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第98回薬剤師国家試験 正答

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2013年3月29日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:薬剤師国家試験

第98回薬剤師国家試験 不適切問題

国試_不適切問題

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2013年3月29日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:薬剤師国家試験

個の強さ。

 先日、某企業の研修で学習指導を行ってきました。実は、来月にも学習指導の講演を依頼されているのですが…もちろん先日の研修で話した内容とは異なるものとなります。毎回、毎回「どのような指導がいいのか?」をスタッフの方達と打ち合わせをして、その内容を決めていますから、講演や研修によって内容が異なるのは当然のこと。学習指導と一口にいっても、内容は千差万別。色々な種類の「学習に関する指導」が存在します。だからこそ、毎回スタッフの方達との話し合いにより、その内容を決めることになるのです。今までに無かった、全く新しい内容の学習指導を依頼されることも日常茶飯事です。

 もちろん、よく話す内容もあります。私が、よく話すことの一つに「個の強さを持ってほしい」ということがあります。〝個〟とは『一人の人(デジタル大辞泉より)』とあります。つまり「一人の人としての強さを持ってほしい」ということです。どうも最近の学生さんを見ていると、〝個の強さ〟を持っている人が、非常に少ないような気がするのです。早い話「一人で何かすることが出来ない人が多い」ということ。何をするにも群れる。何を決めるにも誰かと一緒。自分の考えや判断を発することなく、いつも誰かの行動や判断に委ねてしまう。そんな学生さんが、何気に多いのです。

 これもよく話すことなのですが…講師という仕事を長く続けていますと、次のような学生さんにもよく出会います。一人で学校に来て、一人で帰る。昼食も一人で食べるし、休み時間中も一人でいる。かといって、別に無視しているとか、無視されているとかいうわけではなく、話しかけられればそれ相応に対応するし、必要とあらば自分から話しかける。分かっているんですよ、何をしに(予備校に)来ているかを。友達作るわけでも、みんなと楽しくやるためでもない。国家試験に受かるために、勉強しに来ているんだということを。だから、あえて皆と行動を共にする必要もないのです。自分で考え判断し、自分ひとりで行動し、自分ひとりで勉強すればいいのです。こういった学生さんは、私が知る限り100%合格しています。そりゃあそうでしょう。個の強さを持っているのですから。自分ひとりで考え、自分ひとりで判断し、自分ひとりで行動する。これが出来る人間なのですから、国家試験合格という目標だって難なくクリアできて当然です。

 今まで何人もの〝個の強さを持たない学生さん〟に、「どうして自分の考えや判断で行動せずに、とりあえず他の人と同じにするの?」と聞いてきたのですが…驚くことに、ほとんどといっていいほど同じ答えが返ってくるのです。「他の人と違っているのが不安」という内容の答が…。「自分だけ違っていたらどうしようと不安」「自分だけ違っていたら、嫌われるんじゃないかと不安」など、とにかく人と違うこと自体が不安になってしまっているパターンがほとんどなのです。う~ん、分からないなぁ。私的に考えるならば、人と考えや判断が違っていることは当たり前のことだと思うのですが…。70億人すべての人間の考えや判断が同じことの方が、よっぽど特異なことだと思いませんか?本来、人という生き物は、皆が皆、違う生き物なのです。当然ながら、考え方や判断も異なりますし、例え考え方や判断が同じであっても、とる行動が違うなんていうことは至極当然のことなのです。違っていて当然なんですから、あえて不安になる必要などないのです。「違っていたら、嫌われるかも」なんていいますが、考えや判断、行動が違っていたからといって嫌うような人間なら、嫌われて行動を共にしない方がいいですよ。そんな「自分と違う」という理由で、人を嫌う人間なんてろくな人間じゃありませんから。そんな人と離れて、一人で考えて行動していても、必ずその考えや行動に賛同してくれる人が寄ってくるはずです。本来、人と人との交わりというのは、そうやって成り立っているものなのですから。不安だからと、自分の考えや判断、行動を押さえつけて、他の人に委ねているだけの〝人との交わり〟などというものは、虚構の交わりでしかないのです。そんな虚構の交わりという世界に閉じ篭っておらずに、自分で考えて判断し、一歩踏み出すという行動を起こして、一人で外に出てみてはいかがですか?そこにある世界は、あなたが考えて判断して得た実際の世界なのです。そして必ずやその世界で、あなたは新しい自分を見つけることになると思います。個の強さを持った自分自身を…。そして気が付くでしょう。「結構、一人って気楽でいいな」と(笑)。

 私が色々と教わっている先生が、先日、本を出版されました。その本の中に、こんな一節が書いてあります。

 大多数と違っていることが真実だということもあるのです。

 違う考えを持つことを恐れないでください。

 違う目で物事を見ることを恐れないでください。

 

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2013年3月27日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

分からないことは悪いことじゃない!

