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ニンニク・リスクヘッジ!

 先日、とある仕事先でのこと。午前の部を終え一段落していると、「昼食、どれにしますか?」とスタッフの方がメニューを持ってきてくれた。利用する仕事場のそばに、お弁当屋さんがあるので、そこのお弁当を昼食にさせてもらいたいとのこと。メニューを見ながら、あれやこれやと迷っていたのだが…「牛焼肉&海老フライ弁当」に決定。で、そのお弁当を堪能していたのだが…。食べている最中に、ふと気付いた。「この牛焼肉…ニンニクが入っている」と。よく見るとニンニクの芽が入っていたりもする。午前中と同じように午後の仕事も話す仕事。話す仕事をする以上、ニンニク臭で周りの人を不愉快にするなどもってのほか。ということで、食後は歯を磨くのはもちろんのこと、消臭効果のあるタブレット等を利用することに。そこで、歯を磨きながらも、次のようなことを思っていた。「牛焼肉だから、ニンニクが入っていることを考慮すべきだったなぁ…というか、ランチにニンニク入りというのは、如何なものなのだろうか?まあ、お弁当屋さんがランチばかりとは限らないけど…。でも、考えてみると、何気にニンニク入りのランチ(以後、ニンニクランチと書かせて頂きます)は結構あるような…」と…。

 前回のブログでは、わが薬進塾のある浅草橋(及び蔵前橋駅)のランチ事情について書かせてもらった。実は浅草橋にも、ニンニクランチを出すお店がいくつかあるのだ。もちろん、全部のランチにニンニクが入っているわけではない。しかし、数種類あるランチのいくつかに、ニンニクを使った料理があったりするのだ。う~ん、どうなんだろうか…。仮にもランチというものは昼に食するもの。で、そのランチを利用する人間のほとんどが勤め人やら学生さんやら、午後にも多くの人と接する立場にある人。そもそも、ランチとはそういった人たちを対象として設定されているものではないのか?それが〝平日のランチ〟というものだ。それに、ニンニクが入っているということは、どうなのだろう?

 気持ちは十分わかる。ニンニクを入れると料理は美味しくなる。私もニンニクが嫌いなわけでは決してない。しかし、ニンニクの美味しさには〝ニンニク臭〟という、それ相応のリスクが伴うのだ。それがランチの中に入っているというのは、いかがなものであろうか?ニンニクランチ堪能後に人と接することになった時、間違いなくそのリスクは発動することになる。なのに何故、ランチにニンニクが入っているのか?もしかすると、私が思っているほど、ニンニクランチ摂食後の人との付き合いは、気にするものではないのか?と思い、ネット等で調べてみると…何のことはない。私と同じように考えている人が山の様にいるのだ。それどころか「ニンニクランチを食べてヒンシュクをかった」という内容が、結構あったりするのだ。つまり、既に犠牲者が出ているということになる…。

 「職場や他の人に迷惑がかかるから、ニンニクランチは食べません」といった内容も、思いのほかネットで多く見ることができる。やはり、ニンニクランチのリスクを考えている人は沢山いるのだ。なのに、何故かニンニクランチは存在している…。それどころか〝ニンニクたっぷりのラーメン〟やら〝ガーリックチップ満載のステーキ〟等が、ランチとして登場しているのだ。ニンニクのリスクヘッジを考える人はいないのだろうか?もし仮にニンニクのリスクヘッジを考える人が沢山いるのなら、ニンニクランチは減少傾向になるはずである。皆が避けるランチなど、メニューに長く存在するはずなどない。ということは…やはり、ニンニクのリスクヘッジを考える人は少ないのだろうか?いや、それならば前述の「職場や他の人に迷惑がかかるから…」といった内容を、ネットで目にすることは少ないはずである。これは、どういうことなのだろう?

