イメージ画像

断水騒動

先日、私の住んでいる街で断水騒動がありました。ニュース等で何気にチョコチョコと報道されていた関係もあり、ご存じの方も多いと思いますが、その断水です。私は、実家に住んでいる母親からの電話でその情報を知りました。「あなたの所、断水だっていうけど大丈夫」との話しの内容に、正直「?」という感じでした。

断水…そんなことさっぱり聞いていないぞ。水が止まるとなると一大事。なのに市民である私が知らないというのは、けしからん話ではないか!で、テレビをつけていくつかのチャンネルを探したところ…オオッ、やってるやってる!「テレビもいいけど、なんか市民にすぐに伝える方法はないのかい!」などと憤慨しながらも、テレビから情報を得てみると…断水が実施されている所もるようだが、とりあえず、私の所は「断水予定」という具合。

何はともあれ水の確保と思ったのだが…まず確保しなければいけないと思ったのが〝トイレ用の水〟。流せなくなったら一大事だ。取り急ぎ浴槽に水を溜めることに。で、次は…ちょうど件の日は土曜日。夜は一杯やろうと思っていたので…お湯割り用の〝お湯〟を確保せねばならないと、やはり取り急ぎポットの水を満タンに。もちろん、それ以上にも飲むからと、空いたペットボトルに4L近い水を補充することに。で、後は…。コレと言って思い浮かばない…。アレ!?断水ってこれくらいの騒動だったっけ?子供の頃の断水は、一大事件だったように思う。やれヤカンだ鍋だ、ボールだタライだ…とにかく水が入るものには水を入れてしまえの勢いだった。まあ、実家が飲食店をやっていたせいもあるのかもしれないが、とにかく断水となれば一滴でも多くの水を確保しなければいけない状況であったのは確かだ。何と言っても飲み水が無ければ…飲み水!?そういえば飲み水の確保は?焼酎のお湯割り用の水は確保したが、飲み水は確保していない…。

よく考えてみると、普段、蛇口から出てくる水道水を口にすることがあるだろうか?私なんかはお茶派であるから、お茶ばっかり飲んでいる。1日に1.5~2Lは飲んでいると思う(塾にいる間で500mLのペットボトルを2本は確実に飲んでいる)。だから水道水を口にしたことなど久しくない。それは私だけではないだろう。普段、渇きをいやすために飲むのは、ペットボトルに入ったお茶や水であり、蛇口から出てくる水ではないはずだ。そうか…子供のころとは違って、水道水を飲料水として飲むことが無くなってきているのか…。もはや飲料水は蛇口から出てくるものではなく、ペットボトルに入ったものを買う時代のようだ。う~ん、だから断水になっても、子供の頃のあの緊張感を感じることがなくなったのであろう。断水と聞いて私が一番初めに思い立ったのは、冒頭にあるようにトイレを流すための水である。断水による水の確保と聞いて、飲むための水を思い浮べた人は、以前に比べて少なくなったのではなかろうか?

私の生まれ育った地域は、日本百名水に選ばれるほど水がおいしい場所。子供のころなど、蛇口から出てくる水を普通にガブガブと飲んでいたものだ。お茶ばかり飲んでいる私が言うのもなんだが、やはり水道水をがぶがぶと飲めるような環境が私は良いと思う。でも、よく考えると直接水道水を飲むことは少なくなったかもしれないが、水道水を沸かしてお茶やコーヒーをつくるのはごく当たり前のことだ。カップ麺だってそうだ。やはり水道水は身体に入ってくる水であり、人の生活には無くてはならない水なのだ。大事であることは間違いない。以前、石原都知事は「東京の水は世界一おいしいよ」と言っていた。蛇口をひねると美味しい水が出てくる。幸せなことではないか?その恩恵をおもい知るためにも、今度、蛇口から出る水をがぶがぶやってみようかなと思った、今回の断水騒動であった。