 ①:以前私が勤めていた予備校での話。とある大学に行くことになったのだが、その大学は駅からバスを利用しなければならない。同僚の講師に、そのバス乗り場がどこにあるのかを尋ねたところ…「駅を出て、まっすぐ歩いて右に折れたところにありますよ」との返答。それじゃあ良く分からない旨伝えたところ「分かりますよ、まっすぐ行って右ですから」と同じような返答が。駅から道が一本しか伸びていなく、交差する道も他に無い所なんだろうと思い、当日行ってみると…確かに駅から道は一本伸びているのだが、交差する道がいくつかある。まっすぐ行って右ということなので、1本目の道を右に曲がったのだが、どうもバス乗り場と思しき所は無い。やむを得ず一旦戻り、駅の人に聞いたところ…まっすぐ歩いて2本目の道を右に曲がるとの事。おまけに曲がってからも、それなりの距離があるとの事で、実際行ってみると駅員さんの言うとおりであった。

②:大富豪もしくは大貧民と呼ばれているトランプのゲームがある。私はこのゲームが出来ない。正直な話、もうこのゲームを知ろうという気もないし、やりたいとも思わない。私は、このゲームのやり方をかつて何人もの人間に聞いてきた。しかし、帰ってくる答は、判で押したように同じ答。「2が一番強いんですよ。あと、やっているの見ていたら分かります」…そんなんで果たして分かるのだろうか?まあ言うのだから…と見ているのだが、さっぱり分からない。そんな体験を数十回も、それこそ判で押したように何度も繰り返された日には、堪ったものではない。という訳で、私は金輪際、大富豪もしくは大貧民と呼ばれているゲームには関わらないようにしている。

 私は、人から物を教えてもらうことが好きではない。出来る限り自分で調べ、教えてもらうことがないようにしている。「講師という仕事をしているのに、とんでもないヤツだ!人にモノを教える仕事をしているならば、人から教わるということも大切なことではないか!」と目くじら立てて怒る人もいるかもしれないが…怒るのは、ちょっと待ってほしい。教わるのが嫌いといっているのではない。好きではないといっているのだ。以前ブログにも似たようなことを書かせていただいたが、「好きではない」=「嫌い」ではない。別に、人にモノを教えてもらうことを嫌い、拒否しているという訳ではないのだ。その証拠に①の話では、駅員さんに道を教えてもらっているではないか?

 では、前述の「私は、人から物を教えてもらうことが好きではない」といった発言は、どういう意味なのか?ザックリと言わせてもらおう。実は、モノを教えるときに①、②のような教え方をする人間が何気に多いのである。そういう人間にモノを教えてもらう羽目になった場合…何とも言えない嫌な思いをしてしまう結果となるのだ。私にとって「物を教えてもらう」という行為は、「心地よいor嫌な思い」のいずれかとなってしまう、相当にリスキーな行為なのだ。万が一〝嫌な思いをする方の人間〟に当ってしまった場合…相当な付加を背負ってしまうことになる…。これが私の「人からモノを教えてもらう」ということに対する正直な意見であり、「好きではない」という表現の根拠なのだ。

 でも、どうなのだろう?皆、初めは分からないのが当たり前なのではないか?そして、それを教えてもらうという行為も、至極当たり前の行為ではないか?何故それが〝リスキーな行為〟になってしまうのだろう?さらに、実際に私が感じたことなのだが…実は①、②の件に関して、教える方に一つの特徴がある。それは「教えている方が、さも自分が偉いかのような、上から目線で接する」ことである。人にものを教えるというだけで、何故もそんなに優位に立ったような態度を取れるのだろうかと、私は常々疑問に思っている。何といっても私が聞いていることは、単に〝バス乗り場への道順〟と〝ゲームのやり方〟でしかないのだ。なのに、それこそドヤ顔で、しかも前述のような「教えているんだか、教えていないんだか分からない教え方」で、何故にそんなに誇らしげに語れるのだろうかと思ってしまうのである。そして、そういった人間からは「私はそれで分かった。だから、分からないあなたが悪い。分かった私は優秀なのだ」といった、嫌悪すべき雰囲気がたっぷりと滲み出しているのが感じられるのだ。

 分からないことは悪いことなのだろうか?断言できるが、それは100%間違いである。分からないことは悪いことではない。初めてのことは分からないのが当たり前だし、分かったところで、時間の経過とともに分からなくなってしまうことも多々あるのだ(だから勉強という行為が必要なのだから)。いずれにしても、それらは当たり前のことであり、悪いことではないのだ。それが何故に「分からないこと=悪いこと」となってしまうのだろうか?ここでハッキリといわせてもらいたい。分からないことは悪いことではない。人にモノを聞くことも、なんらやましいことではない。むしろ、前述のような「私は分かった。だから、分からないあなたが悪い。分かった私は優秀なのだ」という思いこそ、諸悪の根源であり〝嫌悪すべき悪いこと〟ではないのかと、私は思っているのである。

 

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2013年3月20日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

事実だったら何を言ってもいいのか?

