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本当にそこは出来る所なのか?

 学生さんと学習指導の面接をしている時に、よく聞くのが「○○は出来るからいいんですけど…」という言葉。発言内容といい、発言時の雰囲気といい、どうも本人はその成績に満足しているような感じ。しかし、ご本人はいたってご満足のようなのですが、我々講師から見ると「そんなに出来ている訳ではないんだけどな」という場合が多々あります。どうも学生さんは、自分で出来ていると思っている科目に関しては、妙に楽観的な目で見ている場合が多いようで。実は、何気に恐いことなんですけどね、コレは。

 皆さんは、(試験の成績で)どれくらい取れていると「出来る」と判断しますか?まあ345題の国家試験は、225点以上で合格となりますから、7割くらい取れていれば「出来る」と判断しているのでしょうかね?では、ある科目が模擬試験等で7割くらい取れていたとします。勉強もある程度して、解いている時の手応えもある。で、7割くらいできているから「この科目は出来るな」と判断する…となるのでしょう。しかしです。7割出来たということは、3割出来ていないということです。確かに国家試験では満点を取る必要はありません。足切り等にかからなければ、65%以上取れば合格します。しかし、皆さんはまだ国家試験合格のために勉強をしている段階だということを、肝に銘じておかなければいけません。皆さんは現在、その段階、すなわち少しでも学力をつけなければならない段階、1点でも多く取れるように努力しなければならない段階にあるのです。その段階において「この科目は出来るから…」と判断してしまうことは、せっかくあと3割も取れる所があるのに、その取れる3割をみすみす見逃してしまうことになる可能性があるのです。

 えてして学生さんは、「この科目は出来るから…」と判断した場合、その科目に関する対応がルーズになってしまう傾向があります。国家試験では何が起こるか分かりません。取れると思っていた科目が難しくて、思いのほか取れなかった…といった話は、それこそ星の数ほど聞いたことがあります。第一「この科目は出来るから…」と判断したのは、模擬試験や卒業試験であって、本番の国家試験ではありません。学力の判断材料にはなるかもしれませんが、あくまでも判断材料でしかないのです。本番以外の試験で取れたからといって、それがそのまま国家試験にスライドできるほど国家試験は甘くはありません。「この科目は出来るから…と判断したけれど、本番ではできなかった」とならないためにも、「この科目は出来るから…」と油断するのではなく、少しでも学力をつけなければいけない段階にあることを、しっかりと認識することが必要なのです。

 そして、現在が『1点でも多く取れるように努力しなければいけない段階』であることも忘れないでください。「この科目は7割くらい出来ているからいいや…」と考えるのではなく、あとの3割取ることを忘れないでいて欲しいのです。前述のように「この科目は出来るから…」と判断した場合、この3割を放棄してしまっていると言っても過言ではありません。本人は放棄しているつもりはないかもしれません。しかし、まだまだ勉強すればこの3割もモノにすることが出来るのです。「この科目は出来るから、他の科目を…」と思っている人に、「まだまだ勉強すればこの3割もモノにすることが出来る」といった考えが浮かぶでしょうか?というよりも、そういう考え方をする人なら「この科目は出来るから、他の科目を…」とは思わないでしょう。出来ようが出来まいが、同じように勉強する。そして1点でも多く取る。これが合格する人の考え方であり、合格への王道でもあるのです。本ホームページの主任講師挨拶で、私は合格するための3つの秘訣として、3つ目に『出来ないところを出来るように。出来るところはもっと出来るように』と書いています。そう、これこそが残りの3割を取ることの重要性を説いている一文なのです。

 前述のように、本人は「出来るから…」と思っていても、我々講師の立場から見ると「そんなに出来ている訳ではない」と思う場合がほとんどです。試験対策において何よりも怖いのは、出来ていないのに、出来ると思ってしまうこと。だからこそ聞きたいのです。「本当にそこは出来る所なのでしょうか?」と。「あと3割も取れるのではないでしょうか?」と。国家試験では1点でも多く取らなければなりません。そのためには、例え出来ている科目であろうが、そこからさらに1点でも多く取らなければという意識が必要になるのです。「出来るからいいや」ではなく「まだまだ出来るようになる」「さらに1点でも多くとれるようにする」といった姿勢が、合格へと歩み出す姿勢だと私は思うのです。

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2013年12月25日 | コメントは受け付けていません。 |

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冬休みは受験生にとって『天下分け目の関ヶ原』!