タグ

2012年5月24日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

驚愕の事件の問題点は…いったん最終章

 今回も前回と同様に、前々回のブログで書かせていただいた〝驚愕の事件〟すなわち「スマートフォンを操作しながら、キャリーバックを引いて歩いていた女性が移動している車椅子に激突した話」の問題点を書いていきたいと思いますが・・・さすがに前回のように問題点一つ一つを大きく取り扱うと、ブログ10回分くらいは簡単に使ってしまいそうな雰囲気。もちろん、重大な問題点でありますから、それくらいの重みを持って取り扱っていかなければならないのですが・・・。さすがに色々な方が読みに来ていただいているブログで、あまり内容が偏ってしまうのも如何なものかな?などと考えております。決して事を軽んじているわけではないのですが・・・。そこで、今回は前回とは異なる問題を列挙していき、驚愕の事件に関する問題点をいったんは終了したいと考えております。「いったんは」と書きましたように、驚愕の事件の問題点については、これからも何かことあるごとに触れていきたいと考えている所存です。

 <驚愕の事件問題点>

 1.ヘッドフォンをつけて歩いていたこと。

 前回同様、こちらも最近よく見かける光景です。ヘッドフォンをつけて歩くと、周りの状況を判 断する能力が低下することが分かっているそうです。確かに街中を歩いていて、周りの人とはチョ ット違う歩き方をしているなと感じる人は、ヘッドフォンをつけて歩いている場合が多いように思います。件の女性が車椅子の人にぶつかったのは、ヘッドフォンをしていたからよりも、前回書いたように前を向いて歩いていなかったことが一番大きい要因と思われます。しかし要因としては小さくとも、ヘッドフォンをしていたことによる周りへの配慮不足が、今回の事件に関係していることは確かだと思います。ぶつかったことをお詫びするときにも、ヘッドフォンを外さなかったことは、とても問題ある行為だと思います。人と話すとき、ましてやこちらに非がありお詫びするときは、ヘッドフォンを外すのが常識なのではないでしょうか?

 2.キャリーバックを引くなら、回りに配慮するべき。

 これも、車椅子に激突した理由には直接は関わらないかと思います。しかしキャリーバックを引いて歩く以上、やはり周りの人のことを考えて引いてほしいと思います。キャリーバックを引く人も、最近よく見かけるのですが・・・悲しいかな、こちらも余り周りの人のことを考えて歩いていない場合が多いようで。国民生活センターによると、近年「キャリーバッグと接触して怪我をさせられた」あるいは「(相手に)怪我をさせてしまった」という事故情報が多く寄せられているとのこと。そこで「キャリーバッグは、思っている以上に長さを取っているということを意識し、周りの安全に配慮すること」「駅など人の多い場所や混雑している場所では、自分の引いているキャリーバッグが周囲の人の視界に入らなかったり、気づきにくいので、引かずに手で持ったり、引く場合であっても自分の近くで引くこと」等のアドバイスをしています。件の彼女は、やはり周りへの配慮が足りなかったからこそ、左右に大幅に揺らしながらキャリーバックを引いていたのだし、周りへの配慮が無かったから車椅子の人に衝突することになったのだと思います。

 3.キチンと自分の非を認め、相手にお詫びするべき。

 「おそらく詫びの言葉でしょうか、何かボソッと言葉を発したようですが…耳にはヘッドフォンがつけられたままでした。そして、再びスマートフォンに目を戻すと、キャリーバックを引きながら、何事もなかったように歩きはじめたのです」とブログでは書きましたが・・・悪いことをした以上、キチンと謝るというのが人の道。ヘッドフォンを外すこともそうですが、しっかりとした声で相手を気遣いながらお詫びするのが当然ではないでしょうか?少なくとも、すぐに「何事もなかったように歩きはじめた」ことはおかしいと思います。

  以上が私が感じた主な問題点です。皆さんはどんな問題点を考えましたか?前述したとおり、機会があるごとに、この驚愕の事件の問題点については触れていきたいと思っています。何はともあれ・・・社会の中で行動するときは、周りの人間への配慮を忘れてはいけないのだということを再認識させられる事件でした。

タグ

2012年5月17日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

驚愕の事件の問題点は…①

前回のブログでは〝驚愕の事件〟として「スマートフォンを操作しながら、キャリーバックを引いて歩いていた女性が移動している車椅子に激突した話」を書かせていただきました。そして最後に「今回のこの事件、問題とするところは1つ2つじゃないと思います ~ 中略 ~ 次回のブログでは、この驚愕の事件で私が問題と思える部分について書かせていただきたいと思っています」と書きました。前回のブログを読んだ方は、どんなことを問題点として考えられましたか?