 以前読んだ、あるお医者さんの本の中で、私は未だに忘れられない話があります。その本(光文社さんが1988年に発刊されている本です)を書かれたのは、能中賢二先生というお医者さん。ラジオなんかにも出ていた有名なお医者さんだったそうで、とても面倒見が良く、評判のいいお医者さんだったそうです(このブログを書くにあたり、調べさせていただいたのですが、残念なことに既に他界されているとのことでした)。私が忘れられない話というのは…。

 能中先生、ある日70歳後半の女性から電話相談を受けたそうです。内容は…その女性、10年ほど前に手術を受け人工骨頭が体に入っているとのこと。その手術後、主治医のA先生は「これで30年は大丈夫」と言っていたそうで、その女性も安心して生活してきたそうです。ところが(能中先生に)電話をかける前の日、近所のB先生に「人工骨は10年が限度。そろそろ取り替えなくてはいけません」といった内容の話をされたとのこと。その女性、ショックで夜も眠られなかったそうで、能中先生の所に電話をかけてきたということでした。そのことについて、本の中で能中先生はこんなことを書いています。「確かに人工骨頭は10年くらいしか持たない例が多い。女性の70歳後半という年齢を考えた場合、新しいものと取り替える手術と、このまま取り替えずにいることを考えた場合、取り替える手術をすることが、どれほどこの女性に必要なものだろう?とくにB医師の80歳になろうとしている女性に対する発言は、適切なものであったと言えるだろうか?少なくとも私は、この女性の話を聞いてB医師のことを腹立たしく思った。せっかく、女性は平穏な生活を送っていたのに、このような発言をするというのは、あまりにも人間的でないように思えてならないのである」と。

 「医学的には、確かにその通りかもしれない。しかし、手術をすることが正しい選択といえるかどうかは疑問である。少なくとも、その疑問に対して熟考する前に、女性に事を告げたという行為に関しては、一考の余地があるのではないだろうか?」能中先生は、こう指摘されているのだと思います。今回の件は、医学的な見解ですから「本当のことを伝えるのが良いか・悪いか」は中々一重に判断出来ない部分があると思います。しかし、日常生活の中には、ここまでとはいかなくとも〝事実を伝えることの良し悪し〟というものが多々存在していることは事実です。そしてその事実も、真偽のほどが定かでない〝事実〟であったりする場合が多々あったりもするのです。

 私は以前から気になっていることがあります。それは「本当のことなんだから言ってもいいだろ」という考え方。よく「本当のことなんだから言ってもいいだろう」とか「事実なんだから言っても問題ないでしょ」という人がいますが…私はそういう人たちに言いたいのです(もちろん面と向かって言ったこともありますが…)。「あなたのその考え方は間違っている」と。事実だったら何を言ってもいいのでしょうか?本当の事だったら何を言っても許されるのでしょうか?人と人との関わりとは、そんな杓子定規ではいかないものだと思います。「言う」という行為には、人と人の関わりが常に存在しています。人と人との関わりがある以上、関わる人のことを配慮するということは、大切なことなのではないでしょうか?能中先生がおっしゃっていることも、そういった内容であると私は思っています。

 世の中には「本当のことを言って何が悪いんだよ」と強気に出る人も、悲しいかないることは確かです。でも、それを言うことによって傷つく人や悲しむ人がいる場合、それを言うことは許されることなのでしょうか?あえて、人を当惑させてまでも言うべき事実とは何でしょう?もちろん、人を当惑させてまでも言うべき事実があることは確かです。ただ、前述のような「本当のことを言って何が悪いんだよ」と強気に出る人のいう〝事実〟というものは、私的には〝眉唾物の事実〟である場合が圧倒的に多いのです。確かに、その人はそのことを〝事実〟として認識したかもしれません。しかし、何かに対して自分がどう思っても、自分がどう感じても、それはその人が思ったり感じたりしたというだけであって〝絶対的な事実〟ではないのです。あくまでもその事実は、その人が捕らえただけの〝相対的な事実〟でしかないのです。〝その人だけの相対的な事実〟な訳ですから、口から出すとなるとやはり他の人のことを考えるのが、人を尊重するということなのではないでしょうか?そこのところを取り違えると…どうも最近、そういった配慮が少ない人が多くなったような気がします。「私が…」「自分的には…」と絶対的にズンズン前には出てくるのだけれども、他の人への配慮が今一つ足りないという人間が…。

 先の件に関して能中先生は次のように書かれています。

 医師と患者の間に不可欠なのは、患者の医師に対する信頼感であり、安心感である。患者の精神的不安感から開放された生活を送らせてやるのも医者の務めではないか。患者は表面上だけではなく心も治してほしいはずだ。

能中先生。残念ながら、私はお会いしたことはありませんが…あなたは素晴らしいお医者さんです。

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2013年3月13日 | コメントは受け付けていません。 |

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まずはさておき…お疲れ様でした!

