家試験対策一年制コース 入塾式のお知らせ

 

【 概 要 】

月 日:平成29年5月29日(月曜日)

時 間:12:00~16:20

場 所:薬進塾 教室

持ち物:筆記用具、カバン等の入れ物

 

当日のスケジュール

※  通常講義日とは時間設定が異なっています。ご注意ください。

    時 間             内  容

  1200 1220     学力診断実施  試験ではありません。

  1230 1340     入塾式、受講・カリキュラム説明

  1350 1500     学習指導:受講指導

  1510 1620     学習指導:復習指導

 

 学力診断とは、塾内ではもちろん、企業研修等で実際に使用されている、薬進塾オリジナルの学力診断システムです。試験問題を解いての学力判定とは異なり、簡単な質問(試験問題ではありません)に答えるだけで、あなたの学力を診断しウィークポイントを見つけることが出来ます。

 いくつかの質問に答えてもらい、それを基にあなたの学力を診断します。試験問題ではありませんので、事前に勉強する等の行為は必要ありません。

 この結果をもとに、入塾後、あらためて個人面談を行います。個人面談のスケジュールに関しましては、後日、掲示いたします。

 

 補足

・ 当日は、12:00から学力診断実施となります(11時50分までに着席)。

・ 座席は指定してありますので、指定座席に着席するようにして下さい。

・ 当日、来塾しましたら受付で出席の手続きを済ませて下さい。

・ 各自、自分の学生番号(学籍番号)をチェックするようにして下さい。

・ 当日来られない方や遅刻する方は、あらかじめ連絡して了承を得て下さい。

・ 書類等を配布しますので、カバン等ご持参ください。

・ 30日(火)以降の時間割は当日お渡しします。

・ 各自昼食を済ませてから、来塾するようにして下さい

  昼食は、塾内で食べていただいても構いません。

※ 詳細、その他ご不明な点がありましたらお問い合わせください。

 

講座前アプローチ

 薬進塾では、塾生さんへ『 1日でも早い合格への指導 』を行っています。1日でも早い合格への指導。それは、〝入塾と同時に始まる指導〟に他なりません。『 単に講義を受ける 』『 大勢での講義に無料で参加できる 』といった十把一絡げの対応ではなく、〝少人数制の薬進塾生〟となった時から、『 その人にあった、その人だけのマンツーマン指導 』『 少人数制講義 』が始まります。そのシステムが講座前アプローチです。

 講座前アプローチは、薬進塾生(薬進塾 講座申し込み完了者)以外は、

 ご利用できません。

 ご了承ください。

 

1.講座前アプローチ:ベーシック講義

今年度のベーシック講義はすべて終了いたしました。

受講していただいた塾生さん、お疲れさまでした!

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2.講座前アプローチ:個人学習、指導

☆ 講座が始まるまで、どうやって勉強していけばいいのかを、しっかりと指導していきます。講座が始まる前に、自ら勉強する力を身につければ、今後の試験対策はスムーズに進んでいきます。逆を言うならば、今が自ら勉強する力を身につけるチャンスでもあります!一人ひとりに応対して作成される学習計画、学習方法、そしてアドバイスが、自ら勉強していく力を、しっかりと育んでいきます!

 

 個人学習指導は『 講座が始まるまで、どのように勉強していけばいいのか? 』を指導していくものです。一人ひとりの状況により、その人にあった、その人だけの学習指導および学習計画を作成することになります(何を学習するか、時間はどうするか、どのように勉強していけばいいのか等)。そのため、多少お時間がかかりますのでご了承ください。そして〝一人で勉強する力を身につける〟ことが、最重要課題であることも忘れず、計画に従って、各自勉強を始めていってください。