 今から400年ほど前、日本全国の名のある大名達が徳川方・豊臣方に分かれて、日本の将来を揺るがす大きな戦いを行いました※1。この戦いで戦国時代は終焉を迎え、その後の日本という国のあり方は大きく変貌する事になりました。この戦いこそ、日本最大の決戦と名高い「関ヶ原の戦い」。日本の多くの大名が二手に分かれての最大決戦だったこと、その決戦の背景、日本という国に与えた影響の大きさなど、もろもろ含めて、ついた名前が「天下分け目の関ヶ原」。これからの状況を左右する戦いや、未来を決定する状況の時に良く使われる言葉です。

※1:厳密には徳川家康と石田三成の豊臣家臣同士の戦いとなっており、表向き豊臣家自体は静観の立場をとっていた。

 第99回薬剤師国家試験は平成26年3月1日、2日に実施されます。となると…年が明けてまるまる勉強に費やせる月は、1月と2月しかない!ましてや2月は28日しかない!年が明けると、何と勉強する期間の短いことか!と感じませんか?9月~10月の2ヶ月間なら「結構勉強できるな…」なんて感がありますが、1月~2月の2ヶ月間はそんな感じにならないでしょ?同じ2ヶ月間でも、差し迫っている2ヶ月間はワケが違いますから。「後の無い2ヶ月間」であり「この間に全てやってしまわなければならない2ヶ月間」であり「体力的にも精神的にもMAXな2ヶ月間」なのです。脅すわけじゃありませんけど、ハードですよ!

 そんな、ただでさえ短い2ヶ月間をもっと短くしてしまう方法(?)があります。それは「冬休み中に気が緩んでしまう」こと。受験生(それも国家試験の!)であることを忘れて、浮世の〝楽しい冬休み〟を送って、勉強なんか忘れて過ごしちゃう。これが危険な落とし穴!「でも冬休みっていっても、いいところ1月10日位まででしょ?残り20日間は勉強できるじゃないですか?」という人。落とし穴に半分はまっていますよ!

 冬休み前まではせっせ、せっせと勉強して、そこそこの学力もついてきて、勉強に対する手ごたえもついた。そんな〝勉強の手ごたえ〟があるために「勉強始めれば、いつでもこの手ごたえは得られるものだ」早い話「勉強ってのは、やればいつでもこの調子になるんだろ」なんて思ってしまう…。ここが危険なんです。その勉強の手ごたえは「勉強を続けていくことによって得られた手ごたえ」なのです。何日もかけて勉強をしていき、やっと自分の勉強のペースをつかんだ。自分のペースで進んでいるので、勉強もはかどるし「理解できる」「覚えている」「ある程度点数が取れる」といった手ごたえも出てくる。しかし、勉強をSTOPすれば…今までのペースを落とすことになります。STOPしている期間が長ければ長いほど、ペースは落ちていきます。ペースが完全に落ちてしまうと…本人はいつもの調子で勉強できるものだと思って、勉強を始めるのですが…どうも今一つしっくり行かない。何か進みも悪いし、理解も今一つ…。「う~ん、どうしたんだろう?」と思いつつも勉強は続けなければいけない。以前のような手ごたえの無さに、焦りながら…。と、続けているうちに、やっと以前の自分のペースがつかめてきた。「これだよ、コレ!やっと手ごたえが戻ってきた、調子が出てきた!」となった時には、もう2月の中旬!国家試験まで、あと1ヶ月を切ってしまっている…なんていうことになってしまいます。ただでさえ短い2ヶ月間なのに、自分のペースで勉強できるのは2~3週間だけということになってしまう。気の緩んだ冬休みは、確実に年明けの実質勉強期間を短くしてしまうのです。

