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努力は素質を上回り、気力は実力を超える。

 最近、テレビでよく見かける具志堅用高さん。何ともひょうきんな言動で周りを笑わせてくれます。そんな彼が、元プロボクサーであったことを知っている人が、思いのほか少ない事には驚かされます。プロボクサーであったどころか、元WBA世界ライトフライ級王者。おまけに、日本人唯一の世界王座6連続KO防衛者。さらに、日本人男子世界王者として世界王座防衛13度の最多記録保持者でもあります。生涯戦績は24戦23勝(15KO)1敗。まさに、無敵と言っても過言ではないボクサーだったのです。具志堅さんのボクシングスタイルは、近距離戦を好む〝ファイタータイプ〟。パンチやフェイント等のプレッシャーで相手との距離をつめて打ち合うスタイルですが、打たれ強くないと打ち合えないという〝両刃の刃〟的スタイル。そんな強さを誇る百戦錬磨の具志堅さんですが、ある試合前の状況をこう話しています。

 

怖くてねえ…。殺されるんじゃないかと…。試合前は何度も逃げようと思った

 

 最近、学生さんから多い相談が『 不安なんです 』という相談。長いこと講師という仕事をしていますが、今時期は毎年のように、この相談を受けることになります。そして、毎年のように私はこう答えています。『 今の時期、真っ当に勉強していて不安じゃない人なんていないよ 』と。皆さん、何故不安なんでしょう?聞いてみると…大部分の人が『 勉強はしているけど、初めて見るような内容ばかりだし、覚えなきゃならないことは沢山あるし、でも思ったように勉強ははかどらないし… 』ということで不安になっているようです。言い方を変えれば…『 勉強をしているからこそ、不安になっている 』ということが出来るとは思いませんか?そうなのです。不安になるのは、ある種、勉強している証拠でもあるのです(もちろん中には『 全く勉強していないから不安 』という困った方もいらっしゃいますが…)。さすがにこの時期になると、第100回国家試験を受験する人のほとんどが、現在、猛勉強中の事だと思います。ということは、早い話、国家試験を受験する皆が不安だということです。あなただけが特別不安なのではなく、皆が不安なのです。そして、真っ当に勉強している人にとっては、それが当り前なのです。

 『 不安を何とか(解消)して下さい 』という相談も多いのですが…『 それは、出来ないよ 』と答えています。あなただけが不安だったらまだしも、皆が当然のように抱えている不安なのですから、それはどうしようもありません。不安は決して悪いことではありません。不安があるからこそ、色々な手を打つ事が出来るし、前に進むことだってできるのです。確かに『 不安で何も手につかなくなってしまう 』事はあります。しかし、『 不安で進めなくなる 』のではなく『 不安でも進む 』ことが大切なのです。強さとは『 不安を封じ込める 』事ではありません。本当の強さとは『 不安と二人三脚で進む 』ことなのです。『 不安を無くする 』ことは出来なくても『 不安とともに歩んでいく 』ことは出来ます。前述の具志堅さんだって『 怖くてねえ… 』『 殺されるんじゃないかと… 』と不安を感じているではありませんか?前述の言葉は、21勝(15KO)1敗の相手と試合する時の状況を話してくれたものです。そんな強豪と殴り合いの試合をするのです。不安じゃないはずはありません。しかし具志堅さんは、その対戦相手に勝利を収めているのです。

 『 不安でも進む、いい方法はないんですか? 』と言う方は多いんですが…。じゃあ、教えましょう。以前、ブログで書かせて頂いたこともあるのですが…不安になったらどうすればいいのか?1つでもいいから、何か覚えてください。今、目の前にある『 やらなければならないこと 』を処理してください。これが、試験の不安に駆られたときの最善の方法です。あなたが不安を感じて『 どうしよう 』と思い悩んでいる間も、時は過ぎ去っていきます。不安を感じて思い悩む暇があるなら、その時間、1つでもいいから何か覚えてください。1つでもいいから、やらなければならない事をやって下さい。やらなければいけないこと、何でもいいです。全体的な見直しをするもよし、気になっていたことを調べるもよし。とにかく目の前にあることを一つ一つ処理していってください。そうすれば、少しでも前に進む事が出来ますから。『 不安だから止まる 』のではなく、『 不安でも進む 』のです。そして、これは国家試験直前の、勉強方法でもあります。『 この時期何をやれば良いんですか 』という学生さんにも、同じように『 今、目の前にあるやるべきことをやりなさい 』と伝えています。確実に前進する方法を…。