・ 個人学習指導を希望する方は、電話、メール等で

 その旨伝えてください。

・ 来塾しての個人学習指導を希望される場合は、

 来塾する日時等を連絡して、アポイントをとる

 ようにして下さい(アポイントなしで来塾された場合、見学者面談等により応対

 できない場合があります)。

・ 個人学習指導は、メール・郵送等でも対応可能です。

・ 一人ひとりに応対した計画を作成しますので、多少お時間がかかります。

◎ 只今、個人学習指導が混み合っている状況にあります。

 多少お時間がかかることをご了承ください。

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★ 卒業試験対策の学習指導に関して。

  卒業延期生の方は、申し込み完了時点から利用できる、この講座前アプローチの利用をお勧めいたします。このアプローチは、一人ひとりに応対した〝卒業試験対策〟を指導していくことも目的とされています。どのように勉強していけばいいのか? 時間は? 科目は? 一人ひとりの卒業試験を分析して、その人に合った指導をしていきます。

 現在、数名の塾生さん(103回国家試験対策の塾生さん)が、卒業試験の学習指導を受けている状況にあります。ぜひ、利用してみてください!

※ 卒業延期生のための個別応対に関しましては、〝卒業試験用 学習指導〟として

 個別応対しております。遠慮なくご連絡ください。

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《 個人学習指導の流れ 》

1) 現在の状況に関する、いくつかの設問に答えてもらう。

2) 答えてもらった内容から、担当講師が『 何を学習するか  』『 学習時間はどう

  するか  』『どのように勉強するのか  』等の指導プリントを作成する。

3) その指導プリントに従って各自勉強を始めてもらう。

4) 勉強を進めていく最中に何かあった場合は、担当講師に質問し対応していく。

 

※ 学習指導に関しましては、来塾しなくても応対は可能です。

 

3.講座前アプローチ:学力診断

 学力診断は、来塾して診断を受けてもらうことになります。全てマンツーマンで指導することになりますので、全体に要する時間は1時間程度とお考えください(もちろん個人差があります)

 学力診断希望の方は、都合のいい日時を連絡して、予約を取るようにして下さい(予約していない場合、応対できない場合があります)。なお、質問内容等が社外秘であるため、メール・郵送等で診断を受けることはできません。ご了承ください。

《 学力診断の流れ 》

1) 学力を診断する簡単な設問に答えてもらう。

  注:国試問題等の学力を問う問題ではありません。

2) 答えてもらった内容から、各科目の学力状況等を、

  担当講師が診断する。

3) 診断した学力状況から、今後の学習に対する指導をする。

 

4.講座前アプローチ:教室自習利用

・ 教室利用は、月~金曜日の10:00~17:00までになります。状況により、利用できない場合もありますので、事前に確認されることをお勧めします。

・ 教室に、勉強道具等の荷物を置いておくこともできます。

 荷物を置いていく場合は、その旨伝えるようお願いします。

・ 塾内の書籍は、自由に閲覧してくださって結構です。

・ 自習中に学習指導を受けることができます。

・ すでに数名の塾生さんが教室を利用している状況にあります。

・ 教室ドアに〝教室使用注意事項〟が掲示されています。他の塾生さんへの配慮も忘れず、使用するようにしてください。

 

5.講座前アプローチ:アプローチ通信講座

 アプローチ通信講座ご希望の方は、その旨、薬進塾までご連絡ください。

・ アプローチ通信講座は、趣旨がベーシック講義に来られない方のための講座という事で、ベーシック講義とほぼ同じ科目内容になっております。

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6.教室利用に関して。

 お弁当の発注が可能です。

 値段は、ご飯(普通)(大)ともに400円。ご飯(小)の方は380円となります。お弁当希望者は、11:00までに発注を伝え、料金を支払うようにして下さい。分からないことがありましたら、遠慮なくその旨伝えてください。

・ 教室を利用する際は、教室ドアに〝教室を使用する際の留意事項(ごみの捨て方等)〟が掲示されていますので、確認するようにして下さい。

・ 冷蔵庫、電子レンジ、ポット(中のお湯は珊瑚ミネラル水)は、自由に使って結構です。

・ 塾内の図書やコピーも利用できます。

 

