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第99回薬剤師国家試験 正答

第99回薬剤師国家試験正答1

第99回薬剤師国家試験正答2

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2014年3月31日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:薬剤師国家試験

イヤなことは考えない。

いい気分でいるためには、イヤな事を考えない事だそうだ。なるほど、その通りである。イヤな事を考えて、ご機嫌な気分になる輩などまずいないだろう。イヤな事を考えれば、誰しもがイヤな気分になるのは当然の話である。イヤな事や面白くない事を考えることは、誰にでもよくあることだ。私にしてもそうだが、そういう事を考えている時は不機嫌である。とてもじゃないが、上機嫌とはほど遠い心的状況にあることは確かだ。

私の愛読書の中には次のような事が書かれている。『運がいい人は上機嫌の達人だ』と…。上機嫌でいると運がよくなるのか…?マザーテレサは次のように言っている。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。

言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。

行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。

習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。

性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

ということは、思考が運命になるということである。イヤな事を考えていると、イヤな運命になってしまうということである。なるほど、先の『運がいい人は上機嫌の達人だ』と通じるものがある。

イヤな事を考える → 機嫌が悪くなる

 → 運が悪くなる → イヤな運命になってしまう

 確かにそうかもしれない。前述させてもらったが、私も周りの環境やその時により、イヤなことばかり考えてしまう状況に陥ることが多々ある。イヤなことばかり考えていると、目に付くもの、情報として入ってくるもの、全てがイヤなことばかりになってしまう。平静に考えてみれば、世の中イヤなことばかりということは、決してないはずである。なのに、そういう心的状況・・・すなわちイヤなことばかり考えている状況にある時は、どういうわけかイヤなことばかりに目が向いてしまう。決してイヤなことばかりではないのに、イヤなことばかりに目がいってしまう・・・。何故だろうか?やはり、これは単にこちらの心的状況に原因があることは確かだろう。イヤなことばかり考えているから、イヤなことばかりに目がいってしまう・・・。さらには、それがクセになり、いつも不機嫌でいる結果となってしまう・・・。いつも不機嫌でいるから、それが性格として定着し、それ相応の運命を歩んでしまうことになる。これが、真意なのではないか?だからこそ、マザーテレサは言っている。思考に気をつけなさいと・・・。それが果てには、それがあなたの運命になってしまうからと・・・。

 「イヤなことを考えると、それは言葉になってしまう」ともマザーテレサは言っている。以前、『感謝の気持ちを忘れずに』というブログの中で「不平不満が出てこなければ、楽しく生きられる」と書かせてもらったことがあるが・・・イヤなことを考えていると、それは言葉になってしまう・・・コレこそが、この言葉こそが『不平・不満』なのではないか?

 私も不平・不満ばかりを口にする人間を知っている。まあ、こちらサイドとしては出来るだけお付き合いはご遠慮願いたい・・・というよりも、ほとんどお付き合いをしないようにしている。これまた、ブログで何度も書かせてもらっているが、不平・不満ばかり言っている人間と一緒にいても、さっぱり楽しくない。まあ、そういう人間といて楽しいというのは、一緒になって不平・不満ばかり言っている人間だろう。私的には、不平・不満ばかり言っても、ちっとも楽しくはない。だから、お付き合いはご遠慮願っている。不平・不満を言うということは、不平・不満を考えているということである。不平・不満とは、それを発する人にとっては面白くない、イヤなことである。つまり、不平・不満ばかり言っている人というのは、いつもイヤなことばかり考えている人ということになる。なるほど・・・そういう人、つまり不平・不満ばかり口にする人、人の陰口ばかり言っている人間たちを何人か知ってはいるが・・・確かにイヤな運命というか、あまり恵まれた人生を送っていないような人たちばかりである。まあ、あくまでもこちら側の主観的な見解ではあるが・・・。

