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第99回薬剤師国家試験 旧4年制課程既卒者 合格の声!

 私は仕事をしながら薬進塾一年コースを受講しました。苦労したことは学習時間の確保、それと仕事のために毎回講義を途中退出しなければならない事でした。このような状況の自分を支えてくれたのは、薬進塾の先生方、そして一緒に勉強した友人たちの存在だったと思います。

 薬進塾の先生方は、国家試験の過去問題を詳細に研究しています。ですから、講義内容が直接試験問題に反映されています。これは先生方が、薬剤師国家試験の予備校の講師だけではなく、医療現場や教育現場などの分野で実際に活躍されている人達だから出来る事だと思います。

 薬進塾は少人数制の予備校なので、先生方は学生一人ひとりの些細な質問にも親身になって答えてくれていました。さらに学生からの講義内容の要望や、講義の進むスピード調整などにも気を使ってくれていました。このため、学習時間の少ない自分でも効率良く勉強に取り組む事が出来ました。

 薬進塾は少人数制なので、アットホームな雰囲気の講義が毎回展開されていました。「薬剤師になる!」という同じ目標を持つ皆と、勉強内容や受験に対する不安などを話しあえる環境が、勉強へのモチベーションUPへとつながり、受験生活を楽しく過ごす事が出来たと思います。

 定期的に学習指導をしてもらえた事も良かったです。学習指導では勉強方法はもちろんのこと、日々の生活のリズムや精神面なども含め、全てにおいて指導してもらう事ができ、それで支えられた部分も大きかったと思います。

 最後に両親、薬進塾の先生方、そして薬進塾で一緒に勉強した仲間たちに心より感謝いたします。ありがとうございました。

H・Mさん:K大学卒

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2014年4月30日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:合格者の声

頭を下げられる人は偉いのか?

人にモノを頼む時は、往々にして頭を下げることが多い。モノを頼むということは、こちらがお願いしているということである。つまり、こちらの都合に対し「あなたの都合を合わせて頂けますでしょうか?」ということである。ある種こちらの都合のいいように、相手を動かすことになってしまうのだから、それは頭も下げなければなるまい。常識とはそういうものである。それで動いてくれるようなら、相手から「分かりました」との返答も頂け、こちらとしても「ありがとうございました」と事は進む。その条件で動けないようなら、相手は「チョット、それは出来かねますね」となり「そうですか…また何かありましたら、よろしくお願いします」となる。

最近、気になることがあるのだが…まあ最近といっても10年程くらい前からだろうか?何が気になるのかというと…モノを頼んだときに、どうも優越感を感じているような素振りを見せる輩が多いような気がする。モノを頼まれたことによって、あたかも「(頼まれた)自分は(頼んだ)貴方よりも優位な立場にあるんだぞ」と思っている方が…イヤ、確実にそう思っていて、あからさまにおごり高ぶったような態度を示す人間が多いのだ。これは、いったいどうしたことなのだろう?

確かに、その人の生活を一変させるような事を頼んだり、命にでも関わるような事態になることを頼んだりしているなら話は別だ。しかし、どう考えても、こちらとしてはビジネス的でしかない内容を依頼している。当然、それに伴う報酬もお支払いはする。もちろん、頭も下げる。前述のように、それが人としての常識なのだから。しかし、頭を下げられた方の人間は、その瞬間から、あたかも自分が偉くなったかのようにして振舞う場合が多い。ここが、私がどうしても理解できないところなのだ。頭を下げられた方は、頭を下げた方よりも偉いのだろうか?

前述のように命に関わるような事態をお願いしているのならともかく、こちらとしては、あくまでもビジネス的な内容を依頼しているに過ぎない。ましてや「こちらの言うことを聞け!」などという強制的な態度ではなく、あくまでも依頼されている側(つまり頭を下げている対象の人間)の事情を伺っての依頼であり、だからこそ頭も下げているのだ。その内容がイヤなら断ればいいし、良かれと思えば引き受ければいい。それしかないのではないだろうか?なのに、妙に引き受けることに対し、もったいぶる輩がいる。何をもったいぶっているのか、こちらは不明ではあるが…。そういう時のその輩の顔が、実に嫌な顔になっているのは私の気のせいであろうか?本人はお気づきになっていらっしゃらないようなのだが、人間のエゴ丸出しの顔をしている。「ああ、人間というのは、こういう顔をするんだ…」と思ってしまうほどの、卑しい顔をしているのだ。あれほど、人間という生き物に幻滅してしまう顔つきというものも、他にはないだろう…。

頭を下げられることで、こちらが優位だと思ってしまう。これほどの下衆の極みも他にはないのではないだろうか?お願いする場合というのは、往々にしてお願いする方が困っている場合が多い。困っているからお願いするのに、お願いされたから自分は優位な立場にあるのだと考えるということは、困っている人間に対し、困っていない自分が、あたかもそれを理由に何をしても許されるかのような気になっているにしか過ぎないのではないか?まあ、手っ取り早くいうならば、単なる弱いものいじめでしかない。ご本人としては「頭を下げられて、依頼されている自分は、何てすごい人間なんだろう」とご満悦かもしれないが、よくよく考えてみれば、卑しい性(さが)丸出しの弱いものいじめにしか見えないと思うのだ。