 

 

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2017年3月19日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:未分類

すぐに成果は出ない。

 以前、私が勤めていた職場での話。とあるプロジェクトを始めた。今までの経験から見通した計画を立て、さらに〝今まで培ってきたスキルから考えた既存にはない新しい手法〟を取り入れた革新的なモノであった。そこそこの公報活動も功を成し、更に状況も良かったのか、初回としてはまずまずの成功といったところ。ところが…何やら上司は今一つご機嫌斜めなご様子。どうも、同じようなプロジェクトを行っている大手会社と同じ位の成果を期待していたらしい。こちらは新規参入、向こうは業界ン十年の老舗。当然、始めたばかりで同じ成果など出る訳もない。次の年もそのプロジェクトを続けたのだが、そんな1年、2年で老舗大手と肩を並べることになることなど、当然あろうはずもなく、しかし、2年目としては上々の出来栄え。私としては、まずまずかなと思っていたのだが…やはり、件の上司は面白くないご様子で、やはり業界ン十年の老舗と比べては、納得のいかない御様子。私は、プロジェクト立ち上げ時に、何度も『 結果が出るのには、それ相応の時間がかかる 』ということは伝えていた。そしてその上司も、その際は頷いていたはずなのだが…。

 違う職場でも似たようなことがあった。その時も、プロジェクト立ち上げの際は、再三『 それ相応の成果が出るには、時間はかかりますよ 』ということを、その職場の上司に伝えていた。そして、やはり同じよう頷いては、そのことには納得してくれていたのだが…プロジェクト稼働後、初年度としては決して悪くはない結果が出ていたのだが、やはり上司は不機嫌なご様子。私が『 すぐに莫大な利益が得られますよ 』とか『 始めた途端、大成功間違いなしですよ 』と言ったとしたら、上司の気持ちも分からなくはない。上司という立場なら、プロジェクトに関し、それ相応の責任を持たなければならないのは、至極御尤もの話であり、ことさらプロジェクトの結果に関しては、シビアに捉えなければならないことも、やはり御尤もな話。そういった立場は十分理解出来る。プロジェクトの立ち上げに関して、主要な立場であった私が『 すぐに莫大な利益が得られますよ 』等言ったのなら、業界に詳しくない上司がそれを鵜呑みに信じてしまい、そう思ってしまっても致し方ない話だと思う。しかし、前述のように、私は再三にわたって『 それ相応の成果が出るには、時間はかかりますよ 』ということを伝えているのだ。そして、それを耳にして頷いたのは、いずれの場合も上司その人である。『 すぐに莫大な利益が得られる訳ではない 』『 始めた途端、大成功する訳ではない 』ということに不満や意義があるのならば、その言葉を聞いた時点で『 それじゃあチョット… 』とか『 ならば、このプロジェクトは… 』等の路線変更や、場合によっては打ち切りの判断をすればいいのではないだろうか?何もこちらは、プロジェクト稼働のギリギリで伝えている訳ではなく、プロジェクト発足の段階から、件の『 それ相応の成果が… 』の話はしているのだから。

 そして、私の一番の疑問点は、彼らは『 やってすぐに、多くの利益が得られたり、多大なる成功を収めることが出来る 』と思っていたのだろうか?私がそれを口にしたのなら分からなくもないが、前述のようにそのようなことは一切口にしていない。というか真逆、つまり時間がかかることを口にしているのだ。その上司達は、いずれも私よりも年配の方であったのだが…普通、逆ではないだろうか?若造が『 すぐに儲かりますよ 』とか『 あっという間に大成功ですよ 』と口にした時、『 すぐに儲かることなんかないよ 』『 成功にはそれ相応に時間がかかるものだよ 』と嗜めるのが、先達者の立場ではないだろうか?成功にはそれ相応に時間がかかる。私よりも長く人生を生きているのだから、それを十分承知しているはずだと思うのだが…。前述のことから伺えるのは『 すぐに、おいしい結果が得られる 』といった、怠惰な若輩者と同じ思想を持っているのではないだろうか?ということである。そう思うと、何とも悲しいやら情けない気分になってしまうのだが…。