 よると触ると、人のことについて「あの人は云々・・・」「あの人のやり方は云々・・・」人の揚げ足を取る・・・いや、上げてない足までもとって、ネタにしながら陰口をたたいている輩がいるが・・・当人たちは楽しいのだろうか?楽しいかどうかはさておいても、どう見ても本人たちの運命は、良からぬ方に進んでいるように思えて仕方がないのだが・・・。それはそうであろう。不平・不満となるようなイヤなことばかり考えても、上機嫌にはなれないのだ。「愚痴は不幸を呼ぶ呪文」である。だったら、不平・不満など口にせず…いや、イヤなことばかり考えているのではなく、楽しくなるようなことばかりを考えた方がいいのではないか?ネガティブなことや、憂鬱になるようなことや、起きるかどうか分かりもしない不安なことばかり考えるのではなく、考えるだけで楽しくなるような、嬉しくなるような、笑みがこぼれてしまうようなことばかりを、考えたほうがいいのではないか?少なくともこちらの方が、イヤなことを考えるよりはよっぽど上機嫌になれるし、マザーテレサが言うところの、そういった運命に導かれることになるのではないか?私は、そう思っている次第である。

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2014年3月29日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

今までと同じ方法で、 今までと違う結果を望むなんて…

 今回の国家試験の影響もあるのか、今年は例年以上に我が薬進塾に見学や相談に来られる方が多い状況となっています。まあ、早い人では国家試験前に見学に来られた方もいらっしゃったのですが…。それでも、やはり見学や相談というものは国家試験が終わってからがメインになるもの。資料請求や問い合わせはもちろんの事、学校見学や個別相談に来られる方が相次いでいる状況にあります。やれ面談だ、電話対応だ、資料発送だと忙しさも一入なのです。

 見学者の方と色々お話しをしている時に、何気によく聞くのが「ブログ読ませてもらっていますよ」の言葉。実は、毎週ブログを書くというのも中々大変な仕事。ましてや私は、書き始めると止まらなくなってしまう人間でして、気がつくと何時間にもわたって、さらに何ページにもわたってブログを書きつづっている始末。もちろん、そんない長いモノをブログに乗せる訳にもいかず、これまた時間をかけて削除していかなければならない事に。で、やっとのことブログとして掲載しても問題がないよう体裁が整った時には、かなりの時間を費やしてしまっている状況に…。「ああ、他にもやることが…」などとチョッピリは後悔するものの、やはり自分が書きあげたブログが掲載された時は嬉しいもの。さらには、そんな苦労して書き上げたブログを読んでくれている人がいるということは、これまた嬉しさも一入で。「面白いです」とか「楽しみにしています」なんていう言葉をかけて頂けた日には、感無量…という状況になってしまうのです。

 その薬進塾のブログですが・・・当たり前の話ではありますが、どのブログの閲覧数が多いか分かる状況になっています。閲覧数の多いブログ、ページ滞在時間が長いブログなどが、順位として知ることが出来るようになっているのです。「おっ!何気にこれが読まれているな」とか「このブログは人気が長いな」という具合に、自分の書いたブログの状況を見るのも、何とも楽しいもので。中には「えっ?」と思うようなブログが人気があったり、ある日いきなりあるブログの閲覧数だけが突出して多くなったり、日々楽しませてもらっている状況にあります。

 実は、閲覧数の多いブログ上位20位くらいは、あまり変動がありません。数年前に書いたブログなのに、常に閲覧数上位にランクされているものも少なくはないのです。そんな閲覧数上位のブログに『同じことをしている限り、結果は同じです』というタイトルのブログがあります。内容はタイトルどおりで、以下のようなことを書かせていただきました。

 

 気持ちは分かります。人間、今までと違う行動をとるということは、不安なことですから。だからといって同じ行動を繰り返しても、前述の3+2が何回やっても5であることと同じように、その結果は変わらないものなのです。ということは、やはり芳しくない勉強方法をしていて、それで芳しくない成績である以上、その勉強方法は変えなければならないということになります。少なくとも望ましい結果を求める上では…。確かに、前述のように今までと違う行動をとるということは、誰にとっても不安なことです。でも、同じことをやり続けている以上、出てくる結果は同じなのです。3+2はいくらやっても、答は5にしかなりません。違う結果を、そして自分にとって望ましい結果を得るためには、不安であっても違う方法を選択しなければならないのです。