 国家試験お疲れ様でした。とにもかくにも国家試験は終了。〝国家試験受験〟という一つのことを成し遂げた訳ですから、成し遂げた自分を褒めてあげて下さい。自分で自分を褒めるということも、それはそれは大事なことなんですよ。特に、何か一仕事終えた後に自分を褒めることは、大切なことなのです。自分を褒めることによって「やり遂げた」ことを認識し、自分の中に一つの区切りをつけることが出来るのですから。これをするかしないかで、今後の進み方は大きく違うものになってしまうのです。

 進むためには、一歩踏み出さなければなりません。一歩踏み出すためには、スタートラインが必要です。スタートラインとは何でしょう?「競走で、出発点に引かれた線。また、物事の出発点(大辞泉)」とあります。ラインというわけですから、当然〝線〟が存在します。往々にして、線は区別するために用いられます。人生におけるスタートラインという線は「今までとこれからを区別するための線」です。今までから脱して、新たなる第一歩を踏み出すための線、それがスタートラインなのです。もちろん「人生におけるスタートラインという線」は一本ではありません。人は何かを遂げる度に、そして新たなる何かを目指す度に、このスタートラインという線を引くことになります。そして、このスタートラインという線を引くのは、誰であろう自分自身なのです。自分自身が、新たなる第一歩を踏み出すために、自分自身で引く線。これが「人生におけるスタートラインという線」になります。これがなければ、第一歩は踏み出せません。恐らく何事をも成し遂げることは出来ないでしょう。単に惰性的な、今までの延長の繰り返し。メリハリもなく、単に時間に沿って流れるだけとなってしまいます。今までとは決別して、新たなる気持ちで、新たなる事に取り組むための第一歩には、今までとを区切るための線であるスタートラインが必要なのです。成し遂げた自分を褒めるということは、このスタートラインを引くためのものでもあるのです。

 「今までとは決別する」ということを言うと「今までのことは今までの経験として、大事にしなければ云々…」という人がいますが、それは早とちりと言うもの。ここで謂う所の「今までとは決別する」という意味は、過去を疎かにするという意味ではありません。過去に得たことは過去に得たこととして大切にし、それを持って新たなる道を進むという意味です。何気に人というのは過去を引きずってしまう生き物。「今までとは決別する」という意味には、悪しき過去に引きずられないという意味も含まれているのです。スタートラインに立った以上、後ろを振り返る必要はありません。振り返らず、過去の思いは胸の内に秘めておくのがいいと思います。そして、第一歩を踏み出すのです。「振り向くな、振り向くな、後ろには夢がない」といったのは、日本の詩人、劇作家、歌人、演出家、映画監督、小説家、作詞家、脚本家、随筆家、俳人、評論家、俳優、写真家など、多彩なる肩書きを持つ寺山修二氏。寺山氏が、生涯、どれほど多くのスタートラインに立ったであろうかは、その肩書きの多さからも伺えることと思います。だからこそ、前述のような言葉が発せられるのでしょう。「振り向くな、振り向くな、後ろには夢がない」と…。

 薬剤師国家試験が終わった今、受験された方は新たな一歩を踏み出す時期に来ました。もちろん、長い長い受験生活でしたから、休憩も必要。しばらくはゆっくりと休んで下さい。リフレッシュすることも、これまた大事なことです。試験が終わった学生さんに「ここしばらくは、何をすればいいですかね?」なんていうこともよく聞かれます。その度に私は「〝寝る〟だとか〝食う〟だとか、頭を使わない本能的なことをするのがいいよ」と言います。あまり頭を使わないこと、つまり「本能的なこと」がいいと思いますよ。ぶらっと旅に出たり、別に目的もなく道に従ってどこかに行ったりなんていうのも〝本能の行動〟と言えるんじゃないでしょうか。リフレッシュとは「元気を回復すること。また、生き生きとよみがえらせること(大辞泉)」です。新たなる第一歩を踏み出すためには、元気だって必要です。試験を終えた今、それを成し遂げた自分を褒め、新たなるスタートラインを引き、そして第一歩を踏み出すための元気を養う。これが、今の時期には一番いい過ごし方だと思いますよ。

 まずはともあれ、国家試験お疲れさまでした!

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2013年3月6日 | コメントは受け付けていません。 |

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☆ 何故、少人数制なのか?何故〝40名〟なのか?