 そりゃあ、1日、2日勉強しなくても、そう気にすることはありません。それくらいの休暇ならペースダウンに直結するような事態にはならないでしょう。しかし、連続3日以上の休暇が続くようなら、何らかの影響が出てくることになります(もちろんトータルで2,3日しか勉強しなかったなどという場合も確実に影響が出ます)。私は国家試験対策アドバイス、いわゆる学習指導として色々なところで指導をしますが、その際に次のようなことを良く言います。「皆さんは、今までやっていた勉強をSTOPすると、学力は現状維持のままで、成績が伸びないだけ…と思っているようですが違いますよ。勉強をしなければ学力は下がるんですよ」と…。皆さん「勉強すれば学力は上がる」ことは知っているんですが、どうも山登りのように、休憩している間はその高さに留まっていると思っているようです。勉強は、やり続けていなければ現状維持は出来ません。やり続けていて現状維持、更にそれが続いて成績向上へとつながっていくのです。やらなければ当然成績は下がりますよ。スポーツ選手を考えてみて下さい。頂点に上り詰めた選手だって、毎日練習しているではありませんか?何故か?そう「練習しなければ実力が落ちる」からです。だから毎日練習しているのですよ。勉強もコレと同じです。

 確かに大晦日やお正月は、日本人にとっては一大イベント。楽しいときを過ごすのも良いでしょう。でも、受験生であるということを忘れないで下さい。高校受験も大学受験も、厚生労働省が管轄しているほとんどの国家試験も2月、3月に集中しています。そう考えると「冬休みをいかに過ごすかが試験合格のキーポイント」というのは、薬剤師国家試験受験生の皆さんだけではなく、多くの受験生にいえるという事になります。まさに、冬休みは受験生にとって「天下分け目の関ヶ原」なのです。

 日本陸軍大学の教官として招かれたドイツの兵学教官のメッケル氏は、関ヶ原の徳川方・豊臣方の陣形図を見るなり、すぐに豊臣方の勝利を断言したそうです。ですが、実際の関ヶ原は徳川方の大勝利で幕を閉じています。諸説紛々ありますが、動いてくれるはずの大名が動いてくれなかったり、土壇場での裏切りといった「豊臣方が予期しなかった事態」が敗北を招いたと言われています。もちろん、その中には徳川方が仕込んだこともいくつかありました。言い方を変えるなら、徳川方は「意外な事態」をうまく利用して、自らを勝利に導いたということになります。徳川方の総大将、徳川家康は「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」と言われた人。ただボーっと待っていたわけではなく、好機が来たときの、更には好機を作り出すための戦略を日々練って、何が起きても十分に対応できる万全の体制を日ごろから整えながら〝待っていた〟のでしょう。ここぞというチャンスを逃さないための修練も、日々重ねていたはずです。薬剤師国家試験に携わって数十年になりますが、国家試験にも「意外な事態」は良く起こります。いつもは難しいはずの教科が易しかったり、問われる事が少ない内容が多く出題されたり、知識よりも常識が問われるような問題が出題されたり…。そのような「意外な事態」を、どう利用して薬剤師国家試験を勝利に導くか。「意外な事態」に翻弄されてしまった豊臣方のようになるか。「意外な事態」をうまく利用できるよう、日ごろから万全の体制を整えていた徳川方のようになるか。それは〝天下分け目の関ヶ原〟と言われる冬休みを、いかに有効に過ごすかにかかっています。あなた次第ですよ。

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2013年12月19日 | コメントは受け付けていません。 |

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受け身じゃいけない!

 先日、我が薬進塾で機器分析学と生薬に関する講義が行われました。担当は講師歴15年以上のベテラン講師であるN先生(女性)。私もN先生との付き合いは、かれこれ20年以上になるのですが、基礎からしっかり、分かりやすく教えてくれるということで人気のある講師。質問に関しても、一人ひとりに分かるまで、熱心に対応してくれる先生ですから、講義が終わった後も質問に訪れる学生さんが少なくありません。もちろん、先日の講義終了後も、数人の学生さんが次から次へとN先生に質問に来ていました。過去問題の分からないところを納得するまで質問する学生さんと、それに真摯に答えるN先生。自ずと質問時間も長時間に。それでもN先生は、イヤな顔一つせず、マンツーマンで懇切丁寧に教えてくれていました。何やかんやで最後の質問者が終わったのは、講義後4時間以上経ってから。講義後も4時間以上、一人ひとりの質問に答えてくれたN先生…最後の方は声がガラガラになっていました。そこまでしても、皆の質問に真摯に対応してくれて、本当にありがたいと思っています。質問が終わった後の学生さんの笑顔が、N先生の分かりやすさと優しさを表現しているんだ、とつくづく感じる次第でした。