 考えてみるに…私の周りには「ニンニク臭は嫌い」という人は多かれど「ニンニク(自体)を嫌い」という人はあまり見かけ…イヤ誰一人としていないのである。何気に、皆がニンニク好き…。「好きだから食べたい。でも、食べていいのか?」おそらく、誰もがこのようなニンニクのリスクヘッジについて考えているのではないか?しかし、そのリスクヘッジを粉砕するほどの魅力が、ニンニクにあるのではないだろうか?その魅力に誘われてしまった人間が、ニンニクランチを取る事になるのであろう。古今東西、人間は美味しいものを食べるためには、それこそ身を投げ出す覚悟であったことが、逸話や文献で知ることができる。そう考えるならば…ニンニクの魅力を堪能するために、ニンニクリスクヘッジを粉砕することなどは容易いことなのかもしれない。それがニンニクランチが存続している理由なのではないだろうか?もっとも…ニンニクランチを取った後に、その人と接することになる人にとっては、この上もない、それこそ身を投げ出す覚悟が必要なくらいのデンジャラスな状況に遭遇することとなってしまうのであるが…。

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2013年5月29日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

ワンコインウォーズ!

 わが薬進塾はJR浅草橋駅から徒歩7分のところにある。ブログでも何度か書かせてもらったが、浅草橋という町は何気に飲食店が多い町。JR浅草橋駅から薬進塾までの間にもたくさんの飲食店がある。薬進塾から最も近い駅は都営浅草線の蔵前駅になるが、こちらだと薬進塾まで徒歩4分という距離。そして、こちらも駅の周りやら薬進塾に来るまでの道すがらには、様々な飲食店がある環境。私はいくつかの学校に勤務していた経験があるが、学校の周りに飲食店があるかどうかは、学校の立地条件として、とても重要な条件なのだ。さらに、美味しくてリーズナブルなお値段の飲食店が多いと来た日には、学校の立地条件としてはこの上ないものとなる。

 で、我が薬進塾の周りには、そういったリーズナブルで美味しい飲食店がたくさんあるのだが…そういった飲食店の中には弁当の販売も行っているところが何気に多い。もちろん弁当は、そういった飲食店で販売されているものばかりではない。薬進塾の周りにもコンビニがいくつかあり、そこでも弁当を販売しているのは言わずもがな。それどころか、路上販売で弁当を売っているなんていう光景もよく目にする。もちろん、こういった弁当類は、財布の中のリスク回避を考えて(?)か、お値段はなかなかリーズナブルなものである。量も結構多く、そして美味しい弁当が多いなんていうのは当たり前。お店オリジナル手作り弁当なんていうものもざらで、中には健康面に留意しているヘルシー弁当なんていうものが、ワンコインのリーズナブルな価格で売られていたりもする。そんな大それた(?)弁当の価格が、380円前後・・・。中にはもっと安い弁当があったりもする。う~ん、弁当がこんなに安いとは・・・ある意味、すごい時代になったものである。

 ご存知の方も多いと思うが、外食産業界での価格戦争が近年よく勃発している。その火蓋を切ったのはやはり牛丼業界であろう。今年の4月2日にすき家さんと松屋さんが、期間限定で牛丼を250円に値下げすることを発表。そして、なんと吉野家さんは期間限定ではなく「新価格」ということで牛丼並盛りの価格を280円にすると発表。こうなると、ワンコインでおつりが来るどころの話ではない。ワンコインで、牛丼(並)が二つ買えてしまったりするのだ。コンビニやスーパーで販売されている弁当にも、何気に200円台の弁当は多い。もはや昼食はワンコインで済ませることができる時代なのだ。

 浅草橋駅の近くに、私がよく利用する立ち食いソバ屋さんがある。立ち食いソバ屋であるが、なぜか座って食べるお店である(ブログ『立ち食いそば・・・なのか?』に詳細が掲載されています)。そのお店なんぞは「ソバ+イカ天丼セット:¥350」「ソバ+しょうが焼き丼セット:¥400」なんていうメニューを週代わりで毎日やっていたりする。ソバと丼もののセットメニューで350円・・・。それも週替わりで内容が変わり、毎日販売されているのだ。立ち食いソバ屋さんがそうなら、中華料理屋さんも負けてはいない。これも以前のブログで書いたのだが、浅草橋にはランチがワンコインの中華料理屋さんが沢山あるのだ。メニューも豊富で週替わり。そして、何とライス、スープおかわり自由・・・そんな中華料理屋さんが数件あるのだ。中には「麺類+半チャーハン+餃子(3つ)」で500円なんていうお店もある(もちろん定食ならばライス、スープはおかわり自由!)。さらに、知っている方も多いと思うが…さくら水産さんなどは日替わりランチがやはり500円のワンコインで、ご飯、みそ汁おかわり自由。それどころか、生卵、ふりかけ、海苔、漬物さえも食べ放題なのだ。こうなると、もはやただのワンコインランチではない。ある意味、ワンコインでエンドレスに食べることができるランチなのだ(まあ、限度はあるのだろうが・・・)