そういえば…長い予備校講師生活の中で、こんな人間が以前いた。どうも本人は講師をやりたがっているよう。その旨伝えてくれれば、すぐにでもお願いしようと思っていたのだが…いつまでたっても素振りはあるものの、それを伝えられることはなかった。とりあえず、『講師をやりたいのか?』と聞いてみたところ、件の顔つきで次のような答えが返ってきた。

『 自分から「やりたい」と言うのはイヤですよ。

          そちらから「お願いします」と頼まれないと…そうなら引き受けますけどね… 』

そういう、お偉い方には恐れ多くて、講師を頼むことは出来なかった…というよりも、少なくともモノを教える人間としては、不向きには思える…イヤ、不向きな人間であることは間違いないと思う。

 

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2014年4月25日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

与えられたものは、与えられただけのものでしかない。

 昨今の学生さんを見ていて感じることは『受身の学生さんが多くなったな』ということ。自分で何か事を起こすというよりか、ただ何かを与えてくれるのを待っている。そういった感じの学生さんが多いなと、多々感じるのです。もちろんそれは、国家試験対策においても例外ではありません。『知識を与えてくれるのを待つだけ』、『何かをしてくれるのを待つだけ』といった学生さんが多いことには驚かされます。『私たちは何もしませんよ。だって、与えてくれるんでしょ?』と、思っている学生さんが何と多いことか…というよりも、『与えてくれるのが当たり前でしょ?』といった学生さんが多いことには、講師歴数十年の私も驚かされる始末。中には『最低限、コレをやっておけば合格できるというのを教えて欲しいんですよ』なんていうツワモノ(?)もいっらしゃいまして…閉口することこの上ない始末。

 『いつからこうなってしまったんだろう?』と思い悩んだところで、何の問題解決には至らない訳でして…。『自分だけが、感じていることなんだろうか?』と、アチコチ聞きまわってみると…大学の先生方はもちろんのこと、薬局やドラッグストア等の企業の方や、果ては薬剤師会の方までもが、私と同じような考えをしている有様。つまり『なんで、こんなに受身なんだろう?与えられることばかりを待っていて、何故自分では何もしようとはしないんだろう?』と、実はそれぞれ密かに思い悩んでいる始末…といった具合のようなのです。

 『別に与えられるのを待っていても問題ないでしょ?』と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、実はこれが大いに問題あることなのです。特に、昨今の薬剤師国家試験対策においては、そのような考え方や行動が、致命的なものになってしまうのですから性質が悪い。何せ昨今の薬剤師国家試験、何を置いても求められているのが『考えて解く』こと。自分の持っている知識を駆動して、それを素材としながら〝解答〟という料理を作らなければならないのです。与えられた素材、つまり与えられた知識は、それだけでは料理で言うところの〝素材〟だけでしかないのです。もちろん、『良い素材』ならば、それだけで『料理は出来る(料理となる)』つまり『問題は解ける』でしょう。しかし、それそのままの素材だけで全て料理が賄える(まかなえる)のかというと…そうではないことは、ご存知のことと思います。素材を、いかに自分なりに調理するかによって、様々な料理は出来上がるのです。

知識にもまったく同じことが言えます。与えられた知識は、あくまでも知識でしかありません。それを自分なりに使いこなしてこそ、初めて問題を解くための戦力となるのです。与えられた10の知識は、あくまでも10の知識だけにしか過ぎないのです。その知識を、自分なりに使いこなす、例えば他の知識と連動させたり、その知識から自分なりの解釈で考えて答えを導き出したり、その知識を元に新しい方向に発展させていったりすることによって、与えられた10の知識は、20にも30にも値する価値を持つのです。

 前述のように、昨今の薬剤師国家試験は考えて答を導くことが求められています。範囲も345題と、以前の国家試験とは比べ物にならないほど広くなっています。だからこそ、与えられた知識を基に『自ら考える』、『自ら行動して知識を使いこなす』、そういった受身ではない〝能動的な行動〟が求められているのです。与えられるのを待っているだけでは、そういった〝能動的な行動〟にたどり着くことは難しいでしょう。薬剤師国家試験合格のためにも、やはり与えられるのを待っているような受身の態度は改めるべきではないのか。そう思うのです。

 

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2014年4月16日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

大は小を兼ねるのか?

