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第97回薬剤師国家試験 正答

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2012年3月30日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:薬剤師国家試験

第97回薬剤師国家試験 不適切問題及び補正対象問題

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2012年3月30日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:薬剤師国家試験

自分をしっかり持って、周りに流されないように!

 先日、某企業研修で学習指導を行ってきました。そこの企業からは毎年、毎年学習指導を依頼されています。私ごときの学習指導を、毎回依頼してくれるなぞ、講師冥利に尽きるというか、何ともありがたいことだと思っています。感謝!

 私が学習指導の時に、よく話すことがいくつかあるのですが…その一つが本ブログのタイトル。つまり「自分をしっかり持って、周りに流されないように」。実は、昨今の学生さんと接していて気になることがあるのです。それは「自分自身が無い学生さんが多くなってきている」ということ。あちらこちらで学習指導をしている関係もあり、自分の学校も含め色々な学生さんと接してきましたが、本当にそれを感じる機会が多くなってきています。例えば、持っている参考書の話をしていて「何故、その本を買ったの?」なんて聞くと「友達が良いって言ったから」といった答が結構多く返ってくるのです。で、勉強しているのかと聞くと…何ともパッとしない返事が。まあ、そうでしょうね。友達にとっては良い本であっても、その人にとって良い本かどうかは定かではありませんから…。

 他にも「友達が行くって言ったから○○予備校に通いました」とか「友達がこうやって勉強しているんで、私もそうやって勉強しました」とか「友達がまだ大丈夫って言うんで、勉強してませんでした」とか…とにかく「どうして?」と聞いたときに「友達が…」とか「先輩が…」「情報では…」なんていう答が、ビックリするほど多く返ってくるのです。その度に、私の顔は曇ってしまうことに…。なんか自分自身というものが無いような気がするのです。自分で考えずに、自分で判断せずに、ただ友達や周りの人がしているから、自分も同じようにしている…そんな感じがするのです。 

 こう言うと「他人の意見を参考にすることは、よくないことなんですか?」と言ってくる人がいるのですが…。もちろん、他人の意見を参考にすることは悪いことではありません。ただ〝参考〟とは「何かをしようとするときに、他人の意見や他の事例・資料などを引き合わせてみて、自分の考えを決める手がかりにすること(大辞泉)」なのです。すなわち「自分の考えを決める手がかりにする」のが参考であって、「考えもせずに、周りの人と同じように自分も行動する」という受け身的なことではないのです。〝参考〟とは、自分で考えること、そして自分で判断していくことがその中心にあるものなのです。

 どうも自分自身で考えて、判断することが出来ない学生さんが多いんだよなぁ。友達だとか、友達の情報だとか、周りに流されてしまう人が多いのです。でも、自分のことですからね。やはり、自分のことは自分で調べたり、考えたりして、自分で判断して決めたらどうでしょう?友達がやるから自分もと、考えずに行動したり、調べもせずに周りの情報に流されてしまうことは、ある意味とても危険なことなのです。友達は友達、自分は自分という態度をとるべきではないでしょうか?どうも自分で何かを決めた場合、他人と違っていたり、意見や考え方が違っているために、自分一人になってしまうことを恐れているように思えるのです。でも、よく考えてみて下さいね。人間なんて一人ひとり違うものなのですよ。いや、違っていて当たり前なのです。他人と違うことを恐れるよりも、他人と違うことが当たり前だと思わなければならないのではないでしょうか?それで壊れてしまうような人間関係なら、所詮それだけの人間関係でしかなかったいうことなのです。これも学習指導の時によく言うことなのですが、昨今の学生さんに必要なものは「個の強さ」だと思います。一人になれる強さというものを持つことが重要だと思いますよ。