 ここまでくると、価格戦争というよりは弁当、ランチ入り乱れてのワンコイン戦争といえよう。500円のワンコインで、如何に集客するか?如何にして、そのワンコインを手に入れるのか?各飲食店が、しのぎを削っている状態なのだ。美味しさを武器とするか?ヘルシーさを武器とするのか?はたまた、おかわりし放題なのを武器とするのか?たかがランチ(昼食)と思われるかもしれないが、ワンコインを巡って、何ともし烈なバトルが展開しているのである。まさにワンコインウォーズ!この経済状態の世で、そのワンコインを自らのものとするために、外食産業の雄たちが日々あの手この手を使って、戦いを繰り広げているのだ。まさに群雄割拠の戦国時代と言えよう。それを利用している我々からすると、何とも財布の中身の負担が軽くなる福音とも思えるのだが・・・当事者といえる外食産業の方は、身を絞るような思いをされているとのこと・・・。やはり、戦争と名のつくものは、その種類は多数あれど、どれもが芳しくないものであることは間違いないようである・・・。

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2013年5月23日 | コメントは受け付けていません。 |

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羊飼いなしでは途方に暮れてしまう羊のようになるのはやめましょう。

 以前「個の強さ」というタイトルのブログでも書かせていただきましたが、私の師と呼べる方が、今年に入ってから本を出版されました。ブログの中で、その本の中に書いてある一節を紹介させて頂いたのですが、今回のブログのタイトルも、その本に書いてある一節です。

 「個の強さ」というタイトルのブログでも、関連した内容を少し書かせて頂いたのですが…。最近の学生さんは受け身の方が非常に多くなってきています。大学の先生達と話をしていても、100%と言っていいほど「学生さんが受け身になっている」ということに賛同してくれます。先生達曰く「自分から行動しない」「自分から行動を起こすということが出来ない」、そんな学生さんが増えてきているというのです。もちろん、我が薬進塾は薬剤師国家試験対策予備校。薬学の学生さんが集まって来るわけですから、「受け身の学生さんが多くなってきているなぁ」と感じるのも至極当然の話。そんな話を先生達としていると「だから、こっちから何かしてあげないと、何にもしないんだよ」という話もよく耳にします。「こっちは『大丈夫なのか?』と心配してるんだけど、本人はどこ吹く風で何もしないんだよね」なんていうことを、苦笑いしながら話してくれた先生もいらっしゃいました。さらに「受け身ということもあるんだろうけど…1人じゃなにも出来ない学生さんも多いんだよ。何かあると友達と一緒とか、友達が○○だから…何ていう具合に、友達と一緒という理由で物事を決めてしまう。自分の意志というものが無いのかね」と、困った表情で話してくれた先生も一人や二人ではありません。この発言内容などは「個の強さ」というブログ内で、私が書かせて頂いたのと同じ内容。やはり、皆同じことを感じているんだなと思う次第です。