大人数では出来ないことがある。

少人数でしか出来ないことがある。

大勢の中の一人ではなく、一人の塾生として見る。

『 ほとんどの人がいいから良しとする 』ではなく

『 一人ひとりの声に耳を傾ける 』。

『 出来る人に応対する 』ではなく

『 出来る人にも、出来ない人にも応対する 』。

誰だって、自分を見ていて欲しい。

成績の良い人だって、成績の悪い人だって、自分を見ていて欲しい

大勢の中の一人ではなく、一人の人間として、一人の塾生として自分を見て欲しい。

十把一絡げではない。

一人ひとりを見つめる。

一人ひとりと応対する。

それが、少人数制の薬進塾です。

 

そんな小さな予備校です。

教室0108 (2) 学校見学に来た方や、ウチの塾生さん達からこんな話をよく聞きます。『 (他の予備校さんに)薬進塾に行こうと思っていますと言ったら「あんな小さい所…」と言われました 』と…。確かに、そうですね(笑)。薬進塾は、小さな予備校です。それは間違いありません。全部で40名の塾生しか受け入れないのですから、小さな予備校と言われるのも、ご尤もなこと(笑)。では、逆ににお聞きしたいのですが…予備校が小さいことに何か支障があるのでしょうか?薬剤師国家試験予備校の仕事は〝受講生を合格させること〟。これが、一番の仕事ではないでしょうか?〝受講生を合格させること〟に『 小さいから… 』ということが、何か関係しているのでしょうか?規模が小さかろうが、『 受講生をしっかり指導して合格へと導く  』ということに関して、何らマイナスの要因となることはないと思います。それは、合格していった塾生さん達たちの声からも十分ご理解いただけることと思います(当ホームページ『 合格者の声 』のページをご参照ください)。いい講師がいて、いい講義をする。受講生の質問にしっかりと応対して、一人ひとりをしっかりと指導して、合格へと導く。これ以外に、薬剤師国家試験予備校に何が必要なのでしょうか?薬進塾は小さな予備校です。100人も200人もの受講生を相手にはできませんから…。だからこそ、40名という少ない塾生さんを、しっかりとサポートしたい。イヤ、するべきである。そんな小さな予備校が薬進塾です。

☆ 今回の国家試験に合格した塾生さんの何人かが、友達を薬進塾に紹介してくれました。『 並ばなくても、すぐ質問できるから 』『 人数少ないから、しっかり見てもらえるよ 』『 しっかり対応してくれるから 』といった理由で、薬進塾を進めてくれたそうです。彼らが進めてくれた理由も、少人数制の小さい予備校だからこそ、成し得ることだと思います。

☆ 101回薬剤師国家試験合格者から、こんな声が上がっています。

 少人数制の予備校ということもあり、試験対策にとても不安を抱いていましたが、講義を受ける度にそんな不安は消えていきました。それは、薬進塾の講義内容や授業プリントが洗練されていたからです。

☆ 講師紹介のページにも書いてありますが、薬進塾では、1クラスを十数名の講師で教えます。1クラスを教える講師数は、薬剤師国家試験予備校の中でも、最多といってもいいでしょう。何故、十数名の講師で教えているのでしょうか?それは、それぞれの専門分野の講師に、自分の専門としている所を教えてもらうためです。自分が最も得意とする範囲で、塾生さんを導いていく。それが、塾生さんの理解力を深めたり、学力向上には不可欠なことだからです。一人の講師が何でもかんでも教えれば、確かに予備校サイドは経費的にもカリキュラムを組む上でも都合がいいでしょう。規模を大きくして、たくさん集めて、少ない講師数で回す…。そこに〝学生さんに対する想い〟はあるのでしょうか?予備校サイドの都合が、最優先されているのではないでしょうか?小さい予備校であっても、十数名の講師を揃え、塾生さん一人ひとりをしっかりと見据えて講義を行っていく。それが薬進塾のやり方です。

 そう、国家試験合格に必要なのは〝予備校の大きさ〟ではなく、『 講義・教材・講師。この3つがどれだけ良きものであるのか。そして、どれだけ学生さんを指導していく力があるのか 』これに尽きるといっても決して過言ではありません。

 

定員40名ですが…全塾生で40名です。

 よく間違われるのですが『 1年制コース:定員40名 』『 半年コース:定員40名 』『 要点集中コース:定員40名 』ではありません!『 全コース合わせて( 1年制コース+半年コース+要点集中コース )定員40名 』です。ですから、例えば1年コースで定員40名に達した場合は、半年コース、要点集中コースの募集は行いません。全塾生合わせて定員40名だからです。

 このように、他の予備校とはチョット違う〝少人数制の薬剤師国家試験対策予備校〟。では、何故、少人数制なのでしょうか?それには次のような理由があります。

 

