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運は天にあり、鎧は胸にあり。

 運は天にあり、鎧は胸にあり、手柄は足にあり、何時も敵を我が掌中に入れて合戦すべし。死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり。 運は一定にあらず、時の次第と思うは間違いなり。武士なれば、わが進むべき道はこれほかなしと、自らに運を定めるべし。

 

 上杉謙信の言葉。上杉謙信は、越後の虎や越後の龍、軍神と称される戦国時代の武将。こと戦国武将の中では、野戦(山野で戦うこと:いわゆる昔の合戦のほとんどがコレ)においては最高の指揮統率力を持つ戦術家とされている武将です。

 上記、謙信の言葉はどういう意味でしょうか?色々な方の訳を参考にし、なおかつ恐れ多くも私なりの解釈で訳させていただくなら、次のようになると思います。

 運は天が決めること。しかし、自分をどう守るか・自分がどう戦うかは、自分自身の心中にあるもの。そして、自分の功績は自分が如何に行動したかで決まるものである。何か事を起こす時には、自分の最善の状況・掌中で事を起こせるよう、常に自分がいい状況になるように図って、事を起こさなければならない。死ぬ気になって勝負すれば勝ち、「勝負よりも、とりあえず生きていればいいや」という生半可な心持で勝負すれば、必ずや危うい結果となる。運というのは常に変わりゆくものである。だから「その時次第。運だから、しょうがない。」という考え方は間違いである。武士であるからには「自分はこう進むんだ」と責任を持って、自分自身で、自分自身の行動で自分の運を掴み取っていくものである。

 まあ、色々な訳があると思いますが、私なりにはこう訳してみました。訳してみて、なるほど後世に残る名言だなと思います。こと戦うということに関しては、誰よりもシビアに戦局を捉えていたという上杉謙信。彼が軍神と称されるのにも頷けます。この名言の中には『勝利を掴み取る』ということへの心構えとそのプロセスが、明確に記されていると思います。

 このブログを読んでいる方の多くが、薬剤師国家試験を受験される方だと思います。『薬剤師国家試験の勝利を掴み取る』すなわち『薬剤師国家試験の合格を掴み取る』ということにも、この名言は十分に当てはまると思います。運は天が決める事です。しかし、薬剤師国家試験というものに対し、どう対策を立ててどう実践していくかは、自分自身の中にあります。その対策に則って、自分自身で行動して合格は掴み取っていくものなのなのです。私も長く薬剤師国家試験に関わっていますが、薬剤師国家試験では何が起きるか分かりません。想定外の事が起きるなどということはよくあることです。しかし、それでも合格しなければなりません。何が起ころうとも、自分がうろたえず対処できるように、普段からしっかりした実力を身につけていかなければならないのです。そして、実力と共に『必ず合格して見せる』という強い気持ちも持たなければなりません。この強い気持ちを持つためには、やはり常日頃から、この気持ちを持つに見合うだけの行動をしておかなければいけないのです。もちろん『まあ受験してみて、受かればラッキーかな』なんていう生半可な気持ちで日々過ごし、そんな気持ちで受験したところで、その程度の結果しか出ないことは言うまでもありません。

 以前『運は自分が作り出すもの』というブログの中で、インド人外交官のヴィカス・スワラップさんが執筆した『ぼくと1ルピーの神様』の中にある次のセリフを書かせてもらった事があります。

 『 どうして捨てちゃったの?あなたの幸運のコイン 』

 『 もう必要ないからさ。運は自分が作り出すものだってわかったんだ 』

 このセリフこそ、まさに『運は一定にあらず、時の次第と思うは間違いなり』だと思います。皆さんは武士ではありません。しかし、上杉謙信の言うところの武士とは、戦う人の事を指しています。私は好きではありませんが、よく試験を戦いに例える人がいます。もし試験を戦いに例えるならば、皆さんは戦う人であり、上杉謙信の言うところの武士ということになります。だからこそ、自分自身の責任で行動し、運を掴み取っていかなければならないのです。