 

 いまだに学生さんを指導するときには、言っていますね。「同じことをやっている限り、結果は同じだよ」と。気持ちも分からなくはありません。上記にもあるように、今までと違う行動をとるということには不安が伴いますから・・・。でも、違う結果を得たいならば、違う方法でやらなければならないのです。20世紀最大の物理学者とも、現代物理学の父とも呼ばれるアインシュタインは次のように語っています。

 

今までと同じ方法で、今までと違う結果を望むなんて、正気の沙汰じゃない。

 

 アインシュタインは、ちょっぴり辛口のところもありましたから、一見するとかなり嫌味な発言に思えてしまうかもしれませんが・・・しかし、言っていることは核心を突いていると思います。今までと同じ方法で、違う結果を望むことは出来ない。やはり、この考えは真実なのだと思います。違う結果を得るためには、違う方法を行わなければならない。先の『同じことをしている限り、結果は同じです』というタイトルのブログは、次の言葉で締められていますが、今回のブログも同じ言葉で締めさせて頂きたいと思います。

 

同じことをしている限り、結果は同じ。ここらでチョット、今までとは違うやり方を始めてみてはいかがですか?

 

 

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2014年3月22日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

呪縛

呪縛:まじないをかけて動けなくすること。心理的な強制によって、人の自由を束縛すること。

デジタル大辞泉より

  何やら今回のブログのタイトル・・・今までにない重たいタイトルですが・・・。そもそも、わが薬進塾のブログのタイトルは『カレーを食べると眠くなる!?』『チャーハンの適正価格はいくらか?』『驚愕のガリガリ君サワー!!』『電気ウナギも発電すると疲れる!』などという肩のこらない・・・というよりは「本当にそんなことまじめに書いているの?」と思われてしまうような、一見とんでもないというか、ふざけているようなタイトルが多いのです。もちろん、内容はいたってマジメな内容です。少なくとも書いている本人としては、大真面目に書いているつもりです。そんな、一見ふざけているようなタイトルに比べ、雲泥の差がある今回のタイトル。では、何故そんな重たいタイトルの内容をブログで書こうと思ったのかといいますと・・・。

 国家試験が終わって、早十日。チョット、99回の薬剤師国家試験、色々な意味で『荒れている』ようです。そんな状況のせいもあって我が薬進塾、従来に比べて問い合わせや学校見学・個別相談がひっきりなしに入っている状態。それ以外にも、企業や大学からの問い合わせも多く、何気に慌ただしい日々。そんな日々の中、学校見学・個別相談で色々な方とお話しする機会が多々あるのですが・・・。そのお話ししている中で、何気に気になる発言があるのです。それは『○○だと合格は難しいんでしょうか?』とか『○○の人は受からないんでしょうか?』といった発言。手っ取り早くいうならば『○○だから合格は難しい・合格しない』といった発言。これが何気に多いのです。そして、これを聞くたびに私は『?』となってしまうのです。

 ○○には色々な言葉が入ります。もう、この際だから伏字はとってしまいましょう。『4年制卒だと合格は難しいんでしょうか?』とか『何回も不合格の人は受からないんでしょうか?』『○○大学出身だから受からないんでしょうか(流石にココは伏字にさせていただきます)』といった発言をよく耳にするのです。で、『?』となってしまった私は、キョトンとした顔で『何で?』と聞き返すことになるのですが・・・。聞いてみると、決して本人がそう思っているわけではないようなのです。まあ、そうでしょうね。本人がそう思っているのなら、国家試験受験など、とうの昔に諦めてしまっているでしょうから・・・。では、何故そんな発言をあえてしているのかというと・・・『先生からそう言われました』とのこと。〝先生〟と一口に言っても、色々な〝先生〟がいるのですが・・・まあ、ここではその〝先生〟に関する詳細は避けさせて頂きますが・・・。なまじ、説得力のあるような立場の方の発言であるだけに困ってしまうのです。学生さんは、それを信じてしまいますから・・・。『えっ!?信じてしまうって・・・本当のことなんじゃないんですか?』という方。そういうのを『呪縛されている』というのです。