 実を言うと、試験対策の一番のベースはコレなんですけどね(これも何回かブログで書かせてもらったんですが…)。『 遠くの山を越えようとする前に、目の前にある水溜りを飛び越える 』。これが、一番重要なことなのです。そうやって、水溜りを一つ一つ飛び越えていく事が、山を越える一番の方法なのです。目の前にある水溜りを飛び越えない限り、山を越えるどころか、山に到達することさえできません。国家試験という山を見て『 あんな高い山越えられるだろうか 』と不安になった時は、目の前にある〝あなたが飛び越えなければならない小さな水溜り〟を飛び越えてください。そうやって、一つ一つ飛び越えていけば、必ず国家試験という大きな山も越えられるのです。山の大きさに『 どうしよう 』と不安になるばかりで、目の前の水溜りを飛び越えもしないでいるのは、愚かなことです。不安だからこそ〝目の前にあるやるべきこと〟を、1つ1つ飛び越えていくのです。

 試験で一番大切な力は何だと思いますか?それは〝気力〟です。試験だけではなく、いかなる勝負事においても、最も重要な力こそが気力なのです。『 気力 』とは『 力むこと 』や『 気負う 』ことではありません。『 気持ちの力 』です。『 合格するぞ 』という気持ち『 薬剤師になるぞ 』という気持ちの力が『 薬剤師国家試験に対する気力 』なのです。その気持ちをしっかりと持って薬剤師国家試験に臨んで下さい。

 

努力は素質を上回り、気力は実力を超える。

作者不詳

 

 心ばせながら、薬進塾一同、皆さんの合格を心よりお祈りしています。大丈夫!必ず乗り越えられますから!

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2015年2月22日 | コメントは受け付けていません。 |

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やって欲しい所のリクエスト  ― 講義のあり方 ―

 そろそろ国家試験も近くなってきた今日この頃。次の国家試験を受ける人は、日々試験対策に切磋琢磨していることと思います。ここまできたら、もうやるしかない!という事で、我が薬進塾の学生さん達も、今まで以上に熱く勉強に励んでいます。私の所に個人学習指導を受けにくる学生さんも増え、中には夜中に『 勉強のことで相談が… 』とメールで個人学習指導をお願いしてくる学生さんもいたりします。そこまで熱心な学生さんには、やはりこちらとしても応えてあげなければ!と、必死に学習指導をメールで打つことに。これも、一人や二人ではありませんので大変といえば大変なのです(それも夜中ですから)が、やはり試験対策のための相談ですから乗らない訳にはいきません!『 こんな夜遅くでも、学習指導を依頼されるなんて講師冥利に尽きることではないか! 』と思いつつ、ひたすらメールにて学習指導をしている旧この頃なのです。

 今年の学生さん達は非常に熱心です。そんな熱心な学生さんの中には、講師の所にやって来て『 先生!○○やってもらえますか? 』とか『 □□が苦手なんで、講義でやってもらいたいんですけど… 』という具合に、講義内容をリクエストする学生さんもいたりします。それも、一人や二人ではありません。さらには、どの講師にもリクエストしているご様子。もちろんリクエスト内容は、講義では触れている内容なのですが…やはり自分が苦手な所は不安なのでしょう。だから、試験前にもう一度聞いておきたい。最後にもう一回講義を受けたい。そういう気持ちが強くなる。そこで、前述のように、講師に講義内容をリクエストするということになるのだと思います。何にせよ『 勉強を求める事 』は良いことです。

 そんな学生さんの熱い気持ちが伝わるのでしょう。先生方もリクエストの声に応えて、その内容を熱く講義してくれたりします。講義しなければならない範囲や全体的な講義の流れがありますから、それを十分考慮した上でのリクエスト応対になりますし、さらに、タイトな時間で講義をしていく時期でもありますので、実はリクエスト応対は先生方にとっては、少々負担になることなのですが…。しかし、どの先生もイヤな顔一つせず、それどころかそんな学生さん達の意気込みが嬉しいのか、喜んでリクエストに応えてくれています。そんな先生方の姿勢には、本当に感謝の一言に尽きます。もちろん、学生さん達の『 苦手な所を何とかしなければ 』という、勉強に対する自主的で真摯な態度も嬉しい限りなのです。