① 講師の目が全ての学生さんに行きわたる人数。それが〝40名〟という少人数なのです。

こうぎ3 何故〝40名〟という人数なのでしょう?これは行き当たりばったりや、思いつきの人数ではありません。薬進塾の熟練した講師陣で話しあって決まった人数です。講義中に各学生 の状況を講師が把握できる人数、それが40名なのです。薬進塾の講師は、熟練した講師。ですから、通り一遍の講義は行いません。学生さん一人ひとりを見ながら、「あの学生さんは分かっていなさそうだな」「進むスピードがチョット速いかな」といった情報を得ながら、講義を進めていきます。さらに、そういった情報を基に講義を組み立てたり、学生さんのフォローをしていったりします。学生さんを見ながら進める講義では、少人数制は必須のことなのです。もちろん、講師に『学生さんを見ながら進める講義』を行えるだけの力量が必要なことも当然のことです。

 

② 少人数ならあなたの声が届きます。

 もし大勢の学生さんが受講している講義で、講師から「皆、どうかな?」と意見を聞かれたらどうします?例えば「ここの所、もう少しやってほしい人いる?」と聞かれた時、あなた自身は「もう少しやってほしいな」と思っても、大勢の学生さんがいる中、うなずいたり、手を上げたりして自分の意思を伝えることが出来ますか?おそらく、「もう少しやってほしいな」と思っても「…でも、他の人はそう思っていないかも」とか「自分一人だけだったら、なんかイヤだな」と思って、自分の意思を伝えることが難しいのではないでしょうか?仮に、ほんの少しだけ頷いても、大人数の中では講師はそれを見逃してしまうかもしれません。もしかすると、あなたのように反応した人が5人位いるかもしれません。しかし、大勢の中の5人では、その意思が通ることはやはり難しいでしょう。大勢の中では少数意見は省略 されてしまうDCIM0803 (3)場合が多いのです。しかし、40名の少人数制ならどうでしょう?手を上げるのはもちろんのこと、ちょっと頷くだけでも講師はそれを認識することが出来ます。認識してもらえるから、学生さんもハッキリと自分の意思を示すようになります。実際、薬進塾では講師の問いかけに対し、学生さんは頷いたり、手を上げたりとか、自分の意思を率直にハッキリと示しています。さらに40人の少人数制ですから、5人が反応しても1割以上の学生さんが反応していることになります。講師もその意思をしっかりと尊重しなければなりません。一人ひとりをしっかりと育てていくには、少人数制はなくてはならないシステムなのです。

 もちろん、講義以外の事に関しても色々な要望の声が届くのが、少人数制のいい所です。実際、今までも『カーテンをつけて欲しい』『加湿器が欲しい』『ペーパータオルのホルダーが欲しい』等、学生さんの要望をいくつも取り入れてきています。『講師も含めみんなで学校を創る』ということも、少人数制ならではのことです。

机0317机②0317

 

 

 

 

 

 

 

 少人数制ならではの個別の座席です。大人サイズの学習机・椅子ですので、ゆったりとした姿勢で講義に臨むことが出来ます。隣の人を気遣う煩わしさもありませんので、安心して講義に集中することが出来ます。『 隣の人が消しゴムを使うたびに、机が揺れて… 』なんていうこともありません。

 

③ 講師全員があなたのアドバイザーです。

 薬進塾では基本的にアドバイザー制は取っていません。何故でしょうか?少人数制ですから、講師一人ひとりが学生さんを把握して、アドバイスしているからです。それぞれの講師が、自分が気がついたことを直接学生さんに伝えています。もちろん、これが成せるのは熟練した講師であることが必須条件となります。薬進塾の講師は、講師歴豊富な熟練講師ですから、これが可能なのです。

 ちなみに、よく耳にする『講師が、自分のアドバイザーの学生さんだけを特別扱いする』といった弊害は、アドバーザー制のない少人数制では、起きることはありません。もちろん、学生さんに対し私情を挟むようなことも、当塾の熟練講師陣にはあり得ませんので、ご安心ください。少人数制のように〝全ての学生さんの顔が見える環境〟では、教えている講師も『全ての学生が自分の学生』と強く認識することになります。ですから薬進塾では、どの講師も〝自分の学生〟として、どの学生さんにも気兼ねなく接しています。少人数制では、講師と学生さんの壁が無くなることも特徴の一つです。だから、学生さんも気軽に講師に話しかけてきますし、気軽に質問してくるのです。これは、まさに少人数制の賜物といえます。

 