 はっきり言いましょう。『○○だから合格は難しい・合格しない』などということは100%ありません。イヤ『きちんと勉強しなければ合格しない』とか『内容を理解して、考えて解いていかなければ合格は難しい』とか、絶対的欠格事由に該当するとか、そういうのは無しですよ。それは確かにその通りですから。ここで私が言いたいのは、4年制卒だからとか、何回も国家試験に不合格だからとか、○○大学出身だからとか、そういった〝個人的な状況〟というか〝その人の表面的な理由〟によって、合格が難しい・合格できないということは、決してありませんよということなのです。4年制卒だろうが、何回も国家試験に不合格であろうが、○○大学出身だろうが、合格する人はちゃんと合格しますよ。それが薬剤師国家試験というものなのです。現に、そういった学生さんを何人も合格に導いてきましたから。私は『○○だから合格は難しい・合格しない』という発言をした〝先生〟に聞いてみたいのです。『その根拠はどこにあるのですか?』と。まあ、どうせキチンと答えられないか、あくまでも大雑把な意見でしかないことは目に見えていますが・・・。薬剤師国家試験は『○○だから合格は難しい・合格しない』というものではなく、やるべきことをしっかりとやった人は合格する試験なのですから。まあ、正直なことを言わせていただくならば、若干のハンデは無きにしも非ずです。しかし、そんなもの多かれ少なかれ誰でも持っていますからね。要は本人のやる気と、その方を指導する人の指導力ではないのかと思うのです。

 呪縛とは、あくまでも『かけられるもの』です。本人がかからなければ、何の効力も発揮しません。本人がそれを気にして、そして受け入れてしまえば、その時点から効力は発揮されてしまうのです。『私は○○だから合格しないんだ・合格は難しいんだ』と・・・。そんな呪縛からは、とっとと離れてしまってはどうですか?イヤ、離れてしまうことをお勧めします。『私は○○だから合格しないんだ・合格は難しいんだ』と、自縄自縛しているのは、誰であろうそれを受け入れている自分自身なのですから。薬剤師国家試験合格への第一歩は、そういった呪縛から自ら逃れること。私はそう思っています。

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2014年3月13日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

うつむいてはいけない。

     うつむいてはいけない。いつも頭を高くあげていなさい。

     世の中を真っ正面から見つめなさい。

 

 ヘレンケラーさんの言葉です。おそらく彼女を知らない人はいないと思います。奇跡の人と言われたヘレンケラーさん。彼女の生い立ちを見れば、奇跡の人と言われるのも、至極当然のことだと頷けます。彼女は2歳の時に高熱の病にかかり、聴力、視力、言葉を失い、話すことさえ出来なくなりました。しかし、サリバン先生から「指文字」「言葉」を教えてもらい、話すことができるようになったのはご承知の通り。その後は、著作家としても活動し、マサチューセッツ州盲人委員会の委員にもなりました。さらに、婦人参政権運動、産児制限運動、公民権運動など多くの政治的・人道的な抗議運動等に参加。生涯における彼女の輝かしい活躍は、フランス政府からレジオン・ド=ヌール勲章、アメリカ政府から大統領自由勲章、そして死後、日本政府から勲一等瑞宝章が贈られたことからもお分かり頂ける事と思います。

 聴力、視力、言葉を失い、話すことさえ出来なくなる。そのような状況に陥ったら、人はどうなるのでしょう?おそらく、生きていることに対し、何の価値も見出せなくなってしまうのではないでしょうか?「自分は何のために生きているんだろう?」「何のために生まれてきたのだろう?」と…。そして、その答が見いだせぬまま、自暴自棄になってしまうのではないでしょうか?ヘレンケラーさんも、幼少の頃は自暴自棄になっていたそうです。その自暴自棄の彼女に手を差し伸べたのが、サリバン先生。そして二人の二人三脚により〝聴力、視力、言葉を失い、話すことさえ出来ない状況〟を克服し、前述のような素晴らしい業績を残す事が出来たのです。