 先日の当ブログをお読みになって、お気づきになられた方も少なくないのではないでしょうか?先週のブログ「土産考」は、それ以前のブログのおよそ2/3の文章量。まあ、早い話がいつもより1/3ほど少ない量に。当ブログのご愛読者(?)の中には「何故に急に文章量が減ったのか?」などと疑問に思う人もいたのかもしれない状況。では、何故にこのような状況になったのかといいますと・・・。

 以前にもブログで書かせてもらったのですが、私はどうにもこうにも、文章を書き始めてしまうと止まらない性質(たち)でして・・・。どうも書き始めると、文章が長くなってしまう傾向があるのです。忘れもしない、私が初めて薬剤師国家試験の模擬試験問題を作った時のこと。まあ、模擬試験の作製というものは、試験問題と解答・解説をセットで提出し印刷をかけるものでして・・・。で、初めての私も御多分に洩れず、試験問題と解答・解説をセットで提出したのですが・・・。当時の私の上司が「長すぎる。もっと解説を短くして」と言ってきたことが、未だに昨日の事のように思い出される始末でして・・・。まあ、トラウマになっている・・・とまでは申しませんが、「長いのか・・・」とチョット困惑したことは、これまた昨日の事のように覚えているのです。

 で、先日とある方とお話したのですが・・・。「大は小を兼ねるとは言うものの、ただ大だから小を兼ねるというものでもないんだよね」と、ご指導ご鞭撻を賜りました。なるほど・・・わたしも普段から学生さんを指導する時に、そのような内容は伝えているのですが・・・改めて面と向かってそのような言葉を賜ると、自分の中で思い当たる内容がチラホロと出てくるもので。で、一番初めに思い当たったのが、ブログの長さ。当ブログご愛読の方でしたらお気づきのように、日に日にその長さが増えていっている始末。日々、何気に様々な人から「先生、チョット長くありませんか?」という声を請け賜わる状況を鑑みて、改めてその文章量を確認してしまう始末。確認してみると・・・やはり多いようで…イヤ多いのだろうか?

 確かに長くなっていっていることは事実なのです。このままでは、おそらくどんどん長くなってしまうおそれが!やはり、どこかでそれに決別する機会を設けなければならない・・・。ということで「少し短めのブログを心得よう!」という趣旨から、先日のブログでそれが実行された次第なのです。

 しかし、生来からの悪癖(?)なのか、どうしても文章を長くつづってしまいそうになる始末。そんな時は、前述のご指導ご鞭撻を賜りました方からの、お言葉を思いだしては節制しようと思っている次第なのです。その方からのお言葉はこうでした。

 

「本当に伝えたいと思うことならば、あえて長くする必要もないんじゃないですかね。短くったって、伝わるものは伝わりますから」

 

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2014年4月10日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

土産考

 最近、出張であっちこっちと飛び回っております。まあ、飛び回るほど忙しいというのも、それはそれは有り難いことだと思っております。人間というものはチョット遠出すると、どうも「土産でも買っていかなければ・・・」という気になってしまうもの。さらに、やはり〝土産〟ですから「その土地土地に縁のある品をば・・・」なんていう具合に考えてしまうもので。で、そんな気持ちを胸に、お土産コーナーに足を運ぶことになるのですが・・・。いざ着いてみて「さて、めぼしいものでも・・・」なんて詮索を開始すると・・・あるわ、あるわ!やはり観光というモノは、どこの土地にとっても大切な収入源。そこの土地の名産やら、縁がある品物やらが所狭しと…んっ?待て、待て、チョット待て?この品物、この菓子はこの土地に何か関係あるのか?なんていう土産物も何気に多いような・・・。っていうか、別にどこでも買えるような品物だったりするような気も・・・イヤ、きっと私の気のせいだろう。まさか、町のお菓子屋さんにも売っている様なコレが土産物なんて・・・。でも、確実に見たことはあるし・・・う~ん、これは果たして〝土産〟と呼べるのだろうか?

 と悩みつつも何気に目線を移してみると…「ン?コイツは…他の土地でも目にしたような…イヤ、確実にコイツは○○でも売っているのを見かけたぞ!」なんて品物もチラホラ。う~ん、どうなのかなぁ、こういうのは…。まあ、売る方とすれば単に一商品であって、売れてくれれば、それはそれで問題ないんだろうけど…。「どこにでも売っている」なら〝土産〟ではないような…。「土産物屋で土産じゃないものが売っている。はたしてこれは土産か?」という、何やら禅問答のような状況に困惑しつつも、土産を選ぶことに。〝どこででも買えてしまうような土産〟を選ぶならば「やはりその土地の有名どころを!」と定番の、まさに〝お約束の土産〟を買ってしまうことに。土産をもらう時「(その土地)お約束の土産だな」と思うことが多いのですが、恐らくこういった背景があるのかもしれません。なるほど、私もそんな状況の中、ついついその土地お約束の土産を買ってしまいますから。まあ、美味しければ、それはそれで良いんですけど・・・。やはり「その土地でしか手に入らないもの」の方が、どんなに地味であっても嬉しいものです。なるほど、お約束の土産が無くならないはずだ…。

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2014年4月5日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

第99回薬剤師国家試験 不適切問題

第99回薬剤師国家試験不適切問題

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2014年4月3日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:薬剤師国家試験

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