 以前「嫌われてもいいんですよ!」という内容のブログで、知人のDさんの事を書いたことがあります。「俺はこう思うから、こう言ってるし、こうしているんだ」という生き方の人で、何にも臆せず、自信ある豪快な生き方をしている人だと紹介しました。学生さんの相談を聞いていると「自信が無いんです」という話を良く聞きます。自信とは、その字の如く「自分を信じる」こと。自分の考えや判断もなく、他人の意見や情報に翻弄されてしまうようでは、確かに「自分を信じる」ことなど難しいでしょう。「人がどうであろうと、情報がどうであろうと、自分で調べて考えて、自分で決める!」という強い意志を持ってみてはいかがですか?Dさんとまではいかなくとも、そっちの方が、よっぽど強い自信を身につけることが出来ると思いますよ。

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2012年3月29日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

始まりは、すべて小さい。

 我が薬進塾には申し込み特典がいくつかあります。その特典の中に「講座が始まるまでの〝個人学習〟を指導する」「講座開始まで、教室を自由に利用できる」という2つがあります(もちろん質問対応も可能です)。この二つの特典を利用して、4月から毎日(といっても月~金ですが)教室にきて、私の学習指導のもと勉強している学生さんが数名います。上記特典を希望した学生さんは、マンツーマンで私が面接をして、現在の学習状況をもとに学習計画を立てていくのですが…

  先週に引き続き、実はこれも一年ほど前に書いたブログの冒頭部分です。こちらのブログの方は、先週のものよりも若干遅く、5月末ぐらいに掲載したものですが・・・4月から学生さんが私の学習指導の下、勉強を始めている内容が書かれています。こちらも早いもので、あれから、すなわち学生さんが学習指導に来て勉強を始めてから、早一年が過ぎたということになります。そして、今年も早速、申し込みを終えて、4月から私の学習指導の下、勉強を始める学生さんがいます。本人はいたってやる気満々のようで、引越しさえ終えてしまえば、すぐにでも薬進塾に来て学習指導を受けたいとの事。私としても、おおよその学習指導&学習プランは出来上がっており、後はやってくるのを待つばかり。ちなみに、この〝学習指導&学習プラン〟はその人にあったものを私が構築するものですから、一人ひとり内容は異なるものとなります。先ほど「おおよその」と書きましたが、後は本人と面談をしながら煮詰めていくことになります。何はともあれ、この時期からはじめようという学生さんがいることはうれしい限りです。

 『始まりは、すべて小さい』 私の好きな言葉の一つです。言ったのはキケロ(マルクス・トゥッリウス・キケロ)という、ローマの政治家であり哲学者でもあった偉人。祖先に顕職者を持たないキケロは、若い頃友人に「無名の家名であるキケロ家を名乗るのは避けた方がいい」とアドバイスをされたそうです。しかし、キケロは「私自身の手で有名にしてみせる」と語ったそうです。その後、共和政ローマ期の政治家や文筆家、哲学者として活躍することとなり、古代ローマ最大の弁論家・政治家・哲学者と言われるまでの人物になりました。家柄がモノをいう環境の中、無名から「古代ローマ最大」と言われるまで上り詰めたキケロ。だからこそ言えるのでしょう「始まりは、すべて小さい」と。

 何においても「初めは小さい。そして、それがどんどん大きくなっていく」ことが、自然界の本来の進むべき道のりなのです。どうも、昨今の風潮として、小さいものを見下す傾向があるように思えます。誰もが小さいものを軽んじ、すぐに大きなものを手にしようとします。しかし、小さいからといって、決して軽んじてはいけないのです。小さいことから全て始まるのです。初めから大きいものは、どこかぐらついてしまいます。夢や希望は大きくても、やはりそのために成すべき始まりは小さいものなのです。「薬剤師になる」その大きな夢を叶えるための〝始まり〟も、やはり小さいものなのです。いや、小さくて結構なのです。いきなり大きくなくてもいいのです。小さいものを、育てて育てて、大きくしていけばいいのです。そうすれば必ず〝薬剤師になった自分〟という、大きな成果を手にすることが出来るのです。