 成果を出すには、それ相応の時間がかかる。それなりの成果を得るためには、それ相応の手間暇がかかるということである。確かに、それ相応の手間暇をかけずに成果を出す方法もなくはない。以前『 育てる 』というタイトルのブログの中で、『 インスタントで手に入るものは、所詮、インスタントで手に入るだけの価値しかない 』と書かせて頂いた。それ相応の手間暇をかけずに得られる成果など、その程度のものでしかないということである。若しくは…確かに、手間暇かけずに多大なる成果を手にすることはある。しかし、それは長く続くものではないということ。一見、手間暇かけずに成果を出しているように見えている場合も、実はそれ相応の手間暇をかけている…なんていうことは、この世界の常である。あるいは…人並み外れた才能の持ち主であれば、手間暇かけずに多大なる成果を出すことも可能であろうが、残念なことにそういうお方は、中々存在するものではない。

 昨今の学生さんを見ていると、手間暇かけずに成果を出そうとしている人が多いことに驚かされる。まあ前述のように、先達者の方でさえも、そういう方がいらっしゃるのだから、若い学生がそうなってしまうのも致し方の無い話であろう。しかし…それが王道と思ってしまわれるのは困る。事を成すには時間がかかる。成果を手に入れることは、手間暇かかること。このことを、当然のことと認識することが、大切なのである。薄っぺらい人間に限って、成功者のうん蓄を、さも自分のうん蓄であるかのように語りながら、如何に手間暇かけずに成果を出すか、そしてそれが素晴らしい、上手いやり方であるかのような大口を叩く。しまいには、手間暇かけることを無駄なこと、効率の悪いこと、劣っていることであるかのように蔑み始める。いい年をした人間がこうなのだから、若い人間が汚染されるのも無理はない。しかし、前述のようにそれは王道ではない。イヤ、〝道〟とも呼べぬ腐敗した偏見的思考でしかない。これから薬剤師国家試験に取り組む方は、決してそのような腐敗思考に毒されないようにしてもらいたい。世の中には、手間暇かけなければ得られないものがある。そして、成果を得るためには、それ相応の手間暇がかかる。すぐには成果は出ない。このことを、しっかりと心に刻み込んで欲しい。そう思っている次第である。

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2017年3月17日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

ふりむくな ふりむくな 後ろには夢がない。

 寺山修司さんの詩『 さらばハイセイコー 』の一節です。寺山修司さんを御存じの方も多いと思いますが、歌人、劇作家であり小説家、脚本家、演出家、映画監督、俳優、作詞家、随筆家、俳人、詩人、評論家、写真家などとして活躍された、非常に多才なお方。〝昭和の寵児〟とも呼ばれ、昭和という時代の中、八面六臂の活躍をなされたお方です。そんな寺山修司さん、競馬にも非常に縁のあるお方で、競馬エッセイを書いたり、日本中央競馬会のテレビCMに出演したり、一時は馬主になっていたこともあるそうです。

 その寺山修司さんが書いた詩の一つが『 さらばハイセイコー 』。ハイセイコーを知っている方は少ないと思いますが、こちらも昭和という時代に旋風を巻き起こした寵児…イヤ寵馬ですかね(笑)。ハイセイコーとは、1970年代に競馬界に旋風を巻き起こした競走馬。まあ〝日本初の国民的アイドルホース〟といったところでしょう。その活躍が易か如何に凄いものだったかは、日本に第一次競馬ブームを巻き起こした立役者ということからも、お分かり頂けることと思います。