 聴力、視力、言葉を失い、話すことさえ出来ない…そういったどん底から這い上がってきたヘレンケラーさん。だからこそ、人生の真理が分かるのではないかと思うのです。そう「うつむいてはいけない」ということ。そして「いつも頭を高くあげていなさい。世の中を真っ正面から見つめなさい」ということ。人は何かよくない事が起きると、うつむいてしまいます。そして、顔を上げなくなってしまいます。私も子供のころ、泣く時はいつも下を向いて泣いていました。頭を上げる事が出来ずに、ずっと下を向きながら泣いていました。泣きながら見ていた、小学校の教室の床は今でも鮮明に覚えています。周りからどんな声が聞こえてこようとも、それが自分とは全く無関係のものと思えてなりませんでした。床だけを見ている、自分だけの世界。周りのいかなることも無関係で、取り残されている一人ぼっちの自分。うつむいて下ばかり見ていると、本当に一人になってしまいます。しかし、それは自分自身が外界との接触を絶っているからに他なりません。そう、自分自身で一人ぼっちのさみしい世界を作り出し、自ら一人ぼっちになってしまっているのです。だからこそ、ヘレンケラーさんは言っているのではないでしょうか?そこから抜け出さなければならないと…。そして、その方法こそが「いつも頭を高くあげていなさい。世の中を真っ正面から見つめなさい」ということなのではないでしょうか?

 一人ぼっちの世界では、自分自身が考えた事だけが先行されます。例えそれが事実でなく、単なる自分自身の思い込みであろうとも…。えてしてそういう時は、悲観的なネガティブな思い込みや、弱気な偏見が自分自身の中で優先されてしまいます。私が小学校の時、泣いている時もそうでした。悲観的でネガティブで弱気なモノに支配されていました。そして、自暴自棄になることも何度もありました。ヘレンケラーさんも、このような体験をしてきたのではないでしょうか(もちろん私が泣いている状況とは雲泥の差であることは間違いありませんが…)?ヘレンケラーさんも、見えない・聞こえない・話せないという外界との接触を取ることが出来ない、一人の世界を経験しています。だからこそ、悲観的でネガティブで弱気なモノに支配され、幼少は自暴自棄になっていたのではないでしょうか?そこから這い上がったヘレンケラーさんだからこそ、そこから抜け出す方法を知っていると思うのです。その方法こそが、冒頭のヘレンケラーさんの言葉だと思うのです。

 先日は、第99回薬剤師国家試験でした。この国家試験を受験したことによって、受験生の皆さんは色々な想いを持たれたことと思います。もしその想いによって、悲観的でネガティブで弱気なモノに支配されてしまっている人がいるならば、冒頭のヘレンケラーさんの言葉を思い出してみて欲しいのです。ヘレンケラーさんは、他にもたくさんの素晴らしい言葉を残しています。これも是非、読んでみて欲しいと思うのです。

 

・ 何か素晴らしいことを達成するための努力というものは、

    決して無駄にならないことを覚えていなさい。

 

・ 顔をいつも太陽のほうにむけていて。影なんて見ていることはないわ。

 

・ ひとつの幸せのドアが閉じる時、もうひとつのドアが開く。

 しかし、よく私たちは閉じたドアばかりに目を奪われ、

 開いたドアに気付かない。

 

・ あきらめずにいれば、あなたが望む、

 どんなことだってできるものです。

 

・ 元気を出しなさい。今日の失敗ではなく、

 明日訪れるかもしれない成功について考えるのです。

 

・ 世の中はつらいことでいっぱいですが、

 それに打ち勝つことも満ち溢れています。

 

・ はじめはとても難しいことも、続けていけば簡単になります。

 

・ あなたは困難な仕事を自分に課しましたが、

 あきらめずにがんばれば、うまく行くのです。

 そして、成功への障害を克服することが喜びとなるでしょう。

 

・ 自分でこんな人間だと思ってしまえば、

 それだけの人間にしかなれないのです。

 

・ 人生はどちらかです。勇気をもって挑むか、棒にふるか。

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2014年3月7日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

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