④ いつでも、すぐにマンツーマンで質問に対応できます。

貝和個人3 講義中の内容を質問しようと思っても、何人もの人が順番待ちをしている…何分も待っているうちに「質問止めようかな」なんていう状況になってしまう。少人数制では、そんなことはありません。「質問したいと思った時に、気軽に質問することが出来る」これも少人数制ならではのこと。質問に対しても、全てマンツーマンで対応していきますので、どんどん質問に来て下さい。講義に関する質問はもちろんのこと、卒業試験や講義で習っていない範囲の質問に対してもしっかりと対応してくれます。「卒業試験がチョット…」と入塾した学生さんが、講義後にマンツーマンで卒業試験の質問に対応してもらい、無事に卒業が決まった…なんて言う事も少人数制だからこそなせる業です。もちろん、質問に答えてくれなかったり、横柄な態度、嫌な顔で質問者に接したり、自分の気に入った学生さんにだけ対応するといった講師は一人もいませんので、ご安心ください。色々なサービスを謳ったり、誇張した宣伝をしている学校は多いようですが、いくらどんな事を行っていようとも、学生さん一人ひとりのフォローが出来ていなければ何にもなりません。

 

⑤ 勉強以外の相談にもマンツーマンで対応できます。

 指導11①勉強のことはもちろん、日々の生活での悩み事、国家試験に対する不安等、 多くの学生さんが相談に来ます。そんな相談にマンツーマンで個別に対応できるのも、少人数制の利点です。学生さんは十人十色。だからこそ、一人ひとりの相談にしっかりと耳を傾け、アドバイスしていくことが求められるのです。少人数制だと相談の順番待ちもありません。「相談したい」と思った時が「相談できる」時なのです。だからこそ、いつでも何でも気軽に相談できる環境が生まれるのです。もちろん、相談に対応する講師も重要です。薬進塾の相談担当の講師は、長年にわたって色々な学生さんの相談に乗って、指導した実績を持つ講師です。よくある『講義を教えるだけで、講義以外の相談は適当または対応してくれない』といったことはありませんので、ご安心ください。勉強以外の相談にも、しっかりと対応出来るのが本物の講師なのです。

 

⑥ 人間関係の煩わしさ(わずらわしさ)がありません。

 人数が多くなると、どうしても出てくるのが人間関係の煩わしさ。学生さん同士で派閥が出来たり、人のことなど考えずに行動する人がいたり、嫌がらせをしてくる人がいたり、先生と妙になれなれしく接する人がいたり…。少人数制では、そういうことはまずあり得ません。人数が少ない中で、そのような行動を取ったら、行動を取った本人自身が浮いてしまうからです。少人数制のクラスでは、学生さんが相手の気持ちを思いやるようになっていくのがが特徴です。少ない人数で、皆知った顔の中で生活していくわけですから、自然と相手のことを考えて行動するようになるからです。少数の学生さん達で、色々なモノや色々なことを共有していくわけですから、それも当然のことなのです。もちろん、講師が一人ひとりの学生さんをしっかりと把握していることも、人間関係の気まずさが生まれない要因の一つです。これも、少人数制ならではのこと。人間関係の煩わしさから解放された環境では、何の気兼ねもなく国家試験対策に集中することができます。

塾生机271 少人数制ですので、一人ひとり個別の座席になっています。塾生さんたちは、写真のように自分の好きなようにアレンジして使っているようです。隣の人を気にしなくてもいいので、塾生さんたちからも『 落ち着く 』と評判の座席です。

 

 

⑦ 『少人数が合う』という人もいます。

教室12 個人差はあるものの、少人数制の方が合っているという人は必ずいます。そういうタイプの人が、大人数の中で講義を受けても…例えいい講義を受けたとしても、自分の合わない環境での試験対策では、思い通りの成果を上げることが出来ないのは言うまでもありません。そして、いつの間にか大人数での講義には行かなくなってしまう…そういった学生さんが、少なくないことも事実です。実際、薬進塾には『 以前は大人数での講義を受講していたけれど、いつの間にか行かなくなってしまった… 』という学生さんも、沢山在籍していました。もちろん、そういった学生さんも何人も合格していっています。『 少人数制の方が合う 』ということは、恥ずかしい事でも、我儘でもありません。学生さんは十人十色です。色々なタイプの学生さんがいて当然なのです。だからこそ、少人数制の薬剤師国家試験対策が必要になるのです。

自習1 『 自分は、一人で勉強していきたい 』というタイプの塾生さんも、何人も在籍し合格していきました。友達と遊ぶためではなく、国家試験対策のために塾に来ている。だから、自分は一人でやっていきたい。そういう考え方の人も、少人数制なら、すぐに馴染むことが出来ます。変な人間関係を気にすることもなく、マイペースで一人勉強していくということも、試験対策にとっては重要なこと。人間関係に引きずられて、自分のペースを崩してしまうよりは、よっぽどいい姿勢だと思います。『 一人でやっていきたいな 』というタイプの人にも、少人数制は適したスタイルなのです。

 