 私なりの勝手な解釈ではありますが…おそらく、上杉謙信の『運は天にあり』という言葉は『天が決めた運は一つではなく、無数にある』という意味なのではないでしょうか?『だからこそ、どうなるかは分からない』と言いたいのではないでしょうか?それに続く形で、後半の『 運は一定にあらず』という言葉は『運は不変のものではなく千変万化する、すなわち無数の運がある』ということを表しているのではないでしょうか?そして謙信は『どの運をつかみ取るかは自分次第にある』と言いたいのではないかと思うのです。何故なら、幸運は掴み取ることが出来るからです。人は運に翻弄されるのではなく、自ら幸運を掴み取る事が出来るのです。それを放棄した人間が、運に翻弄されることになると思うのです。幸運を掴み取って下さい。大丈夫。自信を持って行動し、手を差し伸べれば、必ず幸運を掴みとれるはずです。野戦では無敗の上杉謙信の前述の言葉を胸に、薬剤師国家試験に挑んできて下さい。

薬進塾講師一同、皆さんの合格を心よりお祈りしています!頑張ってきて下さい!

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2014年2月27日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

思い通りにならないことに、如何に自分を合わせていくかも、国試合格には必要な要因なのです!

 世の中には思い通りにならないことは沢山あります。例えば、先日皆さんを悩ませた積雪のように、気象というものは思い通りにはなってくれません。当然、それに伴う交通機関の乱れに関しても、自分の思い通りにはなってくれません。時間も思い通りにはなりません。誰しも1日は24時間です。ある人だけが1日36時間ある訳ではなく、誰もが1日は24時間しか与えられていません。

 気象や時間といった、自然界に関わることは当然ですが、人間界にも思い通りにならないことは沢山あります。お酒を飲んだ後、帰途につく時、車を運転して帰ることは出来ません。これは、人間同士が生きていく中で決められたルール(それを法律と呼んでいますが)だからです。自分がどうであろうと、人として社会の中で生きていく上では、そのルールを守らなければなりません。そのルールと自分の思いが違ったところで、そのルールの方が優先されなければなりません。これも「自分はこうしたいんだ」と思っても、そのルールが優先される訳ですから、その通りにはならないのは当然です。

 講師という仕事を長く続けていると、「自分の思い通りでなければイヤ」という学生さんと出会うことが多々あります。昨今は、そういった学生さんが増えてきていることも事実です。わが薬進塾もさることながら、私が今まで勤務していた学校にも当然のことながらルール・やり方があります。もちろん、そのルールは学校側が運営する上で、そして学生さんの学習効率、色々な学生さんの立場、はては合格へ導くという事を十分に考慮された結果、作成されたものです。だからといって、何でもかんでも学生さんの思い通りになるように作成されているわけではありません。学校も運営していくとういう宿命を背負っている訳ですから、その制約を十分考慮した上でのルール・やり方ということになります。

 このルール・やり方に対して、苦情を言ってくる学生さんがいます。まあ苦情とまではいかなくとも「こうなりませんか?」程度に聞いてくる学生さんはよくいますし、対応できることであればそのようにしてあげるのですが…。もちろん、対応できないようなことも中にはあり、事情を説明し「チョットそれは難しいかな」なん伝えるのですが…「分かりました」とすんなり分かってくれる学生さんもいるのですが(といいますか、昔はほとんどの学生さんがこのタイプでした)、中には全くと言っていいほど引きさがらない学生さんもいます。自分の言っている事が、いかに正しいことか、理論的なことかを力説してくれるのですが…前述のように、ルール・やり方は通り一遍のモノではなく、色々な要因が複雑に絡み合った結果作成されたものです。その学生さんの意見は、あくまでもその学生さんの立場で考えてのものです。どんなにその理屈が正しかろうが、あくまでも個人的な理論でしかありません。ルール・やり方は、多くの人、多くの事象が絡み合って作られたものです。飲酒運転の話にしてもそうです。「これ位なら自分は運転できる」と思っていても、それはその人の理屈でしかないのです。『自分が正しい』と思うことも大切ですが『自分以外の正解もある』と思うことは、もっともっと大切なことなのです。