 そのハイセイコーが引退した時、寺山修司さんがハイセイコーに捧た詩が『 さらばハイセイコー 』。私は、競馬には疎い方ですが、この詩はとても大好きです。競馬好き云々ではなくとも、この詩は感銘を受ける詩だと思います。さすが寺山修司さん。競走馬にささげた詩であるのに、競馬に疎い人にまでも感銘を与えてしまう。やはり、只者ではないと思います

 この詩が大好きな私は、ブログタイトルの一節をよく使わせてもらっています。

ふりむくな ふりむくな 後ろには夢がない。

いい言葉だと思います。当ブログ御愛読の方は、それとなくお分かりのこととは思いますが、私は名言・格言というものが好きで、色々な意味で良く使わせて頂いております。この『 使わせて頂いている 』には、ブログ等で使わせて頂くのはもちろんのこと、『 自分に何か事が生じた場合にも、励みや教訓にするために使わせて頂いている 』という意味あいも含まれています。何気に私も、何か事が生じた場合、名言・格言からお力を頂くことが、よくあります。やはり、心から出た人の言葉には、それ相応の力が宿っているのだと思います。日本には〝言霊〟という言葉がありますが、これこそ言葉に力が宿っているということを表している言葉ではないでしょうか。そのお力にすがろうと、何かあった時、私は名言・格言を色々と読むことにしています。ブログタイトルの言葉にも、よくおすがりしています。

 人は今を生きています。〝過去〟は過ぎ去ったもの。〝未来〟は見えないもの。〝過去〟の後悔と〝未来〟の不安ばかりに振り回されてしまうため、人は〝今〟が見えなくなります。生きているのは〝今〟なのに…。あるのは〝今〟。大切なのは〝今〟。これは『 今さえよければいい 』と言っている訳ではありません。『 〝未来〟を大切にするために〝今〟がある 』ということです。〝未来〟は分かりません。でも、〝今〟は〝未来〟につながっています。〝今〟を大切にすれば、続いている〝未来〟も大切にできるはずです。だからこそ〝今〟が大切なのです。〝未来〟のために一歩踏み出さなければならない〝今〟。しかし、どうしても〝過去〟といった足かせに捕らわれ、その一歩を踏み出せないことがあります。どうしても、〝過去〟を振り返ってしまう。振り返っては、後悔し、その後悔に捕らわれ〝今〟を忘れてしまう。後悔することばかりに気を取られ、一歩を踏み出すことを忘れてしまう…。そんな経験は誰にでもあることと思います。

 夢というのは未来にあります。夢とは『 こうなったらいいな 』という未来です。そう、夢とは未来にあるもの…。ふりむくな、ふりむくな、後ろには夢がない。後ろ、すなわち過去には夢はありません。いくら後ろを振り返ったところで、後ろには夢は、そして未来は無いのです。人は過去に捕らわれるがあまり、つい過去という後ろを振り返ってしまいます。そして、振り返って後ろを見続け、今を忘れてしまいます。今を忘れることは、未来を失うかもしれない危ういことです。そして…未来を失うことは、夢を失うことであるかもしれないのです。夢は未来にあります。その未来に続く今に人は立っているのです。振り返ったまま動かずにいる限り、決して未来へ進むことは無いのです、そして…夢を掴み取ることもないのです。

 ふりむくな、ふりむくな、後ろには夢がない。何気ない素朴な文章ですが、人の心を動かす大切なものが、ぎっしりと詰まっているような気がします。優しく、そして的確に、人の生き方や今をどうするべきかを示唆している文章だとも思います。昭和の寵児と言われた寺山修司さんらしい、素晴らしい文章だと私は思っています。

 そんな、寺山修司さん。こんな言葉も言っています。

不幸な物語のあとには、かならず幸福な人生が出番を待っています。

だから、振り向いてはいけないんでしょうね。

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2017年3月10日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