私が問題点として第一に挙げたいのは…おそらく今回のブログは、この第一の問題点提起だけで終わってしまうと思われます。それほど深い内容だと思っています。その第一の問題点とは…「車イスにぶつかった件の女性は、前を向いて歩いていなかった」ということ。実は最近、街を歩いていてとても気になることがあるのです。そう、それが「歩いている時に前を向いていない人が多い」ということ。どうも進行方向を見て歩いていない人が多いんですよね。こちらに向かって歩いてくるんですが…顔は何故か横を向いていたり後ろを向いていたり…。そして最近気になるのが〝ながら歩き〟の人。特に気になるのは、件の女性のようにスマートフォンを操作しながら歩く人。国交省鉄道局によると、駅ホームではスマートフォン(多機能携帯電話)や携帯ゲーム機の画面を見ながら歩く「ながら歩き」による事故が増えているとのこと。以前、「本は好きなんですが…」というブログで「最近は、車内で立って本を読んでいて、目的地に着きドアが開くと同時に、本を読みながら電車を降りていく方がいらっしゃいますから。もちろん降りてホームを歩きながらも、その目は本にくぎ付けで。そういえば街中でも、本を読みながら歩いている人をよく見かけるようになりましたね」と書いたことがあります。スマートフォンやゲームをしながら歩く、本を読みながら歩く等の〝ながら歩き〟は確実に増えてきているように思います。当然、視線は進行方向ではなく、手もとのスマートフォンやゲーム、本の方に…。

ながら歩きの人が増えた背景には、スマートフォンやゲームなど、小型で携帯しやすく、操作が簡単である機器が登場したこともあると思います。しかし、本は以前からあったものです。以前は、歩きながら本を読む人などめったにはいませんでした。ということは、「小型で携帯しやすく、操作が簡単である機器の登場」だけが、ながら歩き増加の原因ではないということになります。なぜ、ながら歩きの人は増えたのでしょうか?

私が思うに「自分が避けなくても、避けてくれるだろう」という考え方の人が増えたからだと思います。若い人達なんかは「自分を避けろ!」と考えている人が、ほとんどじゃないかと感じています。相手がよけて当然。自分にぶつかる方が悪い。そういう考えでいるからこそ「何をして歩こうが大丈夫」と思ってるのだと思います。確かにそんな横暴な人たちを相手に、困惑顔で避けてくれる人もいます。しかし、社会にはすぐに避けるという行為が出来ない人も大勢いるのです。往々にして、ながら歩きの人は何気に早い速度で歩いています。そりゃあそうでしょう。周りのことを全く考えずに歩くんですから、速度なんかお構いなしです。自分に向って、早く歩いてくる人がいる。どうも目線は余所に行っている。これは危なさそうだ…と判断して、すぐに避けられない人も社会にはいるのです。今回の件で言うならば車イスを利用している方がそうだと思います。早足で歩いてくる人を、車イスで即座に避けるということは大変なことではないでしょうか?早足で歩いてくる人を、即座に避けるということが難しい人は他にもいます。お年寄りや幼い子供、怪我をされている方等々…。社会の中には色々な人たちがいるのです。そういったことを踏まえて行動するのが社会人ではないでしょうか?いや、社会の中で生活する以上、そういったことを踏まえて行動するのが義務だと思います。厳しく言わせてもらえば、それが出来ないようならば、社会の中で行動する権利はないと思います。「社会の中には色々な人たちがいるということを踏まえて行動しない」。これによって被害をこうむるのはいったい誰なのか?ながら歩きの人達には、それをもう一度しっかり考えて欲しいと思っています。