 国家試験の問題にしても同じことが言えます。よく『この問題はこうだから、好きじゃない』とか『ここが、こうだと分かるのに』なんていう学生さんがいますが・・・残念ながら、国家試験で問われる内容こそ、思い通りにならないものの筆頭といってもいいでしょう。自分が思ったとおりに出題されるなんていうことは、まずありえませんから。たとえ自分が理解している内容であろうとも、自分とはまったく異なる視点から出題されるなんていうことは、国家試験では日常茶飯事です。だからこそ、自分の思い通りにならないことにも対処していかなければならないのです。国家試験の内容もさることながら、試験会場、その環境も自分の思い通りではないかもしれません。一番前の席かもしれませんし、照明が思ったよりも暗いかもしれません。それでも、試験を受けて合格しなければならないのです。例え自分の思い通りではない環境であっても、合格しなければならないのです。『あの席が○○だったから・・・』なんていう泣き言が通用すると思いますか?大学や予備校では、もしかすると通用するかもしれません。しかし、国家試験ではそんなことは通用しません。自分の思い通りの環境でなくとも合格する。それが求められているのが、国家試験なのです。私はよく言います。『実力とは、自分がもっとも不利な条件で出せる力のこと』だと。どのような条件であれ、それが自分のもっとも不利な条件であったとしても、その条件の中で、自分の出せる最大限の力を引き出すことが出来る。これが大事なことなのだと思うのです。そこのところをしっかりと肝に銘じて、国家試験に臨んで欲しいと思っている次第であります。

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2014年2月20日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

1粒、1粒食べていく!

 私の高校の時の部活動の先輩に、武勇伝というか常識外れのエピソードを沢山持っている方がいらっしゃいました。その先輩、おにぎりを20個食べるとタダになるというお店があるということで、それに挑戦したそうです。結論から言いますと20個には届かず、18個でギブアップとのことでした。それを聞いた私は「先輩、あと2個じゃないですか。いけなかったんですか?」と言ったところ、先輩曰く「もう全然入らない。最後の方は、おにぎりをバラバラにして、ご飯粒1粒1粒食べていく状態だったよ」とのこと。ちなみにその先輩、全部食べられなかったので、おにぎり18個分の金額、1,980円を払って帰ってきたそうです。

 この時期になると学生さんはナーバスになります。まあ当たり前といえば当たり前でしょう(中には「受験するのか?」と思ってしまう位ルーズな人もいらっしゃいますが…)。で、「やることが多くて何をしていいのか分からない」「覚えたのに忘れてしまう」「覚えられない」「大丈夫なんでしょうか…」等々、本当に試験というものに対する、ありとあらゆる不安を持って、相談にやって来るのです。

 それほど沢山の種類がある、この時期の悩みですが、私が対応する時に言うことはそんなに多くはありません。ほとんどの場合、こう指導します。「現在、目の前にある、やるべきことを一つ一つやっていって下さい。覚えることがあるなら、それを覚える。分からないことがあったら、調べたり質問して理解する。そうやって目の前にある、やるべき事を一つ一つやっていって下さい」と。これに関しては『いつ いかなる時も〝絶対に勝つ〟と決めた人が勝つ』『この時期には何をすればいいのか?』『焦る気持ちも分かりますが…』といったブログにも書かせていただいたので、目にした事がある人は多いと思います。これほど何回もブログに登場しているということは、今の時期、このことがいかに大切なことであるかが分かって頂けるかと思います。