〝今〟と〝いざ〟という時を二つに分けて考えているから、〝いざ〟という時に間に合わない。

〝今〟という時が〝いざ〟というときである。〝いざ〟という時は〝今〟である。その〝今〟と〝いざ〟という時を二つに分けて考えているから、いざという時に間に合わない。

                               葉隠

 葉隠とは『 江戸中期の武士の修養書。全11巻。正しくは〝葉隠聞書〟。鍋島藩士 山本常朝(やまもとつねとも)の談話を、田代陣基(たしろつらもと)が筆録。享保元年(1716)成立。尚武思想で貫かれる 』とデジタル大辞泉にはあります。分かりやすく言うなら、武士道書というか、つまり『 武士とはどうあるべきか? 』といった〝武士のお手本的的存在の本〟ということになります。

 薬剤師国家試験が終わってから、早一週間が経とうとしています。一週間前は、わき目もふらずに必死に勉強していた訳ですから、それが過ぎてしまった今、その落差にボーッツとした毎日を過ごしている方も多いのではないでしょうか?

 採点されている方もいらっしゃると思います。採点されていない方もいらっしゃると思います。採点されて、喜ばしい点数の方もいらっしゃると思います。採点されて、思い通りの点数ではなかった方もいらっしゃると思います。試験後一週間、色々な境遇の人がいると思います。

 色々な境遇の人がいると思いますが…どの人にも言えることがあります。それは『 今は次の一歩を踏み出す時 』ということ。〝一旦終了…としましょう!〟等、いくつかのブログでも書かせて頂いているのですが、〝試験を目指していた人間〟にとって、試験が終了することは、1つの事が終わったことを意味します。終わった以上、そこに踏みとどまっていることは、よろしいことではありません。終わったことは過去です。皆さんがいるのは〝今〟です。だからこそ、〝過去の状態〟から一歩踏み出すことが必要となります、例えどのような境遇であろうとも…。終わった過去ではなく、今は次の段階へ進まなければならないのです、試験を終えた誰もが…。

 ブログ冒頭の言葉の中で

〝今という時が〝 いざ〟という時である。いざ〟という時は〝今〟である。

とあります。〝いざという時〟とはどういう時でしょう?大辞林によりますと『 重大なこと、緊急になすべきことの起きた場合 』とあります。これから先、誰にでも〝重大なこと〟〝緊急になすべきこと〟は起ります。その時のためにも、今が大切である。ブログ冒頭の言葉はそう言っているのではないでしょうか?〝今〟という時が〝いざ〟という時である。〝今〟がいかに大事であるか、説いている言葉だとは思いませんか?『 終わったから 』『 まだまだだから 』と思って行動しないと間に合わなくなる。今がその時、動く時である。就職活動にせよ、試験対策にせよ、これからどうするかにせよ、今、今動かなければならない。〝今〟が〝いざ〟という時だから。試験が終わって一段落するのは、悪いことではありません、しかし、一段落しながらも、何か事を起こして一歩踏み出さなければなりません。〝今〟という時が〝いざ〟という時だからです。今動かなければ、いざという時に動くことは出来ません。〝今〟と〝いざ〟という時を二つに分けて考えていると、いざという時に間に合わないからです。どのような境遇の人も、今、動き出すべきです。第一歩を踏み出すべきです。いざという時のために…。

 我が薬進塾にも、第一歩を踏み出した人が入塾しています。そう、〝第103回薬剤師国家試験〟に向けて、その合格を掴み取るために入塾してきた人達です。第103回薬剤師国家試験という重大なことのために、今動き出している人たちが集まって来ているのです。そして、〝第103回対策の新塾生さん達〟は、〝いざ〟という時である第103回薬剤師国家試験に、〝今〟という時の対応で立ち向かおうとしているのです。次に向かって進んでいる人がいる。第一歩を踏み出している人がいる。〝今〟という時が〝いざ〟というときである。〝いざ〟という時は〝今〟である。その〝今〟と〝いざ〟という時を二つに分けて考えているから、いざという時に間に合わない。そのことを忘れずに、皆、第一歩を踏み出してもらいたい。そう思っている次第です。

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2017年3月2日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

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