 4月から勉強しにくるという学生さんも「薬剤師になる」という大きな気持ちを持って、まずは小さいことから始めていきます。どんなに小さくても、いいのです。どんなに小さくても、あればいいのです。無いものは育てていくことは出来ません。小さくても、ありさえすれば育てていくことが出来るのです。そして、大きくしていけばいいのです。始まりは、全て小さいのです。今回来る学生さんも、「4月から勉強を始めよう」という小さい思いを胸に、大きく大きく育って、立派な薬剤師になってほしいなと、心より願い、そして応援している次第です。

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2012年3月22日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

一年:早く温かい、落ち着いた春が来ないかなぁ…

 私は浅草橋にあるディスカウントストアの7階で地震にあいました。商品陳列棚からバラバラとモノが落ちてくるなかじっと耐え、地震は終息へと向かいました。店員さんの指示に従い一階にたどり着き、外に出ると・・・。街中がパニック状態に!まず始めに思ったのが「こんなにも大勢の人が歩道にいるの!?」ということでした。地震と同時に皆さん建物から避難したからなのでしょう。歩道は人で溢れかえっていました。そして皆同じように携帯を片手に不安そうな顔をしていました。

 これは一年前に書いたブログの冒頭部分です。早いもので、あれから一年が過ぎました。月並みな意見ではありますが、ほんの数日前のことのように思えます。あの時はまだ、この災害がどれほど大きなものとなるのか、そしてその後どれほどの尾を引くこととなるのか、誰も予想だにしませんでした。

 あの地震の次の日となる3月12日、私はある所へ仕事に行かなければならなかったのですが…11日は皆さんご存じのように電車がすべて止まって、家まで歩いて帰る状態。歩いて帰るさなか「明日は電車は動くだろうか…」なんて考えていたことを覚えています。次の日、なんとかこんとか動いている電車を乗り継ぎ、仕事の場所へと赴きました。通常1時間30分ほどで到着(バス移動込み)するのですが、何だかんだで3時間以上かかってしまいました。まあ、まだ電車が動いていただけ助かったのですが…。仕事に関わる仲間たちも、何とか時間までには全員到着で一安心。私たちの控室にはテレビがなく、皆がワンセグをつけて、地震の報道に見入っていました。火の手が上がっている被災地を見ながら、私の先輩が「俺達、ここでこんなことしている場合じゃないんじゃないか?」と言ったのを、今でもハッキリ覚えています。いざ仕事が始まったものの…相次ぐ余震ですぐに仕事はストップ状態。〝余震→仕事ストップ〟の繰り返しで、進行具合も今一つ。当たり前の話ですが、仕事中も、皆、地震のことが気になっていたようで、夕食時は誰もが食堂のテレビを食い入るように見ていました。そして、新たに入ってきた情報が原子力発電所の事故…。原発事故の報道を見て、騒いでいる仕事仲間をよそに、放射化学を教えている(そして放射線取扱主任者である)私は「コイツは、まずいことになったな…」と、一人おとなしく真顔になったことを覚えています。その後、福島に住んでいる元教え子から「大丈夫なんでしょうか?」とのメールが来たのですが…自分の見解を正直に伝え、この後どうすればいいのかをアドバイスしました。今から考えれば、あのアドバイスをしてよかったなと思っています。どうやら、同じ〝尾を引く〟でも、原発事故の〝尾〟の方がよっぽど長くなりそうな気がします。

 昨日も千葉県東方沖を震源地とする、M6.1の地震が起こりました。大雪で難儀したり、地滑りが起こったりもしています。春だというのに、相変わらず寒い日も続いています。〝春〟という言葉は、単に季節を表すだけではなく、次のような意味も持っています。

 春:苦しくつらい時期の後に来る楽しい時期    デジタル大辞泉より

  昨日、私の友人が「早く温かい、落ち着いた春が来ないかなぁ…」と言っていましたが、本当にその通りだと思います。震災にあわれた方も、原発事故の災害や自然災害にあわれた方も、皆が落ち着いて笑顔で暮らせる、そんな温かな春が早く来てほしいものです。