 国家試験まで一ヶ月を切ったこの時期。あれもやらなければ、これもやらなければ…という人も多いことと思います。しかしシビアに考えて、後2、3週間で何が出来るでしょうか?出来ることは限られてくると思います。ここで「睡眠時間を削ってやれば…」と思った方がいるかもしれませんが…この方法が如何にやってはいけないことなのか、これまたブログ『合格への必須アイテムは〝十分な睡眠〟!』の中に、しっかりと書かせていただきました。この時期、とにかく何よりも大切なことは、体調管理の一言に尽きます。睡眠時間を削るということが、如何に体調に悪影響を及ぼすことかは言うまでもありません。睡眠時間を削るのはもちろんのこと、やはりこの時期、体調に負担がかかるような無理をすることは避けた方がいいと思います。国家試験前の大切な大切な身体なのですから。

 だからこそ現在、無理なく出来ることを、コツコツやっていくことが一番なのです。それが、前述した『現在、目の前にある、やるべきことを一つ一つやっていく。覚えることがあるなら、それを覚える。分からないことがあったら、調べたり質問して理解する。そうやって、目の前にあるやるべき事を一つ一つやっていく』ことなのです。無理をせずに確実に一つ一つモノにしていく…。これこそが、全ての試験に共通した、試験前の過ごし方の王道なのです。

 国家試験に一攫千金はありません。正確に言うならば、一攫千金で得られる所は、この時期もう皆さんは得てしまっているはずです。ですから、ここから先一気に何かを消化して、その分だけ一気に成績を…というのは、正直難しい話なのです。だからこそ、一つ一つモノにしていく方法が一番確実な方法なのです。前述の先輩の話ではありませんが、おにぎり1個を食べることは出来なくとも、ご飯を1粒1粒食べていき、お腹に入れていくことは出来るのですから。「でも、先輩は食べられなかったんですよね?」と思った人。確かに胃には許容量がありますから、 満杯になってしまうことはあります。しかし、頭の中には許容量はありません。知識はいくらでも詰め込むことは出来ます。「もう頭に入らない!」と思ったら…知識を一粒一粒入れていってはどうですか?覚えることを一つ覚える。分からないことを一つ理解する。そうやって、一つ一つ入れていけば、一気に入らないと思っていたモノでも、頭の中に入れていくことは出来るはずです。一つ一つ覚えていく、理解していく。これが、この時期の勉強方法としては、最も適しているやり方だと、私は思います。

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2014年2月12日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

身だしなみって何?

 私はあまり身なりには気を使いません。世に言う『ブランド物』という物にもさして興味はありません。別に好きなブランドがないわけじゃないです。まあ『ブランド物』というよりは、価格といった点から見れば『メーカーの品物』といったところでしょうか。『誰もが気軽に買えるメーカーの品物』の中には、結構好きだったりするものはいくつかあります。『身なりには気を使いません』といったところで、さすがに同じ服装で3日も4日もということもありませんのでご安心をば(笑)。私的にはそれでもかまわないのですが(それも問題ありますかね:笑)、まあ人と接している以上、とりあえずできる限り(あくまでもできる限りですよ)は、不快感を与えないような身なりでいたいな…と思う次第なのです。形式ばった身なりではなく、とりあえず『町を歩いていても特に問題ない格好』は最低限保たなければ…位のものです。実際、身に付けるものや、身を包むものには、あまり手間隙かけませんね。センスがないといわれるのにも慣れた事ですし・・・(笑)。

 ところが、どうも世の中にはブランド物で身を包むことに、お金や手間隙色々と費やしている人が多いようで・・・。なんかいかにも『身に付けています』っていう振る舞いなので、こちらとしても「触れなきゃいけないのかな?」なんて弱気な感じになってしまい、緊張しつつもそのことに触れたりするのですが・・・その瞬間、口角泡を飛ばしながら、その素晴らしさを力説してくれたりする人が結構いたりするのです。人を身なりで判断する訳ではないのですが・・・私はどうも『ブランド物』で身を包んだ方が苦手でして…。全員がそうという訳じゃないんですが…でも私が知っている限り、今一つ仕事に対するフットワークが遅いような気がするのです。荷物があるから運ぶ、汚れているから掃除する、調子の悪い人を救護する…そういったことに対して、行動が遅いような気がするんですよね・・・。まあ、致し方ないですかね。大事な大事な『ブランド物』が汚れてしまうわけですから・・・。