 全員がそういう学生さんばかりという訳ではありません。「(以前に比べて)多くなっきている」というだけで、皆そうだという訳ではないのです。ですから「受け身ではなく、自分で考え自分で決める」という学生さんも、沢山いらっしゃいます。先日、申し込んだある学生さん。初めは電話で資料請求をしてきたのですが…その後も、何度か電話をかけてこられ、その度に色々と相談を受けていました。そんなある日、また電話がかかってきたのですが、その内容は「半年コースに通おうかと思っていたんですが…一年コースの方がいいんですかね?」といったもの。ホームページに掲載されている「第98回薬剤師国家試験 旧4年制過程 既卒者 合格インタビュー」を読んでいるうちに、一人で色々考えてみたとのこと。で、電話で前述のような内容の話をされたので、取り急ぎガイダンスにくることをお勧めしましたのですが、仕事の関係もあり参加するのはチョット難しいということでした。とりあえず、出席受付にしておきましょうということで、話はいったん終わったのですが…。後日、「仕事を休みにしましたので、ガイダンスに出席します」という電話が。これには、さすがの私もビックリ。ガイダンスは日曜日だったのですが、ガイダンスを勧める内容の話をしたのが火曜日。その学生さん曰く「どうしても話をしたかったので」。もちろん、日曜日のガイダンスには参加されました。ガイダンス終了後、個人面接で話をしていた時に「会社には、長期休めるかどうかの話をしました。私としては1年休職をということで話をしたのですが、どうなるかは上と相談してみないと分からないといわれました」とのこと。話を聞きながらも「久々に熱心な人に会ったな。最近の学生さんには珍しいタイプだ」などと思ったのですが、その後の発言に、さらにビックリ。「休職出来なかったら、会社辞めてきます」。ビックリしつつも、よくよく考えてみれば…。「薬剤師国家試験の講師を始めて早ン十年。講師になった当初は、このような学生さんはいっぱい…というよりは、こんな学生さんばかりだったよなぁ…」と改めて思い出した次第。結局、その学生さんは一年コースに申し込まれたのですが…いまだにこの学生さんからは、これからの受講に関して、もの凄いやる気が感じられるのです。

 勤めていた会社を辞めるということは、それはそれは大きなことです。でも、それ以上に薬剤師の免許が欲しい。だから、自分で会社を辞めることを決めて、薬剤師の免許を取る決意を固める。昔はそんな学生さんばかりだったような気がします(会社を辞めることを推奨しているわけではありませんので、ご注意をば)。そこには受け身の姿勢は微塵も感じられませんでした。誰かの指示を待っている訳でもなく、誰かと同じにするのでもなく、周りを見て判断するのでもない。自分で考えて自分で決め、自分で自分の道を見出す。「自分で決めたこと」に対する確固たる意志を感じることができました。だからこそ、国家試験対策にも熱意というものが感じられましたし、獅子奮迅たる〝やる気〟や〝合格への意気込み〟が感じられました。〝やる気〟や〝意気込み〟というものは、受け身でいては決して手に入れることが出来ないものだと思います。「自分で選ぶ」「自分で決める」当たり前のことですが、実はこれこそが〝やる気〟や〝意気込み〟というものの基になっているのだと思います。

 ブログ冒頭で紹介した、本の中にはこんな一節も書いてあります。

探し、見出す努力をして下さい。

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2013年5月16日 | コメントは受け付けていません。 |

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言いたい人には、言わせておけ!

 ブログでも何度かお伝えしましたが、今年度に入り、薬進塾では何度か総合ガイダンスを行っております。沢山の方にガイダンスに参加していただき、本当にありがたく思っている次第です。その際、色々な方とお話しする機会もあり、「国家試験受験生と一口に言っても、色々な方がいるんだなぁ」と改めて思う今日この頃。「学生さんは十人十色」が口癖の私ですが、その口癖の真価が更新される思いのガイダンスでした。とにもかくにも〝沢山の国家試験受験生〟とお話しが出来て、非常に有意義なガイダンスだったと思っています。

 そんなガイダンスの中で、色々な方の悩みを聞くことも多かったのですが(というよりも、ほとんどの方が悩みの相談でした)…。ガイダンスに来てくれたある方からの相談。自分が何かする度に、ああだこうだ言う人間がいるとのこと。大学の時の同級生だったそうで、学生時代から自分が何かする度に一言、二言言ってくる。本を買えば「その本はさ…」と面白くないことを言ってくる。どこかに行ったといえば「あそこはさ…」と、これまたこちらを卑下するようなことを言ってくる。本人の目の前で言うこともあれば、いないところで言うこともよくあるとのこと。別に何をしなくても、その同級生を含め何人か集まる度に、どうやら相談してくれた方のことをネタにして、ああだこうだ言っているとのことでした。で、困り顔で「対処のしようがありません…」と相談された次第。