 私は良く、講義をキャッチボールに例えます。キャッチボールを思い出して下さい。相手が捕れる球を投げてやる。相手がそれを受ける。受けた相手もこちらが捕りやすい球を投げ返してくれる。その球を受け捕り、また相手の受け捕りやすい球を投げ返してやる。これがキャッチボールです。講義もコレと同じだと思います。学生さんが分かりやすいように講義をする。学生さんがそれを受け捕る。受け捕った学生さんが、理解した反応を示す。その反応を受け捕り、また次の講義に進む。この繰り返しだと思っています。学生さんの反応が今一つの時は…『 これはちょっと難しかったかな? 』という反応を受け捕り、次は分かりやすい表現をしたり、時間をかけて説明をしたりします。キャッチボールでも、こちらは捕れると思って投げた球ですが、相手にとってはチョット捕るのが難しい、そんな球を投げてしまう事がありますよね?その時、皆さんはどうします?『 今投げたような球は、受け捕り難いんだ 』と認識して、次は受け捕りやすい球を投げようと思いますよね?アレと同じなのです。

 キャッチボールをしていても…一方的に球を投げてくる人もいたりします。『 オイオイ、そんな球捕れる訳ないだろう 』と思っているこちらをよそに、とんでもない球を投げてくる人がいたりもします。ひどい人になると、こちらを見ないで球を投げてくるような人も…。『 どこ投げてんだよ! 』と思いながらも、球を投げ返してやると…こちらの球は知らんぷり。受け捕ろうともしない。で、また一方的にとんでもない球を投げてくる…。さらには、こちらが球を捕れなかったりすると…『 こんな球も捕れないのかよ 』なんて嫌みを言ってきたりもする。まあ、とてもじゃないけど『 キャッチボールをしている 』とは言えない状況ですね。

 私は今まで色々な学校(薬剤師国家試験対策はもちろんのこと、それ以外の試験対策を行っていた学校も含めて)で講師をしてきましたが…残念ながら〝キャッチボールをしているとは言えない講師〟が存在するのは事実です。一方的にとんでもない球を投げてくる…。『 こんな球も捕れないのかよ 』なんて言ったりする。こちらの投げた球を受け捕ろうともしない。そんな講師を何人も見てきました。だから、我が薬進塾を立ち上げる時には『 キャッチボールを出来る講師陣をそろえよう! 』と思いました。幸いなことに、今の薬進塾にいる講師陣は、皆キャッチボールが出来る講師。前述にもあるように〝講義のリクエストに応えてくれる先生〟こそが〝キャッチボールのできる先生〟の証しだと思っています。そういった先生方がいてくれることは、本当に恵まれていることなんだな…と心の底から思うのです。

 国家試験まで、あと数日。学ぶべき弱点をリクエストしてくれる学生さん、そしてそのリクエストに応えてくれる先生方。この両者とともに、学生さん達の合格を願って、ひたすら切磋琢磨していきたいと思っている今日この頃です。

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2015年2月14日 | コメントは受け付けていません。 |

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個の力

独立の気概なき者は必ず人に依存す。人に依存するものは必ず人を恐れる。人を恐れるものは必ず人に諂うものなり。

 

 一万円札でおなじみの、著述家、啓蒙思想家、教育者として名声を馳せている福沢諭吉の言葉。福沢諭吉とくれば誰もが思いだす『 学問のすすめ 』。その『 学問のすすめ』の中の一節です。

 当時の日本という国、日本人としての心構えを説いた一節ですが…名言である言葉のご多分に漏れず、この一説も様々な意味に捕えられています。つまり、色々な見解で、この一説の意味を読み解くことが出来るということになります。私自身は、この言葉を次のように捕えています。