 「人を身なりで判断する訳ではないのですが…」と先ほど書かせていただきましたが、ブランド物に身を包まれている方は、何気に人を身なりで判断する場合が多いような気がするのは、私の単なる偏見でしょうか?ブランド物を着てない方を蔑んでみているような気がしないでもないのです。そういう方達にとって、これまた都合のいい大義名分が『身だしなみ』という言葉。『身だしなみをきちんとしろ!』『身だしなみが大事なんだよ』なんて、水戸黄門の印籠を振りかざさんばかりに、ドヤ顔で言い放ってくれるのですが・・・。でも『身だしなみ』というのは、ブランド物や高価なモノで身を包むことなんですかね?前述のように『人と接している以上、不快感を与えないような身なり』『とりあえず町を歩いていても特に問題ない格好』でいることが身だしなみに求められる条件だと思うのですが…。

 『身だしなみが大切だ!』とお堅い服装を力説している人がいる所で、働いたことも何度かありますが…私はいつもどおりのラフで動き易い服装のままでした(スニーカーにチノパンorGパン、襟付きシャツなんていう格好です)。職種にもよると思いますが、我々講師のような仕事には、動き易い格好が一番良いと思っていたからです(今もそう思っています)。もちろん『人と接している以上、不快感を与えないような身なり』であることは心がけましたよ。でも、そんな私を白い目で眺めるのが、『身だしなみが大切だ!』とお堅い服装を力説している方。お堅い服装・・・まあ世間で言うところのネクタイ締めてスーツでバビッと身を固めて・・・なんていう『とりあえず、世間的にまともに見えると思われる偏見で固められた服装』を奨励しており、よく私も説教のターゲットになっていました(笑)。ところが・・・奨励していた当事者はといえば…。確かにお堅い格好で会社には来ていたのですが、会社にくると上着を脱ぎ、ネクタイをはずし、ワイシャツの第二ボタンまではずし、靴はもちろんのこと靴下まで脱いでサンダルに履き替えて…。「おいおい、休日に馬券売り場に来た、どこぞのオヤジか?」なんて、ラフな格好の私でさえも思ってしまう格好(注:決して馬券売り場に来ている人を、避難しているわけではありませんのでご注意をば)。イヤイヤ、流石にその格好ではマズいでしょ・・・とラフな格好の私でも心配してしまうような格好。スニーカーにチノパンorGパン、襟付きシャツの私とどちらがラフな格好なんだろう?イヤ、ラフと言うよりは…その方の格好は、明らかに『人と接している以上、不快感を与えないような身なり』でないことは確かだと思います。実際にその方の同僚からは、「汚らしくてイヤ」と苦情が出ていました。もちろん業者の方も「あの格好はねえ・・・どうなんでしょう?ココだけの話ですけど、不愉快ですね」と、あくまでも〝ココだけの話〟ということで聞かされたことがあります(笑)。

 改めて身だしなみって何でしょう?ブランド物や高級な服装に身を包むことでしょうか?もしかすると、このブログを見て「高級品が買えないからひがんでるんだろ?」「うらやましく思っているんだろ?」と思われる方がいらっしゃるかもしれません。まあ、それならそれでも構いません。人がどう思おうが自由ですから。でも、身なりには気を使わない私ですが・・・例え高級品を身にまとおうが、いいものを着ようが、人を不愉快にさせる格好だけは慎みたいなとは思っています。まあ、いくら身なりには気を使わないといっても…身だしなみを建前とし、会社に来るなり極端にだらしない服装になるような輩には、流石の私もなる気はありませんが・・・。

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2014年2月7日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

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