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2012年3月15日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

まずはお疲れ様でした。

 国家試験も終え、何はともあれ一段落。受験された方、お疲れ様でした。そして、我が薬進塾の先生方もお疲れ様でした。本当に、本当に先生方には助けていただきました。今年の薬進塾の講師陣は、どこに出しても恥ずかしくない、イヤ、それどころか最強の布陣だったと思います。講師歴ウン十年の私が、思わず尊敬してしまう先生方ばかりです。学生さんの面倒を遅くまで見ていただいたり、学生さんの質問に遅くまで答えていただいたり(しかもマンツーマンで)、中には学生さんの個人的相談に乗って2時間近くアドバイスをしてくれた先生も…本当に頭が下がります。さらには、新国家試験を見据えた問題を特別に作成してくれたり、補足のプリントを作成しては配布してくれたり、本当に助けていただきました。おかげさまで、喜びの報告をしてくれた学生さんも、早速いる次第で。まあ蓋を開けてみるまでは分からないとはいうものの、やはり嬉しさあまりに報告してくれたんでしょう。その学生さん、最後の方は涙声になっていましたから。

 今回の国家試験、いつものように流言飛語が飛び交っているようで。これに関しては、毎度毎度のことですね。講師歴ウン十年の私は、国家試験が終わる度に、毎年のようにこの流言飛語に対面(?)してきましたから。まあ人間という生き物は、何か一つ事がある度に流言飛語を作り出しては飛び交わせるのが好きな生き物のようでして…。それは薬剤師国家試験受験生においても、当てはまることであるのは言わずもがな。私としましては、そんな流言飛語が飛び交っている中、ただただ苦笑いするばかり。私の経験から言わせていただきますと、そういった流言飛語のほとんどが出所不明の怪しいもの。〝出所だけ〟はしっかりしているけれど、過剰に脚色されたり、偏見や個人的解釈により歪曲されたものも有象無象。そんな怪しげな情報に、右往左往して相談される方も少なくはないのですが…。気持ちは分かります。どうなるか先の見えないことに対して、人という生き物は漠然とした不安を抱くものですから。物理学者であり、随筆家、俳人でもあった寺田寅彦は、次のようなことを言っています。

 

物事を必要以上に恐れたり、全く恐れを抱いたりしないことはたやすいが、物事を正しく恐れることは難しい。

 

この言葉は「人は必要以上に不安になってしまい易い」ことを示唆しています。この言葉の通り、分からないこと(当然、これから起きることも分からないことです)に対し、いたずらに不安になってしまうのは簡単なことです。でも、それは何の意味もないことなのです。いや、それどころか、確実に不安になった人の身を削っていくものなのです。どうなるか分からないことなのだから、どうなるか分からないとあきらめて、どうなるか分からないままにしておいて、触れないようにしたらどうでしょうか?だって、考えて不安になってもどうしようもないんですから…。

 せっかく、国家試験も終わって一息ついたところなんですから、分からないことに対する不安で身を削る思いばかりしていたらもったいないですよ。ここはひとつ、気分転換に思い切り羽根を伸ばしてみてはいかがですか?チョット遠出するもよし、今までやってみたことが無いことをするのもよし、今までやりたかったことをするのもよし。ここしばらくは、目に見えるこれといった束縛はないのですから…。少なくとも、根拠も実体もない不安に身を削る思いをするよりは、そっちの方がよっぽど心身ともに健康な状態になれると思いますよ。せっかく「おつかれさま」という状況になったんですから!