 『気概 』とは『 困難にくじけない強い意志・気性 』という意味です(デジタル大辞泉より)。つまり『 独立の気概なき者 』とは『 一人でやっていく意志が無い者・一人困難に立ち向かう気性が無い者』ということになります。『 諂う(へつらう) 』とは『 自分より上の者に、お世辞を言ったりして、気に入られるようにふるまう 』という意味です(大辞林より)。そういう意味を踏まえて、私なりに先の一節を解釈させて頂くならば…

 

 一人でやっていく意志が無い者・一人困難に立ち向かう気性が無い者は、必ず人に頼るだけの無責任な人間になってしまう。人に頼るだけの無責任な人間は、自分自身というものが無いし、自分自身の力を身につけることも出来ない。だから、他人が自分より優れている、自分には敵わない人物と無意識に解釈し無意味に恐ろしく感じてしまうことになる。自分以外の人間が、自分より優れている人間・敵わない人間と勝手に解釈し無意味に恐れるため、自分が攻撃されないようにお世辞を言ったりして、気に入られるように振る舞う。

 

といったところでしょうか。私的には『一人でやっていく意志が無いものは、他人に振り回されるだけの人間になってしまう 』というのが、この言葉の本質だと思います。『 他人に振り回されるだけの人間になってしまう 』のも困ったことなのですが、往々にしてそれ以上に困ったことになってしまう場合があります。その人自身が困ったことになるのは、自業自得なのですが、得てしてそのような人間は、周りの人間を困らせるような人間になってしまう場合が多いからです。

 『 一人でやっていく意志が無い者・一人困難に立ち向かう気性が無い者は、必ず人に頼るだけの無責任な人間になってしまう 』とありましたが…このような人間は確かにいます。大変なことや面倒なことは人にやらせて、自分は何もせずにそこに便乗してくる。で、何もせずに、ああだこうだ不平・不満を垂れ流したり、自分のいいように事を運ぼうとする人間です。自分のいい用に事を運びたいなら、または自分がやりたいと思うべき事があるなら、自分で行動してやりたい事をやったり、そのような立場の人間になればいいのですが…。ところが、それだけの気概はない。もちろん、そのための能力もない。人が成したことに後から上手く便乗するだけの能力しかない。コバンザメというか、『 人の褌で相撲を取る 』とか、そういう人間です。まあ『 寄らば大樹の陰 』の下品版ですかね。そういった行為、つまり『 人が成したことに後から上手く便乗する 』行為こそが、前述で言う所の『 人に頼るだけ 』という行為に当たるのだと思います。自分では何もできないから、人のやることに頼る、すなわち便乗するしか方法が無いということです。また、こういう人間に限って、便乗してきただけなのだから大人しく謙虚に振る舞えばいいものの、何故かそうはならない場合が多い。たんに便乗しただけの存在なのですが、どういう訳か自分が成したつもりでいるかのように、やたら偉そうに発言してきたりします。それも、自分が良いとこ取りするような、自分が楽をするような発言を…。自分の考えが絶対だと言わんばかりに、そうじゃないことに対しては不平・不満ばかり口にします。それでいて、当の自分は何もしない。自分のことは棚に上げて…どころの話ではありません。棚に上げるモノもないほど何もしないどころか、言うことなす事、どれもがマイナスのことばかり!恐らく、これが福沢諭吉の言う所の『 必ず人に頼るだけの無責任な人間 』なのでしょう。自分で何もしないということは…そう、人に頼りっぱなしということになります(まあコバンザメですね)。なのに、自分は良いとこ取り、不平・不満ばかり口にし、言うことなす事、どれもがマイナス…まさに『無責任な人間 』の極み。悲しいかな、こういう人間がいることは確かなのです。

 自分は何もしないで、大変なことは人任せ。いいとこ取りで、そのくせ不平・不満は垂れ流す…。おとなしくしている事をいいことに、それがどんどんエスカレートしていく。こういう人間を何人か知っていますが…あまりいい人生を送っていないような気がします。目が死んでいるんですよね…。人の生き方には色々ありますから、私がとやかく言うことではないのでしょうが…やはり、生きているからには、目が生き生きとしている、独立の気概ある、個の力を持った生き方をしたいな、そしてするべきではないかと思っているのです。

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2015年2月8日 | コメントは受け付けていません。 |

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