 質問に来たある学生さん。先に質問している人がいるのを見て、チョット戸惑っている感が…。「どうしたの?」と聞くと「質問したいんだけど…先に(質問)している人がいるからどうしようかなと思って…」とのこと。「質問が終わるまで待っていたら?質問したい時に質問した方がいいよ。(先に質問している人が)終わったら、呼んであげるから、それまで勉強していたら」と言ったところ、すんなりと承諾。順番がきた学生さんは、喜び勇んで沢山の質問をしていました。私的にはその学生さんに「質問に来た」という行為を大切に捕えて欲しかったのです。ちょっと、待つことにはなるけれど、それでもいいから質問する。実は「質問に来る」という行為は、受験生にとってはとてもとても大切な行為なのです。もちろん「分からないことを、そのままにしておかない」という理由もあります。しかし、それ以外にも大きな理由があるのです。

 その理由とは「分からないことがあるから、自らの意思で質問に来た」という能動的な行動を取ったということ。「当たり前じゃない?」と思われる方もいるかもしれませんが、質問に来ない学生さんがいることも事実です。昨今の学生さんは、自分で行動するということが少ないような気がします。講義に関しても、ただ聞いているだけというパターンが多い、つまり受け身の姿勢でいる学生さんが、何気に多いのです。受講姿勢も「listen(聴く:進んで耳を傾ける)」ではなく「hear(聞く:勝手に耳に入ってくる)」になってきている。残念ながら「講義に出て、聞いているだけ」という受け身的態度では、講義に参加しているとは言えません。自分は何もしないで、与えてくれるのを待っているだけ。そんな姿勢で学力がどんどん上がっていくほど、勉強とは甘いものではないのです。

 自分から行動を起こすということをしない、つまり受け身の学生さんが多くなってきているのは事実です。幸い、我が薬進塾には能動的な学生さんが多いとは思うのですが…。前回のブログで書かせてもらった二十数年ぶりに会った元教え子(女性)。彼女は「絶対合格します」と必死に勉強していたと書きました。「合格します」そう、能動的なんですよね。自分で合格を掴み取るんだという、能動的情熱があったのです。現在、当ホームページの「在塾生(現役6年制)インタビュー!」でインタビュー内容が掲載されているKさんも、毎日のように質問に来ています。そして彼女からも「合格します」といった能動的情熱が感じられるのです。二十数年ぶりに会った教え子が合格できたのも、Kさんの成績が上がっているのも、自らが行動するという能動的姿勢がその大きな要因になっていることは間違いないと思います。

 やはり自分から動かなければなりません。誰かが何かをしてくれるのを待っていたり、誰かがするのと右に倣えで同じことをしているような受動的姿勢では、なんら状況は変わりません。自らが、状況を変えていかなければならないのです。あくまでも人は人です。人が何かしてくれるのを待ったところで、その人が思い通りの何かをしてくれるかといえば、必ずしもそうではありません。人と同じようにと行動したところで、それがあなたに合っているかどうかも分かりません。「自分は自分」と、あくまでも自分の目線で、自分の考えで、自分にあった行動を取っていかなければならないのです。そろそろ「誰かが何とかしてくれる」「○○さんがそうだから」といった受動的姿勢は捨てて、能動的に積極的に行動してみてはいかがでしょうか?そう、声を大にして言いたい次第なのです。

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2013年12月11日 | コメントは受け付けていません。 |

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侮るなかれ!

 

 先日、ある大学の先生とお話していた時、チョット困った顔で次のようなことを話してくれました。『昔と比べ、最近は国家試験というものを軽く捕えている学生が多い。「ちょっと勉強すれば受かるんだろう」とか「これ位でいいだろう」とか、国家試験対策というものを、そういうふうに捕えている。薬剤師になろうとしている人間がそれだと困る』とのこと。確かに、私も予備校の講師という仕事を数十年やってきましたが、昨今の学生さんは、国家試験というものをチョット軽く捕えているなという感があります。と同時に、国家試験対策というか、試験勉強そのものも、簡単に考えている学生さんが多くなっていることにも驚かされています。