タグ

2012年5月10日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

驚愕の事件

 先日、私の先輩と所用で八重洲に赴いていた時のこと。私と先輩は、東京駅の八重洲中央改札口を出て、目的地に向かい駅内を歩いていました。二人は話しながら歩いていたのですが、何気に視界に入る、前方の若い女性。先輩と話をしていたので、そんなに注意して見ていたわけではないのですが、私はその女性に何か違和感を感じていました。すると…。その女性の進行方向(私と先輩の進行方向もたまたま同じだったのですが…)を、車椅子を押された方(当然車椅子乗られた方もいらっしゃいます)が横切ろうとしていたのです。まあ、詳細にいうならば、車いすの方々が横切っている道筋が、その女性と我々の進行方向とクロスする状態にあったというところです。私は「ああ(車椅子の方が)いるなあ」と認識していたのですが…。なんと、前を歩いていた女性、そのまま車椅子に激突してしまったのです!一瞬「!?」となり、足を止める私と先輩。車椅子に乗られた方も、押している方もビックリしたというか、戸惑っているご様子。そりゃあそうでしょうね。歩きながら車椅子に激突する方など、そういませんから(ちなみに私は生れて初めて見ました)。しかも、全く歩行速度を緩めずに…。真っ暗な中ならいざ知らず、真昼間!狭い道ならいざ知らず、広々とした空間。人は多いとはいえ、別にぶつかって歩くほどの人の量ではない。そんな中で、何故、スピードも大した出ていない車椅子と歩行者がぶつかるのか?ましてや「車椅子が歩行者にぶつかった」のではなく「歩行者が車椅子にぶつかった」のである。何故、そんなことが起きたのか?

 目を白黒させている車椅子の方々。、私と先輩もその現場を通り過ぎることになったのですが…。見るとその女性、手にはスマートフォンを持ちながら、耳にはスマートフォンから伸びるヘッドフォンが。さらに左手ではキャリーバックを引いていたご様子。私が先ほどこの女性に感じていた違和感はこれだったのです。頭を下げて歩いている。そう、スマートフォンを操作して歩いていたのです。さらに、キャリーバックを引いて歩いているので、かなり姿勢は前傾に。キャリーバックを引いているのですが…これも違和感を感じた理由の一つなのですが、キャリーバックの揺れが大きいというか、振りが大きいのです。本人の注意はスマートフォンに向けられているので、当然、左手のキャリーバックのことなどお忘れになっている訳で、どんな軌道を走行しているか分かっていなかったのです。なるほど、そんな歩き方をしていれば違和感も感じるはずです。

 で、何とも困った事故となったのですが…。目を白黒させている車椅子の方々を前に、ぶつかった方の女性はあまり驚いてはいないご様子。もし、私が車椅子にぶつかりでもしたのなら「とんでもないことをしてしまった」と、気が気でない状態に陥ってしまうと思うのですが…。おそらく詫びの言葉でしょうか、何かボソッと言葉を発したようですが…耳にはヘッドフォンがつけられたままでした。そして、再びスマートフォンに目を戻すと、キャリーバックを引きながら、何事もなかったように歩きはじめたのです。我々は、途中その女性を追い越したのですが、横目で見ると…相変わらず、右手でスマートフォンを操作しながら、耳にはヘッドフォン。前方も見ずにキャリーバックを、右に左に引いて歩いていました。

 チョット驚愕の事件かもしれませんが、これは事実なのです。私の先輩も「周りを考えて…」などと、苦言を呈していました。今回のこの事件、問題とするところは1つ2つじゃないと思います。このブログを読まれた方、どう思われたでしょうか?どんな問題点に気づきましたでしょうか?次回のブログでは、この驚愕の事件で私が問題と思える部分について書かせていただきたいと思っています。

それまでの間、皆さんもチョット考えてみていただければ幸いです。

タグ

2012年5月4日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

このページの先頭へ