 どういうわけか世の中には、人が何をやるにつけ、あれやこれや言う人間は必ずいるものなのです。私としては「私が何をやろうと、あなたには関係ないでしょ?だから、ほっといてくれないかな」と言いたいのですが、どうもそれが出来ない人達が沢山いるようで。何故か、いちいち人のやることにモノ申す。おまけに、どういうわけかこのモノ申す人達というのが、こちらのやることに関して全くの第三者と言っていいほど、関わりの無い人間であったりするのです。第三者なら、関係ないのだから関わらなければいいものを…「あいつは…」なんて具合に、関係ないくせに一々言っている。もちろん、前述のようにこちらの目の前で言わない場合も多々ある訳ですから、余計にたちが悪い。そんな人間だからと、こちらがあえて疎遠にしているのに…そんなことはお構いなしに、こちらのことに関して一々物申しているみたいで。当人達には関係のないことだと思うのですが…。こうなってくると、手におえるものではありません。やはり関わらないのが一番なのですが…前述の様に、こちらが関わらずとも、こちらのやることに関して物申す人たちですから、厄介なのです。

 しかし、解決策は思いのほか単純だったりするのです。以前『〝好き〟の反対は〝嫌い〟ではなく〝無関心〟』というブログの中で、こういうことを書きました。本当に嫌いなら、関わりたくないはずですから、逆に何もしてこないはずです。ということは、嫌いを理由にアレやコレやしてくる人は「嫌い」だから仕掛けてくるのではなく、何か違う理由をもってアレやコレやしてくるということになりますと。実は何かにつけ、物申す人間というのは、実は何やかんやいったところで、こちらとの関わりを絶ちたくない人間なのです。もちろん、その理由は、これこそ十人十色でありますし、中には当然こちらが快くない理由もあります。しかし理由はどうあれ、こちらに関わってきたい人間であることは間違いないようです。そう、あなたが疎遠にしてまでも関わりたくない人間が、あなたのやることなすことに物申して、あなたに関わろうとしている。あなた無しではいられない…。そう考えてみると、少しは憂いが軽くなりませんか?そうなのです!あなたの言動に、逐一物申す人間というのは、ある意味あなたを必要不可欠としている人間なのです(迷惑でな話ではありますが…)。「あの人にとって自分は必要不可欠な人間」「あの人は自分がいなければやっていけない人なんだ」なんて考えると、少しは思いが変わりませんか?どう思おうとこちらの勝手ですよ。ましてや向こうは、言いたい放題好き勝手に自分のことを言っている人間なんですから。じゃあ、こちらはこちらで「あの人が、また私のことを言っているようだけど…そんなに私と関わりたいのかな」なんて、楽しく考えても罰は当たりません。言いたい人には、言わせておくのが一番。それに対して、こちらが何かすれば、それこそ関係を持ちたい人間の思うつぼ。それによって、関わりが出来てしまうのですから。厄介な〝一言申すネガティブ人間〟には言いたいだけ言わせておいて、こちらはそんなことに反応せずポジティブに、自分の都合いいように考えていく。これが一番の対処法ではないですかね。人の口に戸は立てられぬのですから…だったらこちらは楽しく都合よく考えて、ご機嫌に行きましょう!

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2013年5月9日 | コメントは受け付けていません。 |

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必死になってどこが悪いのか?

 他人が見て、格好がいいか悪いかは問題ではない。自分に恥じない信念があれば、それを押し通せばいい。勝負では時として、なりふりかまわないことが肝心である。

 プロ野球選手、指導者・監督、野球解説者として活躍された森祇晶(もり まさあき)さんの言葉です。森さんは、西武監督時代は在任9年間でチームを8度のリーグ優勝、6度の日本一に導いた実績を持つ方です。読売ジャイアンツが1965年から1973年まで、9年間連続してプロ野球日本シリーズを制覇した時の正捕手でもあった森さん。そんな数々の実績を持つ方だからこそ、冒頭のような素晴らしい言葉を発することができるのだと思います。