 大学の先生方がよく言うのが「CBTに受かったということがネックになっているみたいだ。どうも、国家試験をCBT程度に捕えているようだ」ということ。もちろんCBTはCBTで、れっきとした試験。十分な対策が必要であることは間違いありませんし、CBT合格ということも、立派な一つの結果であることは間違いありません。しかし、基本的にCBTと国家試験は全く別のものなのです。確かに必須問題に関しては、本質的な部分に関して似通っている部分が無きにしもあらずです。ところが、国家試験全体を見た場合、特に出題の70%以上を占める一般用問題に関しては、似て非なるどころか、その本質が全くと言っていいほど異なる別種の試験と言っても過言ではありません。ですからCBTに合格したからといって、全く別種の試験である国家試験にそのままスライドできるかといえば…まさに「木に登りて魚を求む:手段を誤れば、何かを得ようとしても得られないということ。また、見当違いで実現不可能な望みを持つことをいう(故事ことわざ辞典より)」となってしまいます。CBTと国家試験は、本質が全く異なる別の試験であること。当然、その対策も全くと言っていいほど異なるものであることを、肝に銘じておいてい下さい。

 国家試験というものを軽く捕えている学生さんが多いのは、CBT云々だけではないような気がします。CBT云々を差し引いても、どうも薬剤師国家試験を軽く捕えている学生さんが多い…イヤ、年々多くなってきているのは事実だと思います。「昔は今と違って…」といって、昔と今を比べては色々と語るということは、私はあまり好きではないのですが…。実は先日、二十数年ぶりに教え子(女性)と会う機会がありました。久しぶりの対面ということもあり、当時の話に花が咲いたのですが、そこで彼女がしきりに口にしていたのが「とにかく大変だった」「とにかく必死だった」ということ。彼女が受験したのは、薬剤師国家試験がまだ200題のころ。現在と比べると題数も145題も少なく、当然試験範囲も現在ほどは広くはありませんでした。なのに、とにかく必死だったという彼女。二十年以上たった今でも、彼女が必死だったことは明確に覚えています。「絶対合格します」「何としても受からなきゃ」と必死に勉強していた姿は、今でも脳裏に焼き付いています。だから、彼女が合格した時は喜びも一入でした。

 昨今の学生さんを見ていると「絶対合格します」「何としても受からなきゃ」という意識が薄いような感じがするのです。もちろん、前述の彼女にも負けないくらいの必死さを持っている学生さんもいます。しかしそういう学生さんは、どちらかと言うと少ない部類です。私が感じるのは「これくらいやっておけばいいだろう」とか「こんなもんだろう」というふうに、勉強をやる上でラインを引いてしまう学生さんが多いということ。どうも、その根底には「薬剤師国家試験なんて、ほとんどの人が受かるんだろ?」とか「ちょっと勉強すれば合格するんだろ?」といった、薬剤師国家試験を軽視している傾向があるような気がするのです。

 私はよく言います。「合格の秘訣は一点でも多く取ること」と。国家試験では何が起こるか分かりません。自分の苦手な所ばかり出題されるかもしれません。自分の得意な所が難しいかもしれません。しかし、それでも合格しなければならないのです。好き嫌いは関係ありません。得意不得意も関係ありません。好きであろうが、嫌いであろうが、得意であろうが、不得意であろうが1点取らなければなりません。その積み重ねが、合格点へと続くのです。自分で見切りをつけて「こんなもんだろう」とやっている限り、その合格点へとつながることは難しいでしょう。勉強をやる上で自分のラインを引いてしまうのは勝手ですが、国家試験の合格ラインはその遥か彼方にあるということを忘れないでいて欲しいのです。侮ってはいけません。確かにほとんどの人が合格する試験であることは事実です。だからといって侮ってはいけないのです。国家試験対策を、楽観的を通り越して呑気に考え、呑気に取り組んで残念な結果になった人を、今まで星の数ほど見てきました。侮ったら侮った分だけ、国家試験は間違いなくそのしっぺ返しを食らわせてきます。侮らず、「これくらいやっておけば…」などという考えは捨て、地に足のついた試験対策を地道に行って、1点でも多く取ることを忘れない。これが、合格への一番の近道だと思います。

 一方は「これで十分だ」と考えるが、もう一方は「まだ足りないかもしれない」と考える。そうした、いわば紙一枚の差が、大きな成果の違いを生む。

by  松下幸之助

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2013年12月5日 | コメントは受け付けていません。 |

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