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2012年3月8日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

絶対勝つと思ったら、勝つ。高く昇ろうと思ったら、高いところを思え。勝つのは、たいがい、勝てると思っている人間だ。

 早いもので国家試験まであと数日…。今年度は、例年に比べ時が経つのが早かったような気がします。新国家試験への対応に追われていたこともあるのですが、何と言っても今年は地震や原発関連の諸事情により、世情が右往左往していた年。そんな慌ただしい一年だったせいもあり、時が経つのがいつもより早く感じられたのかもしれません。

 毎年この時期になると、学生さんから「不安なんです」という相談をよくうけます。長いこと、この世界で仕事をしていますが、毎年例外なく、この相談は手を変え品を変え(?)ひっきりなしにやってきます。そんな学生さんに対して、私はこう言います。「今の時期は誰でも不安だよ」と。早い話、国家試験を受験する皆が、今の時期は不安なのです。あなただけが特別不安という訳ではないのです。だから「この不安をどうにかして下さい」と言われても…実際、どうしようもないのです。あなただけが不安ならまだしも、皆が当然のように抱えている〝当たり前の不安〟なのですから。

 当たり前の不安…でも、それにとりつかれて身動きが出来ないようなら、チョット困ってしまいます。「大丈夫かな?」位の不安ならいいのですが…どうも、その不安を成長(?)させてしまって「ダメだったらどうしよう…」なんてマイナス思考に引き込まれてしまう人が何気に多いのです。ハッキリ言います。そんなマイナス思考に引き込まれてはダメですよ。弱気になってはいけません。何の良いこともありませんから。よく考えてみてくださいね。マイナスの考えをしたところで、何か得することがありますか?なんの得にもならないじゃないですか。何の得にもならないことをしては悩んだり、落ち込んだりしたところで、何が解決します?何の解決にもなりませんよ。なにも解決しないどころか、心身ともに疲労困憊してしまうだけです。まさに、百害あってい一利なし。利にもならない行為を行って、心身ともに疲労させるなんて馬鹿げていると思いませんか?

 「でも、試験が出来なかったら…」という人。何でそんなこと分かるんですか?受けても、イヤ見てもいないくせに、何故、試験が出来なかったらなんて考えるんですか?「マイナスの考え」の本性は「まだ起きてもいない架空のこと」なんですよ。しかも、自分自身が勝手に作りだした悪しき妄想にしか過ぎないのです。そんなものに振り回されたって、しょうがないでしょう?起きるか起こらないか分からない未来のことに、憂えていたところで、何も変わりはしないのです。出来るか出来ないか分からないんだったら、出来ると思って取り組んだ方がよっぽどいい結果が出ると思いますよ。それに、そっちの方が心身ともに健康的ではないですか?近代日本を代表するジャーナリストであり、哲学者、評論家でもあった三宅雪嶺はこう言っています。

  出来るか出来ないかわからぬ時は、出来ると思って努力せよ。

まさに、この通りだと思います。さらには、こんなことも言っています。

  出来ぬと思えば出来ず、出来ると思えば出来る事が随分ある。

出来る・出来ないに関して、随分述べている方なのですが、ただ述べているだけではなく〝出来る・出来ない〟の心理を突いている方だと思います。三宅雪嶺は「出来る・出来ないは自分の気の持ちようが大きい」と言いたいのではないでしょうか?

 本題の

絶対勝つと思ったら、勝つ。高く昇ろうと思ったら、高いところを思え。勝つのは、たいがい、勝てると思っている人間だ。

は、PGAツアー(アメリカ合衆国及び北米における男子プロゴルフツアー)通算62勝という歴代4位の記録を持つプロゴルファーであるアーノルド・パーマー の言葉。〝出来る〟とか〝勝利〟には、自分の「出来る!」「勝つ!」といった気力が大きく作用するのだということが、お分かりいただけると思います。当然のことながら、試験でも一番重要なのは〝気力〟です。「気力」とは「力むこと」や「気負う」ことではありません。「気持ちの力」です。「合格するぞ!」という気持ち「薬剤師になるぞ!」という気持ちの力が「薬剤師国家試験に対する気力」なのです。その気持ちをしっかりと持って薬剤師国家試験に臨んで下さい。心ばせながら、薬進塾講師一同、皆さんの合格を心よりお祈りしています!

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2012年3月1日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:ブログ 薬進する日々!!

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