 以前「一生懸命やっている人を笑う資格は誰にもない」というタイトルのブログで、こういうことを書かせていただきました。『古今東西、一生懸命やっている人をバカにしたり、笑う人は沢山います』『一生懸命物事に取り組むことは、決して恥ずかしい行為ではありません』『なりふり構わず、自分の信じることに全身全霊掛けて取り組む。私は人間として素晴らしい行為だと思います』。最近、よく感じるのは「なりふり構わず、必死に試験対策に取り組む学生さんが少なくなったな」ということ。以前は「次の国試は絶対合格しますよ!」とか「今度は受かります!」という学生さんをよく見かけたのですが、最近はそういった学生さんにお目にかかる機会が少なくなったような気がします。私は、ウチの学生さんだけじゃなく、在学生の方とか、薬剤師国家試験を控えた色々な方とお話しする機会がよくあるのですが…なんか淡々と考えている人が多くなっているような気がするのです。どこか冷めている感がある人が多いんですよね。それもあってか、国家試験受験をどこか他人事のように捕えている方も多いような気がします。「あなたが国家試験を受けるんですよ」といっても「はぁ…」みたいな感じで答える人が多いんですよね。自分の人生を左右する国家試験。もうすこし、真正面からしっかりと捕えることが必要なのではないかと思うのです。国家試験受験ということは、人生という道のりの大きな関門の一つだと思います。やはり、それに対して挑むとなると、それ相応の気構えが必要になってくると思うのです。淡々というか、冷めているというか、他人事のようにというか、どうも国家試験対策を、今一つ重く受け止めていない人が多いような気がするのです。「試験対策…友達が○○だから、自分も○○にしよう」と自分の考えも持たずに、何でも他の人と同じようにという学生さんが多いのも、重く受け止めていない弊害の一つではないのかと思うのです。

 何もガチガチになるほど気合を入れろと言っているわけではありません。適度なリラックスも必要なことは確かです。だからといって、どこか他人事のように淡々と国家試験対策のことを考えるのも、それはいかがなものなのかと思ってしまいます。冷めた目で「こうやって、こうやれば合格するでしょう」と淡々と話している人を見て「そんな簡単じゃあないんだけどなぁ…」と聞いているこっちが心配になってしまいます。と同時に「何故、必死に勉強しようとか、合格するためにはどうしたらいいか熟考するとか、そういうのがないんだろう?」と不思議にも思うのです。

 前述のブログでも書かせてもらったのですが、今の世の中、一生懸命やっている人を笑うというか、どこかバカにするような風潮があるように思えるのです。一生懸命物事に取り組むことや、なりふり構わず必死になるということが、あたかも恥ずかしい行為であるかのように取り扱われている。そんな気がするのです。だから必死にならない。なりふり構わず一生懸命やらない。昨今の学生さん達には、どこかそんな気配が見え隠れしているような気がするのです。どうして、一生懸命になることが恥ずかしいことなんでしょう?どうして、なりふり構わず必死になることが恥ずかしいことなんでしょう?〝冷めた態度を取る〟〝淡々としている〟ことは、カッコいいことなのでしょうか?確かに見た目はカッコいいのかもしれません。でも、それで本人は満足なんでしょうか?いや、その前にそれで求めている成果、すなわち薬剤師国家試験合格という成果を成し得ることができるのでしょうか?大事なことはカッコいいかどうかではなく、あくまでも国家試験に合格することだと思うのです。そのために、なりふり構わず、必死に勉強するのではないでしょうか?私的に言わせていただくなら、長い講師生活の中で見てきて、なりふり構わず必死に試験対策を行っている学生さんの方が、圧倒的に合格率がいいことは確かです。そして、そういった学生さん達が合格した時の喜びがいかに大きいものなのか、それこそ筆紙に尽くし難いものがあります。なりふり構わず、必死に試験対策を行ってきて勝ちえた栄光。喜びも一入でしょう。そして、そんな学生さんの満面の笑みと必死で勉強していた姿が重なった時、講師という仕事をして本当に良かったなと思うのです。そう、なりふり構わず、必死に取り組んだ得た成果というものは、周りの人達をもその喜びに巻き込んでしまう力があるのです。

 ブログ冒頭の森さんの言葉は、最後、こう締めくくられています。

一度でもなりふりかまわず何かを成し遂げた経験のない人生は、淋しい人生ではないかと思う。

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2013年5月1日 | コメントは受け付けていません。 |

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