⑧ 一人一人の学生さんに、きめ細かいケアが出来ます。

IMGP2174① 当塾に来られた学生さんがよく口にするのが『以前通っていた予備校は、人数が多くて・・・先生方からあまり相手にされていない感じがしました。不安だから、相談に行っても「大丈夫だよ」だけで、あまり対応してもらえませんでした・・・』という内容。アドバイザー制をとっている予備校が多いようですが、人数が多くなればなるほど、一人一人に対するケアが希薄なものになってしまうことは言うまでもありません。『予備校に通う学生が増えてきたから、大きい教室にしてたくさんの学生を・・・』なんていう予備校もあるみたいですが、果たしてケアは出来るのでしょうか?一人一人の学生さんのケアよりも、一人でも多くの学生さんを入れることに没頭している・・・。学生さんは十人十色。そんなやり方で、本当に一人一人を大切に育てられるのかと疑問に思います。これからの国家試験は、出来る限りウィークポイントを無くして、1点でも多く取っていくことが重要になってきます。そのためにも、一人一人のウィークポイントを把握しながら、指導していく、すなわち一人一人に対するケアが必要になってきます。そのためにも、講師が一人一人の学生さんを把握できる、少人数制のきめ細かな指導が重要になってくるのです。

 

 いかがでしょうか?薬進塾が何故〝少人数制〟それも〝員40名〟なのか、お分かりいただけましたでしょうか?

皆さんも、是非、少人数制の薬進塾で国家試験対策に励んで、合格を勝ち取ってみて下さい。

 

『 少人数制が合格へと導いてくれた! 』 合格者の声!

 

また少人数制の中で、先生から個人として、ちゃんと大事にされている温かみを感じ、安心して勉強に没頭することができました。

101回薬剤師国家試験合格者 T大学卒 H・Kさん(女性)

 

〝 疑問点があれば、すぐに質問できる環境であること 〟

〝 授業だけでなく、塾生一人一人に合った学習指導をしてもらえること 〟

これが薬進塾の大きな魅力だと思います。

101回薬剤師国家試験合格者 T大学卒 H・Mさん(男性)

 

少人数だったので、ストレスなくマイペースに過ごすことができました。分からない所があれば、いつでもすぐに質問できたのも、少人数の良さだと思います。

101回薬剤師国家試験合格者 H大学卒 T・Nさん(男性)

 

少人数制の予備校ということもあり、試験対策にとても不安を抱いていましたが、講義を受ける度にそんな不安は消えていきました。それは、薬進塾の講義内容や授業プリントが洗練されていたからです。

101回薬剤師国家試験合格者 T大学卒 A・Iさん(女性)

 

気軽に質問しに行くことができる環境が整っていたので、先生との距離が近く良い環境なのだと実感することができました。

101回薬剤師国家試験合格者 N大学卒 T・Iさん(男性)

 

個人面談では少人数制ということもあり、生徒1人1人のことを把握しているので、的確なアドバイスをしてくれたり、問題点などを分析して試験に対する不安や悩みをサポートしてくれました。

101回薬剤師国家試験合格者 T大学卒 AHさん(女性)

 

・ 薬進塾の一番の魅力は、先生と生徒の距離が近いところだと思います。

・ 薬進塾は大手の塾とは異なり、少人数制だということです。一緒に考え、教えあい、皆で頑張ろうという温かい雰囲気がありました。そんな環境だからこそ、私は最後まで頑張ることが出来ました。

101回薬剤師国家試験合格者 H大学卒 AFさん(女性)

 

 薬進塾は少人数制でアットホームな雰囲気なので、先生と生徒の距離が近く、わからないことはすぐに質問でき、その日のうちに解決できたのが良かったです。

101回薬剤師国家試験合格者 N大学卒 AHさん(女性)

 

 

ほんの一部の合格者の声しか掲載できませんでしたが、如何に少人数制であることが良かったかが伺えることかと思います。講義に集中できることはもちろん、一人ひとりをしっかりと指導できる少数制は、合格をつかみ取るためには必須のシステムであるといっても過言ではないのです。

 

「1クラスの人数が少なければ少人数制」ではありません!

 よく聞くのが「1クラスの人数が少ないから少人数制」といった意見。確かに少人数制では、1クラスの人数は少なくなります。では「人数が少なければ少人数制」かといえば、そうではありません。少人数制の「制」は「制度」のこと。「制度」とは「運営するために定められた決まり」であり、学習方法においては「少人数でのやり方」を指しています。つまり「少ない人数の学生に対応した講義のやり方、カリキュラム編成、指導の仕方等のシステム」を指してます。これは、多くの学生を相手にする場合とは、全く異なるシステムとなります。少人数制で大事なことは、この「少人数でのやり方・少人数を活かした方法で、試験対策を行っていくシステム」であり、そのためのノウハウが重要になってくるのです。どんなに、1クラスの学生数が少なくても、やっている内容が大人数で行う内容と変わらなければ、それは〝少人数制〟とはよべません。「少人数の学生に対応したやり方」があって、初めて少人数制とよぶことが出来るのです。

 IMGP1967 講義 ミニ (2)

 

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2013年3月3日 | コメントは受け付けていません。 |

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